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第二夜
晩餐の席にて ~二巡目~
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夕刻 18:00
「カシアン様の想いびとって、どんな方なんですの?」
それは、前と全く同じ晩餐の席でコーヒーを飲みながら。今の状況を考えると砂を噛むような思いをしながら。ただし、途中からの会話の内容は前と違っていた。聞き役に徹するばかりではなく、こちらが語る番になったということか。
「思いびと? 俺の、ですか?」
その一言で胸の中に、あの素朴で甘い微笑みが蘇った。飾り気のない、けれども誰よりもあったかい心を持った少女。
なにかが変わったような気がした。冷え切った心の中が、色彩を取り戻す。絶望的な状況にあって、なおも力を与えてくれる存在。
そうだ、俺は帰らなければならない。
堅く堅く、誓いを立てて。俺は静かに息を吸い込んだ。
大丈夫、何があってもあの微笑みを思い出せば耐えられる。
「…同じ孤児院で育った、幼馴染です。ティアラという名で、小さい頃は一緒に泥だらけになって遊んでいました」
「まあ…素敵! 幼馴染という存在は、とても憧れます。私の小さい頃は、子犬だけが遊び相手でしたから。今は? 今は、どうしていらっしゃるの?」
やはりシュゼット嬢も女の子、恋の話には興味津々の体で身を乗り出してくる。その様子が微笑ましくて、釣られて微笑みながら俺は続けた。
「大人になってからは、育ての親のシスター・リズと共に子供たちの世話をしています。日に焼けてそばかすが多くて、夕焼け色の髪で…年の頃は、ちょうどあなたくらいですよ」
「素敵、素敵! そんな小さな頃から運命の人がそばにいたんですね…。うふふ、ちょっと妬けちゃいます」
「ふふ、あなただって、婚約者の方がいらっしゃるのでは…」
そこで俺は言葉を切った。そうだ、彼女の婚約者はおそらくもう…。
「あら、ふふふ。そうですね。そういえば、お願いしたオルゴールは直せそうですか?」
…何?
俺は思わずカップに伸ばしかけた手を止めた。
彼女にも、記憶が残っているのか?
今まで俺と執事さんだけだと思っていた。だが…この反応は、どういう事なんだ?
「そ…そうですね。この後、続きを直していくつもりですよ。…すいませんが、もう少し工具をお借りします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します」
一見して、極めて和やかな会話にしか思えない。だが、どこかで大きなズレと歪みをはらんでいる。
俺以外の誰一人として、この異常さを自覚していないのだろうか?
深呼吸の代わりに、冷めたコーヒーをひとくち。今はそれで十分だ。
「もう少しかかりそうです。この後また、続きを頑張ろうかと。今まで見たことがない複雑な機構なので、じっくりと取り組みますよ」
勤めて冷静な声で返すと、シュゼット嬢から申し訳なさそうな言葉が返る。
「本当にすいません、難しいことを頼んでしまって…」
俺は少し、考えた。意地悪いと思うが、少しだけ確認して見たかった。
「いえ、前に申し上げた通り、後々の勉強になりますよ」
さあ、どう出る…?
「まあ…そうはおっしゃいましたが、ご負担にはなりませんか?」
「とんでもない、いい教材をお借りできたと喜んでおりますよ」
やっぱりだ。彼女に記憶は残っている。ただ、時間の感覚というか…いつの記憶かは定かではない様子だが。
…俺の前に、ここにきていたはずの人たちのことは、記憶から削除されているんだろうか?
もし俺が、ここで本当に死んでしまったとしたら…誰も俺のことを覚えていてはくれなくなるんだろうか…。
この、深い森にひっそりと建つお屋敷の中で…。
「カシアン様の想いびとって、どんな方なんですの?」
それは、前と全く同じ晩餐の席でコーヒーを飲みながら。今の状況を考えると砂を噛むような思いをしながら。ただし、途中からの会話の内容は前と違っていた。聞き役に徹するばかりではなく、こちらが語る番になったということか。
「思いびと? 俺の、ですか?」
その一言で胸の中に、あの素朴で甘い微笑みが蘇った。飾り気のない、けれども誰よりもあったかい心を持った少女。
なにかが変わったような気がした。冷え切った心の中が、色彩を取り戻す。絶望的な状況にあって、なおも力を与えてくれる存在。
そうだ、俺は帰らなければならない。
堅く堅く、誓いを立てて。俺は静かに息を吸い込んだ。
大丈夫、何があってもあの微笑みを思い出せば耐えられる。
「…同じ孤児院で育った、幼馴染です。ティアラという名で、小さい頃は一緒に泥だらけになって遊んでいました」
「まあ…素敵! 幼馴染という存在は、とても憧れます。私の小さい頃は、子犬だけが遊び相手でしたから。今は? 今は、どうしていらっしゃるの?」
やはりシュゼット嬢も女の子、恋の話には興味津々の体で身を乗り出してくる。その様子が微笑ましくて、釣られて微笑みながら俺は続けた。
「大人になってからは、育ての親のシスター・リズと共に子供たちの世話をしています。日に焼けてそばかすが多くて、夕焼け色の髪で…年の頃は、ちょうどあなたくらいですよ」
「素敵、素敵! そんな小さな頃から運命の人がそばにいたんですね…。うふふ、ちょっと妬けちゃいます」
「ふふ、あなただって、婚約者の方がいらっしゃるのでは…」
そこで俺は言葉を切った。そうだ、彼女の婚約者はおそらくもう…。
「あら、ふふふ。そうですね。そういえば、お願いしたオルゴールは直せそうですか?」
…何?
俺は思わずカップに伸ばしかけた手を止めた。
彼女にも、記憶が残っているのか?
今まで俺と執事さんだけだと思っていた。だが…この反応は、どういう事なんだ?
「そ…そうですね。この後、続きを直していくつもりですよ。…すいませんが、もう少し工具をお借りします」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願い致します」
一見して、極めて和やかな会話にしか思えない。だが、どこかで大きなズレと歪みをはらんでいる。
俺以外の誰一人として、この異常さを自覚していないのだろうか?
深呼吸の代わりに、冷めたコーヒーをひとくち。今はそれで十分だ。
「もう少しかかりそうです。この後また、続きを頑張ろうかと。今まで見たことがない複雑な機構なので、じっくりと取り組みますよ」
勤めて冷静な声で返すと、シュゼット嬢から申し訳なさそうな言葉が返る。
「本当にすいません、難しいことを頼んでしまって…」
俺は少し、考えた。意地悪いと思うが、少しだけ確認して見たかった。
「いえ、前に申し上げた通り、後々の勉強になりますよ」
さあ、どう出る…?
「まあ…そうはおっしゃいましたが、ご負担にはなりませんか?」
「とんでもない、いい教材をお借りできたと喜んでおりますよ」
やっぱりだ。彼女に記憶は残っている。ただ、時間の感覚というか…いつの記憶かは定かではない様子だが。
…俺の前に、ここにきていたはずの人たちのことは、記憶から削除されているんだろうか?
もし俺が、ここで本当に死んでしまったとしたら…誰も俺のことを覚えていてはくれなくなるんだろうか…。
この、深い森にひっそりと建つお屋敷の中で…。
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