わしらはかみさま

水村鳴花

文字の大きさ
上 下
18 / 26
第四話 のろいいし

なな

しおりを挟む


 青葉は縁側に座り、夏空を睨み付けるように見上げていた。

『濁っとるのう』

『んだ』

 カザヒとミナツチの会話で我に返り、青葉は問う。

「何が、濁っとるって?」

『村の空気じゃ。悪霊の悪い気や恐怖心で、濁っとる。こら、禊をせんといかん』

 カザヒの説明を受け、青葉は納得して空を仰いだ。たしかに、昨日の夜から嫌な空気が立ち込めている。

「なあ、神さん。何で、長内のじいさんは死霊を消したら呪いが消えるって思たんやろ」

 ずっと、それが引っかかっていた。死霊を消して呪いが解けるならば、とっくの昔に双神の巫女がそうしていただろうに。

『早まったんかのう。もう、待つのが嫌やったんかもしれんな。それで、可能性がほとんどない方法に賭けたとか』

「それか、小町の特殊な霊力に気付いて、あれやったら呪いごと消せるかもしれんと思ったんちゃう?」

 青葉はあまり自信の持てない推測を口にしたが、カザヒは彼に同意した。

『なるほどなあ。せやったら、自分でやなくて、こまっちゃんに封印を解かせた理由もわかるな。……まあ、これは仮定の話じゃ。長内のじいさんが死んだ今となっては、ほんまのことはわからんのう』

 しばし、その場に沈黙が降りる。しばらく青葉はそのままじっと考えこんでいたが、首を振って立ち上がった。

「ちょっと、穂波に電話してくる。頼みたいこともあるけん……」



 穂波の携帯電話にかけてしばらく待っていると、穂波が出た。

『もしもし?』

「穂波?」

『青葉やん。何か用か?』

「ちょっと話したいことがあるん。今、ええか?」

『ちょうど、暇しとったところや。何か、あったんか?』

 穂波の声が、少し心配そうになった。

「――話すと長くなるけど」

 青葉が事件のことを語り終えた時、穂波は絶句していた。

『それ、ほんまの話かいな?』

「せや」

『びっくりするわ。事件そのものにも驚くけど、こまっちゃんの霊力が、そんなんになっとったなんてなあ』

「そこで、相談があるん」

 青葉は咳払いして、話を切り出す。

「小町の封印を、誰がしたかわかると思う?」

『こまっちゃんの封印? えー、せやったら二十年ぐらい前のことか』

 穂波はしばし黙り、考え込んでいるようだった。

『ばあちゃんじゃ、ないんやな?』

「もし、ばあちゃんがしたなら神さんが覚えとるはずや」

『それもそうや。といっても、封印をできる奴はそんなに多くないと思うから――よっしゃ、霊能力者ネットワークを使ってみるわ。何か、わかるかもしれん。……でも、こまっちゃんの両親やったら、知っとるんちゃうんか?』

