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mission 2 孤高の花嫁
どっちが正しい情報だろう?
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Side-アーシェ 3
ナディアさんの部屋を出てから、しばらく止まらない涙にあたしは心底困っていた。一緒に歩くクリスは、あたし以上に困っているだろうけど。ポケットから出したくしゃくしゃのハンカチを渡してくれながら、彼は呟く。
「おれさ、この家にとって要らない立場って言ったろ? 兄さんが後継ってわかってるからさ、ほとんど放ったらかしなんだ。居場所もろくになくてすねてたおれに、はじめて優しくしてくれたのがナディアさんなんだ。多分おれ、母さん以上にナディアさんのことを慕ってる。だから彼女を苦しめる奴が許せないんだ」
「クリス…」
わかる気がする。自分が苦しい時も、優しい言葉を忘れなかったナディアさん。本当なら悲しみに沈んで人に優しくするどころじゃないだろうに、彼女はそうしなかった。
『自分が辛い時に人に優しくできる人が、本当の優しさを持った人だ』
誰かが言った言葉が、あたしの中によみがえった。そうだ。まさに彼女がそれに当たるんだ。だからクリスも、母親以上に慕ってると言い切ったんだよ。
その時、通路の逆側から誰か出て来た。暗くてよく見えないけれど相当疲れてるのか、壁にもたれかかってネクタイを緩めてる。あたし達に気づいたのか、いきなり声がかかった。
「アーシェか? 会場にいなかったが、どこにいたんだ?」
「あれ、兄貴?」
そっか。そういえばあのお嬢様姉妹にデュエル共々、引っ張っていかれたんだっけ。確かに兄貴ってエルフ族だし、見目がいいから目立つよね。礼服じゃ、耳も隠せないし大変だっただろうな…。そこまで考えた時、この季節にはあり得ない冷気が漂ってきた。同時にクリスが本能的に恐怖を感じ取って後ずさる。
「ひッ…!」
あ。
会場にいなかったあたしのそばに、初対面の男の子。さらにあたしは涙をぬぐいながら話し込んでた…しかも明かりが届きにくい暗がりで!
やばい。これ、クリスの命に関わる誤解につながっちゃってる!
「ちょ…待って待って兄貴! 冷気引っ込めて、早く! 誤解! 誤解だから! 落ち着いて!」
テンパったあたしの説得(?)に、冷気はやっとなくなった。どういうわけか昔から、気が立つと冷気が出ちゃうのよね、兄貴って。どんな体質なんだか? てか、過保護すぎ! ちょっと単独行動したからってさ…。
「ちょうどよかったわ、兄貴。相談したいことがあってさ…いいとこで会えたわ」
そばに来た兄貴にそう言いながら、あたしはヘビに睨まれたカエルみたいになってるクリスを兄貴から引き離す。
とにかくあたしはクリスの紹介と、さっきまでに出来事をかいつまんで兄貴に伝えた。クリスについてはまだ子供だし、仕事上目を瞑ることにしたらしい。…どうせ警戒はとかないんだろうけどね。
「『醜い事』か…。何を考えているかはまだ情報不足で読めない以上、しばらく目を離せないな。気をつけておく」
頷きながらあたしは外の時計塔をちらりと見た。ナディアさんのところで、結構長く話し込んでいたみたいだね。ちなみに召喚獣『ついんずぱんさあ』の一匹をナディアさんの元に残しているよ。まだ心配だったからね…。
「それにしても、今まであの太ましい姉妹に引っ張り回されてたの? 大変だったね兄貴…」
「ああ、参った。誰に対しても女王様気取りもいいとこでな、恐ろしいほどあちこちの噂話を把握していた。情報収集には使えるが、正直二度と相手したくない…」
あらら、兄貴にしちゃ珍しく弱気だ。相当苦手なタイプだったんだわ…。
「太ましい姉妹って、イーディスとデビーの事っすか?」
「知ってるのか?」
話題を振られたクリスは、急にガチガチの直立不動になって話し始めた。どうもさっきの冷気の一件で、力関係が完全に定まっちゃったみたいね…。
「はい。地元じゃ有名なアードラー姉妹で、ぼくにとっても遠い親類に当たります。有力者の娘で、とんでもなく見栄っ張りな性格でも有名ッす。常に自分たちが注目されてないと気が済まないんす。今まで付き合わされてたんすか? 本当にお疲れ様っす!」
深々と頭を下げるクリス。
「とりあえず、こっちの収穫だ。アーシェが会ってきたナディアという花嫁の話だが、彼女は結婚する気は無かったらしい。というのも、花婿側の一方的な押しの一手で無理やりの縁談に持ち込まれていたそうだ。それが、例の強盗事件で一転して婚約を受け入れている」
「え? あれ? 話が違くない? 確かフランシスの話じゃ、婚約が決まってから強盗に入られてたんだよね?」
兄貴は頷いて先を続ける。
「連中の話じゃ、そうなっていた。もっとも…どちらの話が正しいのかは、判断に迷うがな」
確かにそうよね。あのお調子者のフランシスと噂好きの目立ちたがり姉妹。情報ソースとしては、どっちも信憑性は低いわ。
「でも普段から噂話をして喜んでるって、あまり褒められた事じゃないよね」
