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第一夜
晩餐の席にて
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夕刻 18:00
薄暗くなっていく外の風景。相変わらず雨粒は窓を叩き続けている。いや、むしろ昼間よりも激しくなっているのかもしれない。暗くなったその分、激しい雨音は際立つように思えた。
長く続く雨の音は、狂気を引き起こすと聞いたことがある。初めてその話を聞いたときは冗談として笑い飛ばしたが…今現在の自分の状況を鑑みると、間違いとは言い切れない気がする。
まあ、明日になったら流石に止むだろうけれど。
執事さんに呼ばれて晩餐の席に着くと、シュゼット嬢がしずしずと現れた。
「お身体の具合はよろしいのですか?」
「ええ、とっても。今宵はお客様もいらしているのですもの。外になかなか出られない私にとって、お客様から聞く外のお話は、何よりの薬ですわ」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。
その笑みが不幸だったに違いない絵画の中の彼女と、奇妙に重なって見えて一瞬目頭が熱くなる。いけない、シュゼット嬢は彼女と違うというのに。
夕食の席で、俺は請われるままにいろいろな話を聞かせた。
孤児院で育ったこと、駆け出し学者になって、変人な教授について仕事していること。
時々、生まれ育った孤児院で小さな子供達に読み書きなどを教えていること。
そして、得意な機械修理であちこちの時計などを直し、便利屋扱いされていること。
教授とともにやらかしたハデな失敗話のくだりでは、鈴を転がすように笑い声を立てるシュゼット嬢に奇妙な安堵を覚えた。
ふと、何かを思いついたようにシュゼット嬢は笑いを収めた。そしてじっと俺の目を覗き込むと、楽しそうに口を開く。
「カシアン様は、好きな方はいらっしゃるの?」
「え!?」
唐突なその質問は、俺の心臓をはねあげるには十分だった。嫌でも幼馴染みのティアラの笑顔がよぎる。幼くて記憶も曖昧だが、俺の少し後に孤児院にやって来た赤毛の少女。そばかすが似合う素朴な幼馴染み。初めて彼女を意識したのは、いつだろうか?
「ふふ、そのご様子では、いらっしゃるようですね?」
いたずらっぽい笑みで、シュゼット嬢は俺を見つめる。
「私にも、婚約者はいますわ。とっても素敵な人。あなたみたいに、ね」
「え、そんな…俺なんて…」
「ふふ、もっとご自分に自信をお持ちになればいいのに。カシアン様は、とても素敵なかたですわよ」
「そ…それは…どうも…」
あまり持ち上げられると、落ち着かない。
そのタイミングで、目の前に置かれた食後のコーヒーに思わず目を落とした。
「どうぞ。温かいうちにお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます。あ、そうだ! 色々助けていただいたお礼に、何か修理が必要な物はありませんか?」
突然の俺からの提案に、二人とも意外そうにキョトンとして俺を見返す。
「見ての通り、お礼がしたくても何も持ち合わせがありません。せめて、自分に出来る事は機械やからくりの修理くらいですから…」
なんとかお礼をしたいとは考えていたが、さっきの会話で俺に出来ることを思い出した。昔から手先は器用な方だったのと、物の構造について興味があったため…よくいろんなものを分解しては怒られていたっけ。
最初の方こそ組み直す時にネジや部品が余っていたが、段々と正確な組み直しが出来るようになっている。何度か職人組合からのスカウトが来た事もある。それでも学者になったのは学問をもっと知りたい、学びたいという思いあってのこと。この世には、隠された歴史や様々な生き物などがまだまだあり、それらを追究していきたいと思っていたからだ。
「それでしたら…お願いしたいものがありますが、よろしいですか?」
それが、執事さんとシュゼット嬢がそれぞれ出した答えだった。迷うことなく、俺は頷く。
恩には必ず報いること。
それが、俺が育った孤児院での教えでもある。
薄暗くなっていく外の風景。相変わらず雨粒は窓を叩き続けている。いや、むしろ昼間よりも激しくなっているのかもしれない。暗くなったその分、激しい雨音は際立つように思えた。
長く続く雨の音は、狂気を引き起こすと聞いたことがある。初めてその話を聞いたときは冗談として笑い飛ばしたが…今現在の自分の状況を鑑みると、間違いとは言い切れない気がする。
まあ、明日になったら流石に止むだろうけれど。
執事さんに呼ばれて晩餐の席に着くと、シュゼット嬢がしずしずと現れた。
「お身体の具合はよろしいのですか?」
「ええ、とっても。今宵はお客様もいらしているのですもの。外になかなか出られない私にとって、お客様から聞く外のお話は、何よりの薬ですわ」
そう言って彼女は嬉しそうに微笑む。
その笑みが不幸だったに違いない絵画の中の彼女と、奇妙に重なって見えて一瞬目頭が熱くなる。いけない、シュゼット嬢は彼女と違うというのに。
夕食の席で、俺は請われるままにいろいろな話を聞かせた。
孤児院で育ったこと、駆け出し学者になって、変人な教授について仕事していること。
時々、生まれ育った孤児院で小さな子供達に読み書きなどを教えていること。
そして、得意な機械修理であちこちの時計などを直し、便利屋扱いされていること。
教授とともにやらかしたハデな失敗話のくだりでは、鈴を転がすように笑い声を立てるシュゼット嬢に奇妙な安堵を覚えた。
ふと、何かを思いついたようにシュゼット嬢は笑いを収めた。そしてじっと俺の目を覗き込むと、楽しそうに口を開く。
「カシアン様は、好きな方はいらっしゃるの?」
「え!?」
唐突なその質問は、俺の心臓をはねあげるには十分だった。嫌でも幼馴染みのティアラの笑顔がよぎる。幼くて記憶も曖昧だが、俺の少し後に孤児院にやって来た赤毛の少女。そばかすが似合う素朴な幼馴染み。初めて彼女を意識したのは、いつだろうか?
「ふふ、そのご様子では、いらっしゃるようですね?」
いたずらっぽい笑みで、シュゼット嬢は俺を見つめる。
「私にも、婚約者はいますわ。とっても素敵な人。あなたみたいに、ね」
「え、そんな…俺なんて…」
「ふふ、もっとご自分に自信をお持ちになればいいのに。カシアン様は、とても素敵なかたですわよ」
「そ…それは…どうも…」
あまり持ち上げられると、落ち着かない。
そのタイミングで、目の前に置かれた食後のコーヒーに思わず目を落とした。
「どうぞ。温かいうちにお召し上がりください」
「あ、ありがとうございます。あ、そうだ! 色々助けていただいたお礼に、何か修理が必要な物はありませんか?」
突然の俺からの提案に、二人とも意外そうにキョトンとして俺を見返す。
「見ての通り、お礼がしたくても何も持ち合わせがありません。せめて、自分に出来る事は機械やからくりの修理くらいですから…」
なんとかお礼をしたいとは考えていたが、さっきの会話で俺に出来ることを思い出した。昔から手先は器用な方だったのと、物の構造について興味があったため…よくいろんなものを分解しては怒られていたっけ。
最初の方こそ組み直す時にネジや部品が余っていたが、段々と正確な組み直しが出来るようになっている。何度か職人組合からのスカウトが来た事もある。それでも学者になったのは学問をもっと知りたい、学びたいという思いあってのこと。この世には、隠された歴史や様々な生き物などがまだまだあり、それらを追究していきたいと思っていたからだ。
「それでしたら…お願いしたいものがありますが、よろしいですか?」
それが、執事さんとシュゼット嬢がそれぞれ出した答えだった。迷うことなく、俺は頷く。
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