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mission 2 孤高の花嫁

豪傑の苦悩

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Side-ラスファ 6

 平民出身の自警団員と、貴族社会出身の衛視隊。確かエルダードのラインハルトも、元は貴族の出身だったはず。同じ貴族でも、天と地ほどに意識の高さが違いすぎる。同列に扱われたとしたら、あの生真面目すぎる神官騎士は愛用の槍を振るって憤慨するに違いない。
 しかし…。先ほどの話にあった『貴族が自警団に入り込んできた』という一言が気になった。
 
「…ということは、最初は庶民だけの組織だったのか?」
「ああ。だが自警団は貴族の諍いや犯罪に対する権限を持たされなかった。そこで十年ほど前に領主であるカッパーフィールド家の若君…ジェラルド卿が名乗りを上げて下さった。貴族に対する手入れを強化して庶民からは歓迎されたが、それまで好き放題していた貴族たちからは疎んじられる結果となった」
  そこまで言ったリックの言葉をマックが引き継ぐ。
「まあ、ある程度見逃してりゃそこまで疎んじられなかったんだろうけどな。加減を知らんかったんだろうぜ。もしくは、貴族社会の腐敗を毛嫌いしていたか…。しきりに『貴族なんかに生まれたくなかった』なんて、庶民から言わせりゃ羨ましいばかりのボヤキが口癖だった。若い頃から嫌になる程、貴族社会の水面下のやり取りを見せつけられてきたんだろうな…」

 マックの言葉からは、貴族も庶民も関係ない親愛の情が透けて見えた。あの御仁は豪快一直線に見えて、案外と慕われていたらしい。
「…なるほど。その末に、他の貴族連中までが衛視として幅を効かせるようになってしまった、というわけか。皮肉にもジェラルド卿自身が貴族出身の衛視という前例を作ってしまった形になって」
 前例を作ってしまったからこそ、貴族の連中が入り込んでくることを止められなかったのだろう。自分の存在のせいで、貴族たちに付け入る隙を与えてしまった。そして今の状態がある…さぞかし後悔に苛まれたことだろう。その分析に、リックは深く頷いた。
「その通りだ。お陰でジェラルド卿は責任を感じて、より一層衛視としてしっかりと努めようと躍起になっているが…状況は好転しないまま、今に至っている」

 そうか…だから、自ら巡察を欠かせず行い続けているのか。目にとまる人々だけでも自分の手で守ろうとして。一見、豪放磊落に見えた人柄の裏に押し込められた苦悩。今回の依頼の件にしても、恐らくは抱え込まなくてもいい責任感や罪悪感で苦しんでいる。だからこそ『冒険者のやり方』による解決に躊躇しなかったんだろう。
「例の屋敷の現場検証に行ったのも、上層部を占める貴族連中か?」
「そうだ。隊長に収まったベネディクトの差し金でジェラルド様は外されていた。最初っから真相を闇に葬る気満々だったんだろうぜ。現場検証に行く気かい、若旦那?」
「若旦那はよせ。…今からでも、手掛かりは得られるだろうからな。本物の幽霊が出るなら、こちらに分がある」
 私の返答に、リックはアーシェの使い魔を眺めながら頷いた。
「なるほど、だが油断するなよ」
「あと、幽霊が出るという屋敷は何人の霊が出るか、聞いたことはないか? 噂レベルでもいいんだが…」
 私はナディアの依頼を思い出しながら二人に尋ねた。たとえ幽霊でも、出てきてくれるなら話はできるだろうから。
「ああ、複数いたって話は聞いたがよ? はっきりとした数はわかってないそうなんだが」
 少し考えながら、マックが口を開いた。
 ということは、恋仲だった男が混じっている可能性もなくはない。縋るように見上げる瞳が忘れられず、せめて彼女の願いは叶えてやりたかった。

「ああ、あと…行くなら裏口の方がいいそうだ。表玄関から行くと、問答無用で襲われるって聞いたことがある。気をつけて行って来るんだぞ」
 帰りかけた私の背中をリックの生真面目なアドバイスが追いかける。軽く手を振って答えると、私は元の酒場に一旦戻ることにした。相手が幽霊なら、昼間より夜の方が遭遇しやすいだろう。
 その場合、誰も同行したがらないだろうな、と諦めに近いため息をつきながら。
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