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第五夜
地下の真実
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真夜中 24:00
立ち上る呻き声は、階段を一つ踏みしめるたびに大きくなっているように思えた。すでに恐怖は麻痺している。成す術もなく何度も殺されているからだろうか?
服の上から心臓の位置を押さえる。瀕死の苦しみを終わらせるためとはいえ、何度も貫かれた場所だ。もう間も無く、幾たび目かの死をもたらされる事だろう…。
開いたばかりの隠し扉を放置するなど、愚の骨頂と言われるかも知れない。だが次の死が最後ではないとも言い切れない以上、できうる限りの事はしておきたかった。
そう長くもなかった階段を下りきると、扉があった。扉の隙間から漏れる光は、人の存在を仄めかす。『生贄の美術館』を作った誰かだろうか? それとも、まだ他に人がいるのだろうか…? この呻き声の主は、何者だろうか?
先ずは音を立てないようにそっと隙間を開けて中を覗いてみた。
「!」
明るい室内には、所狭しと拷問具が並んでいた。人間に苦痛を与えることが目的の道具が並ぶとは…。この屋敷のシュゼット嬢にも辛そうに短剣を握る執事さんにも似つかわしくないと思える。
それにこの呻き声は、誰のものなのだ?
さらによく見るために、もう少し扉を開くと軋むような音が響いた。
「ひいいぃいいいぃぃぃい!! もう、もう勘弁してくれえええぇぇぇええぇ !」
「あああぁぁあああぁぁぁあ! たす、たすけてくれえええぇぇぇえええ!」
扉の軋みを聞いて、中にいた誰かが悲鳴をあげる。声の主は…二人…?
仕方ない、助けを求められたなら行くしかないだろう。俺はそっと中に身を滑り込ませた。
室内は腐臭や血の臭い、吐瀉物や汚物の臭いが混じり合った、この上ない悪臭に満ちていた。
展示してあるかのように並べられた拷問具の間を縫って進むと、通路に引きちぎられたような人の左手が落ちていた。
「!」
呻き声はさらに奥、大きな十字架に磔になった男たち二人があげていたらしい。二人とも放蕩ぶりを匂わせる体格に陰惨な目つき。着ていた上質だったであろう服は全て襤褸となり、身体にも無数の傷が走っている。
その片割れの左手は、手首から先がなくなっていた。
「あ…あんたは…?」
「ああ、誰でもいい! 助けてくれ! 儂は…」
我先にと助けを求める彼らに、俺は見覚えがあった。以前に死から時が戻った時に見た夢で…。
シュゼット嬢に不当な拷問を加えた挙句、死に至らしめた二人組…?!
「確か…ブランドン・ウォルター領主と、ポール・ノーズ司祭…?」
確か、あの新聞記事にもあったじゃないか…。彼らは謎の失踪を遂げたと。悪事の限りを尽くして周囲に不幸を撒き散らし、シュゼット嬢も彼らの手にかかって苦痛に満ちた最期を遂げてしまった。
茫然と漏らしたその名で、彼らの目に狡猾な光が過ぎったのを俺は見逃さなかった。
「如何にも! 儂は領主のブランドン・ウォルターだ。今すぐこの魔女の館から助け出して貰いたい」
「私もだ! 君もこの館に迷い込んだ被害者だろう? 我々も同じだ。共にここから脱出しようではないか!」
「さあ早く! あの忌々しき悪辣な魔女が戻らぬうちに! 」
「左様。魔女に見つかれば、君とてただでは済むまい! これは君のためでもあるのだ! さあ…」
ああ、駄目だ…。こいつらは救えない…。
俺の脳裏には、彼ら二人がかりで水に沈められて苦しんでいた彼女の姿がよぎっていた。あのあまりにも惨たらしい亡霊の姿は、この二人の加えた拷問のせいだ。
その彼女を、さらにまだ魔女と呼ばわるのか!
「…」
俺は、無言のまま彼らに背を向けた。到底、助ける気になどなれようか!
