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intermission 6 アイドルは辛いよ
観光大使からアイドルに?
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side-デュエル 1
「ちょっといいかい?」
それはランチタイムの喧騒をやり過ごした、とある昼下がりのこと。
女将さんがそれぞれ動く俺たちを見回して言った一言がきっかけだった。とはいっても、ここにいるのは用心棒兼給仕の俺と、料理人のラスファだけだが。
ちなみに学生二人はまだ帰らず、給仕兼楽師のアーチはサボって行方不明だ。
「…で?」
グラスを手に問うラスファ。綺麗に一つ一つ磨く手を止め、興味なさげに横目で女将さんを見返している。女将さんは上目遣いで彼を見つつ付け加える。
「アイドルに興味はないかい?」
「ない」
バッサリと一言で即答すると、彼はグラス磨きを再開する。
「だいたいなんだ、アイドルって? コンサートの賑やかしの依頼でも入ったか?」
「いや、あんたがなる気はないかって意味だけどね?」
「ない」
またも即答。女将さんは取りつく島もない態度に肩を落とし、それならとこっちを見た。…いや、こっち見られても困る。
「俺も興味ないぞ」
モップで床を磨きながら、先回りで俺も即答。
だいたい、こんなゴリゴリの大男がアイドルというのは無理がありすぎる。
「そういうのは、フランシスがいるんじゃないのか?」
俺の問いかえしに、今度は女将さんが苦笑した。
「うん、そうなんだけどね? 宿屋一軒につき一人以上のアイドル候補生を推薦してくれって観光局が言うんだ」
…なんだそりゃ?
「…また何かのイベントか?」
よくこんないろいろ思いつくよな、と呆れながらラスファはため息をつく。
「何より今回は、宿屋ごとに競い合うってコンセプトなんだよ! 意地でも『赤獅子亭』に負けるわけにはいかないね! 得票数は宿屋ごとの合計っていうから、数がいたほうが有利になるんだよ!」
鼻息荒く女将さんは言うが、それ俺たちには関係なくないか? なにせアイドルのイベントだと言うのだから。
ちなみに『赤獅子亭』というのは、うちの女将さんをライバル視してる宿屋のことだ。白銀亭と同じく宿屋としての規模は中堅どころだが、向こうは割合として観光大使が多い。もともと実力ではウチが上とされているが、今回のアイドル合戦では向こうの女将さんがここぞとばかりに突っかかってきているらしい。
「放っておけよ、そんなもん。別にこだわる必要ないだろうが?」
磨き終わったグラスを片付けながら、興味なさげにラスファが突き放す。その後ろ姿に女将さんは恨めしげに呟いた。
「あんたの親衛隊の票数があれば、かなり有利になれるはずなんだけどねぇ…?」
ああ、それで。
しかし…非公認とはいえ、本人ですら把握していない彼の親衛隊の数をなんで女将さんが把握しているのだろうか?
その時、にわかに入り口が賑やかになった。
「よお、なんでオレに声かけねぇんだよ? それならオレが請け負うぜ、アイドルへの道!」
日に透ける金髪と白い歯を煌めかせながら、アーチが店内に踊り込んできた。まあ確かに、彼なら歌も楽器もいけるな。だが女将さんは厳しかった。
「アンタ、それならまずそのだらしない着こなしと無精ひげ何とかしてから言いな!」
言いながら奴に雑巾を投げつける。サボってた分、テーブルを拭けという意味らしい。
「いやいや、これこそがオレの求める男の色気ってやつさ!」
投げつけられた雑巾を投げ返しながらのアーチの返答に、女将さんが雷を落とした。
「男の色気なんてもんより、清潔感の方を重視して貰いたいもんだよ!」
…さもありなん。
俺はおかみさんが朝方、壁に貼り付けたイベント予告ポスターを眺めた。ほぼ全ての宿屋が参加する、盛大なイベントになりそうだ。
『白銀の戦斧亭』に『赤獅子の咆哮亭』、それに観光大使冒険者の活動拠点として勢いがある『青薔薇の輝き亭』まであるとは…。
こりゃすでに、勝負は『青薔薇亭』に決まってるんじゃないのかね? この宿屋のためにあるようなイベントじゃないか。聞いた話じゃ、ルックス重視で人員を募ったというじゃないか。のみならず、他の宿屋からも引き抜きをしているというぞ?
