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第六夜
怪異の正体
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朝
低い俺の呼びかけに、奴は応えた。
『そうだね、お互い顔を見ないと話もしづらいものね』
そう言うなり、人影が現れた。
「!」
そこには…。
「執事…さん?」
表情のない執事さんその人の姿があった。
『びっくりした? ねえ、びっくりした?』
執事さんの姿をして喋ってはいるが、彼の表情は変わらない。…どういうことだ?
『我は執事と契約していると言ったよ。それは、こういうことさ。この世に現界するのは、依り代が要る。それが執事というだけの話さ…』
…そうか。今まで『観測者』は、何処かから執事さんや俺の様子を見ていると思っていた。だが、実際は執事さんの『中』に最初からいたということか?
「だから…執事さんの目を通して全て見張ることも観察することもできたのか…。何一つ見落とすことなく…」
確かに、執事さんは様々なことを気にしていた。情報を得る度に俺が苦しまないように配慮していたのも、さりげないヒントで誘導していたのも…。
おそらく、作業机の引き出しを見落としていたのも彼自身の意思だ。
迂闊に暴くわけにはいかない。自分と悪魔の感覚は共有していたとするなら、薄々気づいていようとも慎重に行動せざるを得なかったわけだ。
俺の結論に、奴は喜びをあらわにする。だが、声だけだ。執事さんの表情はピクリとも変わらない。
『そのとおり! ああ…君サイコーだよ! このまま殺すの、勿体無いなあ…君もこのままここに取り込んじゃおうかな…。そうだ、そうしよう!』
冗談じゃない! 俺は、持参した『悪魔祓いの剣』に手をかけた。一点の曇りもない刀身を抜きかける。
『おやおや、危ないものを持ってるね…。怖いから領主に処分させたと思ってたんだけどな? まだ残ってたとは思わなかったよ。でもまだ、この屋敷における全能の我に刃向かう気なのかい? 大人しく、限定付きの平穏に戻ればいいのに…』
その身勝手な言い草に、俺の中で何かが弾けた。
涙をこぼしながら『駒』を手に掛け続けた執事さん、繰り返す地獄に囚われたシュゼット嬢、必死で謎を解こうと努力した挙句死に至ったオリバー、今も屋敷のあちこちで無残な死に様をさらけ出しているかつての『駒』たち…。
この『生贄の美術館』において、無数に並んだ人形の数だけの死を楽しんできた悪魔…。俺はこいつを許せない!
「…何人だ…何人を不幸に陥れた…? 何人を殺してきたんだ…! お前の娯楽だけのために…? 答えろ…!」
その問いを奴は、鼻先でせせら笑う。
『そんなの、ここにある人形の数を数えてよ。いちいち覚えていられるわけ…!』
その答えを俺は待たなかった。一足飛びに距離を詰め、抜き放った剣をその腹に突き立てる!
声にならない悲鳴。初めて今の執事さんの表情に怒りが灯る。
『貴様…貴様ああああぁぁぁああぁ! よくも、よくも…! 』
叫びながら悪魔はその手を俺に向ける。未だ剣に力を込めたままの俺は、避けようもない。
「!」
一瞬の衝撃。瞬時に悪魔から引き剥がされ、俺は見失った悪魔を探そうと左右を見回す。
「…ッ…あ…!」
突然、背に激痛が走った! 何が起きたのかわからず振り向くと、今度は脇腹に灼熱感。
見下ろせば、石弓の矢が深々と貫通していた。おそらく背中も同様だろう…。
通常の弓とは、威力は桁外れと言われる石弓。こんな形で、自らその威力を実感する事になろうとは…。おそらく背中に矢を受けた時点で致命傷だったに違いない。だがなおも執拗にまた矢が一本、今度は胸を貫いた。その間、僅か数秒に満たない。
血を吐きながらその場に崩れ落ち、目の前が暗転していく。
『やっぱり血の赤が一番綺麗だよね…! 拝観料、確かに頂いたよ…!』
そんな悪魔の耳障りな笑い声を聞きながら、くたりと身体から力が抜ける。
そしてまた俺は息絶えた。
…気がつけば、俺は自室に立っていた。悪魔も剣も、何もない。
『新しい人形もいいけど、お気に入りの死に方を教えてあげるね…。今度はお前をもてあそぶことにするよ。我に傷をつけた、その罪は重い…。さあさ、まずは今までの死に方のおさらいだよ?』
どこからともなく響く声。左右を見回すが、変わったものは何もない。作業机には、修理仕掛けのオルゴールが載っている。ベッドや椅子は、何一つ変化のない見慣れたもの。
時計は…と見ると、針は真夜中を指している。
玄関前の時計が、十二回打ち鳴らされた。
まさか…これは!
静寂の中に響くノック。開けてはいけないと思いながら、抗う術はなく身体が勝手に扉を開ける。
駄目だ…駄目だ! ここを開けて仕舞えば、また…!
『察しがいいね。やはり優秀な『駒』だよ、君は』
扉の向こう、俯く執事さん。手の中の短剣が、真っ直ぐに俺の胸に突き込まれる!
「…っ…か、はっ…!」
やはり、最初の殺され方を再現しているのか…!
たまらず俺は血を吐き、その場に崩れ落ちる。
ろくに息ができない苦しみを経て、そして抱き起こされながら心臓へ止めの一撃。
目の前が、暗くなる…。
低い俺の呼びかけに、奴は応えた。
『そうだね、お互い顔を見ないと話もしづらいものね』
そう言うなり、人影が現れた。
「!」
そこには…。
「執事…さん?」
表情のない執事さんその人の姿があった。
『びっくりした? ねえ、びっくりした?』
執事さんの姿をして喋ってはいるが、彼の表情は変わらない。…どういうことだ?
『我は執事と契約していると言ったよ。それは、こういうことさ。この世に現界するのは、依り代が要る。それが執事というだけの話さ…』
…そうか。今まで『観測者』は、何処かから執事さんや俺の様子を見ていると思っていた。だが、実際は執事さんの『中』に最初からいたということか?
「だから…執事さんの目を通して全て見張ることも観察することもできたのか…。何一つ見落とすことなく…」
確かに、執事さんは様々なことを気にしていた。情報を得る度に俺が苦しまないように配慮していたのも、さりげないヒントで誘導していたのも…。
おそらく、作業机の引き出しを見落としていたのも彼自身の意思だ。
迂闊に暴くわけにはいかない。自分と悪魔の感覚は共有していたとするなら、薄々気づいていようとも慎重に行動せざるを得なかったわけだ。
俺の結論に、奴は喜びをあらわにする。だが、声だけだ。執事さんの表情はピクリとも変わらない。
『そのとおり! ああ…君サイコーだよ! このまま殺すの、勿体無いなあ…君もこのままここに取り込んじゃおうかな…。そうだ、そうしよう!』
冗談じゃない! 俺は、持参した『悪魔祓いの剣』に手をかけた。一点の曇りもない刀身を抜きかける。
『おやおや、危ないものを持ってるね…。怖いから領主に処分させたと思ってたんだけどな? まだ残ってたとは思わなかったよ。でもまだ、この屋敷における全能の我に刃向かう気なのかい? 大人しく、限定付きの平穏に戻ればいいのに…』
その身勝手な言い草に、俺の中で何かが弾けた。
涙をこぼしながら『駒』を手に掛け続けた執事さん、繰り返す地獄に囚われたシュゼット嬢、必死で謎を解こうと努力した挙句死に至ったオリバー、今も屋敷のあちこちで無残な死に様をさらけ出しているかつての『駒』たち…。
この『生贄の美術館』において、無数に並んだ人形の数だけの死を楽しんできた悪魔…。俺はこいつを許せない!
「…何人だ…何人を不幸に陥れた…? 何人を殺してきたんだ…! お前の娯楽だけのために…? 答えろ…!」
その問いを奴は、鼻先でせせら笑う。
『そんなの、ここにある人形の数を数えてよ。いちいち覚えていられるわけ…!』
その答えを俺は待たなかった。一足飛びに距離を詰め、抜き放った剣をその腹に突き立てる!
声にならない悲鳴。初めて今の執事さんの表情に怒りが灯る。
『貴様…貴様ああああぁぁぁああぁ! よくも、よくも…! 』
叫びながら悪魔はその手を俺に向ける。未だ剣に力を込めたままの俺は、避けようもない。
「!」
一瞬の衝撃。瞬時に悪魔から引き剥がされ、俺は見失った悪魔を探そうと左右を見回す。
「…ッ…あ…!」
突然、背に激痛が走った! 何が起きたのかわからず振り向くと、今度は脇腹に灼熱感。
見下ろせば、石弓の矢が深々と貫通していた。おそらく背中も同様だろう…。
通常の弓とは、威力は桁外れと言われる石弓。こんな形で、自らその威力を実感する事になろうとは…。おそらく背中に矢を受けた時点で致命傷だったに違いない。だがなおも執拗にまた矢が一本、今度は胸を貫いた。その間、僅か数秒に満たない。
血を吐きながらその場に崩れ落ち、目の前が暗転していく。
『やっぱり血の赤が一番綺麗だよね…! 拝観料、確かに頂いたよ…!』
そんな悪魔の耳障りな笑い声を聞きながら、くたりと身体から力が抜ける。
そしてまた俺は息絶えた。
…気がつけば、俺は自室に立っていた。悪魔も剣も、何もない。
『新しい人形もいいけど、お気に入りの死に方を教えてあげるね…。今度はお前をもてあそぶことにするよ。我に傷をつけた、その罪は重い…。さあさ、まずは今までの死に方のおさらいだよ?』
どこからともなく響く声。左右を見回すが、変わったものは何もない。作業机には、修理仕掛けのオルゴールが載っている。ベッドや椅子は、何一つ変化のない見慣れたもの。
時計は…と見ると、針は真夜中を指している。
玄関前の時計が、十二回打ち鳴らされた。
まさか…これは!
静寂の中に響くノック。開けてはいけないと思いながら、抗う術はなく身体が勝手に扉を開ける。
駄目だ…駄目だ! ここを開けて仕舞えば、また…!
『察しがいいね。やはり優秀な『駒』だよ、君は』
扉の向こう、俯く執事さん。手の中の短剣が、真っ直ぐに俺の胸に突き込まれる!
「…っ…か、はっ…!」
やはり、最初の殺され方を再現しているのか…!
たまらず俺は血を吐き、その場に崩れ落ちる。
ろくに息ができない苦しみを経て、そして抱き起こされながら心臓へ止めの一撃。
目の前が、暗くなる…。
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