果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

文字の大きさ
上 下
14 / 47
第二夜

誓いと絶望

しおりを挟む
夜 22:00

 頼りないランプの明かりの中、俺は再び精緻を極めたオルゴールの修理に没頭していた。
 心のどこかでは『こんなことをしている場合ではない』とは思っているのだが、このオルゴールを直すことにはとてつもなく大きな意味がある気がしてならないのだ。
 ちらりと時計を見ると、タイムリミットまではあと二時間を切ろうとしている。前回の状況と、ここの引き出しにあったメッセージを合わせて考えると十二時過ぎには、執事さんという死神が来ることもわかっている。

 決して諦めたわけではない。必ず帰ると固く誓った以上、ギリギリまで抵抗はしていくつもりだ。だが、この修理を完全に投げ出してしまったら…この『先』、良くないことが起きそうな気がしてならなかった。何一つ、確信があるわけではない。ただ…ここで起きている事象に関して、シュゼット嬢も執事さんもこのオルゴールに心を傾けている節があった。

 再び、引き出しを開けて中を覗いて見る。乱雑な紙片やペンに隠れて、ここに来た人たちとのものと思われる様々なメッセージが刻まれていた。人知れず死んでいったであろう彼らは、何を思ったことか…。無事にここから脱出すること。それこそが、彼らに対する餞になると信じて。

 砕けた細かい木片を取り除き、歪んだバネを手で押さえて直し…。音楽を奏でる突起がついたシリンダーを磨いて組み直して、ネジを締めて再び元の箱に納め…。
 そこまで直して、ふと気がついた。音を鳴らしてみようにも、肝心の手巻きゼンマイの取手が見当たらない。それがなければ、どんなに完全に直しても鳴らして聞かせることは叶わない。

 これは、まさか…。彼女の婚約者が殺された場所にまだ落ちているということなんだろうか?
 不意に、忘れかけていた悪寒が背筋を這い上った。このオルゴールに隠された謎を解く鍵が、最初から存在しないとしたら…!
 
 人知れず深い森の館のどこかに積み上がる、屍の仲間入りをするということなんだろうか、俺も…。

 絶望に目の前が暗くなりかける、その時だった。

 不意に、身体が重くなるのを感じた。腕を上げるのも、座っていることも辛くなるほどに。
「な、ん…!」
 思わず立ち上がりかけて、椅子ごとその場に転がった。痛打した背中より、少しずつ動かなくなる体の方が恐ろしい。
「く…っ!」
  手を伸ばした先には、たまたま置いてあった俺の荷物。無意識に引き寄せようとして倒すと、中から手帳が落ち、写真を挟んだページが開いた。
 ティアラの写真と、孤児院のみんなで撮った唯一の写真。

 その愛しく暖かい笑顔を見て、彼女の元に必ず戻るという誓いを思い出した途端…息が苦しくなるほどに重くなっていた身体が軽くなった。
「…?」
 息苦しさに荒くなった呼吸を整えながら恐る恐るゆっくり起き上がると、さっきまでの重苦しさが嘘のように抜け落ちている。一体、これはどういうことなんだ?

「守って…くれた、のか?」

 拾い上げた手帳の中の温かな笑顔に小さく問いかけて、俺はじっとみんなの写真も眺める。
 数年前に撮った写真だ。俺が成人したばかりの頃、もらったばかりの初任給でカメラを借りて撮ったものだ。牧師さんがシャッターを押し、初めての撮影に興奮しながら並んだことを覚えている。
 そして、その後こっそりとティアラの写真も撮ったことも…。

 ああ、わかっている。
 必ず帰ると誓ったんだ。たとえ幾度殺されようとも…。だから、待っていてくれ…ティアラ。

 その間にもタイムリミットを告げる時計の針は、無情にも刻一刻と進んでいた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

人の目嫌い/人嫌い

木月 くろい
ホラー
ひと気の無くなった放課後の学校で、三谷藤若菜(みやふじわかな)は声を掛けられる。若菜は驚いた。自分の名を呼ばれるなど、有り得ないことだったからだ。 ◆2020年4月に小説家になろう様にて玄乃光名義で掲載したホラー短編『Scopophobia』を修正し、続きを書いたものになります。 ◆やや残酷描写があります。 ◆小説家になろう様に同名の作品を同時掲載しています。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

視える私と視えない君と

赤羽こうじ
ホラー
前作の海の家の事件から数週間後、叶は自室で引越しの準備を進めていた。 「そろそろ連絡ぐらいしないとな」 そう思い、仕事の依頼を受けていた陸奥方志保に連絡を入れる。 「少しは落ち着いたんで」 そう言って叶は斗弥陀《とみだ》グループが買ったいわく付きの廃病院の調査を引き受ける事となった。 しかし「俺達も同行させてもらうから」そう言って叶の調査に斗弥陀の御曹司達も加わり、廃病院の調査は肝試しのような様相を呈してくる。 廃病院の怪異を軽く考える御曹司達に頭を抱える叶だったが、廃病院の怪異は容赦なくその牙を剥く。 一方、恋人である叶から連絡が途絶えた幸太はいても立ってもいられなくなり廃病院のある京都へと向かった。 そこで幸太は陸奥方志穂と出会い、共に叶の捜索に向かう事となる。 やがて叶や幸太達は斗弥陀家で渦巻く不可解な事件へと巻き込まれていく。 前作、『夏の日の出会いと別れ』より今回は美しき霊能者、鬼龍叶を主人公に迎えた作品です。 もちろん前作未読でもお楽しみ頂けます。 ※この作品は他にエブリスタ、小説家になろう、でも公開しています。

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

ミコトサマ

都貴
ホラー
神座山並町でまことしやかに囁かれる、白い着物に長い黒髪の女の幽霊ミコトサマの噂。 その噂を検証する為、綾奈は高校の友人達と共に町外れの幽霊屋敷を訪れる。 そこで彼女達は、背筋が凍えるような恐ろしい体験をした。 恐怖はそれで終わらず、徐々に彼女達の日常を蝕みはじめ―…。 長編の純和風ホラー小説です。

禁踏区

nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。 そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという…… 隠された道の先に聳える巨大な廃屋。 そこで様々な怪異に遭遇する凛達。 しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた── 都市伝説と呪いの田舎ホラー

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『真実』 実はカチカチ山の元ネタはグリム童話だった

徒然読書
ホラー
カチカチ山をドラマチックに描いています。

処理中です...