 穂波の問いに、青葉はため息をつく。

「小町の霊力を封じるように頼んだんは、多分――小町の両親やろ。話したがるとは、思えん……」

 もちろん、どうしてもわからなかったら尋ねるしかないだろうが、小町の心情を考えると勝手に連絡を取ることは避けたかった。

『なるほどな。せやったら、調べとくわ』

「頼むな」

『ん。で、こまっちゃんは大丈夫かいな』

「――大分、参っとるみたいや」

 青葉の返答に、穂波はやっぱりと呟いた。

『そんだけのことが起こって、平静でいられるわけないわな。いっちょ、俺が励ましたろか。こまっちゃんに替わってや』

「小町、今おらんのや。学校行った」

『はああ? また、真面目やねんから……。お前、迎えに行ったれや』

「うん。そのつもりやけど」

 小町を一人で、村を歩かせるのは危険だと感じていた。

「ところで、すりーぷは元気なん?」

『おう、元気や。元気過ぎて、前なんて教室中の奴ら眠らしとったわ』

 穂波の明るい笑いが、少しだけ青葉の心を軽くしてくれた。



 青葉は次いで小町の携帯電話にかけたが、小町は出ずに留守番電話につながってしまった。

「授業中かな……」

 青葉は呟いてから、伝言を残した。

「えーっと、俺やけど。駅まで迎えに行くけん、駅に着いたら電話してな」

 受話器を置き、蘇芳の家に向かうべく、青葉は家を出た

 インターホンを押すと、すぐに蘇芳が出てきた。

「何や、青葉か」

「……蘇芳。今、忙しいんな?」

「まあな。おじいの死体、今日返されるって聞いたけん。通夜するかわからんけど、するとしたら今日か明日やけん」

 眠っていないのか、蘇芳の目の下に不健康そうな隈ができていた。

「蘇芳。小町には、何もせんといてな」

「――は?」

 蘇芳は、首を傾げた。

「小町は、何もしてへん。だけん」

「ほんまに……お前、何もしてへんと思うんか?」

 蘇芳は、鋭い口調で問うた。

「普段の俺やったら、おじいの封印が解けとることくらいわかった。霊力が鈍っとったんや……あの女のせいで。あの女の霊力に、俺の霊力が反発したんや」

「ほんま?」

「嘘は言わん。あの女が、おじいの封印を解いて俺の霊力を鈍らした。これだけで、十分おじいを殺した条件にならんか? まあ、それだけやないと俺は思っとるけど」

「蘇芳」

 青葉は辛抱強く、名を呼ぶ。

「怒るのはわかる。でも、小町は自分の霊力のこと全然知らんかったけん、あいなことなったんや。だけん、責めるなら……小町に事実を教えんかった俺を責め」

 殴られることを覚悟して言ったが、蘇芳の手が動くことはなかった。

「青葉は、あの女の持ってる力はええもんやないって悟ったけん、言わんかったんちゃうんか?」

「――まあ、それもある。あと、そこまで霊力が強いともわかってなかったんよ。神さんと俺の推理では、小町の霊力は封印されとって普段は出てこんのやと思う。何かの拍子に、出てくるんちゃうかな」

 気付くのが、遅過ぎたのだ。

「お前、弱ってへんか」

 虚を突いた質問に、青葉は息を止める。

「霊力、弱ってへんか?」

「……でも、俺の霊力が強なったんは小町を助けた時からやよ」

「質問が悪かったな。お前の霊力、濁ってへんか? 鈍くなっとらへんか? 強くなっても、濁ったらおしまいやぞ」

 蘇芳の問いに即答できない自分に、青葉は焦燥を感じた。

『お前の言う通りじゃ』

 代わりに答えたのは、カザヒだった。

『本当に少しやけど、影響を受けたんじゃな。たしかに、少し濁りが生じとる。でも、それは純粋にこまっちゃんの霊力のせいやない。こまっちゃんの心が、今は濁ってしもとるけん、青葉も余計に影響受けとるんじゃろ』

