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第二夜
誓いと絶望
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夜 22:00
頼りないランプの明かりの中、俺は再び精緻を極めたオルゴールの修理に没頭していた。
心のどこかでは『こんなことをしている場合ではない』とは思っているのだが、このオルゴールを直すことにはとてつもなく大きな意味がある気がしてならないのだ。
ちらりと時計を見ると、タイムリミットまではあと二時間を切ろうとしている。前回の状況と、ここの引き出しにあったメッセージを合わせて考えると十二時過ぎには、執事さんという死神が来ることもわかっている。
決して諦めたわけではない。必ず帰ると固く誓った以上、ギリギリまで抵抗はしていくつもりだ。だが、この修理を完全に投げ出してしまったら…この『先』、良くないことが起きそうな気がしてならなかった。何一つ、確信があるわけではない。ただ…ここで起きている事象に関して、シュゼット嬢も執事さんもこのオルゴールに心を傾けている節があった。
再び、引き出しを開けて中を覗いて見る。乱雑な紙片やペンに隠れて、ここに来た人たちとのものと思われる様々なメッセージが刻まれていた。人知れず死んでいったであろう彼らは、何を思ったことか…。無事にここから脱出すること。それこそが、彼らに対する餞になると信じて。
砕けた細かい木片を取り除き、歪んだバネを手で押さえて直し…。音楽を奏でる突起がついたシリンダーを磨いて組み直して、ネジを締めて再び元の箱に納め…。
そこまで直して、ふと気がついた。音を鳴らしてみようにも、肝心の手巻きゼンマイの取手が見当たらない。それがなければ、どんなに完全に直しても鳴らして聞かせることは叶わない。
これは、まさか…。彼女の婚約者が殺された場所にまだ落ちているということなんだろうか?
不意に、忘れかけていた悪寒が背筋を這い上った。このオルゴールに隠された謎を解く鍵が、最初から存在しないとしたら…!
人知れず深い森の館のどこかに積み上がる、屍の仲間入りをするということなんだろうか、俺も…。
絶望に目の前が暗くなりかける、その時だった。
不意に、身体が重くなるのを感じた。腕を上げるのも、座っていることも辛くなるほどに。
「な、ん…!」
思わず立ち上がりかけて、椅子ごとその場に転がった。痛打した背中より、少しずつ動かなくなる体の方が恐ろしい。
「く…っ!」
手を伸ばした先には、たまたま置いてあった俺の荷物。無意識に引き寄せようとして倒すと、中から手帳が落ち、写真を挟んだページが開いた。
ティアラの写真と、孤児院のみんなで撮った唯一の写真。
その愛しく暖かい笑顔を見て、彼女の元に必ず戻るという誓いを思い出した途端…息が苦しくなるほどに重くなっていた身体が軽くなった。
「…?」
息苦しさに荒くなった呼吸を整えながら恐る恐るゆっくり起き上がると、さっきまでの重苦しさが嘘のように抜け落ちている。一体、これはどういうことなんだ?
「守って…くれた、のか?」
拾い上げた手帳の中の温かな笑顔に小さく問いかけて、俺はじっとみんなの写真も眺める。
数年前に撮った写真だ。俺が成人したばかりの頃、もらったばかりの初任給でカメラを借りて撮ったものだ。牧師さんがシャッターを押し、初めての撮影に興奮しながら並んだことを覚えている。
そして、その後こっそりとティアラの写真も撮ったことも…。
ああ、わかっている。
必ず帰ると誓ったんだ。たとえ幾度殺されようとも…。だから、待っていてくれ…ティアラ。
その間にもタイムリミットを告げる時計の針は、無情にも刻一刻と進んでいた。
頼りないランプの明かりの中、俺は再び精緻を極めたオルゴールの修理に没頭していた。
心のどこかでは『こんなことをしている場合ではない』とは思っているのだが、このオルゴールを直すことにはとてつもなく大きな意味がある気がしてならないのだ。
ちらりと時計を見ると、タイムリミットまではあと二時間を切ろうとしている。前回の状況と、ここの引き出しにあったメッセージを合わせて考えると十二時過ぎには、執事さんという死神が来ることもわかっている。
決して諦めたわけではない。必ず帰ると固く誓った以上、ギリギリまで抵抗はしていくつもりだ。だが、この修理を完全に投げ出してしまったら…この『先』、良くないことが起きそうな気がしてならなかった。何一つ、確信があるわけではない。ただ…ここで起きている事象に関して、シュゼット嬢も執事さんもこのオルゴールに心を傾けている節があった。
再び、引き出しを開けて中を覗いて見る。乱雑な紙片やペンに隠れて、ここに来た人たちとのものと思われる様々なメッセージが刻まれていた。人知れず死んでいったであろう彼らは、何を思ったことか…。無事にここから脱出すること。それこそが、彼らに対する餞になると信じて。
砕けた細かい木片を取り除き、歪んだバネを手で押さえて直し…。音楽を奏でる突起がついたシリンダーを磨いて組み直して、ネジを締めて再び元の箱に納め…。
そこまで直して、ふと気がついた。音を鳴らしてみようにも、肝心の手巻きゼンマイの取手が見当たらない。それがなければ、どんなに完全に直しても鳴らして聞かせることは叶わない。
これは、まさか…。彼女の婚約者が殺された場所にまだ落ちているということなんだろうか?
不意に、忘れかけていた悪寒が背筋を這い上った。このオルゴールに隠された謎を解く鍵が、最初から存在しないとしたら…!
人知れず深い森の館のどこかに積み上がる、屍の仲間入りをするということなんだろうか、俺も…。
絶望に目の前が暗くなりかける、その時だった。
不意に、身体が重くなるのを感じた。腕を上げるのも、座っていることも辛くなるほどに。
「な、ん…!」
思わず立ち上がりかけて、椅子ごとその場に転がった。痛打した背中より、少しずつ動かなくなる体の方が恐ろしい。
「く…っ!」
手を伸ばした先には、たまたま置いてあった俺の荷物。無意識に引き寄せようとして倒すと、中から手帳が落ち、写真を挟んだページが開いた。
ティアラの写真と、孤児院のみんなで撮った唯一の写真。
その愛しく暖かい笑顔を見て、彼女の元に必ず戻るという誓いを思い出した途端…息が苦しくなるほどに重くなっていた身体が軽くなった。
「…?」
息苦しさに荒くなった呼吸を整えながら恐る恐るゆっくり起き上がると、さっきまでの重苦しさが嘘のように抜け落ちている。一体、これはどういうことなんだ?
「守って…くれた、のか?」
拾い上げた手帳の中の温かな笑顔に小さく問いかけて、俺はじっとみんなの写真も眺める。
数年前に撮った写真だ。俺が成人したばかりの頃、もらったばかりの初任給でカメラを借りて撮ったものだ。牧師さんがシャッターを押し、初めての撮影に興奮しながら並んだことを覚えている。
そして、その後こっそりとティアラの写真も撮ったことも…。
ああ、わかっている。
必ず帰ると誓ったんだ。たとえ幾度殺されようとも…。だから、待っていてくれ…ティアラ。
その間にもタイムリミットを告げる時計の針は、無情にも刻一刻と進んでいた。
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