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エピローグ 〜七日目の夜明け〜
親子の想い
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明けの明星
夢現で、懐かしい夢を見た。
街で非行をしていた時に、誰よりも本気になってシスター・リズは叱ってくれた。
孤児院内で怪我をした時、誰よりも心配してくれた。俺の才覚に気づいたのも学者への道を行くきっかけを作ってくれたのも彼女だ。
俺は、気づかないうちに大きな愛情をもらっていたのだ…。
…。
……。
…………。
「…う…」
目を開ければ、見慣れた天井がそこにあった。
あの屋敷のものではない。
もっと見慣れた場所のものだ!
胸の上に、何か重みを感じる。そっと目を向けると、夕焼け色の髪の毛が見えた。
「ティアラ…?」
俺の微かな声に、彼女はそっと起き上がった。ベッド脇でずっと手を握ってくれていたらしい。
「…カシアン…? 気がついたの…?」
「ここは…俺は、一体…?」
ここは孤児院だと、わかりきっている。だが今はあの悪夢の続きなどではなく、ここがあの屋敷ではないという確信が欲しかった。それに、状況が全くわからない。
「覚えてないの? 森の中で倒れているのを牧師さんが見つけてくれたんだよ…? ねえ、何があったの、カシアン? そこから三日間ずっと起きなかったんだよ?」
「丸三日…?」
あの屋敷で繰り返した六日間で、完全に時間の感覚は失われていた。
無数の死を体験した挙句、同じ数だけ時を戻された異常な体験。信じてもらえるかわからないが、俺にとってはもっと大切なことを思い出した。あれほどに焦がれ続けた、彼女の微笑みがそばにある。そのことに気づくと、愛おしさが一層こみ上げた。
「ティアラ…ただいま」
そして最も愛しい人を抱きしめる。
「! か…カシアンったら! どれだけ心配したか、わかってるの? いくら呼んでも起きなくて、ずっとこのままなんじゃないかって怖かったんだからね!」
ティアラは文句を並べつつも、されるがままにしてくれている。本当に心配をかけてしまった。
「すまない、本当にすまない…! だがしばらく、このままでいさせてくれ」
無数の死と血に塗れたあの屋敷から、生きて帰還したという実感。腕の中の確かな暖かさと柔らかな匂いが、あの屋敷での生々しい死の記憶を洗い流してくれるような気がしていた。
「君のおかげで、戻ってこれた…本当にありがとう」
「もう…。何があったか、あとで教えてくれる?」
「ああ。長くなると思うけど、いいかい?」
しばらくして、ティアラはシスター・リズを呼んできてくれた。退出しようとするティアラを俺は引き止める。
「身体はもう大丈夫なの? 一体、何があったのかしら? 」
柔らかなその手を俺の額に当てて、彼女は矢継ぎ早に問い続ける。
「ああ。大丈夫だよ、母さん」
俺の言葉に、シスター・リズは息を飲んだ。
「俺は、貴女の実の息子…そうでしょう?」
そう言いながら、懐に入れていた赤い指輪を引っ張り出した。同時に俺も驚きに身をすくめる。
ペンダントの指輪は、赤と青の二つに増えていた。最初から対となるべく作られた、同じ意匠のもの。
「そ、それは…その指輪は…!」
「全て見てきたよ。信じてくれるかはわからないけれど」
ティアラは面食らったように、俺とシスター・リズを見比べた。お互いに親のいない子供のための施設である孤児院育ちと思っていて、いきなり実の親子と言えば混乱もするだろう。
ふと思い出してかけられていた上着のポケットを探ると、凝った意匠のオルゴールが出てきた。悪魔と対峙した時に入れたものだが、そのまま持って帰ってしまったのか…。
「それは…?」
初めて見るオルゴールにシスター・リズが目を丸くする。
「シュゼット嬢の形見。俺の…祖母に当たる人だよ。そして…」
そこで俺は、改めてシスター・リズに向き直る。
「シスター・リズの母親に当たる人だ」
淡い金髪に澄んだ青い瞳。儚げで心優しい彼女。思えば最初に気づくべきだったのかもしれない。改めて見ると、よくにた面差しをしていた。
「シスター・リズ…本名は、エリザベス…だね?」
度重なる衝撃に呆然とした面持ちで、彼女は頷く。
「あなた…今まで一体、どこに行っていたの?」
その問いに俺は、ただ話し始めた。
今まで体験した、長い長い物語を。
美しく儚げなシュゼット嬢と、献身的に彼女に仕え続けた執事さんのこと。多くの試練や困難、そして最後の部屋で見た幸福そのものの絵画のことも。
無数の死を体験したことは伏せておいた。とても話す気にはなれなくて…。
不思議な話だと自分でも思ったが、彼女もティアラも黙って聞いてくれた。
「良かった…帰ってきてくれて、良かった…!」
シスター・リズが俺を抱きしめた。初めて知る『母』の温もり。今度はシスター・リズが話してくれる番だった。
夢現で、懐かしい夢を見た。
街で非行をしていた時に、誰よりも本気になってシスター・リズは叱ってくれた。
孤児院内で怪我をした時、誰よりも心配してくれた。俺の才覚に気づいたのも学者への道を行くきっかけを作ってくれたのも彼女だ。
俺は、気づかないうちに大きな愛情をもらっていたのだ…。
…。
……。
…………。
「…う…」
目を開ければ、見慣れた天井がそこにあった。
あの屋敷のものではない。
もっと見慣れた場所のものだ!
