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mission 2 孤高の花嫁
泥の中の希望
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Side-デュエル 12
「…いらっしゃい」
入口脇のカウンターで陰気にグラスを磨きながら、痩せぎすの鷲鼻店主が呟く。そこからさらに奥まったカウンターに、一人の男がぐったりと身を預けて安酒に溺れていた。モゴモゴと独り言を繰り返し、身を起こしたかと思えば再び酒を一口煽ってふたたびカウンターに突っ伏している。身動きした拍子に転がったグラスが俺の足元に転がって来た。
「何か、忘れたいことでもあるのか?」
こういう飲み方をする奴は、たいてい辛い現実から逃避したがっているものだ。おそらく紙片に書かれていた『苦しんでいる者』とは彼のことだろうとあたりをつけて、拾い上げたグラスを彼のそばに置いてやる。
「俺はさあ…子供の頃から『正義の味方』になりたかったんだ…。弱者を守り、悪を断つ正義の味方に。いかにもな、青臭い夢だろ? だがなあ、現実はそうもいかないわけよ…わかる?」
俺は昼間からクダを巻く泥酔男に酒臭い息を吐きかけられながら、しばらく彼の愚痴に付き合わされることを覚悟した。聞く者もいなかった愚痴は、長い間彼の中に渦を巻いていたのだろう。泥酔しているとは思えないほど饒舌に彼は語り出した。
「おお、にいちゃんってば随分と可愛らしいお嬢ちゃん連れてるんじゃないの…いいのかい、こんなイケナイとこに来ちゃって? まあいいや、おじちゃんがつまんねぇ昔話をしてあげましょうね…」
元自警団らしい男は、語り始める。
「俺が担当した事件の大事な手がかりは、バカな上司に全~部、持ってかれてさあ。…汗水垂らして働くのは、俺たちみたいな平民出の下っ端ばかり。その上前はねて業績あげて順調に出世するのは、貴族生まれのボンボンばっかなのよ。わかる? あいつら、俺たちがいないと何~にもできないくせに、威張ることだけは一人前以上でさあ。大事な証拠品でも、都合の悪いもんはこっそり処分。適当な証拠品でっち上げて無実の罪人を作るのが、天才的にうまいんだよな」
想像していた以上の腐敗ぶりに、俺は絶句した。
「…腐敗しきっているな。さっきまで俺たちも自警団の詰所にいて、実態を見て来た所だ。神経質そうな馬面のおっさんに叩き出されたけどな」
俺の言った特徴で、心当たりがあったらしい。彼はゆるゆると頭をあげて皮肉な顔で笑ってみせた。
「ベネディクト団長か、ありゃダメだ。正義なんか知ったこっちゃねぇってゲスで、お貴族サマ様の権威や体裁を守る方に心血注いでやがるんだ。ちょっと前に起きた強盗事件だって、貴族として体裁が悪いからって重要な証言や証拠まで握りつぶしやがったんだ」
ああ。やはり…あの馬面は、黒幕と繋がってるのだろう。なんとなく予想していたのだが。
だが続いて出た証言は、俺の予想を超える内容だった。
「ここの領主様だってそうさ。普段は温厚で民の信望も厚いお方だが、たまにとんでもない無体をなさる。無実の罪でしょっぴかれた人間から保釈金名目の賄賂を受け取ったと言う話もよく聞くぜ」
まさか、あのフランシスの父親が? 俺が見た限り、彼はそんな昏い二面性を持っているようには思えなかった。
…俺も、元は傭兵で身を立てていた一族の端くれだ。人を見る目は、それなりに持っているつもりだ。自分の目を信じられなくては、生き残ることも覚束ない。
なにかが、おかしい。
「もうどこにも、正義なんてものはないんだろうねえ…」
そう言って、彼は虚ろな目で店主に安酒のお代わりを注文する。それを、ラグが遮った。
「そんなこと、ありません! わたくしたちはその事件をもう一度調べているんです。何かご存知なら教えてください! どんな小さなことでもいいですから。どこにも正義がないなんて悲しいこと、もう仰らないで…!」
ラグのその言葉は、裏寂れた安酒場の一角を明るく照らし出すかのようだった。その光に惹かれるようにして、辺りの視線が集まってくる。俺はようやく気づいた。ここは、同じ思いを抱えるものが集まる場所だったということに。
「嬢ちゃん…ここじゃ、貴族に逆らうとろくな目に合わないんだよ? それでも調べるのかい?」
男の言葉には、ラグを気遣う響きが混じっている。権力に逆らったものの行く末を知るが故の思いだろう。その方に、俺は静かに手をおいた。
「彼女だけじゃない。俺も仲間もいる。必ず事件を洗い直してやる! それに、俺たちは現役の自警団院の案内でここにたどり着いた。このままの状態を望む連中ばかりじゃない証拠だろう?」
俺の脳裏に、こちらを気遣うようにして紙片を仕込んだハンカチを渡した若い男の姿がよぎった。彼の中にも、この酒場の男たちの中にも正義や希望は残されている。そう信じたかった。
