果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第一夜

死神の足音

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夜 23:20

 どういうわけか時計の中から出てきた鍵は、とりあえず明日の朝にでも執事さんに返すとしよう。そっと懐にしまうと、自室の扉を開ける。

 隅の作業机の上にランプとオルゴールを並べて、借り物の工具と自前のツールを広げた。改めて見てみれば、本当に凝った作りのオルゴールだ。今まで修理してきた中でも、トップクラスの難易度。やりごたえは満点だ。
 先ずは…この真紅のビロードを一時的に剥がさなくては。

 修理のためとは言え、内側のビロードを一時剥がす事には抵抗があった。同時に嫌な予感がする。執事さんと、シュゼット嬢の話を総合すれば…最悪の結末が導き出された。
 剥がしたビロードの下には、赤黒い染みが点在している。
 これは…血のシミだ。それも、この飛び散った様子は尋常ではない。

…やっぱりか…!

 ここで導いた仮説はこうだ。
 シュゼット嬢は、婚約者を待ち続けていた。だが…なんらかの事件に巻き込まれて命を落とし、オルゴールだけを預かった執事さんが血の跡を隠すためにビロードを張ってシュゼット嬢に渡した…?
 さらには、彼の死を伝えることができずに彼女のことを俺に託そうとしていた、ということか?

 …なんて事だ…。
 昼間見たあの絵画の中の彼女と、似たような境遇に陥ってしまっているという事か…?!
そこまで考えて、恐ろしいことに思い至った。
そんな事、あり得ない。だが、実際…そうだった。

 シュゼット嬢には、確かにあった。左目の端に、絵画と同じ小さなほくろが…!
 だがおかしい。あの絵にあった日付は、確かに五十年前だったはず。絵画の日付が間違っている? いや、それも考えづらい。日付の一日ぶん、なんて可愛らしい間違いじゃないのだ。

この屋敷は、何かがおかしい…?
 多くの絵画、玄関にあった肖像画、そしてその日付、さらに…シュゼット嬢と同じほくろ。

 俺は、そこまで考えて一つ大きくかぶりを振った。いけない。あまり踏み込むわけにはいかない。俺はあくまでも助けてもらった旅の者なのだから。
 窓の外は相変わらず、風が唸り大粒の雨が窓を叩く続けている。明朝までにこの嵐がおさまるだろうか? 

 今は自分のできることをやるしかない。
俺はオルゴールの内側に張ってあるビロードを完全に剥がして、細かい機構を覗き込む。
 優しい音色を取り戻すために。あのお嬢様の笑顔を取り戻すために。
 そして…おそらくもう、この世にはいないであろう彼女の婚約者の想いを橋渡ししてあげるために。

 もう、どのぐらいの時間が経ったのか…?
 夢中で繊細なオルゴールの修理に没頭していた俺は、十二回打った鐘の音で我に返った。先刻、自分で直した大きな振り子時計の鐘の音。もうそんな時間になっていたのか。
 まだまだ時間はかかりそうで心残りだが、そろそろ切り上げて休まなくては…。正直言って、集中力も限界に近いのだ。

立ち上がり、一つ大きな伸びをして…。ふと、こちらに近づく足音に気がついた。嵐のために屋敷の中を見回りに来た、執事さんだろうか?

 この時俺は、知る由もなかった。

 これが、死神の足音であることを…。

 部屋の前で止まる足音、響くノック。

 何も知らずに扉を開き、そして…!

 

 …そして、終焉が訪れた。
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