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mission 1 俺たち、観光大使じゃない冒険者!
今日も平和な冒険都市
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side-デュエル 1
賑やかな通りのさざめきを、乾いた風が運んでくる。
華やかな音楽と観光客の歓声、そして誰もが振り返るファンファーレ。道の端では露店や土産物の屋台が並び、広場では大道芸人のパフォーマンスが繰り広げられる。風に舞う紙テープや花吹雪は観客の笑顔を誘った。
どこに出しても恥ずかしく無いくらいの観光地の光景だろう。だが、ここは泣く子も黙る冒険都市。多くの小国に囲まれながら不可侵条約によりいずれの国にも属さない、かつては誰もが知る硬派な冒険者の都! …だったはずなのに。
俺は抱えていた重い荷物を降ろすと、窮屈な給仕服の襟をこっそりと緩めながら再び店内に足を向けた。外と同じく、店内のテーブルには所狭しと観光客が詰め込まれている。乾杯のジョッキの音と楽しげな笑い声、そして酔漢の調子っぱずれな歌声…どうしてこうなった?
「ポーターさん、今の荷物で最後だよ!」
客の声で、俺の意識は現実に引き戻された。宿の前に停められた豪華な馬車には、たった今ぎっしりと土産物を積み込んだところだ。この観光客は一体どれだけ買い物をしたのだろうか? 量も量なら、重さも半端ない。それもそのはず、こっそりと聞いてみたが、武器のレプリカが大半を占めるそうだ。この馬車を牽く二頭立ての馬が気の毒になってきた。もし将来生まれ変わるときがきたとしても、馬だけは全力で辞退しようと本気で思う。
「いやー、キミ。いい体格だが、何か武術でもやっているのかね?」
軽く数回脇をつつかれ振り返ると、身なりと恰幅のいい中年紳士が俺を見上げてちょび髭を綻ばせている。
「ええ、人並みには鍛えているつもりですよ」
不慣れな営業スマイルで答える俺の背中を再び叩くと、彼は豪快に笑った。
「やっぱりかね。うんうん、若いモンはそうでないとな。ワシの若い頃にそっくりだよキミ! これからも頑張るんだよ!
土産話が増えたことに満足したのだろう、そのまま紳士は明らかに重量オーバーの馬車に乗り込んだ。歩き出した馬たちのいななきが断末魔の悲鳴にしか聞こえないのは、俺の気のせいだろうか? 旅先で力尽きるであろう哀れな馬たちの冥福を、俺はこっそりと祈らずにはいられなかった。
ここは、遺跡と冒険の街エルダード。四方八方を小国に囲まれた地であるにもかかわらず、世界唯一の国家不可侵地域とされた珍しい都市である。ここは国のようでも国ではなく、当然王族とやらも存在しない。何故そうなるかと言うと、ここの特殊な地形となりたちに端を発する。
元々ここは謎多き巨大な遺跡群で、その研究者や護衛の冒険者たちが住み着き始めて街となり徐々に広がっていったと言う歴史を持つのだ。
やがて彼ら相手の商人たちが出入りを重ね、さらに規模も人口も大きくなっていった。大きくなったとはいっても、遺跡全体は周りを一周するだけでも三日はかかると言う規模だ。遺跡はあまりにも広く奥深い。未探索地域は未だ八割にも上り、居住可能区域もごく限られている。にもかかわらず、あくなき探究心を原動力にこの町は廻っている。
その反面、基本的な入国審査などもないために犯罪者や逃亡者が隠れ蓑にするにもうってつけなのだ。さらに未探索の遺跡から魔物がひょっこりと出てくることもある。冒険者同士の決闘も、下手をすれば攻撃魔法が飛ぶことも珍しいことではない。
そこで、各ギルドの有志や神官騎士などによる自警団も発達していったので、乱れ放題の治安はかえって良くなっていった。治安と物流に恵まれた街が、発展しない道理もない。さらに冒険者として実践に鍛え上げられた戦力にわざわざケンカを売る国もほぼなく、国家間の諍いに晒されることもない。
ある意味、平和が保たれた街とも言える。そんな街が何故観光地化したかというと…。
俺は恨めしげな視線を店の片隅に投げた。そこには、全ての元凶である観光パンフが数冊積まれている。数年前、ここの冒険者ギルドが冗談まじりで発行したものだ。
冒険者ギルドとは、通常は危険な冒険の助けとなるべく結成された組織で、ほぼ全ての冒険者の宿屋を束ねている。ギルド側からは依頼の統制や情報提供他諸々を、そしてこちらからは依頼達成時の報告と収入より一定割合の上納金の義務というギブアンドテイクの関係を成していた。さらに危険物品の管理や周辺国に牽制と言う名の情報提供をするための広報などという業務も兼ねている。
だが、当時の職員はよほど疲れていたか、もしくはヤケになっていたに違いない。物好きな一般人への紹介用として、年に数回の冊子を出していたのだが、何をトチ狂ったのだろうか?
ともかくも、その観光パンフは世に出た途端に大きな話題と波紋を生み出した。怪しい遺跡と危険きわまりない冒険者の巣窟と思われていたぶんのギャップは激しく、読んだ者の冒険心に火をつけたであろうそれは、うっかりと大当たりをしてしまったのだ。
それからというもの『遺跡を見に行こう』『冒険者に会いに行こう』などと言いながら続々と一般人が押し寄せてきた。つまりは冒険者の都の大改造及び、大騒ぎの日々の始まりとなった訳だ。それまでの硬派で堅牢な街並みは、比喩どころでなく数日でダイナミックな変貌を遂げてしまった。
俺たちが根城にするこの宿屋も例外ではなく、商魂たくましい女将のせいで一般客が大幅に増えてしまっている。
白銀の戦斧亭。
言いづらいので普段は略して『白銀亭』と呼ばれているここは、エルダードの新市街地区に位置するログハウス調の建物だ。入り口近くの壁には屋号の由来となった、現役時代にマスターが振るっていた白銀に輝く斧が飾ってある。それもまた、観光客にはいい見どころになっていた。
冒険者ギルド傘下にあるこの宿は一階は酒場兼食堂で、そこから上が所属する冒険者たちの私室になっている。ちなみに俺の部屋も、二階に割り当てられていた。
俺の名前はデュエル。短い黒髪に黒い瞳、鼻先に走った一本キズがトレードマークだ。何を着ても窮屈そうに見える体格に、見上げるような大男とよく言われるが、事実なので文句のつけようもない。一族総出で傭兵稼業という殺伐極まりない人生を送ってきたんだが、その生活に見切りをつけてこっちに出てきた次第だ。
そんな俺がたった今何をしていたかというと、警備員…要は、力仕事兼用心棒といったところだろうか。酔っ払い同士の殴り合いなどを仲裁するのが俺の役目だ。気の荒い冒険者たちの中にいても、俺の巨体は目立つ。そんなのがとりあえず立ってるだけでも与える威圧感は半端ないらしく、ここしばらくは喧嘩騒ぎは起きていないようだ。
それまでの傭兵暮らしに嫌気がさしてこっちに出てきたが、それなりに充実してはいる。いるのだが…。こんなんでいいのかと、頭を抱えたくなるときだってたまにはあるのだ。
「よう! どうした、ンなシケたツラしちゃってよぉ!」
不意に脇から出た、陽気な声と共に背中を叩かれた。
ひょろりとした長身で見慣れたロン毛の金髪に無精ひげ、そして着崩した給仕服姿。暑苦しさをどうにかした上で真面目に黙ってさえいれば、もっとモテそうな気がする容貌だが…常に浮かべるニヤけ面が第一印象を台無しにしている。
彼は仲間のアーチボルト・サーガ。この急激な観光地化の大波に乗りに乗っている、いわば勝ち組だ。ここでは給仕兼お抱え楽師という肩書きを持っている。今も彼は、お得意のリュート片手に自慢の喉を披露していたところだ。ただし、相手は美女限定で。
元々は、血湧き肉躍る冒険をしたいと故郷から出てきたといっているのだが、夜な夜なナンパに明け暮れて朝帰りもしょっちゅうだ。人の生活にいちいち口出しするつもりはないが…現状それでいいのかお前?
