果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第一夜

美しき女主人

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朝・7:00

「気がつかれましたか?」
 気づけばここは、見たことのない天井と優しく美しい声。俺は、なぜここにいるのだろうか?
 傍らには水差しを持った女性が柔和な笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいる。

 見たこともないほど、美しい女性だった。光に透けるような柔らかな長い金髪に、澄み切った青い瞳。年の頃は二十歳に届くか届かないかくらいの若い女性だ。儚げなその風情に夢の続きを見る心地でぼうっと彼女に見とれていると、背後にもう一人誰かが控えていることに気づく。彼女に影のように寄り添う老執事らしき人物は、瞬きもせずにこちらを値踏みするような目でじっと見下ろしていた。
「あの、ここは…? あと俺は…?」
「ご安心ください、わたしの屋敷です。外で倒れていたところを見つけまして、ここまで…」
 と言うことは、あの時点でここまでたどり着いていたのか。暗い中で夢中で走って気づかなかった。俺、結構足速かったんだな…。いや、それよりも!
「す、すいません! 助けていただきありがとうございました!」
 俺は起き上がると慌てて頭を下げた。打ち身を負ったらしい肩が少々痛むが、構うものか! 彼女たちがいなかったら、俺はとっくにオオカミのディナーになっていたところだ。
「いいえ、お気になさらないでください。お客様なんて久しぶりです、良かったら外の話を聞かせてくださいね」

 俺たちはそこで互いに自己紹介した。彼女はシュゼット嬢、老執事はジェイクだそうだ。
 俺はふと窓の外に目をやった。背後にある置き時計の針が七時を指していたが、それにしてはやけに暗い。それもそのはず、外は昨日から引き続く雨でほぼ嵐に近い天気だ。窓を叩く雨音に、風の音も激しくなってきている。ここの部屋は、どうやら二階のようだ。
「すごい雨ですね…。俺、ここにたどり着かなかったらどうなっていたことか…」
「雨風が収まるまで、しばらくかかりそうですね。それまでごゆっくりして下さい」
「すいません、お世話になります」
「ふふ…なんだか不思議。あなたのこと、初めて会った気がしないんですよ」
 それは俺もなんとなく感じていた。彼女には、不思議と懐かしさに似た親しみを感じるのだ。
「俺もです。なんとなく懐かしいというか…おかしいですよね、初対面なのに」
 そう言うと、彼女は花がこぼれるような微笑みを見せる。その儚げな風情に、そのまま消えてしまうんじゃないかと不安になり目が離せなかった。


  老執事を伴って彼女が部屋を出ると、改めて部屋を見回してみた。高級そうな調度品はあくまでも抑えめに、品の良さを感じさせる。気を失っている間に雨に濡れて泥をかぶった服は着替えさせてもらったらしい。肌触りのいい白い寝巻きだ。傍らに、俺が着ていた服が綺麗にしてかけてあった。どこまでも至れり尽くせりで、どう恩返ししようかと思う。

 着替えて一息つくと、控えめなノックでさっきの執事さんが飲み物と軽食を持って来てくれた。改めてお礼を言うと、彼はニコリともせずにピシリと定規を当てたような一礼をしてみせた。
「お屋敷の中はご自由にご覧ください。ただ、お嬢様は病弱なお方…お部屋からはそうそうお出ましになられません。お相手をできず、申し訳ありませんと言伝を頼まれました」
「いや、そんな…むしろ、お気遣いありがとうございます! あの、お嬢様のお身体の具合は大丈夫なんですか?」
「ええ。今日はご気分がよろしいようです。久し振りにお客様がお見えになったお陰でしょうか…」
 そう言うと「どうぞ」と言って、二本鍵がついた鍵束を手渡してくれた。って、え? いきなりなんだろう?
「お相手できませんので、せめてこちらを預かってまいりました。図書室と、こちらのお部屋の鍵です」
 いいのか? いきなり来た初対面の俺なんかに、鍵なんか渡して…? 図書室だけとはいえ、本って結構な貴重品なんじゃ? いや、駆け出しとはいえ学者の端くれとしては興味あるけどさ。
「書物は、お嫌いですか?」
 訝しむ俺の表情を見たのだろう、執事さんが長身をかがめるようにして聞いて来た。
「いえ、大好きなのですが…いきなり鍵なんか預かって、よろしいのですか?」
 その俺の答えに幾分満足げに頷くと、彼は初めて笑みを見せた。決して爽やかな笑みではないが、悪い気はしない。少々、不気味ではあるが。
「構いません。ワタクシにとって、あのお方のお言葉は絶対なのですから!」
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