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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!

契約者無双!

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Side-ラスファ 7

 湿り気の強い地底湖に、精霊獣の唸りが響く。
 それを従えた金髪の契約者は、勝ち誇ったように悪意にまみれた目をこちらに向けていた。
 
 『ふむ。妾の遊び相手には少々もの足りぬが、まあ退屈しのぎには良いだろうよ』

 再び、どこからともなく降り注ぐ声。久しぶりに力を振るう期待に満ちた、はしゃぎ声に近い。
「はっはあ! こいつの力を見るがいい! せっかく契約を交わしても、相手になる連中があまりに弱すぎて持て余してたんだ。ちょっとは楽しませてくれるよな? まずは小手調べと行こうか?」
 わずかに空中に浮かぶ精霊獣の足元は、水路の水が沸騰し始めていた。それでもギリギリまで力を抑えて、無用なまでの力を見せつけて、なぶり殺しにするつもりだろう。
「さあ、精霊獣ガルムよ! 遊んでやれ、だが手加減はしろよ? この前のように、一瞬で消し炭にしちまったらつまらないだろう? まずは生かさず殺さず、少しずつだ!」
 飛びかかって来る精霊獣の爪を、牙を私は左右に飛んでかわす。足元の水溜りから散る飛沫が、空中で湯気に変わって霧散する。地面に爪が触れるたび、水分が蒸発する音と泥が焦げる嫌な匂いが広がる。 しかし、その攻撃スピードは決して速くない。かと言ってデュエルのような鋭さもアーチのようなトリッキーさもない。これなら、反撃の糸口はつかめるかもしれない。

『なんじゃ、こんなものか? 大した相手ではなさそうじゃな』

 遊びのうちなのか、それとももともと速くはないのか…。しばらく続いたその攻防に焦るどころか、終始無言の私に苛立ちを覚えたのだろう。金髪契約者が吠え立ててきた。
「なんだ? 悲鳴を上げろ、命乞いをしろ、跪け! 寛大にもボクが命じて手加減してやっているのがわからないのか?」
 なにやらこいつは、盛大な勘違いをしているらしい。精霊獣の攻撃をやめさせ、醜くゆがんだ期待に満ちた眼差しを向ける契約者に、嫌悪を込めて私は言い放った。
「跪いて命乞い? まずは貴様が見本を見せたらどうだ?」
「なんだと?」
「故郷は捨てたが、誇りまで捨てた覚えはない」

 冒険者になったその時から、決めていた。敵に対して力及ばず最期の時を迎えようとも、誇りだけは捨てないと。例え殺されようとも、敵に跪く事はすまいと。それが生涯に一つの、私の誓いだ!
 
その言葉を聞いて、奴の顔色が怒りでどす黒く染まった。同時に精霊獣の体色が赤から黄、さらに白へと変化していく。契約車からの命令で、表面温度をあげているのだろう。
「ふん、そうか…愚かにも高すぎるプライドが災いして、命乞いもできないか。ならばその誇りに免じて、チリも残さず焼き尽くしてやる! エルフの血は、他で調達するとしようか」

 奴はますます歪んだ昏い笑みを深める。嗜虐心に満ち、思うがままに弱者をいたぶる歓喜に満ちている。こいつは今まで自らの精霊獣の威を借り、好き放題してきたようだ。犠牲者もさぞかし多い事だろう。おそらくここまで自分の思い通りにならなかった相手はいなかったのではないだろうか?
 だがそんな事はどうでもいい。それよりも、聞き捨てならないセリフがあった。

「他で調達…? どこか当てでもあるのか?」
 可能性は一つしかない。奴が見た限りでエルフの血を持つ、もう一人の存在。今更移民街に戻って別の無関係なエルフ族をさらう気などもさらさらないだろう。だとすれば…。
 冷え切った私の言葉は、力に溺れる契約者には届かない。
「エルフ族? そうだな、よく見ればハーフエルフだったが…。いただろう、さっき逃げていった小娘の片割れが!」

 その一声は…奴自身への死刑執行宣告に近かった。

「ほう…? うちの妹に手を出すつもりか?」
「へえ、妹? ならばなおのこと、都合がいい。プライドが高いだけで命知らずのバカ兄貴のせいで、可愛い妹までが犠牲になるとは…なかなかの悲劇が期待できそうだ!」
その宣言と同時に、私めがけて白い豪華が降り注いだ。狂ったような交渉が響き渡る。思い通りにいかなかった相手は力で叩き潰した。そう思って疑わない、勝ち誇った嗤いだ。
  炎の中でも最高の温度を示すその白い業火は、余波だけでも地下水脈の水を全て沸騰させた。尋常な相手ならなすすべもなく、僅かなチリも残さずに焼き尽くされた事だろう。

 …だが残念ながら、奴の相手は普通ではなかった。

 勝ち誇った嗤いは、次の瞬間に凍りつく。純白の業火が去った後に、さっきとなに一つ変わらない私の姿を見たせいだ。自身の最大の技を受けてなお、焼け焦げ一つ残っていない様子を見て、錯乱したかのように同じ攻撃を次々放ち続ける金髪。だが、どれも直撃したにもかかわらず全く打撃を受けた様子もない私を見て、奴は数歩後退した。

「どうした、契約者様の技はもう終わりか?」
  奴よりも鮮やかな緋色に染まった、私の双眸を見て…奴はどこまで悟っただろうか?
 
 自分が誰を、『何を』相手にしているのかを。

 「きっ…貴様も契約者! ただの水使いじゃなかったのか!」

 ズルズルと後退し…壁際まで後退した奴のセリフに、私はため息をつく。
「『ただの、水使い』? 一度でも、私からそう聞いたか?」
 金髪契約者は、そのまま壁伝いにへたり込む。おそらく、やっと『彼女』が奴にも見えるように姿を現したのだ。
 
 純白のドレスを纏った、貴婦人の姿を。

『三下の分際で妾の所有物に手を出そうとは、見上げた心がけじゃな』

 今まで勤めて無視し続けた虚空からの声は、今度は奴にも届いたようだ。同時に凍りつくような冷気が、熱気に取って代わる。沸騰していた水路は静かになり、やがてうっすらと氷が張り始めた。

「望んで得た力ではないから、極力使いたくなかった。だが、妹に手出しするというなら話は別だ。不本意ながらな」

 果敢にも『ご主人様』を守ろうと立ちふさがる精霊獣が、か細い悲鳴とともに吹き散らされる。消滅ではなくあくまで強制退去だ。それでも契約は破棄されず、高位精霊は契約者が死ぬまで契約に縛られる。ちょうど、今の私のように。
「が、ガルム!  …け、契約の代償はなんだ?ボク僕のように、寿命十年か? ならすぐ払う! ガルムの契約を破棄するから、ボクと契約を!」
 それまで、よほど精霊獣に頼り切って好き放題してきたのだろう。奴は錯乱して、今更考えなくともわかるようなたわごとを虚空の上に並び立てる。その惨めな姿に、私は再びため息をつく。
「それができるものなら、とっくに自分で契約破棄しているさ。それに…私はそんな生易しい代償で契約させられたわけではない」
 さらに言えば、この金髪には『彼女』が欲しがるような『何か』など見当たらない。デュエルほどの器の大きさも、アーチほどの弁舌や機転を見出すことも。
 逆に考えれば、自分の何が彼女を捉えたのかが分からない分、不気味で仕方ないのだ。だからこそ、この強大にすぎる力を極力使いたくない。私の胸中を知ってか知らずか、虚空からの声はせせら笑う。

『お主のようなものと契約を結んだところで、妾の品位が疑われるばかりであろうよ。妾の契約者は、妾自ら選んだのじゃ。言うておくが、こやつは妾のもの。醜く歪んだお主などが、こやつの太刀打ちできると思うてか?』

「そ、そんな…!」 
 力に溺れるあまり、奴ははじめから立場が逆だったことを全く考慮に入れていなかったのだろう。たとえ往生際が悪く力に溺れ切った契約者でも、契約は絶対のもの。いっそのこと哀れな精霊獣を解放してやろうかとも思ったが、先ほどの様子を見た限り、まだ忠誠心は残っているようだ。かと言って、数多くの殺戮にその力を振るった挙句に妹に手出ししすると宣言したやつを無罪放免にするほどお人好しを気取るつもりもない。少し考えた末、最良の方法を考えついた。幸い、『材料』はそこらに潤沢にある。それを利用しない手はない。

 すでに寒さと恐怖で震え始めた金髪を水路の水に蹴り落とし、水面でもがく金髪をそのまま閉じこめるように音を立てて水が凍りついていく。
「貴様の敗因は精霊獣の力に溺れすぎたことと、私に水場で喧嘩を売ったこと。そして妹に手を出そうとしたことだ。安心しろ、少なくとも死ぬことはないさ。しばらくそこで頭を冷やすんだな」

 その言葉が終わるとともに、地下水路はは完全に氷に閉ざされた。全て終わったら、自警団にでも掘り起こしてもらえるだろう。…保証できることでもないが。

『相変わらず、情け容赦ないのう。妹に手出しされるのが、それほど気に食わぬか?』

 先ほどの通路に戻るために氷で足場を形成する私に、再び虚空からの笑いを含んだ声が降ってくる。そこで私は初めて言葉を返した。
「勘違いするな、イヴ。最初から、奴の全てが気に食わなかっただけだ」
 そのまま氷の足場を飛び越えて、元の通路に戻ると先を急ぐ。この女は契約者と敵対すると勝手に姿を見せたがる上に、私を煽る傾向がある。隠しておきたいこっちとしては、なかなかに迷惑な話だ。

『ほほう、この妾に対してもその媚びぬ物言い。やはりお主を選んで正解じゃ、退屈せぬ。生涯、離しはせぬぞ?』

「勝手に決めるな」
 さらに追いかけてくる高笑いを無視するが、考えずにはいられなかった。事故によって強制的に契約を結ばれはしたが、代償は代償。そのことを考えれば、仲間や妹にも滅多なことは話せない。
 だが、諦める気もない。いつか、こいつとの契約を破棄する方法を見つけてやる!

 しかしこの先、いつまでこの秘密を持ち続けられるのだろうか?
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