「いつも楽しそうだな、お前」
我ながら皮肉っぽい台詞になってしまったが、本心からの言葉だ。悪意もない。その俺の言葉に、彼は笑みを深めた。
「おうよ、毎日観光客のねーちゃんを口説き放題だからな」
三度の飯より女好きな彼らしい台詞とともに、足取り軽く鼻歌交じりで彼は観光客の群れの中へと戻って行った。あれで奴は盗賊ギルドの幹部候補生というのだから、わからないものだ。
一応言っておくが、盗賊ギルドと言っても奴は遺跡探索中心と自称している。単なる犯罪結社と誤解している者も多いが、ここエルダードにおける盗賊ギルドとは、遺跡に残された鍵や罠を解除し、宝の鑑定も出来るという探索者集団という色合いが濃い。遺跡探索には欠かせない役割なのだ。
彼らは貴重な文献や研究資料、美術品が流出するもとになるとして、古代研究に勤しむ学者や古代魔術を究める魔術師達からは良い顔をされていない。…まあもちろん、文字通りの盗賊もいるにはいるが。
不意に、客たちの間に大きなどよめきが走った。彼らの視線は、伝票と水を載せた銀のトレイを手にしてテーブルをすり抜ける銀髪の給仕に向けられている。それもそのはず、彼は人間ではなく稀少種で知られるエルフ族だったのだから。
特有のピンと尖った細長い耳は、遠目でも見間違えようもない。彼は物珍しげな観光客…とりわけ女性客の熱い視線を集めつつ、徹底した無愛想さで、グラスをテーブルに叩きつけた。
「注文は?」
彼を見て目と口を丸くして固まる客から何とか注文を取ると、彼は死ぬほど不機嫌そうに伝票に書き込んで厨房に引っ込んでいく。後には、静かなざわめきが残された。
彼の名は、ラスファエル・バリニーズ。仲間内からはラスファと呼ばれている。腰まで届く長い銀髪をうなじで結び、細身の長身に俺と同じ給仕衣装をまとって料理人兼給仕として忙しく働いていた。今ではその珍しさから『厨房エルフ』と呼ばれている。
年の頃は二十歳前後といったところだが、やたらと長命な種族のため見た目で年齢は分かりにくい。一度興味を持って実年齢を聞いて見たことがあったのだが、百五十を超えたところで面倒になって数えるのをやめたというざっくりとした答えが返ってきた。どうも歳月の概念には乏しい種族のようだ。
元々エルフ族は森の奥に集落を作って暮らす閉鎖的で種族なのだが、彼のように人里に出てくる者もいるにはいる。とはいえ…ただでさえ稀少種族の上にそんな物好きはさらに少なく、あらゆる種族が混在すると言われるこの町でも見るのはちょっと珍しい。
彼らはその上容姿端麗でも知られている。そんな料理人がいる強みを最大限に活用し、彼目当ての女性客を一気に増やすことに成功した女将はホクホクしているそうな。目立つことがとことん嫌いなラスファにとっては、迷惑この上ないことだろう。気の毒な話だ。
ふと目を落とすと、ヒョウを猫サイズに縮めたような生き物が二匹、客に踏まれることなく器用に並んで走り回っている。反射的に捕まえると、俺は飼い主を探すべく店内を見回した。しかし変わった生き物だ。二匹まとめて捕まえても暴れることもなく、何処か知性を感じさせる目を俺に向けている。
「あ、捕まえてくれたんだ! ありがと!」
すぐそばから上がった幼さを残した声に目を向ければ、ちいさな少女が小走りに駆け寄ってくるところだった。
サイズの余った給仕姿に、栗色のゆるい巻き毛をポニーテールに結っている。見た目では十代前半としか見えないが、実際は十六歳…立派に成人しているのだ。彼女の名はアーシェラン・バリニーズ。名前を聞いて気づく人も居るだろう。実は先ほど紹介したラスファの異母妹に当たる。
「珍しいペットを飼い始めたな。女将に了承は取ったのか?」
俺の問いを、彼女はドヤ顔で訂正した。
「ふふん、違うんだなー。このコ達は、昨夜呼び出して契約したての召喚獣なんだよね。先輩から召喚札を格安で譲ってもらったの! 可愛いでしょ?」
「召喚獣? コレが?」
にわかには信じがたい。毛皮もモフモフしているし、縫いぐるみめいた外見ながら体温もしっかりある。魔術なんて縁のない俺だが、癒し系ペット以外に使えるとも思えない。
「そうそう。戦闘用じゃないから安くなったんだって。とりあえず部屋で可愛がってたんだけど、お腹すかせちゃったのかな?」
ここでちょっと補足させてもらおうと思う。彼女は魔術師ギルドに通う、見習い魔術師なのだ。
少し尖った耳を見れば、ハーフエルフ…つまり人間とエルフの混血児であることは一目瞭然。彼らは人間社会でもエルフの集落でも弾かれることが多く、故郷を捨てて冒険者や傭兵になることが多いそうだ。俺自身も傭兵時代に何人かのハーフエルフと知り合った経験があるのでわかるが、そこでも彼らは孤立しがちだった気がする。アーシェも例外ではなかったようで、故郷にいた頃にそういったトラブルが多かったと聞いている。
「ふふん、可愛いでしょ? あたし、この可愛さに一目ぼれしちゃったんだよね~。ていうか、召喚獣は可愛くないと!」
「いいのかそれで?」
彼女は動物好きなのだが、見た目だけで選ぶという困った癖がある。ちなみに店の片隅でも『エサやるな』と張り紙された鳥かごに入れられて、イタチともネズミともつかない手のひらサイズの小動物が客の子供につつかれている。実質上の使い魔ポジションだが、甘いものばかりを好んでつまみ食いを繰り返したための処置だ。
俺は再び、抱えたままの猫もどきに目を戻した。うん、やっぱりペットだろう。アーシェは将来、本格的な召喚師の道に進みたいそうなんだが…見た目だけで召喚獣を選んでたんじゃマズくないか?
「そういえば召喚獣って、何食うんだ?」
「うーん、それぞれ違うよ? このコ、見た目は肉食獣っぽいけどお肉食べたらお腹壊しちゃうの。卵が主食なんだって」
「なんだそりゃ? 鳥の天敵かよ」
「兄貴ー! オムレツ二つ、薄味でお願い!」
その勢いで、アーシェは厨房に向かって声を張り上げる。普段はクールで強気なラスファも、妹にはてんで弱い。要するに、筋金入りのシスコンなのだ。
「二人ぶん? せめて片方はサラダにしたらどうだ?」
「だから、あたしが食べるんじゃないんだって! 召喚獣と良好な関係を築くための、マスターとして大事な勤めなのよ!」
そう言いながら、彼女はドヤ顔で胸を張って見せた。外見だけでなく、仕草もいちいち幼く見えるのが微笑ましい。
半分受け継いだエルフの血のせいで、どこもかしこも発展途上な見た目が目下の悩みのタネだそうだ。
小柄な上に幼児体型。子供扱いを何より嫌うため、基本的に背伸びした奔放な言動を取っている。
ちびっこ呼ばわりされるたびに『見てなさいよ、そのうちぼんきゅっぼんのわがままボディになってやるんだから!』と豪語しながらジョッキ一杯のミルクを毎日一気飲みしている。ただ、そのミルクの効果はいつ出るのだろうか?
