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第一夜
新たな修理依頼
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夜 22:40
夜中に女性の寝室を訪れるのは、流石にどうかとは思ったが…『今夜のうち、できれば早めに!』と望まれれば是非もない。今なら執事さんも同席しているだろうと当たりをつけて、三階にある部屋に足早に向かう。
控えめなノックで様子を見ると「どうぞ」と返事が返る。「失礼します」と扉を開けると、昼間見たとおりの儚げな微笑みが執事さんを従えて待っていた。少し顔色が優れないように思える。
「それが、修理するものですか?」
彼女の手の中には、両手に収まるサイズの白い小箱がある。
「ええ、あの方からいただいたオルゴールなんです。音が鳴らず、こちらの開きも閉じたままなんです。困った子でしょう?」
「失礼、見せていただけますか?」
彼女が差し出す小箱は細かい細工で真珠をあしらった、女性がいかにも好みそうなデザインのものだ。これを贈った人物は、相当に趣味が良い。
「これは…いい細工ですね。中も、いいですか?」
そっと中を開けると蓋裏に鏡。赤いビロード張りの内側には指輪を入れるスリット、反対側には小さな扉とそのツマミがはまっている。
「…細かい細工ですね。この内側の扉も開かないのですか?」
「ええ。特別な職人さんの手によるもので、音楽が鳴っている間しか開かないそうです」
それは修理する身としては、あまりに厄介すぎる代物だ…。
「このオルゴールは、いただいた時から動かなかったんですよ、実は。あの人ってば、うっかり落としちゃったんですわ。迎えにきてくれるその時までに、是非とも開けて中を確かめたいのです…」
彼女は少しため息をついて肩を落とした。そんなことを言われては、なおさら修理しなくてはならないじゃないか。音色すら確かめられなかったなんて、とてもじゃないが言えやしない。
だが待てよ…さっき聞いた執事さんの話と一致する。ということは彼女の願いというのは、婚約者に関するものだ。
言われて初めて気づいたが、底のあたりに傷が残っている。しかし、これは…?!
ただ落としたという傷ではなさそうだ。よく見ると、刀傷のように思える。
これは…ただ事じゃない。
不吉な予感で曇った俺の表情に、シュゼット嬢が不安そうな目を向けてきた。
「少し、預からせていただいてもよろしいですか? 思っている以上に、その…複雑そうなので…」
俺の言葉に、シュゼット嬢はホッとしたように笑顔で頷いた。
「申し訳ありません、こんなことをお願いしてしまって…」
「いえ、この細工はとても勉強になります。見せていただいてありがとうございます」
自室に帰る間に、先ほど修理した玄関前の大きな時計の前を通りかかった。
そういえば。
時計の針が動き出す前に、小さな金属音が鳴っていた。振り子の下に落ちたと思われるそれを確かめてみよう…ふとそう思いついた。
振り子のガラス扉を開けて、ランプの明かりを近づける。奥でかすかに光って見えたものは。
朝に執事さんから預かったものによく似た鍵だった。
夜中に女性の寝室を訪れるのは、流石にどうかとは思ったが…『今夜のうち、できれば早めに!』と望まれれば是非もない。今なら執事さんも同席しているだろうと当たりをつけて、三階にある部屋に足早に向かう。
控えめなノックで様子を見ると「どうぞ」と返事が返る。「失礼します」と扉を開けると、昼間見たとおりの儚げな微笑みが執事さんを従えて待っていた。少し顔色が優れないように思える。
「それが、修理するものですか?」
彼女の手の中には、両手に収まるサイズの白い小箱がある。
「ええ、あの方からいただいたオルゴールなんです。音が鳴らず、こちらの開きも閉じたままなんです。困った子でしょう?」
「失礼、見せていただけますか?」
彼女が差し出す小箱は細かい細工で真珠をあしらった、女性がいかにも好みそうなデザインのものだ。これを贈った人物は、相当に趣味が良い。
「これは…いい細工ですね。中も、いいですか?」
そっと中を開けると蓋裏に鏡。赤いビロード張りの内側には指輪を入れるスリット、反対側には小さな扉とそのツマミがはまっている。
「…細かい細工ですね。この内側の扉も開かないのですか?」
「ええ。特別な職人さんの手によるもので、音楽が鳴っている間しか開かないそうです」
それは修理する身としては、あまりに厄介すぎる代物だ…。
「このオルゴールは、いただいた時から動かなかったんですよ、実は。あの人ってば、うっかり落としちゃったんですわ。迎えにきてくれるその時までに、是非とも開けて中を確かめたいのです…」
彼女は少しため息をついて肩を落とした。そんなことを言われては、なおさら修理しなくてはならないじゃないか。音色すら確かめられなかったなんて、とてもじゃないが言えやしない。
だが待てよ…さっき聞いた執事さんの話と一致する。ということは彼女の願いというのは、婚約者に関するものだ。
言われて初めて気づいたが、底のあたりに傷が残っている。しかし、これは…?!
ただ落としたという傷ではなさそうだ。よく見ると、刀傷のように思える。
これは…ただ事じゃない。
不吉な予感で曇った俺の表情に、シュゼット嬢が不安そうな目を向けてきた。
「少し、預からせていただいてもよろしいですか? 思っている以上に、その…複雑そうなので…」
俺の言葉に、シュゼット嬢はホッとしたように笑顔で頷いた。
「申し訳ありません、こんなことをお願いしてしまって…」
「いえ、この細工はとても勉強になります。見せていただいてありがとうございます」
自室に帰る間に、先ほど修理した玄関前の大きな時計の前を通りかかった。
そういえば。
時計の針が動き出す前に、小さな金属音が鳴っていた。振り子の下に落ちたと思われるそれを確かめてみよう…ふとそう思いついた。
振り子のガラス扉を開けて、ランプの明かりを近づける。奥でかすかに光って見えたものは。
朝に執事さんから預かったものによく似た鍵だった。
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