あたしは泣きじゃくっていたナディアさんの悲しみを思うと、胸が痛んだ。さらに、そんな悲しい噂で盛り上がる連中の浅ましさにも…。
ナディアさんの部屋を出てから、しばらく止まらない涙にあたしは心底困っていた。一緒に歩くクリスは、あたし以上に困っているだろうけど。ポケットから出したくしゃくしゃのハンカチを渡してくれながら、彼は呟く。
「おれさ、この家にとって要らない立場って言ったろ? 兄さんが後継ってわかってるからさ、ほとんど放ったらかしなんだ。居場所もろくになくてすねてたおれに、はじめて優しくしてくれたのがナディアさんなんだ。多分おれ、母さん以上にナディアさんのことを慕ってる。だから彼女を苦しめる奴が許せないんだ」
「クリス…」
わかる気がする。自分が苦しい時も、優しい言葉を忘れなかったナディアさん。本当なら悲しみに沈んで人に優しくするどころじゃないだろうに、彼女はそうしなかった。
『自分が辛い時に人に優しくできる人が、本当の優しさを持った人だ』
誰かが言った言葉が、あたしの中によみがえった。そうだ。まさに彼女がそれに当たるんだ。だからクリスも、母親以上に慕ってると言い切ったんだよ。
その時、通路の逆側から誰か出て来た。暗くてよく見えないけれど相当疲れてるのか、壁にもたれかかってネクタイを緩めてる。あたし達に気づいたのか、いきなり声がかかった。
「アーシェか? 会場にいなかったが、どこにいたんだ?」
「あれ、兄貴?」
そっか。そういえばあのお嬢様姉妹にデュエル共々、引っ張っていかれたんだっけ。確かに兄貴ってエルフ族だし、見目がいいから目立つよね。礼服じゃ、耳も隠せないし大変だっただろうな…。そこまで考えた時、この季節にはあり得ない冷気が漂ってきた。同時にクリスが本能的に恐怖を感じ取って後ずさる。
「ひッ…!」
あ。
会場にいなかったあたしのそばに、初対面の男の子。さらにあたしは涙をぬぐいながら話し込んでた…しかも明かりが届きにくい暗がりで!
やばい。これ、クリスの命に関わる誤解につながっちゃってる!
「ちょ…待って待って兄貴! 冷気引っ込めて、早く! 誤解! 誤解だから! 落ち着いて!」
テンパったあたしの説得(?)に、冷気はやっとなくなった。どういうわけか昔から、気が立つと冷気が出ちゃうのよね、兄貴って。どんな体質なんだか? てか、過保護すぎ! ちょっと単独行動したからってさ…。
「ちょうどよかったわ、兄貴。相談したいことがあってさ…いいとこで会えたわ」
そばに来た兄貴にそう言いながら、あたしはヘビに睨まれたカエルみたいになってるクリスを兄貴から引き離す。
とにかくあたしはクリスの紹介と、さっきまでに出来事をかいつまんで兄貴に伝えた。クリスについてはまだ子供だし、仕事上目を瞑ることにしたらしい。…どうせ警戒はとかないんだろうけどね。
「『醜い事』か…。何を考えているかはまだ情報不足で読めない以上、しばらく目を離せないな。気をつけておく」
頷きながらあたしは外の時計塔をちらりと見た。ナディアさんのところで、結構長く話し込んでいたみたいだね。ちなみに召喚獣『ついんずぱんさあ』の一匹をナディアさんの元に残しているよ。まだ心配だったからね…。
「それにしても、今まであの太ましい姉妹に引っ張り回されてたの? 大変だったね兄貴…」
「ああ、参った。誰に対しても女王様気取りもいいとこでな、恐ろしいほどあちこちの噂話を把握していた。情報収集には使えるが、正直二度と相手したくない…」
あらら、兄貴にしちゃ珍しく弱気だ。相当苦手なタイプだったんだわ…。
「太ましい姉妹って、イーディスとデビーの事っすか?」
「知ってるのか?」
話題を振られたクリスは、急にガチガチの直立不動になって話し始めた。どうもさっきの冷気の一件で、力関係が完全に定まっちゃったみたいね…。
「はい。地元じゃ有名なアードラー姉妹で、ぼくにとっても遠い親類に当たります。有力者の娘で、とんでもなく見栄っ張りな性格でも有名ッす。常に自分たちが注目されてないと気が済まないんす。今まで付き合わされてたんすか? 本当にお疲れ様っす!」
深々と頭を下げるクリス。
「とりあえず、こっちの収穫だ。アーシェが会ってきたナディアという花嫁の話だが、彼女は結婚する気は無かったらしい。というのも、花婿側の一方的な押しの一手で無理やりの縁談に持ち込まれていたそうだ。それが、例の強盗事件で一転して婚約を受け入れている」
「え? あれ? 話が違くない? 確かフランシスの話じゃ、婚約が決まってから強盗に入られてたんだよね?」
兄貴は頷いて先を続ける。
「連中の話じゃ、そうなっていた。もっとも…どちらの話が正しいのかは、判断に迷うがな」
確かにそうよね。あのお調子者のフランシスと噂好きの目立ちたがり姉妹。情報ソースとしては、どっちも信憑性は低いわ。
「でも普段から噂話をして喜んでるって、あまり褒められた事じゃないよね」
あたしは泣きじゃくっていたナディアさんの悲しみを思うと、胸が痛んだ。さらに、そんな悲しい噂で盛り上がる連中の浅ましさにも…。
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