その向こうで会計を済ませた客に柔らかい笑みを見せるのは、長い黒髪の少女だった。
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしています」
「ラグちゃん、そろそろ行かなきゃ! 次の講義始まっちゃう!」
「そうでしたわ! では師匠、わたくし行ってまいります」
アーシェの呼びかけに慌てて自室で着替えると、カバンを持って並んで出て行く。
普段はおとなしく落ち着いた物腰に、上品でおっとりとした雰囲気。さっき運んだ大荷物も、彼女の手続きによるものだ。
ラグランジュ・メイナーという長い名を略して、普段はラグと呼ばれている彼女は、アーシェと同じく学生としてこの街で暮らしている。
見た目と物腰はアーシェよりも大人っぽいが、実際は一つ年下の十五歳だそうだ。
もともと商家の生まれだが親が決めた婚約者を嫌って神殿に駆け込んだという、一直線な一面も持ち合わせている。その一途さは現在、ある人物に向けられているのだが…その当人は客の美女の手を取って、熱心に口説きの真っ最中だ。
「へえ、お姉さんたち見慣れないと思ったら、来たばっかなんだ。だよな~、こんな美人さんならオレ、一度見たら忘れねぇもん。ちょうどよかった、仕事そろそろ終わりなんだわオレ。そこらの案内してやるよ。ここはそこそこ長げェから頼りにしてくれよ♪」
「あらお上手ね。誰にでも言ってるんでしょ?」
「そんな訳ねェって! こう見えて結構一途よ、オレ?」
…全く、毎回思うがよくここまではが浮くようなセリフをポンポン吐けるもんだ。相変わらずのお調子者っぷりを女将が見とがめた。
「アーチ! またあんたは仕事ほったらかしてナンパして!…すいませんね、お客様。しっかりと言い聞かせますから…アンタは厨房で皿洗いでもやってな!」
「勘弁してくれよぉ~何が悲しくて綺麗どころを前にして皿なんぞ洗わにゃならんのよ…」
早速落ちた女将のカミナリに、奴は落胆混じりの情けない声で襟首掴まれて引きずられて行く。
全く、困ったもんだ。何が一番って、よりによってラグがこいつを師匠と呼ぶなんて事態だ。ここにきたばかりの頃に助けてもらったのがきっかけというから、恐らくは刷り込みが起きたのではないかという線が濃厚だ。
さて、先ほどの半死半生の馬が去ってしまった以上、当面の俺の手は空いてしまった。用心棒兼荷物持ちという肩書きだが、正直修練に比べれば楽な生活なのも事実だ。このままでは鈍ってしまう。客に見とがめられないようにあくびを噛み殺し、俺は店内を見回した。平和なものだ。
「頼みたいことがある」
出し抜けに後ろから、若い少年の声がかけられた。俺の背後を取れるやつなど、ごく限られている。その筆頭の名を呼びかけた。
「何か仕事か、ラインハルト?」
「ああ」
振り返ることなく問いかけた俺の予想通り、そこにいたのは修行仲間でもある神官騎士ラインハルトだった。どこか高貴さを感じさせる短い金髪に青い瞳。小柄な体格を侮られるのを嫌って、常に鎧を身にまとっている。彼とは同じ師匠につき、良き兄弟弟子として研鑽を積む間柄だ。
年若く線が細いために少女じみた印象を持たれるが、槍術の腕前は相当な実力者として互いに認め合っている。彼は冒険者ではなく至高神に仕える神官であり、正義の執行者たる騎士でもある。積極的にこの町の治安を守るべく自警団に所属して、日々方々を駆け回っているのだ。どうも口ぶりからして、今回は自警団員としての依頼らしい。俺は彼に向き直った。
「広場通りの武器屋を知っているか? そこから盗難届が出されたそうだ」
生真面目な性格の彼らしく、単刀直入に話は切り出された。真剣な眼差しは、常に正義と理想の実現に向けられている。良く言えば謹厳実直、悪く言えばシャレが通じないタイプだ。
「おいおい、観光客の万引きか? 自警団も大変だな」
俺は先刻の武器レプリカを大量に買い漁っていったマニアな紳士を思い出した。極端な話、あの大荷物に多少の本物が混じったところで、パッと目にはわからないだろう。
「いや、おそらくはプロの手口だ。だが裏があってな、その店は盗賊ギルドに保護料を定期的に支払っていたというのだ。…自らの安全の為に盗賊などに、活動資金となりうる金品を渡すなど、言語道断! そんな輩がいるから犯罪が後を絶たないというのに!」
保護料とは、大きな商家や金持ちが盗賊に狙われたくない場合に定期的に支払ってターゲットを免れるシステムのことだ。盗賊ギルドが鉄の掟で縛られていることは、俺でも知っている。その掟を破った者には、厳しい制裁が待っていることも。正義感の強すぎるラインハルトからしてみれば、保護料を支払う側も受け取る側も許し難いということだろう。
俺は軽い咳払いで脱線しかけた話を元に戻した。
「それなら、当の盗賊ギルドに話を聞くのが妥当じゃないのか? 被害者はもちろん、メンツを潰されたギルドも黙っていないだろうし」
「誇り高き『至高神』の使徒が、盗賊ギルドと裏取引をしろと?」
そうだった。彼は神官騎士だ。それも正義についてはとことん融通の利かない至高神に仕えているんだった。たとえ仕事ではあっても、盗賊との交渉に応じるはずもなく、ついでにコネもない。
「仕方ないな。連中にも聞いてみるから、待っていてくれ。あと個人的な話ならいいが、依頼にするなら宿屋と女将にも話を通してもらわないと困る」
依頼は宿屋を通すこと。それは冒険者の不文律だ。自警団に所属するラインハルトは、どうもその辺りが疎い。
「あ…すまない」
指摘されたことを思って、わずかに赤面する彼。やっと年相応の幼さが垣間見えた。
「ほうほう、保護料預かりの店から盗みを働くとは…いい度胸の奴もいたもんだ。んじゃオレは、ギルド行って情報屋にあたってみるかね?」
口笛吹きつつの軽口に、横目でアーチを睨むラインハルト。
観光客は相変わらず店内を賑わせていたが、俺たちは裏方の隠し部屋に集められた。今は一時的に影の薄い女将の夫であるマスターが、店を引き受けている状態だ。
ここは通常、依頼人が通されて極秘の話をするための部屋だ。冒険者の店には必ず一つ二つは存在し、大抵はここで依頼を受けることになる。やや狭く薄暗い部屋には簡単な応接セットと明かり取りの小窓、そしていざという時の脱出経路を兼ねる隠し扉がある。もちろん、表の店からは見えない場所に入り口は存在していた。
「とりあえず、盗まれた物は?」
珍しそうに周囲を見回すラインハルトは、短いラスファの問いに我に返った。そういえば、彼がここに入ったことはなかったな。
「あ、ああ。確か細かい装飾が施された短剣だそうだ。つい最近にとある旧家から質草として流れてきたそうで、高値がつくと見越した鑑定待ちの状態だったらしい」
「その割には随分とあっさり盗まれたんだな。管理に問題は?」
呆れ半分にこぼされたラスファの台詞に、ラインハルトはかぶりを振る。
「それが、かなり厳重だったそうなんだ。金庫に入れて鍵もかけ、ご丁寧に番犬も飼っていたようだが全て突破されたらしい」
「なるほどな、そりゃ確かにプロの仕事だ」
