9 / 47
第一夜
死神の足音
しおりを挟む
夜 23:20
どういうわけか時計の中から出てきた鍵は、とりあえず明日の朝にでも執事さんに返すとしよう。そっと懐にしまうと、自室の扉を開ける。
隅の作業机の上にランプとオルゴールを並べて、借り物の工具と自前のツールを広げた。改めて見てみれば、本当に凝った作りのオルゴールだ。今まで修理してきた中でも、トップクラスの難易度。やりごたえは満点だ。
先ずは…この真紅のビロードを一時的に剥がさなくては。
修理のためとは言え、内側のビロードを一時剥がす事には抵抗があった。同時に嫌な予感がする。執事さんと、シュゼット嬢の話を総合すれば…最悪の結末が導き出された。
剥がしたビロードの下には、赤黒い染みが点在している。
これは…血のシミだ。それも、この飛び散った様子は尋常ではない。
…やっぱりか…!
ここで導いた仮説はこうだ。
シュゼット嬢は、婚約者を待ち続けていた。だが…なんらかの事件に巻き込まれて命を落とし、オルゴールだけを預かった執事さんが血の跡を隠すためにビロードを張ってシュゼット嬢に渡した…?
さらには、彼の死を伝えることができずに彼女のことを俺に託そうとしていた、ということか?
…なんて事だ…。
昼間見たあの絵画の中の彼女と、似たような境遇に陥ってしまっているという事か…?!
そこまで考えて、恐ろしいことに思い至った。
そんな事、あり得ない。だが、実際…そうだった。
シュゼット嬢には、確かにあった。左目の端に、絵画と同じ小さなほくろが…!
だがおかしい。あの絵にあった日付は、確かに五十年前だったはず。絵画の日付が間違っている? いや、それも考えづらい。日付の一日ぶん、なんて可愛らしい間違いじゃないのだ。
この屋敷は、何かがおかしい…?
多くの絵画、玄関にあった肖像画、そしてその日付、さらに…シュゼット嬢と同じほくろ。
俺は、そこまで考えて一つ大きくかぶりを振った。いけない。あまり踏み込むわけにはいかない。俺はあくまでも助けてもらった旅の者なのだから。
窓の外は相変わらず、風が唸り大粒の雨が窓を叩く続けている。明朝までにこの嵐がおさまるだろうか?
今は自分のできることをやるしかない。
俺はオルゴールの内側に張ってあるビロードを完全に剥がして、細かい機構を覗き込む。
優しい音色を取り戻すために。あのお嬢様の笑顔を取り戻すために。
そして…おそらくもう、この世にはいないであろう彼女の婚約者の想いを橋渡ししてあげるために。
もう、どのぐらいの時間が経ったのか…?
夢中で繊細なオルゴールの修理に没頭していた俺は、十二回打った鐘の音で我に返った。先刻、自分で直した大きな振り子時計の鐘の音。もうそんな時間になっていたのか。
まだまだ時間はかかりそうで心残りだが、そろそろ切り上げて休まなくては…。正直言って、集中力も限界に近いのだ。
立ち上がり、一つ大きな伸びをして…。ふと、こちらに近づく足音に気がついた。嵐のために屋敷の中を見回りに来た、執事さんだろうか?
この時俺は、知る由もなかった。
これが、死神の足音であることを…。
部屋の前で止まる足音、響くノック。
何も知らずに扉を開き、そして…!
…そして、終焉が訪れた。
どういうわけか時計の中から出てきた鍵は、とりあえず明日の朝にでも執事さんに返すとしよう。そっと懐にしまうと、自室の扉を開ける。
隅の作業机の上にランプとオルゴールを並べて、借り物の工具と自前のツールを広げた。改めて見てみれば、本当に凝った作りのオルゴールだ。今まで修理してきた中でも、トップクラスの難易度。やりごたえは満点だ。
先ずは…この真紅のビロードを一時的に剥がさなくては。
修理のためとは言え、内側のビロードを一時剥がす事には抵抗があった。同時に嫌な予感がする。執事さんと、シュゼット嬢の話を総合すれば…最悪の結末が導き出された。
剥がしたビロードの下には、赤黒い染みが点在している。
これは…血のシミだ。それも、この飛び散った様子は尋常ではない。
…やっぱりか…!
ここで導いた仮説はこうだ。
シュゼット嬢は、婚約者を待ち続けていた。だが…なんらかの事件に巻き込まれて命を落とし、オルゴールだけを預かった執事さんが血の跡を隠すためにビロードを張ってシュゼット嬢に渡した…?
さらには、彼の死を伝えることができずに彼女のことを俺に託そうとしていた、ということか?
…なんて事だ…。
昼間見たあの絵画の中の彼女と、似たような境遇に陥ってしまっているという事か…?!
そこまで考えて、恐ろしいことに思い至った。
そんな事、あり得ない。だが、実際…そうだった。
シュゼット嬢には、確かにあった。左目の端に、絵画と同じ小さなほくろが…!
だがおかしい。あの絵にあった日付は、確かに五十年前だったはず。絵画の日付が間違っている? いや、それも考えづらい。日付の一日ぶん、なんて可愛らしい間違いじゃないのだ。
この屋敷は、何かがおかしい…?