「ど、どうした? 早く逃げないと…!」
その時だった。
玄関の大時計が日付の変わり目を知らせたのは。
再び悲鳴をあげる二人組。振り返る俺の目の前で失われていた領主の左手は忽然と現れ、傷も消えて襤褸となった服も元の立派さを取り戻す。
そして…俺は見てしまった。
彼らの背後に夥しい亡骸が積み上がっているのを…。全て彼ら二人の死に様を表わしているとしたら、どれほどの…?
そこだけではない。部屋のあらゆる拷問具に、彼らの死に様がこびりついていた。まさかこれは、五十年分の積み重ねなのか?
「こちらでしたか、カシアン様」
いつのまにか入り口近くに執事さんが来ていた。手には相変わらずの短剣を携えて、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
「もう、ここを探り当てられたのですか…。優秀すぎる『駒』でございますね」
「執事さん…もう少しだけ殺すのは待ってくれ。見届けるべき場所が、ここの他にまだあるんだ」
駄目もとで距離を取りつつ懇願すると、彼は思った以上にあっさりと頷いてくれた。
「図書室の隠し扉…ですな。かしこまりました」
そう言いながら彼は、深々と頭を下げる。
「…いいのか?」
「はい。お嬢様をお助けいただく上で、最も重要な部屋でございますから…」
「前に…その扉を開いた人は?」
いつものめまいに耐えながら、彼の答えを待つ。
「貴方の前に開かれたのは、オリバー様のみです。ですが彼は…開いた直後にお亡くなりになりました。痛ましき事に…」
ああ…やはり、彼は…オリバーは…!
…びちゃり。
とうとう地下室に、湿った足音が到達した。
磔の二人は声なき悲鳴で彼女を出迎える。
「き、君! 助けてくれ…! 助けてくれたら最高の待遇で召しかかえよう!だから頼む…助け…!」
この期に及んでまで、まだ言うか…。嫌悪しか感じない浅ましい悲鳴に、耳を塞ぎたくなる。
「さあ、お早く。もうじきお嬢様もこちらにいらっしゃいます。ここで起きる一切は、ご覧に入れたくないのです…お嬢様のためにも、貴方のためにも」
ああ、確かに。ここで何が起きるかは想像に難くない。彼女もまた、見られたくない事だろう…。
早々に、俺はここを辞した。
助けを求める絶叫を背中で聞きながら…。
立ち上る呻き声は、階段を一つ踏みしめるたびに大きくなっているように思えた。すでに恐怖は麻痺している。成す術もなく何度も殺されているからだろうか?
服の上から心臓の位置を押さえる。瀕死の苦しみを終わらせるためとはいえ、何度も貫かれた場所だ。もう間も無く、幾たび目かの死をもたらされる事だろう…。
開いたばかりの隠し扉を放置するなど、愚の骨頂と言われるかも知れない。だが次の死が最後ではないとも言い切れない以上、できうる限りの事はしておきたかった。
そう長くもなかった階段を下りきると、扉があった。扉の隙間から漏れる光は、人の存在を仄めかす。『生贄の美術館』を作った誰かだろうか? それとも、まだ他に人がいるのだろうか…? この呻き声の主は、何者だろうか?
先ずは音を立てないようにそっと隙間を開けて中を覗いてみた。
「!」
明るい室内には、所狭しと拷問具が並んでいた。人間に苦痛を与えることが目的の道具が並ぶとは…。この屋敷のシュゼット嬢にも辛そうに短剣を握る執事さんにも似つかわしくないと思える。
それにこの呻き声は、誰のものなのだ?
さらによく見るために、もう少し扉を開くと軋むような音が響いた。
「ひいいぃいいいぃぃぃい!! もう、もう勘弁してくれえええぇぇぇええぇ !」
「あああぁぁあああぁぁぁあ! たす、たすけてくれえええぇぇぇえええ!」
扉の軋みを聞いて、中にいた誰かが悲鳴をあげる。声の主は…二人…?