盗賊としては、天敵と言える自警団に依頼をされた状況が楽しいのだろう。ニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、アーチはうなづいた。やれやれ、悪趣味な奴だ。個人的な恨みがあるわけじゃなし、少しは自重してほしいもんだが。
「で、他に掴んでる情報はねェのか?」
そのアーチの問いに、ラインハルトは憮然として呟く。
「今のところ、自警団が掴んでいる情報は以上だ」
ニヤリと笑うアーチ。ラインハルトは火のような目で睨み返すが、彼は無言で抑えたようだった。やはりこの二人、徹底的にソリが合わない。
「どうするんだいあんた達? まあ、ここまで話を聞いたからにはさっさと決めて欲しいんだけど? 先ずはデュエル、アンタはどうなんだい?」
いつもの営業スマイルはなりを潜め、神妙な面持ちで女将は俺たちを見回す。真っ先に話を振られて、ほぼ反射的に俺は頷いた。
「他でもないラインハルトからの依頼だ。友人としても受けるつもりだが?」
そんなこと、俺にとっては今更問われるまでもないことだ。女将は一つうなづくと、側にいたラスファに問いかけるようにちらりと目を向けた。
「特に断る理由もない。ようやくこの見世物小屋から解放されそうだからな」
毒と皮肉交じりのそっけない返答。表には出さないが、どうもホッとしているようだ。それも納得だ…ただでさえ目立つことが嫌いなのに、店にいる限り注目され続けるというのはかなりな苦痛だろうから。
それを見て女将が残念そうに呟く。名物料理人の彼が抜ければ、あからさまに売り上げに響くのは目に見えているからだろう。
彼自身は知らないことだが、観光大使の上を行く勢いの親衛隊がいるという噂だ。このルックスに加えてクールで辛口な言動、そっけない態度も「そこがいい」と、人気なんだそうだ。そりゃ、女将も引き止めるわな。
「あたしとしては、せめてアンタだけでも残ってて欲しいとこだけどね?」
「冗談! これ以上珍獣扱いされてたまるか。で、どうなんだアーチ?」
そして最後の一人に視線が集まる。奴はふんぞり返って得意げに笑った。
「おう、オレも異存ねェぜ。キレーなねーちゃんには不自由しねェがいい加減、宿でカンヅメ労働にも飽き飽きしてたからよ」
「アンタは言うほど働いてないじゃないか!」
再びアーチには女将のカミナリと鉄拳制裁が下された。短い悲鳴を務めて無視すると咳払いでごまかして、俺はラインハルトに向き直る。
「あー、とにかくそういうことだ。学校に行ってて不在の二人については事後承諾という形になると思うが、いいよな? まずは情報収集から始めるとして、中間報告は自警団詰所にすればいいか?」
「ああ、頼む。引き受けてくれて感謝する。あと…鍛冶屋で師匠が呼んでいた。ちょっとした頼みごとがあるらしいので、通りすがりにでも寄ってやってくれ」
年若さにそぐわぬ堅い受け答えに、俺は苦笑と共にうなづく。水臭いことだ。
彼が帰った後で、ふと重大な問題を思い出した。
「なあ…ここの給仕の引き継ぎはどうするんだ?」
「それなんだけどねえ、そろそろフランシスがショーから帰ってくる頃なんだけども、今いるバイトさん達じゃ回らないだろうねえ…」
すがるような目を向けるな女将。
「だったら増やせよ、バイトくらいは」
ラスファのごもっともなツッコミはさらりと無視して、わざとらしくため息をつく。
「スイーツについては作り置きはあるにしても、メニューの差し替えはいるねえ、ああ、大損害だよ!」
「知るか。だいたい、依頼優先と最初に取り決めておいたはずだろ!」
元締め同然の女将に向かってぞんざいな口利きと思えるが、彼についてはこれが自然なのだ。実は女将も元は冒険者で、当時はラスファも仲間として冒険していたという経歴を持つ。見た目は親子ほど違って見えるが。かつては可憐だったと、同じく冒険者仲間だったマスターが涙ながらに語ったこともあるが…時の流れとは残酷なものだ。
今ではすっかり商魂たくましい女傑となり、頼もしかったであろうマスターを尻に敷いている。俺も伴侶を選ぶ際には気をつけようと心に誓った酒の席だった。
女将とラスファが揉めるだろうと思われた、その時だった。
「たっだいまー! 討伐依頼は大成功だったわよ!」
華やかといえば聞こえはいいが、悪くいえば姦しい集団が店内になだれ込む。別口の魔物討伐依頼を受けていた冒険者チームだ。メンバーは女性のみ、五人全員が真っ赤な鎧姿というインパクトの塊のような出で立ちに観光客から大きく歓声が上がった。
彼女たちは通称『アマゾネス軍団』。
女性ばかりとはいえ、その仕事ぶりはかなり荒っぽく、魔物討伐中心という荒事専門を自称している。要するに細やかな仕事に向かないわけだが、ここまで開き直られると逆に脱帽ものだ。現に今もリーダーのリンダが戦利品であろう、何かのでかいツノを肩に担いでいる。客からの人気ぶりに、女将の目がギラリと輝いた。
「あんた達、帰って早速で悪いけどここの仕事を頼まれちゃくれないかい?」
「何よ、そこにデュエル達がいるじゃないの。アタシ達と違って地味だからお似合いじゃん、ねえ?」
リンダはたちまち、いやそうに顔をしかめた。俺たちに常に対抗意識を持って絡んでくるのはいい加減、やめてほしいんだがな。
それを見てアーチは音もなくするりとリンダの前に滑り出た。こいつの最大の武器を使う時だ。何を企んでいるかは、それなりの付き合いで大方想像つく。たたえた笑みは、まさに悪魔の微笑。ここから先は、奴の独壇場。俺もラスファもわかっているので、口出しせずに成り行きを見守ることにした。
「いやあ、確かに姐さん達の華やかさ! そりゃオレ達じゃとてもじゃねェが太刀打ちできねェわ。だって見てみろよ、オレらときたらゴツくてでかいアンちゃんと痩せっぽちのエルフだぜ? 両極端すぎんだろ? 華やかっつったら、オレくらいだぜ?」
まさに悪魔の囁き。その美辞麗句に、リンダの声は悪くなさげなトーンになっていく。乗せられ始めてる証拠だ。
「ふ、ふん。あんたも似たようなもんだけど…当然でしょ? 確かにアタシ達には、アンタらにはない華はあるわね。両極端な連中よりも、アタシらの方が客受けいいに決まってるわね!」
外出したさに、アーチの舌がここぞとばかりの高速回転を始めた。これが奴の最大の武器、舌先三寸! 聞こえているとわかってて、あいつも本当に好き放題言ってくれるよな。言いたいことはこちらにもあるが、ここは我慢だ。
「ほらほら見てみろよ、客の反応も上々だしよ! 姐さん達が出てくれりゃ宿屋の売り上げもうなぎ登り、俺たちの出る幕なんざねェよ」
よくまあここまでホイホイ持ち上げられるもんだ。巧みな弁舌に抗えるはずもなく、姐さん方は陥落したらしい。
頃合いを見て自室で着替えと準備を済ませた俺たちが見たものは、鎧の上にエプロンというマニアックな格好で接客するアマゾネス軍団の姿だった。あまりの変わり身の早さに、開いた口が塞がらない。そんな俺に、奴は上機嫌で言ってのけた。
「うまくいったぜ。ついでに鎧のままで接客した方が客受けいいって言っといた。気が変わらねェうちに、さっさと行こうぜ!」
こいつ、冒険者じゃなければ詐欺師になってたに違いない。だがまあ、確かに今のうち。
やっとこの窮屈な給仕服から解放された! ちょうどいい依頼だったんだよな、タイミング的に。ラインハルトには感謝だ!