胸の上に、何か重みを感じる。そっと目を向けると、夕焼け色の髪の毛が見えた。
「ティアラ…?」
俺の微かな声に、彼女はそっと起き上がった。ベッド脇でずっと手を握ってくれていたらしい。
「…カシアン…? 気がついたの…?」
「ここは…俺は、一体…?」
ここは孤児院だと、わかりきっている。だが今はあの悪夢の続きなどではなく、ここがあの屋敷ではないという確信が欲しかった。それに、状況が全くわからない。
「覚えてないの? 森の中で倒れているのを牧師さんが見つけてくれたんだよ…? ねえ、何があったの、カシアン? そこから三日間ずっと起きなかったんだよ?」
「丸三日…?」
あの屋敷で繰り返した六日間で、完全に時間の感覚は失われていた。
無数の死を体験した挙句、同じ数だけ時を戻された異常な体験。信じてもらえるかわからないが、俺にとってはもっと大切なことを思い出した。あれほどに焦がれ続けた、彼女の微笑みがそばにある。そのことに気づくと、愛おしさが一層こみ上げた。
「ティアラ…ただいま」
そして最も愛しい人を抱きしめる。
「! か…カシアンったら! どれだけ心配したか、わかってるの? いくら呼んでも起きなくて、ずっとこのままなんじゃないかって怖かったんだからね!」
ティアラは文句を並べつつも、されるがままにしてくれている。本当に心配をかけてしまった。
「すまない、本当にすまない…! だがしばらく、このままでいさせてくれ」
無数の死と血に塗れたあの屋敷から、生きて帰還したという実感。腕の中の確かな暖かさと柔らかな匂いが、あの屋敷での生々しい死の記憶を洗い流してくれるような気がしていた。
「君のおかげで、戻ってこれた…本当にありがとう」
「もう…。何があったか、あとで教えてくれる?」
「ああ。長くなると思うけど、いいかい?」
しばらくして、ティアラはシスター・リズを呼んできてくれた。退出しようとするティアラを俺は引き止める。
「身体はもう大丈夫なの? 一体、何があったのかしら? 」
柔らかなその手を俺の額に当てて、彼女は矢継ぎ早に問い続ける。
「ああ。大丈夫だよ、母さん」
俺の言葉に、シスター・リズは息を飲んだ。
「俺は、貴女の実の息子…そうでしょう?」
そう言いながら、懐に入れていた赤い指輪を引っ張り出した。同時に俺も驚きに身をすくめる。
ペンダントの指輪は、赤と青の二つに増えていた。最初から対となるべく作られた、同じ意匠のもの。
「そ、それは…その指輪は…!」
「全て見てきたよ。信じてくれるかはわからないけれど」
ティアラは面食らったように、俺とシスター・リズを見比べた。お互いに親のいない子供のための施設である孤児院育ちと思っていて、いきなり実の親子と言えば混乱もするだろう。
ふと思い出してかけられていた上着のポケットを探ると、凝った意匠のオルゴールが出てきた。悪魔と対峙した時に入れたものだが、そのまま持って帰ってしまったのか…。
「それは…?」
初めて見るオルゴールにシスター・リズが目を丸くする。
「シュゼット嬢の形見。俺の…祖母に当たる人だよ。そして…」
そこで俺は、改めてシスター・リズに向き直る。
「シスター・リズの母親に当たる人だ」
淡い金髪に澄んだ青い瞳。儚げで心優しい彼女。思えば最初に気づくべきだったのかもしれない。改めて見ると、よくにた面差しをしていた。
「シスター・リズ…本名は、エリザベス…だね?」
度重なる衝撃に呆然とした面持ちで、彼女は頷く。
「あなた…今まで一体、どこに行っていたの?」
その問いに俺は、ただ話し始めた。
今まで体験した、長い長い物語を。
美しく儚げなシュゼット嬢と、献身的に彼女に仕え続けた執事さんのこと。多くの試練や困難、そして最後の部屋で見た幸福そのものの絵画のことも。
無数の死を体験したことは伏せておいた。とても話す気にはなれなくて…。
不思議な話だと自分でも思ったが、彼女もティアラも黙って聞いてくれた。
「良かった…帰ってきてくれて、良かった…!」
シスター・リズが俺を抱きしめた。初めて知る『母』の温もり。今度はシスター・リズが話してくれる番だった。
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