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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!

傭兵と冒険者

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Side-デュエル 10

 固唾を飲んで見守る俺の耳に、しばらくして現役傭兵の唸り声が届いた。
「…かのアームストロング一族の縁者の言葉とも思えないな。傭兵ならば雇い主のめいれいがあれば、敵対者の一族を女子供構わずに皆殺しなんてしょっちゅうだろう? たとえかつての恩人だって敵となりゃ別だ。それこそが傭兵ってもんだろ、お若いの? 俺はもうかなり長いことこの世界にいる。悪いがそんな言葉であっさりと説得できる感情なんざ、とうに擦り切れてるさ」
 大男は自嘲気味に唸ると、大剣を構え直す。他の奴らなら「なぜ?」と言い返すことだろう。しかし俺自身もまたそう言った殺伐とした世界に身を置いていた。傭兵を雇う連中は常に自分の正義を主張し、敵を悪だと語る。ただ『戦え』としか命じられず、真相がどうだったのか全く知らされないまま戦う傭兵にとっては自分で正義を判断する余地はない。契約こそが全てだからだ。そうでなくては自責の念に潰されてしまう。そしてまたそう言った殺戮機械であるがゆえに、次の指名を受けられるのだ。
「しかし今回は殺戮の規模が違う。相手は魔神なんだ。その被害はエルダードだけではと止まらないぞ!」
 なおも食い下がる俺に、大男は鼻を鳴らした。
「お前の言っていることが嘘だという証拠もないだろう?」
「事実だ!」
 思わず大声で叫ぶ。こんなところで足止めされている間にも、自体は刻一刻と悪化しているというのに…! そんな俺の様子を見て、大男は一つため息をついた。
「悪いが事実がどうであろうと、俺も傭兵である以上は倒されない限り剣を引けないんでな」
 そして大剣で身体を覆うように奇妙な構えを取る。
「次で勝負を決めようぜ、若いの。お前の渾身の一撃で来い! 受け切ってお前を倒す。気合い入れてかかれよ?」
 そこで彼はニヤリと野太い笑みを浮かべ、一際大きな声で言う。
「まあその結果、武器でも折られたら、俺も流石に引かざるを得ないけどなあ!」
 そのせりふのわざとらしさに、思わず俺も彼の笑みが伝染した。なるほど、そう言う筋書きか。彼は街中での戦いのことも知らされた上でここに待機していた。ならば俺の奥の手のことも知っていて当然だ。
 俺は槍を地面に突き立てると、渾身の気を拳に練り込む。街中の一撃以上に時間をかけて。余裕からではなく、それこそがこの場で最大の感謝になりうると信じたから。
「はああああああぁぁっ!!」
 そして放った一撃は、男の持った大剣を直撃し、へし折った挙句に持ち主ごと後方に数歩押し返した。

 遺跡に衝撃を伴った爆音がこだまする。その残響が消えた頃、彼はくの字に曲がって使い物にならなくなった剣を足元に投げ出した。
「っあー…。こりゃお見事、流石にアームストロングの縁者だ。俺の敵う相手じゃなかったな」
 大男は痺れたらしい腕を振り振り、やけに晴れやかな笑みを見せた。
「いや、実際に戦っていれば…」
「言うなって。ここは素直に負けを演出させてくれや。…しかしやりにくい街だぜまったく。このエルダードって街は、俺みたいな戦いの傷だらけのおっさんをやすやすと受け入れやがる。飯を食えば体が大きいからと大盛りにしてくれるし、街を歩けば『その件、本物?』なんつって子供が寄ってくる。言い寄ってくる観光客はちと面倒だったが…昨日酒場で飲んだ酒は、格別うまかった。三流の安酒場の酒だったってのによ。そんな平和ま光景が、一瞬で崩壊する光景が脳裏をよぎっちまった」
 そこで彼は再び折れた剣を見下ろすと、何か吹っ切れたように一つうなづく。
「そして剣先が鈍ることを恐れた挙句、俺は乾坤一擲の勝負に出ちまった…お若いのがあんな特技を持ってるってことを『うっかり』忘れてな」
 言葉とは裏腹に、表情からは後悔の念が微塵も感じられない。実に清々しい顔で大げさにため息をついているあたり、その負け演技は相当な大根役者っぷりだ。
「いいヤツだな、あんた」
 思わず口をついて出た本音に、男は消え入りそうな声で反論した。
「傭兵なんて殺伐とした世界に身を置いているからこそ、大切にしたい日常ってやつがあるのさ。それが戦い続ける世界で乾いた心の潤いになる。また、自分が人だと思い出させてくれる。俺は、ただ大切なものがなくなることを恐れて剣を鈍らせた愚か者だ」
 そこまで言うと、彼は「頼まれてくれるか?」と小声で尋ねる。
「ついでだから、一発殴って気絶させてくれ。任務をしくじった愚かな傭兵の、せめてもの意地だ」
 その頼み事に、俺も苦笑いで返す。
「そう言う意味で言うなら、俺も同類の愚か者だ。だから『アームストロング』であることが怖くなった。傭兵の世界に嫌気がさしたら、エルダードに来ればいい。俺は『白銀の戦斧亭』にただ一介の冒険者として所属している。『アームストロング』とは無関係にな」
 その俺の言葉に、現役傭兵は意外そうに目を見開いた。
「ということは、あんたのお仲間はそのことを?」
「ああ、知らないはずだ。だからこっちも頼まれてくれ。俺の仲間に会うことがあっても、秘密にしていてくれるとありがたい」
  なるべくなら、彼らに隠し事はしたくない。だが俺は『アームストロング』としてではなく、ただの『デュエル』として生きることを選んだ。妙な言い方だとは思うがこれは、自分自身へのけじめと思っている。
「分かった、肝に銘じておこう。俺はキーン・レガイア。あんたは?」
「デュエル・アームストロング。アームストロング一族の末子だ」
「そうか。それじゃ早速頼む。思いっきり飲みたい気分だから、口の中を切らないようにしてもらえるとありがたい」
「ああ、わかった」
 俺たちは、笑いながら固く握手を交わした。いつの日か、互いに冒険者としての再開を願いながら。

 そして、遺跡内に鈍い音が響き渡った。

 俺は、うつぶせに倒れた傭兵、キーンに背を向けて歩き出す。ここから先は仕事に戻らなくてはならない。少しでも、仲間を助けられるように。
 
 アーチは手先が器用で弁が立ち、交渉能力の高い外交官役だ。だが女に弱くてお調子者の一面が危なっかしい。
 ラスファはいつも冷静な切れ者で、優秀な参謀役だ。だが接近戦にはとことん向かず、さらに妹がらみでは少々冷静さを欠く傾向がある。
 アーシェとラグはそれぞれ魔法や知識を冒険に役立てる、なくてはならない存在だ。だが冒険者としての経験の浅さゆえか、様々な未熟さが目立っている。

 人は皆、長所と短所を併せ持つものだ。だがそれを補い合える仲間を得て成長してゆく。彼にもいつか、そんな仲間が現れるように祈らずにいられなかった。傭兵一族の肩書きを捨てて冒険者に転身した、俺のように。傭兵をしていたときには得られなかった、充実感がここにはある。
 俺は再び、遺跡の暗闇を松明でなぎ払った。
 この先に、明るい未来があることを信じて。

 しかし…俺はいつまで、この秘密を抱えていられるんだろうな?
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