賑やかな通りのさざめきを、乾いた風が運んでくる。
華やかな音楽と観光客の歓声、そして誰もが振り返るファンファーレ。道の端では露店や土産物の屋台が並び、広場では大道芸人のパフォーマンスが繰り広げられる。風に舞う紙テープや花吹雪は観客の笑顔を誘った。
どこに出しても恥ずかしく無いくらいの観光地の光景だろう。だが、ここは泣く子も黙る冒険都市。多くの小国に囲まれながら不可侵条約によりいずれの国にも属さない、かつては誰もが知る硬派な冒険者の都! …だったはずなのに。
俺は抱えていた重い荷物を降ろすと、窮屈な給仕服の襟をこっそりと緩めながら再び店内に足を向けた。外と同じく、店内のテーブルには所狭しと観光客が詰め込まれている。乾杯のジョッキの音と楽しげな笑い声、そして酔漢の調子っぱずれな歌声…どうしてこうなった?
「ポーターさん、今の荷物で最後だよ!」
客の声で、俺の意識は現実に引き戻された。宿の前に停められた豪華な馬車には、たった今ぎっしりと土産物を積み込んだところだ。この観光客は一体どれだけ買い物をしたのだろうか? 量も量なら、重さも半端ない。それもそのはず、こっそりと聞いてみたが、武器のレプリカが大半を占めるそうだ。この馬車を牽く二頭立ての馬が気の毒になってきた。もし将来生まれ変わるときがきたとしても、馬だけは全力で辞退しようと本気で思う。
「いやー、キミ。いい体格だが、何か武術でもやっているのかね?」
軽く数回脇をつつかれ振り返ると、身なりと恰幅のいい中年紳士が俺を見上げてちょび髭を綻ばせている。
「ええ、人並みには鍛えているつもりですよ」
不慣れな営業スマイルで答える俺の背中を再び叩くと、彼は豪快に笑った。
「やっぱりかね。うんうん、若いモンはそうでないとな。ワシの若い頃にそっくりだよキミ! これからも頑張るんだよ!
土産話が増えたことに満足したのだろう、そのまま紳士は明らかに重量オーバーの馬車に乗り込んだ。歩き出した馬たちのいななきが断末魔の悲鳴にしか聞こえないのは、俺の気のせいだろうか? 旅先で力尽きるであろう哀れな馬たちの冥福を、俺はこっそりと祈らずにはいられなかった。
ここは、遺跡と冒険の街エルダード。四方八方を小国に囲まれた地であるにもかかわらず、世界唯一の国家不可侵地域とされた珍しい都市である。ここは国のようでも国ではなく、当然王族とやらも存在しない。何故そうなるかと言うと、ここの特殊な地形となりたちに端を発する。
元々ここは謎多き巨大な遺跡群で、その研究者や護衛の冒険者たちが住み着き始めて街となり徐々に広がっていったと言う歴史を持つのだ。
やがて彼ら相手の商人たちが出入りを重ね、さらに規模も人口も大きくなっていった。大きくなったとはいっても、遺跡全体は周りを一周するだけでも三日はかかると言う規模だ。遺跡はあまりにも広く奥深い。未探索地域は未だ八割にも上り、居住可能区域もごく限られている。にもかかわらず、あくなき探究心を原動力にこの町は廻っている。
その反面、基本的な入国審査などもないために犯罪者や逃亡者が隠れ蓑にするにもうってつけなのだ。さらに未探索の遺跡から魔物がひょっこりと出てくることもある。冒険者同士の決闘も、下手をすれば攻撃魔法が飛ぶことも珍しいことではない。
そこで、各ギルドの有志や神官騎士などによる自警団も発達していったので、乱れ放題の治安はかえって良くなっていった。治安と物流に恵まれた街が、発展しない道理もない。さらに冒険者として実践に鍛え上げられた戦力にわざわざケンカを売る国もほぼなく、国家間の諍いに晒されることもない。
ある意味、平和が保たれた街とも言える。そんな街が何故観光地化したかというと…。
俺は恨めしげな視線を店の片隅に投げた。そこには、全ての元凶である観光パンフが数冊積まれている。数年前、ここの冒険者ギルドが冗談まじりで発行したものだ。
冒険者ギルドとは、通常は危険な冒険の助けとなるべく結成された組織で、ほぼ全ての冒険者の宿屋を束ねている。ギルド側からは依頼の統制や情報提供他諸々を、そしてこちらからは依頼達成時の報告と収入より一定割合の上納金の義務というギブアンドテイクの関係を成していた。さらに危険物品の管理や周辺国に牽制と言う名の情報提供をするための広報などという業務も兼ねている。
だが、当時の職員はよほど疲れていたか、もしくはヤケになっていたに違いない。物好きな一般人への紹介用として、年に数回の冊子を出していたのだが、何をトチ狂ったのだろうか?
ともかくも、その観光パンフは世に出た途端に大きな話題と波紋を生み出した。怪しい遺跡と危険きわまりない冒険者の巣窟と思われていたぶんのギャップは激しく、読んだ者の冒険心に火をつけたであろうそれは、うっかりと大当たりをしてしまったのだ。
それからというもの『遺跡を見に行こう』『冒険者に会いに行こう』などと言いながら続々と一般人が押し寄せてきた。つまりは冒険者の都の大改造及び、大騒ぎの日々の始まりとなった訳だ。それまでの硬派で堅牢な街並みは、比喩どころでなく数日でダイナミックな変貌を遂げてしまった。
俺たちが根城にするこの宿屋も例外ではなく、商魂たくましい女将のせいで一般客が大幅に増えてしまっている。
白銀の戦斧亭。
言いづらいので普段は略して『白銀亭』と呼ばれているここは、エルダードの新市街地区に位置するログハウス調の建物だ。入り口近くの壁には屋号の由来となった、現役時代にマスターが振るっていた白銀に輝く斧が飾ってある。それもまた、観光客にはいい見どころになっていた。
冒険者ギルド傘下にあるこの宿は一階は酒場兼食堂で、そこから上が所属する冒険者たちの私室になっている。ちなみに俺の部屋も、二階に割り当てられていた。
俺の名前はデュエル。短い黒髪に黒い瞳、鼻先に走った一本キズがトレードマークだ。何を着ても窮屈そうに見える体格に、見上げるような大男とよく言われるが、事実なので文句のつけようもない。一族総出で傭兵稼業という殺伐極まりない人生を送ってきたんだが、その生活に見切りをつけてこっちに出てきた次第だ。
そんな俺がたった今何をしていたかというと、警備員…要は、力仕事兼用心棒といったところだろうか。酔っ払い同士の殴り合いなどを仲裁するのが俺の役目だ。気の荒い冒険者たちの中にいても、俺の巨体は目立つ。そんなのがとりあえず立ってるだけでも与える威圧感は半端ないらしく、ここしばらくは喧嘩騒ぎは起きていないようだ。
それまでの傭兵暮らしに嫌気がさしてこっちに出てきたが、それなりに充実してはいる。いるのだが…。こんなんでいいのかと、頭を抱えたくなるときだってたまにはあるのだ。
「よう! どうした、ンなシケたツラしちゃってよぉ!」
不意に脇から出た、陽気な声と共に背中を叩かれた。
ひょろりとした長身で見慣れたロン毛の金髪に無精ひげ、そして着崩した給仕服姿。暑苦しさをどうにかした上で真面目に黙ってさえいれば、もっとモテそうな気がする容貌だが…常に浮かべるニヤけ面が第一印象を台無しにしている。
彼は仲間のアーチボルト・サーガ。この急激な観光地化の大波に乗りに乗っている、いわば勝ち組だ。ここでは給仕兼お抱え楽師という肩書きを持っている。今も彼は、お得意のリュート片手に自慢の喉を披露していたところだ。ただし、相手は美女限定で。
元々は、血湧き肉躍る冒険をしたいと故郷から出てきたといっているのだが、夜な夜なナンパに明け暮れて朝帰りもしょっちゅうだ。人の生活にいちいち口出しするつもりはないが…現状それでいいのかお前?
