果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第六夜

対なる指輪

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月の出

 目の前には数人の男たち。
 見覚えのない、雨の夜の出来事だ。
 俺にとっては二度目の、旦那さんの死をを追体験しつつある…。

 壁際に追い詰められて、凶悪な笑みを浮かべた男たちは刃物を振りかぶる。

 数合避けて、腹に一撃。身を折り流血に苦しんだ挙句、またそこに背中への一撃。
  その場に膝をついて倒れるのを見て、男たちは散り散りに去って行く。誰かに見咎められたらしい。

 その記憶の中、僅かに残った最後の力で、身につけていた指輪を外してオルゴールの小箱に仕込んだ。かすかに見えたのは、青い石。

 それを駆けつけた執事さんに託して、そのまま息を引き取る…。

 そしてまた、意識が暗転する…。


 ___________どういうことだ。

 死と死の狭間、壊れかけた俺の意識は再び覚醒していた。

 さっきの、青い指輪…。
 絵画にあったものと同じだ。
 そして、もう一つ…。


思考が弾ける。
 
 ____見つけた!

 この悪魔に勝てる、最後のひとかけらの希望!

 ということは、俺は…!

 だとしたら、死ぬわけにいかない。

 死ぬわけにはいかないんだ!!!


『へえ…すごい自信だね…。なんだい、キミが見つけたものというのは…?』

 気がつけば俺は暗闇の中、執事さんの姿をした悪魔と対峙していた。
 相変わらず楽しげな口調にもかかわらず、執事さんは無表情のままだ。

 『悪魔祓いの剣』は、無造作にその足元に転がっている。触れれば火傷を負うために移動させられないのか、それともこちらを侮っているのか…? この場合は、両方か。

『それで? キミが見つけたものとは、なんなんだい?』

 悪魔は余裕を崩さない。どんなに傷ついていても、自分の優位を疑ってはいない。

  その余裕が、致命的な隙に繋がると知らずに。

「…絵画の中に、赤い指輪があった。青い指輪もあった。そして、現在はどこにあるのかと考えてみた。…そして結論と同時にもう一つ、最大の謎が解けた」

『ほほう? 続けて』

 いつの間にか悪魔のそばには、亡霊と化したボロボロのシュゼット嬢が控えていた。こちらから視線を外さず、黙って立っている。

「シュゼット嬢の願い事は『我が子の安否の確認』で良かったな?」

 俺の問いに、悪魔は鷹揚に頷く。

『ああ、そうだったねぇ』

「俺はその行方を知っている、としたら全員解放してくれるんだよな?」

『ああ、もちろん。でも、無理はしなくていいんだよ?』

 ここで初めて悪魔は執事さんの顔で嫌な笑みを浮かべながら、俺を見下す。
 俺はシュゼット嬢に聞こえるように呼びかける。

「シュゼット嬢! あなたのお子さんは、無事です!」

 彼女は動かない。それを見て、悪魔は笑みを深める。

 『さて、それは証明できるのかな?』

「その前に。シュゼット嬢、これを聞いてください」

 俺は上着のポケットからオルゴールを取り出すとと、ネジを巻いて蓋を開ける。
 こぼれ落ちる、輝くような音色が広がって行く。その音色を悪魔は鼻で笑った。

『それがなんだというんだい?』

 その甘い旋律に、シュゼット嬢が正気を取り戻す。目を閉じ微笑みながら、瞳から薄れる狂気。
 そのシュゼット嬢に、俺は語りかけた。

 これは一種の賭けだ。俺の推測と直感、さらには幸運が味方してくれることを祈ろう!

「これに見覚えはありませんか?」

 甘い旋律の中、俺はオルゴールの中蓋をそっと開く。
 血にまみれた小箱の中は思いのほか変色していた。無理もない、さっき見た限りではかなりの出血の挙句にこれを外して入れたのだから。そこにあったのは…。

「青い石の指輪…これの持ち主を、あなたはご存知のはずですね?」
「これは…この指輪は…!」
 
  シュゼット嬢の瞳から、涙がこぼれた。懐かしい、最愛の人のものだと分かったのだろう。最後の力を振り絞って自分の指輪を外して、オルゴールに仕込んで執事さんに託した指輪。
 そして、その対になる赤い石の指輪は…。

「娘は…エリザベスは…?」
 シュゼット嬢が母親の顔になって俺にすがるような目を向ける。俺は微笑みながら頷いた。
「あなたのご主人のおかげで、何事もなく無事に育っていますよ」
「…ああ…! 本当に…?」
「ええ、もちろん」
 そう、彼女のご主人は親類に娘を預けることを諦めて援助していた孤児院に連れて行った。そこで無事に育ち、幸せに過ごしたことは間違いない。
 通常、それを証明するすべはないだろう。だが、俺は気づいてしまった。
 
 母親は娘に、ただ一つ持たせたものがあったのだ。最も子供に持たせるに相応しいもの…自分が身につけていた、赤い石がついた結婚指輪を。

 娘は長じて、最愛の人と巡り合い結婚し子供をもうけた。そして…。

「あなたの娘は、孤児院で今も穏やかに過ごしています。シスター・リズと呼ばれて」

 そう、彼女は俺の育ての親。だが、ここにきて俺も分かってしまった…もっと重要なことに。
 シュゼット嬢が感極まって涙を流す。それを見て、悪魔は焦りをあらわにした。

『証拠は? 君のでまかせだよな? ああ、そうだ。そうに違いない!』

 俺はかぶりを振ってその言い分を否定する。
「証拠ならあるさ」
 そして懐から、もはや身体の一部となっている物を…。
 幼い頃から、シスター・リズの言いつけで肌身離さず持ちづけているもの。いつも首から下げていた…。

 を 。
 
 「俺は…おそらくシスター・リズの実の息子。そして…」
 
 言いながらシュゼット嬢に微笑む。

「シュゼット嬢。あなたの孫にあたるはずです」
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