「あ、あんたたちは何もんだ?」
「エルダードの冒険者さ。だから俺たちには貴族の権力など、届きはしない」
「…いらっしゃい」
入口脇のカウンターで陰気にグラスを磨きながら、痩せぎすの鷲鼻店主が呟く。そこからさらに奥まったカウンターに、一人の男がぐったりと身を預けて安酒に溺れていた。モゴモゴと独り言を繰り返し、身を起こしたかと思えば再び酒を一口煽ってふたたびカウンターに突っ伏している。身動きした拍子に転がったグラスが俺の足元に転がって来た。
「何か、忘れたいことでもあるのか?」
こういう飲み方をする奴は、たいてい辛い現実から逃避したがっているものだ。おそらく紙片に書かれていた『苦しんでいる者』とは彼のことだろうとあたりをつけて、拾い上げたグラスを彼のそばに置いてやる。
「俺はさあ…子供の頃から『正義の味方』になりたかったんだ…。弱者を守り、悪を断つ正義の味方に。いかにもな、青臭い夢だろ? だがなあ、現実はそうもいかないわけよ…わかる?」
俺は昼間からクダを巻く泥酔男に酒臭い息を吐きかけられながら、しばらく彼の愚痴に付き合わされることを覚悟した。聞く者もいなかった愚痴は、長い間彼の中に渦を巻いていたのだろう。泥酔しているとは思えないほど饒舌に彼は語り出した。
「おお、にいちゃんってば随分と可愛らしいお嬢ちゃん連れてるんじゃないの…いいのかい、こんなイケナイとこに来ちゃって? まあいいや、おじちゃんがつまんねぇ昔話をしてあげましょうね…」
元自警団らしい男は、語り始める。
「俺が担当した事件の大事な手がかりは、バカな上司に全~部、持ってかれてさあ。…汗水垂らして働くのは、俺たちみたいな平民出の下っ端ばかり。その上前はねて業績あげて順調に出世するのは、貴族生まれのボンボンばっかなのよ。わかる? あいつら、俺たちがいないと何~にもできないくせに、威張ることだけは一人前以上でさあ。大事な証拠品でも、都合の悪いもんはこっそり処分。適当な証拠品でっち上げて無実の罪人を作るのが、天才的にうまいんだよな」
想像していた以上の腐敗ぶりに、俺は絶句した。
「…腐敗しきっているな。さっきまで俺たちも自警団の詰所にいて、実態を見て来た所だ。神経質そうな馬面のおっさんに叩き出されたけどな」
俺の言った特徴で、心当たりがあったらしい。彼はゆるゆると頭をあげて皮肉な顔で笑ってみせた。
「ベネディクト団長か、ありゃダメだ。正義なんか知ったこっちゃねぇってゲスで、お貴族サマ様の権威や体裁を守る方に心血注いでやがるんだ。ちょっと前に起きた強盗事件だって、貴族として体裁が悪いからって重要な証言や証拠まで握りつぶしやがったんだ」
ああ。やはり…あの馬面は、黒幕と繋がってるのだろう。なんとなく予想していたのだが。
だが続いて出た証言は、俺の予想を超える内容だった。
「ここの領主様だってそうさ。普段は温厚で民の信望も厚いお方だが、たまにとんでもない無体をなさる。無実の罪でしょっぴかれた人間から保釈金名目の賄賂を受け取ったと言う話もよく聞くぜ」
まさか、あのフランシスの父親が? 俺が見た限り、彼はそんな昏い二面性を持っているようには思えなかった。
…俺も、元は傭兵で身を立てていた一族の端くれだ。人を見る目は、それなりに持っているつもりだ。自分の目を信じられなくては、生き残ることも覚束ない。
なにかが、おかしい。
「もうどこにも、正義なんてものはないんだろうねえ…」
そう言って、彼は虚ろな目で店主に安酒のお代わりを注文する。それを、ラグが遮った。
「そんなこと、ありません! わたくしたちはその事件をもう一度調べているんです。何かご存知なら教えてください! どんな小さなことでもいいですから。どこにも正義がないなんて悲しいこと、もう仰らないで…!」
ラグのその言葉は、裏寂れた安酒場の一角を明るく照らし出すかのようだった。その光に惹かれるようにして、辺りの視線が集まってくる。俺はようやく気づいた。ここは、同じ思いを抱えるものが集まる場所だったということに。
「嬢ちゃん…ここじゃ、貴族に逆らうとろくな目に合わないんだよ? それでも調べるのかい?」
男の言葉には、ラグを気遣う響きが混じっている。権力に逆らったものの行く末を知るが故の思いだろう。その方に、俺は静かに手をおいた。
「彼女だけじゃない。俺も仲間もいる。必ず事件を洗い直してやる! それに、俺たちは現役の自警団院の案内でここにたどり着いた。このままの状態を望む連中ばかりじゃない証拠だろう?」
俺の脳裏に、こちらを気遣うようにして紙片を仕込んだハンカチを渡した若い男の姿がよぎった。彼の中にも、この酒場の男たちの中にも正義や希望は残されている。そう信じたかった。
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