「いつも楽しそうだな、お前」
我ながら皮肉っぽい台詞になってしまったが、本心からの言葉だ。悪意もない。その俺の言葉に、彼は笑みを深めた。
「おうよ、毎日観光客のねーちゃんを口説き放題だからな」
三度の飯より女好きな彼らしい台詞とともに、足取り軽く鼻歌交じりで彼は観光客の群れの中へと戻って行った。あれで奴は盗賊ギルドの幹部候補生というのだから、わからないものだ。
一応言っておくが、盗賊ギルドと言っても奴は遺跡探索中心と自称している。単なる犯罪結社と誤解している者も多いが、ここエルダードにおける盗賊ギルドとは、遺跡に残された鍵や罠を解除し、宝の鑑定も出来るという探索者集団という色合いが濃い。遺跡探索には欠かせない役割なのだ。
彼らは貴重な文献や研究資料、美術品が流出するもとになるとして、古代研究に勤しむ学者や古代魔術を究める魔術師達からは良い顔をされていない。…まあもちろん、文字通りの盗賊もいるにはいるが。
不意に、客たちの間に大きなどよめきが走った。彼らの視線は、伝票と水を載せた銀のトレイを手にしてテーブルをすり抜ける銀髪の給仕に向けられている。それもそのはず、彼は人間ではなく稀少種で知られるエルフ族だったのだから。
特有のピンと尖った細長い耳は、遠目でも見間違えようもない。彼は物珍しげな観光客…とりわけ女性客の熱い視線を集めつつ、徹底した無愛想さで、グラスをテーブルに叩きつけた。
「注文は?」
彼を見て目と口を丸くして固まる客から何とか注文を取ると、彼は死ぬほど不機嫌そうに伝票に書き込んで厨房に引っ込んでいく。後には、静かなざわめきが残された。
彼の名は、ラスファエル・バリニーズ。仲間内からはラスファと呼ばれている。腰まで届く長い銀髪をうなじで結び、細身の長身に俺と同じ給仕衣装をまとって料理人兼給仕として忙しく働いていた。今ではその珍しさから『厨房エルフ』と呼ばれている。
年の頃は二十歳前後といったところだが、やたらと長命な種族のため見た目で年齢は分かりにくい。一度興味を持って実年齢を聞いて見たことがあったのだが、百五十を超えたところで面倒になって数えるのをやめたというざっくりとした答えが返ってきた。どうも歳月の概念には乏しい種族のようだ。
元々エルフ族は森の奥に集落を作って暮らす閉鎖的で種族なのだが、彼のように人里に出てくる者もいるにはいる。とはいえ…ただでさえ稀少種族の上にそんな物好きはさらに少なく、あらゆる種族が混在すると言われるこの町でも見るのはちょっと珍しい。
彼らはその上容姿端麗でも知られている。そんな料理人がいる強みを最大限に活用し、彼目当ての女性客を一気に増やすことに成功した女将はホクホクしているそうな。目立つことがとことん嫌いなラスファにとっては、迷惑この上ないことだろう。気の毒な話だ。
ふと目を落とすと、ヒョウを猫サイズに縮めたような生き物が二匹、客に踏まれることなく器用に並んで走り回っている。反射的に捕まえると、俺は飼い主を探すべく店内を見回した。しかし変わった生き物だ。二匹まとめて捕まえても暴れることもなく、何処か知性を感じさせる目を俺に向けている。
「あ、捕まえてくれたんだ! ありがと!」
すぐそばから上がった幼さを残した声に目を向ければ、ちいさな少女が小走りに駆け寄ってくるところだった。
サイズの余った給仕姿に、栗色のゆるい巻き毛をポニーテールに結っている。見た目では十代前半としか見えないが、実際は十六歳…立派に成人しているのだ。彼女の名はアーシェラン・バリニーズ。名前を聞いて気づく人も居るだろう。実は先ほど紹介したラスファの異母妹に当たる。
「珍しいペットを飼い始めたな。女将に了承は取ったのか?」
俺の問いを、彼女はドヤ顔で訂正した。
「ふふん、違うんだなー。このコ達は、昨夜呼び出して契約したての召喚獣なんだよね。先輩から召喚札を格安で譲ってもらったの! 可愛いでしょ?」
「召喚獣? コレが?」
にわかには信じがたい。毛皮もモフモフしているし、縫いぐるみめいた外見ながら体温もしっかりある。魔術なんて縁のない俺だが、癒し系ペット以外に使えるとも思えない。
「そうそう。戦闘用じゃないから安くなったんだって。とりあえず部屋で可愛がってたんだけど、お腹すかせちゃったのかな?」
ここでちょっと補足させてもらおうと思う。彼女は魔術師ギルドに通う、見習い魔術師なのだ。
少し尖った耳を見れば、ハーフエルフ…つまり人間とエルフの混血児であることは一目瞭然。彼らは人間社会でもエルフの集落でも弾かれることが多く、故郷を捨てて冒険者や傭兵になることが多いそうだ。俺自身も傭兵時代に何人かのハーフエルフと知り合った経験があるのでわかるが、そこでも彼らは孤立しがちだった気がする。アーシェも例外ではなかったようで、故郷にいた頃にそういったトラブルが多かったと聞いている。
「ふふん、可愛いでしょ? あたし、この可愛さに一目ぼれしちゃったんだよね~。ていうか、召喚獣は可愛くないと!」
「いいのかそれで?」
彼女は動物好きなのだが、見た目だけで選ぶという困った癖がある。ちなみに店の片隅でも『エサやるな』と張り紙された鳥かごに入れられて、イタチともネズミともつかない手のひらサイズの小動物が客の子供につつかれている。実質上の使い魔ポジションだが、甘いものばかりを好んでつまみ食いを繰り返したための処置だ。
俺は再び、抱えたままの猫もどきに目を戻した。うん、やっぱりペットだろう。アーシェは将来、本格的な召喚師の道に進みたいそうなんだが…見た目だけで召喚獣を選んでたんじゃマズくないか?
「そういえば召喚獣って、何食うんだ?」
「うーん、それぞれ違うよ? このコ、見た目は肉食獣っぽいけどお肉食べたらお腹壊しちゃうの。卵が主食なんだって」
「なんだそりゃ? 鳥の天敵かよ」
「兄貴ー! オムレツ二つ、薄味でお願い!」
その勢いで、アーシェは厨房に向かって声を張り上げる。普段はクールで強気なラスファも、妹にはてんで弱い。要するに、筋金入りのシスコンなのだ。
「二人ぶん? せめて片方はサラダにしたらどうだ?」
「だから、あたしが食べるんじゃないんだって! 召喚獣と良好な関係を築くための、マスターとして大事な勤めなのよ!」
そう言いながら、彼女はドヤ顔で胸を張って見せた。外見だけでなく、仕草もいちいち幼く見えるのが微笑ましい。
半分受け継いだエルフの血のせいで、どこもかしこも発展途上な見た目が目下の悩みのタネだそうだ。
小柄な上に幼児体型。子供扱いを何より嫌うため、基本的に背伸びした奔放な言動を取っている。
ちびっこ呼ばわりされるたびに『見てなさいよ、そのうちぼんきゅっぼんのわがままボディになってやるんだから!』と豪語しながらジョッキ一杯のミルクを毎日一気飲みしている。ただ、そのミルクの効果はいつ出るのだろうか?