多くの絵画、玄関にあった肖像画、そしてその日付、さらに…シュゼット嬢と同じほくろ。
俺は、そこまで考えて一つ大きくかぶりを振った。いけない。あまり踏み込むわけにはいかない。俺はあくまでも助けてもらった旅の者なのだから。
窓の外は相変わらず、風が唸り大粒の雨が窓を叩く続けている。明朝までにこの嵐がおさまるだろうか?
今は自分のできることをやるしかない。
俺はオルゴールの内側に張ってあるビロードを完全に剥がして、細かい機構を覗き込む。
優しい音色を取り戻すために。あのお嬢様の笑顔を取り戻すために。
そして…おそらくもう、この世にはいないであろう彼女の婚約者の想いを橋渡ししてあげるために。
もう、どのぐらいの時間が経ったのか…?
夢中で繊細なオルゴールの修理に没頭していた俺は、十二回打った鐘の音で我に返った。先刻、自分で直した大きな振り子時計の鐘の音。もうそんな時間になっていたのか。
まだまだ時間はかかりそうで心残りだが、そろそろ切り上げて休まなくては…。正直言って、集中力も限界に近いのだ。
立ち上がり、一つ大きな伸びをして…。ふと、こちらに近づく足音に気がついた。嵐のために屋敷の中を見回りに来た、執事さんだろうか?
この時俺は、知る由もなかった。
これが、死神の足音であることを…。
部屋の前で止まる足音、響くノック。
何も知らずに扉を開き、そして…!
…そして、終焉が訪れた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
オカルティック・アンダーワールド
アキラカ
ホラー
とある出版社で編集者として働く冴えないアラサー男子・三枝は、ある日突然学術雑誌の編集部から社内地下に存在するオカルト雑誌アガルタ編集部への異動辞令が出る。そこで三枝はライター兼見習い編集者として雇われている一人の高校生アルバイト・史(ふひと)と出会う。三枝はオカルトへの造詣が皆無な為、異動したその日に名目上史の教育係として史が担当する記事の取材へと駆り出されるのだった。しかしそこで待ち受けていたのは数々の心霊現象と怪奇な事件で有名な幽霊団地。そしてそこに住む奇妙な住人と不気味な出来事、徐々に襲われる恐怖体験に次から次へと巻き込まれてゆくのだった。
逢魔ヶ刻の迷い子2
naomikoryo
ホラー
——それは、封印された記憶を呼び覚ます夜の探索。
夏休みのある夜、中学二年生の六人は学校に伝わる七不思議の真相を確かめるため、旧校舎へと足を踏み入れた。
静まり返った廊下、誰もいないはずの音楽室から響くピアノの音、職員室の鏡に映る“もう一人の自分”——。
次々と彼らを襲う怪異は、単なる噂ではなかった。
そして、最後の七不思議**「深夜の花壇の少女」**が示す先には、**学校に隠された“ある真実”**が眠っていた——。
「恐怖」は、彼らを閉じ込めるために存在するのか。
それとも、何かを伝えるために存在しているのか。
七つの怪談が絡み合いながら、次第に明かされる“過去”と“真相”。
ただの怪談が、いつしか“真実”へと変わる時——。
あなたは、この夜を無事に終えることができるだろうか?
逢魔ヶ刻の迷い子
naomikoryo
ホラー
夏休みの夜、肝試しのために寺の墓地へ足を踏み入れた中学生6人。そこはただの墓地のはずだった。しかし、耳元に囁く不可解な声、いつの間にか繰り返される道、そして闇の中から現れた「もう一人の自分」。
気づいた時、彼らはこの世ならざる世界へ迷い込んでいた——。
赤く歪んだ月が照らす異形の寺、どこまでも続く石畳、そして開かれた黒い門。
逃げることも、抗うことも許されず、彼らに突きつけられたのは「供物」の選択。
犠牲を捧げるのか、それとも——?
“恐怖”と“選択”が絡み合う、異界脱出ホラー。
果たして彼らは元の世界へ戻ることができるのか。
それとも、この夜の闇に囚われたまま、影へと溶けていくのか——。
海淵巨大生物との遭遇
ただのA
ホラー
この作品は、深海をテーマにした海洋ホラーで、未知なる世界への冒険とその恐怖が交錯する物語です。
潜水艦《オセアノス》に乗り込み、深海の神秘的で美しい景色に包まれながらも、
次第にその暗闇に潜む恐ろしい存在とも
遭遇していきます。
──────────────────
オセアノスは、最先端技術を駆使して設計された海底観覧用潜水艦。
乗客たちは、全長30メートルを超えるこの堅牢な潜水艦で、深海の神秘的な世界を探索する冒険に出発する。
艦内には、快適な座席やラウンジ、カフェが完備され、長時間の航行でも退屈することはない。
窓からは、光る魚や不思議な深海生物が観察でき、乗客たちは次々と目の前に広がる未知の景色に驚き、興奮する。
しかし、深海には未だ解明されていない謎が数多く存在する。
その暗闇に包まれた世界では、どんな未知の生物がひそんでいるのか、人々の想像を超えた巨大な影が潜んでいるのか、それは誰にも分からない。
それに故に人々は神秘性を感じ恐怖を体験する^_^
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる