果てなき輪舞曲を死神と

杏仁霜

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第六夜

悪夢の元凶

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明け方

 黒く塗りつぶされた意識が浮上する。
 規則正しい、心臓の音。
 寒さは感じず、温かく柔らかい感触が俺を包み込んでいる。
 ピクリと指先が震え、柔らかい空気を少し大きく吸い込む。

「…う…」
 目を開けると、前と同じベッドの中に横たわっていた。

 さっきまでのあれは、夢…?
 どこから、どこまで…?
 
 それに…生き…てる…?


 左右を見回しても、誰もいない。こんなことは初めてだった。そっと起き上がると、枕元に硬いものが置いてあることに気づく。

『悪魔祓いの剣』

  これは…。
  『向こう側』から呼び戻してくれたのか、オリバー…。あの河のほとりから…。ありがとう、もう無駄にはしない!
 この感謝に報いるべく、俺はすぐ行動に移すことにした。

 すぐさま着替えると、剣を掴んで手帳を懐に仕込む。作業机の上を見ると、綺麗に直したオルゴールと三本の鍵がついた鍵束が置いてあった。それらは上着の大きめのポケットにそっと入れておく。
 部屋の片隅には、相変わらず過去に息絶えた俺の幻が横たわっている。
 大丈夫、これ以上この幻は増えることはない。そう自分に言い聞かせて。

 向かう先は『生贄の美術館』。おそらくだが、そこにシュゼット嬢も執事さんもいる。そんな確信があった。
 おかしいと思っていた。この屋敷にあるものは、全て死者への深い敬意が見て取れた。だが、あの部屋は違う。

 弄び、楽しむために作られたような部屋。
 あの霊廟の厳かな雰囲気とは、全く違うと言っていい。執事さんが作ったものではないなら、一体誰のものか? シュゼット嬢でもありえない。では…あれは、第三者によるものだったのだろうか?
 答えは、行ってみれば自ずとわかる。不安はあるが、手の中の剣の重みが頼もしく思える。

場所は図書室の奥の、山羊のレリーフの鍵で開くもう一つの隠し扉。オリバーの幻と並んで新しく、もう一つ俺の幻が増えている。気にせずさっさと奥に進むと、目的の場所に足を踏み入れる。

 悪趣味な扉に、悪趣味なレリーフ。
『生贄の美術館』と表示された扉をくぐると、無数の展示ケースが並ぶ異空間が現れた。それぞれのケースには、ここを訪れた全ての『駒』の全ての死に様を精巧な人形として展示してある。
  首や四肢をもぎ取られた無残なもの、短剣などに貫かれた痛々しいものが無数に並んでいる。一人につき三体から六体ほどのパターンがあるということは、その回数だけの死を与えられたということなのだろう。考えてみれば、四肢をもぎ取られたものは変わり果てたシュゼット嬢の手によるものだ。…彼女に罪はないというのに、なんという惨い事を…。

 その通路を進むと、当然ながら俺の人形も置いてある一角を通った。
 前来た時に加え新しく、毒矢によりオリバーの隣で剣を抱えたまま息絶えた人形が追加されている。
 
『最新作だよ…』

 出し抜けに耳元で聞こえた、子供じみた奇妙な声に思わず振り返った。…誰もいない。もちろん執事さんも、シュゼット嬢も。

『初回は無料だけど、ここから先は拝観料を貰おうかな…』

「誰だ!」
 俺の誰何の声には答えず、再びの声。

『君の人形を追加してくれるかい…?』

「人形の追加? つまりは、死ねということか?」

『察しが良くて助かるよ。あの執事が絶賛する、最良の『駒』だけのことはあるね』

 ケラケラ笑う、謎の声。何者なんだ?
 周囲をぐるりと見回す。執事さんのことを知っているということは、この現象を見続けている『観測者』ということか。

『半分は正解。さあ、我は誰でしょう?』
 
 こいつは…心の声を読み取っている。只者ではない。俺は、手の中の剣に目を落とした。『悪魔祓いの剣』。まさか…本当に悪魔なのか?

『正解。確かに我は悪魔。元はくだんの領主と契約していた、ね』

「…まさか…」

 俺は声を失った。今までの中で、薄々答えは出ていたというのに。確かに時を戻すなんて、悪魔の仕業としか言いようがないというのに…。
 しかも、元は領主と契約していた、だと?

『そう。あいつは『生きている限りは悪事の邪魔はさせるな』って願いを叶えさせた。新聞記事を見たかい? 見ものだったろう、あの悪事の数々は? 政敵や警察、新聞記者も寄せ付けず根こそぎ消し続けた。有能だろう?』

「それで、警察も捕まえられなかったのか…」

 ここに来て、最後の疑問も解き明かされた。この悪魔の存在に守られて、好き放題ができていたというわけか…!

『最終的には、執事に後ろから刺されて死んだけどね。ん? 契約はどうなんだって? 我は『悪事の邪魔』はしてないよ? なにせ、普通に道を歩いていただけだったんだからね』

「仇は討ったということか…なら、なぜ連中はここで拷問をされている?」

『ああ…領主の悪事を眺めるのも面白かったんだけど、飽きて来ちゃってね。今度は執事と契約することにしたんだよ』

「執事さんの願い…確か『お嬢様の幸せを守ること』だったか…?」
 俺の答えに、悪魔の声は嬉しそうに弾む。

『そうそう、それ。確かに叶えたよ? 幸せな一日を幾度も繰り返すってカタチで。ただし、幸せなのは一日だけ。日付が変わってからは知ったことじゃないのさ!』

「だから…真夜中の鐘と同時に、亡霊の姿になっていたわけか?」
 そう返すと、悪魔の声は感心したように低くなる。
 
『君、本当にいい『駒』だね。でもまあ、その通り。そして、彼女の手でじっくりと恨みを晴らさせてあげようかと思ってさ。ちょっとしたサービスだよ。でもそれもだんだん飽きて来ちゃってさ。今度は外から『駒』を招き入れて謎を解かせるってカタチで遊んでたんだ』

 それで…オリバーたちや俺がここに引き込まれたということか。

『そう。君も知ってる通り、真夜中過ぎて『駒』が死ねば時を戻すというルールを作ってね。もちろん執事にヒントを与えさせ過ぎないって制約もつけてさ。最高だったよ? 『駒』が受けた苦しみは、あのお嬢様にも少なからず影響するって告げた時の執事の葛藤はね!』

「…」

『謎が解けないと焦って徐々に狂気に堕ちる『駒』や、壊れた亡霊のお嬢様に泣き叫びながら刻まれる『駒』を見るのも。あの不可視の刃、サイコーだろ? あれも我のプレゼントさ。彼女はたくさんたくさん切り刻んでくれたよ! その度にお嬢様のために涙しながら『駒』を殺し続ける執事を眺めるのも…ゾクゾクしてたまらなかった!』

 俺の内側で、炎が燃え始めた。本物の外道だ…!
 こいつの…こいつのせいで、シュゼット嬢や執事さん、さらには領主の被害者やオリバーたちまで…!

『ここまでたどり着いた『駒』は初めてだな。さあ君をこれから、どうしようか? 楽しみだな、君はどんな絶望を見せてくれるのかな?』

「…姿を現したらどうなんだ?」
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