その向こうで会計を済ませた客に柔らかい笑みを見せるのは、長い黒髪の少女だった。
「ありがとうございました、またのご来店お待ちしています」
「ラグちゃん、そろそろ行かなきゃ! 次の講義始まっちゃう!」
「そうでしたわ! では師匠、わたくし行ってまいります」
アーシェの呼びかけに慌てて自室で着替えると、カバンを持って並んで出て行く。
普段はおとなしく落ち着いた物腰に、上品でおっとりとした雰囲気。さっき運んだ大荷物も、彼女の手続きによるものだ。
ラグランジュ・メイナーという長い名を略して、普段はラグと呼ばれている彼女は、アーシェと同じく学生としてこの街で暮らしている。
見た目と物腰はアーシェよりも大人っぽいが、実際は一つ年下の十五歳だそうだ。
もともと商家の生まれだが親が決めた婚約者を嫌って神殿に駆け込んだという、一直線な一面も持ち合わせている。その一途さは現在、ある人物に向けられているのだが…その当人は客の美女の手を取って、熱心に口説きの真っ最中だ。
「へえ、お姉さんたち見慣れないと思ったら、来たばっかなんだ。だよな~、こんな美人さんならオレ、一度見たら忘れねぇもん。ちょうどよかった、仕事そろそろ終わりなんだわオレ。そこらの案内してやるよ。ここはそこそこ長げェから頼りにしてくれよ♪」
「あらお上手ね。誰にでも言ってるんでしょ?」
「そんな訳ねェって! こう見えて結構一途よ、オレ?」
…全く、毎回思うがよくここまではが浮くようなセリフをポンポン吐けるもんだ。相変わらずのお調子者っぷりを女将が見とがめた。
「アーチ! またあんたは仕事ほったらかしてナンパして!…すいませんね、お客様。しっかりと言い聞かせますから…アンタは厨房で皿洗いでもやってな!」
「勘弁してくれよぉ~何が悲しくて綺麗どころを前にして皿なんぞ洗わにゃならんのよ…」
早速落ちた女将のカミナリに、奴は落胆混じりの情けない声で襟首掴まれて引きずられて行く。
全く、困ったもんだ。何が一番って、よりによってラグがこいつを師匠と呼ぶなんて事態だ。ここにきたばかりの頃に助けてもらったのがきっかけというから、恐らくは刷り込みが起きたのではないかという線が濃厚だ。
さて、先ほどの半死半生の馬が去ってしまった以上、当面の俺の手は空いてしまった。用心棒兼荷物持ちという肩書きだが、正直修練に比べれば楽な生活なのも事実だ。このままでは鈍ってしまう。客に見とがめられないようにあくびを噛み殺し、俺は店内を見回した。平和なものだ。
「頼みたいことがある」
出し抜けに後ろから、若い少年の声がかけられた。俺の背後を取れるやつなど、ごく限られている。その筆頭の名を呼びかけた。
「何か仕事か、ラインハルト?」
「ああ」
振り返ることなく問いかけた俺の予想通り、そこにいたのは修行仲間でもある神官騎士ラインハルトだった。どこか高貴さを感じさせる短い金髪に青い瞳。小柄な体格を侮られるのを嫌って、常に鎧を身にまとっている。彼とは同じ師匠につき、良き兄弟弟子として研鑽を積む間柄だ。
年若く線が細いために少女じみた印象を持たれるが、槍術の腕前は相当な実力者として互いに認め合っている。彼は冒険者ではなく至高神に仕える神官であり、正義の執行者たる騎士でもある。積極的にこの町の治安を守るべく自警団に所属して、日々方々を駆け回っているのだ。どうも口ぶりからして、今回は自警団員としての依頼らしい。俺は彼に向き直った。
「広場通りの武器屋を知っているか? そこから盗難届が出されたそうだ」
生真面目な性格の彼らしく、単刀直入に話は切り出された。真剣な眼差しは、常に正義と理想の実現に向けられている。良く言えば謹厳実直、悪く言えばシャレが通じないタイプだ。
「おいおい、観光客の万引きか? 自警団も大変だな」
俺は先刻の武器レプリカを大量に買い漁っていったマニアな紳士を思い出した。極端な話、あの大荷物に多少の本物が混じったところで、パッと目にはわからないだろう。
「いや、おそらくはプロの手口だ。だが裏があってな、その店は盗賊ギルドに保護料を定期的に支払っていたというのだ。…自らの安全の為に盗賊などに、活動資金となりうる金品を渡すなど、言語道断! そんな輩がいるから犯罪が後を絶たないというのに!」
保護料とは、大きな商家や金持ちが盗賊に狙われたくない場合に定期的に支払ってターゲットを免れるシステムのことだ。盗賊ギルドが鉄の掟で縛られていることは、俺でも知っている。その掟を破った者には、厳しい制裁が待っていることも。正義感の強すぎるラインハルトからしてみれば、保護料を支払う側も受け取る側も許し難いということだろう。
俺は軽い咳払いで脱線しかけた話を元に戻した。
「それなら、当の盗賊ギルドに話を聞くのが妥当じゃないのか? 被害者はもちろん、メンツを潰されたギルドも黙っていないだろうし」
「誇り高き『至高神』の使徒が、盗賊ギルドと裏取引をしろと?」
そうだった。彼は神官騎士だ。それも正義についてはとことん融通の利かない至高神に仕えているんだった。たとえ仕事ではあっても、盗賊との交渉に応じるはずもなく、ついでにコネもない。
「仕方ないな。連中にも聞いてみるから、待っていてくれ。あと個人的な話ならいいが、依頼にするなら宿屋と女将にも話を通してもらわないと困る」
依頼は宿屋を通すこと。それは冒険者の不文律だ。自警団に所属するラインハルトは、どうもその辺りが疎い。
「あ…すまない」
指摘されたことを思って、わずかに赤面する彼。やっと年相応の幼さが垣間見えた。
「ほうほう、保護料預かりの店から盗みを働くとは…いい度胸の奴もいたもんだ。んじゃオレは、ギルド行って情報屋にあたってみるかね?」
口笛吹きつつの軽口に、横目でアーチを睨むラインハルト。
観光客は相変わらず店内を賑わせていたが、俺たちは裏方の隠し部屋に集められた。今は一時的に影の薄い女将の夫であるマスターが、店を引き受けている状態だ。
ここは通常、依頼人が通されて極秘の話をするための部屋だ。冒険者の店には必ず一つ二つは存在し、大抵はここで依頼を受けることになる。やや狭く薄暗い部屋には簡単な応接セットと明かり取りの小窓、そしていざという時の脱出経路を兼ねる隠し扉がある。もちろん、表の店からは見えない場所に入り口は存在していた。
「とりあえず、盗まれた物は?」
珍しそうに周囲を見回すラインハルトは、短いラスファの問いに我に返った。そういえば、彼がここに入ったことはなかったな。
「あ、ああ。確か細かい装飾が施された短剣だそうだ。つい最近にとある旧家から質草として流れてきたそうで、高値がつくと見越した鑑定待ちの状態だったらしい」
「その割には随分とあっさり盗まれたんだな。管理に問題は?」
呆れ半分にこぼされたラスファの台詞に、ラインハルトはかぶりを振る。
「それが、かなり厳重だったそうなんだ。金庫に入れて鍵もかけ、ご丁寧に番犬も飼っていたようだが全て突破されたらしい」
「なるほどな、そりゃ確かにプロの仕事だ」
盗賊としては、天敵と言える自警団に依頼をされた状況が楽しいのだろう。ニヤニヤとした笑みを隠そうともせず、アーチはうなづいた。やれやれ、悪趣味な奴だ。個人的な恨みがあるわけじゃなし、少しは自重してほしいもんだが。
「で、他に掴んでる情報はねェのか?」
そのアーチの問いに、ラインハルトは憮然として呟く。
「今のところ、自警団が掴んでいる情報は以上だ」