「けど、あいつの霊力が青葉に影響を及ぼしとることは、事実」

 蘇芳は勝ち誇ったように、笑った。

「あいつは、この村にも双神にも有害や。出ていかせろ」

「そいな、酷いことできへん」

 青葉は歯を食いしばった。

 ここにいつまでもいれば良いと言ったのは、他でもない自分だ。

「お前、あの女と村どっちが大事なんや? 神さん、捨てるんか? このままお前の霊力が濁ったら、苦しむのは神さんやろが!」

「――そいな、そいなことあらへん! 小町の霊力は、きっと今は暴走しとるだけや。もう、濁すことあらへん!」

 必死に言い募るも、蘇芳はせせら笑う。

「ほんまか?」

 思わず、青葉は双つ神を振り返った。カザヒとミナツチは、目を逸らす。

「……神さん……?」

『何の対策も施さんかったら、蘇芳の言う通りになるかもしれん』

『カザヒ……』

 ミナツチがたしなめたが、カザヒはぽつりと呟く。

『正直に言わな、しゃあないじゃろ』

 守り神たちのやりとりを聞いて、頭を殴られたような衝撃が青葉を襲った。

「出ていかせろ、青葉。そしたら俺は、何もせん」

 蘇芳は青葉の肩を掴んだ。

「俺は、意地悪で言っとるんちゃうぞ。あの女が、悪いもんをもたらす疫病神にしか見えんけん、こうして言っとるんやぞ」

「出ていかさん……。その代わり、小町の霊力を封じる。それでええな?」

「――そんなん、一時凌ぎやろ」

「俺は、それでもそうする!」

 青葉はそれだけ言い残して、蘇芳に背を向けた。

 大股で歩く青葉に、遠慮がちにカザヒとミナツチが従う。

 途中で、青葉は双つ神に向き直った。

「俺は、どうすればええんやろか……」

『お前と、こまっちゃんに任す』

『んだ』

 優しく、双つ神は笑う。

「神さん。正直に言ってな。望んでることを」

『これが、わしらの願いじゃ。お前と、こまっちゃんの好きなようにせえ』

『せやないと、お前後悔するやろ。後悔した心で仕えられても、わしらは嬉しゅうないぞ』

 カザヒとミナツチは、じーっと青葉を見つめる。信じている、と言わんばかりに。

「……わかった」

 そのまま家に帰る気がせず、青葉は駅に向かった。



 駅の前でしばらく待っていると、小町が出てきた。

「あ、青葉。今、電話しようと思ったのよ」

 小町は弱々しく、笑う。

「わざわざ迎えに来てくれなくても、大丈夫なのに」

「――小町」

 青葉は幼馴染みを見下ろし、できるだけ優しい声を出す。

「ここに、おりたい?」

「え?」

「この村、好きな?」

「……好きだけ、ど……」

 小町の顔が歪んで、涙を落とす。

「私、帰らないといけないんでしょ? 私、学校に行く時に聞いたわ。疫病神だって声を。あんなに優しかった人たちが、そう言ったのよ」

 小町の足元に、ぽたぽた雫が落ちる。

「私の存在の、せいなのね。優しい人たちを鬼にしたのは。蘇芳さんも、いつもはきっと優しい人なんでしょう? ……そのくらい、わかるわ。青葉も……鬼になるの?」

 怯えたように、小町は幼馴染みを見上げる。

「私は双神を穢すんでしょう……? 青葉は優しいから言わないけど、心の中では私を怒っているんでしょう……? 何で、ここにいるんだって……」

 子供じみた仕草で、小町は手で涙を拭う。

「ごめんね……。ここにいて、ごめんね……。出ていくから、許してね――」

「小町」

 名を呼び、青葉は小町の手を握る。

「小町の霊力は、予想以上に強いんよ。封印されとったもんが今、溢れ出しとる。それが、神さんに悪影響なんも事実や」

 正直に、事実を述べる。

「でもな。俺は、小町にここにおって欲しいんよ。一緒に住んで、一緒に学校行って、今まで通りの生活したいんよ。だって、楽しかったやろ?」

 青葉が尋ねても、小町は戸惑ったように青葉を見つめるだけだった。

「小町が来てから、生活がもっと楽しくなったんよ。だけん、おって欲しい。――これは、俺のわがままやけど。小町は、どうや? ここに、おりたい?」

「……私は」

 小町はためらったように、少し間を空けてから、告げた。

「ここに、いたい――」

 そう聞いて、青葉は「よかった」と頷いた。

「せやったら、一旦封印を直そか。家帰って、色々説明するけん。帰ろか」

 青葉は、小町の手を引いて歩き出した。

 そのまま二人で歩いていると、突然、彼らの前に村人たちが立ちはだかった。

「巫女さま。お願いやけん、その娘をどっかにやってくれへんか」

「そうじゃ。わしらは、ただ心静かに暮らしたいだけじゃ」

 静かに放たれた意見に、小町は顔を下に向ける。

 小町のことなど、誰も見てはいなかった。村人たちは敢えて彼女から視線を外し、巫女だけを見据える。

「小町に、出ていく理由はあらへん。だけん、断ります」

 青葉は穏やかに――しかし、きっぱりと告げた。

「長内さんを殺したのに?」

 老婆が、進み出る。

「何度も言うけど、小町が殺したんやありません。悪霊を自ら開放して、殺されたんです」

「せやけど……」

「小町がよそ者やけん、罪を被せて追い出したいって言うんやったら、俺も神さんも許しません。あんたらが、小町の立場やったらって考えてみて下さい。ええですね」

 青葉は早口にまくし立て、小町の手を引き村人たちの間を突っ切っていった。

 後には、気まずそうな沈黙と村人たちだけが残された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜

長月京子
恋愛
学院には立ち入りを禁じられた場所があり、鬼が棲んでいるという噂がある。 朱里(あかり)はクラスメートと共に、禁じられた場所へ向かった。 禁じられた場所へ向かう途中、朱里は端正な容姿の男と出会う。 ――君が望むのなら、私は全身全霊をかけて護る。 不思議な言葉を残して立ち去った男。 その日を境に、朱里の周りで、説明のつかない不思議な出来事が起こり始める。 ※本文中のルビは読み方ではなく、意味合いの場合があります。

処理中です...