仕方ない、助けを求められたなら行くしかないだろう。俺はそっと中に身を滑り込ませた。
室内は腐臭や血の臭い、吐瀉物や汚物の臭いが混じり合った、この上ない悪臭に満ちていた。
展示してあるかのように並べられた拷問具の間を縫って進むと、通路に引きちぎられたような人の左手が落ちていた。
「!」
呻き声はさらに奥、大きな十字架に磔になった男たち二人があげていたらしい。二人とも放蕩ぶりを匂わせる体格に陰惨な目つき。着ていた上質だったであろう服は全て襤褸となり、身体にも無数の傷が走っている。
その片割れの左手は、手首から先がなくなっていた。
「あ…あんたは…?」
「ああ、誰でもいい! 助けてくれ! 儂は…」
我先にと助けを求める彼らに、俺は見覚えがあった。以前に死から時が戻った時に見た夢で…。
シュゼット嬢に不当な拷問を加えた挙句、死に至らしめた二人組…?!
「確か…ブランドン・ウォルター領主と、ポール・ノーズ司祭…?」
確か、あの新聞記事にもあったじゃないか…。彼らは謎の失踪を遂げたと。悪事の限りを尽くして周囲に不幸を撒き散らし、シュゼット嬢も彼らの手にかかって苦痛に満ちた最期を遂げてしまった。
茫然と漏らしたその名で、彼らの目に狡猾な光が過ぎったのを俺は見逃さなかった。
「如何にも! 儂は領主のブランドン・ウォルターだ。今すぐこの魔女の館から助け出して貰いたい」
「私もだ! 君もこの館に迷い込んだ被害者だろう? 我々も同じだ。共にここから脱出しようではないか!」
「さあ早く! あの忌々しき悪辣な魔女が戻らぬうちに! 」
「左様。魔女に見つかれば、君とてただでは済むまい! これは君のためでもあるのだ! さあ…」
ああ、駄目だ…。こいつらは救えない…。
俺の脳裏には、彼ら二人がかりで水に沈められて苦しんでいた彼女の姿がよぎっていた。あのあまりにも惨たらしい亡霊の姿は、この二人の加えた拷問のせいだ。
その彼女を、さらにまだ魔女と呼ばわるのか!
「…」
俺は、無言のまま彼らに背を向けた。到底、助ける気になどなれようか!
「ど、どうした? 早く逃げないと…!」
その時だった。
玄関の大時計が日付の変わり目を知らせたのは。
再び悲鳴をあげる二人組。振り返る俺の目の前で失われていた領主の左手は忽然と現れ、傷も消えて襤褸となった服も元の立派さを取り戻す。
そして…俺は見てしまった。
彼らの背後に夥しい亡骸が積み上がっているのを…。全て彼ら二人の死に様を表わしているとしたら、どれほどの…?
そこだけではない。部屋のあらゆる拷問具に、彼らの死に様がこびりついていた。まさかこれは、五十年分の積み重ねなのか?
「こちらでしたか、カシアン様」
いつのまにか入り口近くに執事さんが来ていた。手には相変わらずの短剣を携えて、こちらにゆっくりと歩み寄ってくる。
「もう、ここを探り当てられたのですか…。優秀すぎる『駒』でございますね」
「執事さん…もう少しだけ殺すのは待ってくれ。見届けるべき場所が、ここの他にまだあるんだ」
駄目もとで距離を取りつつ懇願すると、彼は思った以上にあっさりと頷いてくれた。
「図書室の隠し扉…ですな。かしこまりました」
そう言いながら彼は、深々と頭を下げる。
「…いいのか?」
「はい。お嬢様をお助けいただく上で、最も重要な部屋でございますから…」
「前に…その扉を開いた人は?」
いつものめまいに耐えながら、彼の答えを待つ。
「貴方の前に開かれたのは、オリバー様のみです。ですが彼は…開いた直後にお亡くなりになりました。痛ましき事に…」
ああ…やはり、彼は…オリバーは…!
…びちゃり。
とうとう地下室に、湿った足音が到達した。
磔の二人は声なき悲鳴で彼女を出迎える。
「き、君! 助けてくれ…! 助けてくれたら最高の待遇で召しかかえよう!だから頼む…助け…!」
この期に及んでまで、まだ言うか…。嫌悪しか感じない浅ましい悲鳴に、耳を塞ぎたくなる。
「さあ、お早く。もうじきお嬢様もこちらにいらっしゃいます。ここで起きる一切は、ご覧に入れたくないのです…お嬢様のためにも、貴方のためにも」
ああ、確かに。ここで何が起きるかは想像に難くない。彼女もまた、見られたくない事だろう…。
早々に、俺はここを辞した。
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