ニヤリと笑うアーチ。ラインハルトは火のような目で睨み返すが、彼は無言で抑えたようだった。やはりこの二人、徹底的にソリが合わない。
「どうするんだいあんた達? まあ、ここまで話を聞いたからにはさっさと決めて欲しいんだけど? 先ずはデュエル、アンタはどうなんだい?」
いつもの営業スマイルはなりを潜め、神妙な面持ちで女将は俺たちを見回す。真っ先に話を振られて、ほぼ反射的に俺は頷いた。
「他でもないラインハルトからの依頼だ。友人としても受けるつもりだが?」
そんなこと、俺にとっては今更問われるまでもないことだ。女将は一つうなづくと、側にいたラスファに問いかけるようにちらりと目を向けた。
「特に断る理由もない。ようやくこの見世物小屋から解放されそうだからな」
毒と皮肉交じりのそっけない返答。表には出さないが、どうもホッとしているようだ。それも納得だ…ただでさえ目立つことが嫌いなのに、店にいる限り注目され続けるというのはかなりな苦痛だろうから。
それを見て女将が残念そうに呟く。名物料理人の彼が抜ければ、あからさまに売り上げに響くのは目に見えているからだろう。
彼自身は知らないことだが、観光大使の上を行く勢いの親衛隊がいるという噂だ。このルックスに加えてクールで辛口な言動、そっけない態度も「そこがいい」と、人気なんだそうだ。そりゃ、女将も引き止めるわな。
「あたしとしては、せめてアンタだけでも残ってて欲しいとこだけどね?」
「冗談! これ以上珍獣扱いされてたまるか。で、どうなんだアーチ?」
そして最後の一人に視線が集まる。奴はふんぞり返って得意げに笑った。
「おう、オレも異存ねェぜ。キレーなねーちゃんには不自由しねェがいい加減、宿でカンヅメ労働にも飽き飽きしてたからよ」
「アンタは言うほど働いてないじゃないか!」
再びアーチには女将のカミナリと鉄拳制裁が下された。短い悲鳴を務めて無視すると咳払いでごまかして、俺はラインハルトに向き直る。
「あー、とにかくそういうことだ。学校に行ってて不在の二人については事後承諾という形になると思うが、いいよな? まずは情報収集から始めるとして、中間報告は自警団詰所にすればいいか?」
「ああ、頼む。引き受けてくれて感謝する。あと…鍛冶屋で師匠が呼んでいた。ちょっとした頼みごとがあるらしいので、通りすがりにでも寄ってやってくれ」
年若さにそぐわぬ堅い受け答えに、俺は苦笑と共にうなづく。水臭いことだ。
彼が帰った後で、ふと重大な問題を思い出した。
「なあ…ここの給仕の引き継ぎはどうするんだ?」
「それなんだけどねえ、そろそろフランシスがショーから帰ってくる頃なんだけども、今いるバイトさん達じゃ回らないだろうねえ…」
すがるような目を向けるな女将。
「だったら増やせよ、バイトくらいは」
ラスファのごもっともなツッコミはさらりと無視して、わざとらしくため息をつく。
「スイーツについては作り置きはあるにしても、メニューの差し替えはいるねえ、ああ、大損害だよ!」
「知るか。だいたい、依頼優先と最初に取り決めておいたはずだろ!」
元締め同然の女将に向かってぞんざいな口利きと思えるが、彼についてはこれが自然なのだ。実は女将も元は冒険者で、当時はラスファも仲間として冒険していたという経歴を持つ。見た目は親子ほど違って見えるが。かつては可憐だったと、同じく冒険者仲間だったマスターが涙ながらに語ったこともあるが…時の流れとは残酷なものだ。
今ではすっかり商魂たくましい女傑となり、頼もしかったであろうマスターを尻に敷いている。俺も伴侶を選ぶ際には気をつけようと心に誓った酒の席だった。
女将とラスファが揉めるだろうと思われた、その時だった。
「たっだいまー! 討伐依頼は大成功だったわよ!」
華やかといえば聞こえはいいが、悪くいえば姦しい集団が店内になだれ込む。別口の魔物討伐依頼を受けていた冒険者チームだ。メンバーは女性のみ、五人全員が真っ赤な鎧姿というインパクトの塊のような出で立ちに観光客から大きく歓声が上がった。
彼女たちは通称『アマゾネス軍団』。
女性ばかりとはいえ、その仕事ぶりはかなり荒っぽく、魔物討伐中心という荒事専門を自称している。要するに細やかな仕事に向かないわけだが、ここまで開き直られると逆に脱帽ものだ。現に今もリーダーのリンダが戦利品であろう、何かのでかいツノを肩に担いでいる。客からの人気ぶりに、女将の目がギラリと輝いた。
「あんた達、帰って早速で悪いけどここの仕事を頼まれちゃくれないかい?」
「何よ、そこにデュエル達がいるじゃないの。アタシ達と違って地味だからお似合いじゃん、ねえ?」
リンダはたちまち、いやそうに顔をしかめた。俺たちに常に対抗意識を持って絡んでくるのはいい加減、やめてほしいんだがな。
それを見てアーチは音もなくするりとリンダの前に滑り出た。こいつの最大の武器を使う時だ。何を企んでいるかは、それなりの付き合いで大方想像つく。たたえた笑みは、まさに悪魔の微笑。ここから先は、奴の独壇場。俺もラスファもわかっているので、口出しせずに成り行きを見守ることにした。
「いやあ、確かに姐さん達の華やかさ! そりゃオレ達じゃとてもじゃねェが太刀打ちできねェわ。だって見てみろよ、オレらときたらゴツくてでかいアンちゃんと痩せっぽちのエルフだぜ? 両極端すぎんだろ? 華やかっつったら、オレくらいだぜ?」
まさに悪魔の囁き。その美辞麗句に、リンダの声は悪くなさげなトーンになっていく。乗せられ始めてる証拠だ。
「ふ、ふん。あんたも似たようなもんだけど…当然でしょ? 確かにアタシ達には、アンタらにはない華はあるわね。両極端な連中よりも、アタシらの方が客受けいいに決まってるわね!」
外出したさに、アーチの舌がここぞとばかりの高速回転を始めた。これが奴の最大の武器、舌先三寸! 聞こえているとわかってて、あいつも本当に好き放題言ってくれるよな。言いたいことはこちらにもあるが、ここは我慢だ。
「ほらほら見てみろよ、客の反応も上々だしよ! 姐さん達が出てくれりゃ宿屋の売り上げもうなぎ登り、俺たちの出る幕なんざねェよ」
よくまあここまでホイホイ持ち上げられるもんだ。巧みな弁舌に抗えるはずもなく、姐さん方は陥落したらしい。
頃合いを見て自室で着替えと準備を済ませた俺たちが見たものは、鎧の上にエプロンというマニアックな格好で接客するアマゾネス軍団の姿だった。あまりの変わり身の早さに、開いた口が塞がらない。そんな俺に、奴は上機嫌で言ってのけた。
「うまくいったぜ。ついでに鎧のままで接客した方が客受けいいって言っといた。気が変わらねェうちに、さっさと行こうぜ!」
こいつ、冒険者じゃなければ詐欺師になってたに違いない。だがまあ、確かに今のうち。
やっとこの窮屈な給仕服から解放された! ちょうどいい依頼だったんだよな、タイミング的に。ラインハルトには感謝だ!
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王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
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さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
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