そのことを伝えると、当然という顔で女将さんは返す。
「ああ、そのことかい? そりゃそうさ、このイベントはそのためのものなんだからね。宿屋対抗って言っても、優勝はすでに決まってる出来レースみたいなもんさ。要は観光大使の宣伝イベントだよ」
…なんてこった、芸能界の闇を見た気分だ。ということは女将の言う勝負というのは、二位決定戦を狙うってことか。
…そうそう波乱は起きそうもないな。
そんな俺の予想は後日、ものの見事に覆された。
「ちょっといいかい?」
それはランチタイムの喧騒をやり過ごした、とある昼下がりのこと。
女将さんがそれぞれ動く俺たちを見回して言った一言がきっかけだった。とはいっても、ここにいるのは用心棒兼給仕の俺と、料理人のラスファだけだが。
ちなみに学生二人はまだ帰らず、給仕兼楽師のアーチはサボって行方不明だ。
「…で?」
グラスを手に問うラスファ。綺麗に一つ一つ磨く手を止め、興味なさげに横目で女将さんを見返している。女将さんは上目遣いで彼を見つつ付け加える。
「アイドルに興味はないかい?」
「ない」
バッサリと一言で即答すると、彼はグラス磨きを再開する。
「だいたいなんだ、アイドルって? コンサートの賑やかしの依頼でも入ったか?」
「いや、あんたがなる気はないかって意味だけどね?」
「ない」
またも即答。女将さんは取りつく島もない態度に肩を落とし、それならとこっちを見た。…いや、こっち見られても困る。
「俺も興味ないぞ」
モップで床を磨きながら、先回りで俺も即答。
だいたい、こんなゴリゴリの大男がアイドルというのは無理がありすぎる。
「そういうのは、フランシスがいるんじゃないのか?」
俺の問いかえしに、今度は女将さんが苦笑した。
「うん、そうなんだけどね? 宿屋一軒につき一人以上のアイドル候補生を推薦してくれって観光局が言うんだ」
…なんだそりゃ?
「…また何かのイベントか?」
よくこんないろいろ思いつくよな、と呆れながらラスファはため息をつく。
「何より今回は、宿屋ごとに競い合うってコンセプトなんだよ! 意地でも『赤獅子亭』に負けるわけにはいかないね! 得票数は宿屋ごとの合計っていうから、数がいたほうが有利になるんだよ!」
鼻息荒く女将さんは言うが、それ俺たちには関係なくないか? なにせアイドルのイベントだと言うのだから。
ちなみに『赤獅子亭』というのは、うちの女将さんをライバル視してる宿屋のことだ。白銀亭と同じく宿屋としての規模は中堅どころだが、向こうは割合として観光大使が多い。もともと実力ではウチが上とされているが、今回のアイドル合戦では向こうの女将さんがここぞとばかりに突っかかってきているらしい。
「放っておけよ、そんなもん。別にこだわる必要ないだろうが?」
磨き終わったグラスを片付けながら、興味なさげにラスファが突き放す。その後ろ姿に女将さんは恨めしげに呟いた。
「あんたの親衛隊の票数があれば、かなり有利になれるはずなんだけどねぇ…?」
ああ、それで。
しかし…非公認とはいえ、本人ですら把握していない彼の親衛隊の数をなんで女将さんが把握しているのだろうか?
その時、にわかに入り口が賑やかになった。
「よお、なんでオレに声かけねぇんだよ? それならオレが請け負うぜ、アイドルへの道!」
日に透ける金髪と白い歯を煌めかせながら、アーチが店内に踊り込んできた。まあ確かに、彼なら歌も楽器もいけるな。だが女将さんは厳しかった。
「アンタ、それならまずそのだらしない着こなしと無精ひげ何とかしてから言いな!」
言いながら奴に雑巾を投げつける。サボってた分、テーブルを拭けという意味らしい。
「いやいや、これこそがオレの求める男の色気ってやつさ!」
投げつけられた雑巾を投げ返しながらのアーチの返答に、女将さんが雷を落とした。
「男の色気なんてもんより、清潔感の方を重視して貰いたいもんだよ!」
…さもありなん。
俺はおかみさんが朝方、壁に貼り付けたイベント予告ポスターを眺めた。ほぼ全ての宿屋が参加する、盛大なイベントになりそうだ。
『白銀の戦斧亭』に『赤獅子の咆哮亭』、それに観光大使冒険者の活動拠点として勢いがある『青薔薇の輝き亭』まであるとは…。
こりゃすでに、勝負は『青薔薇亭』に決まってるんじゃないのかね? この宿屋のためにあるようなイベントじゃないか。聞いた話じゃ、ルックス重視で人員を募ったというじゃないか。のみならず、他の宿屋からも引き抜きをしているというぞ?
そのことを伝えると、当然という顔で女将さんは返す。
「ああ、そのことかい? そりゃそうさ、このイベントはそのためのものなんだからね。宿屋対抗って言っても、優勝はすでに決まってる出来レースみたいなもんさ。要は観光大使の宣伝イベントだよ」
…なんてこった、芸能界の闇を見た気分だ。ということは女将の言う勝負というのは、二位決定戦を狙うってことか。
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