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第四話 のろいいし
なな
しおりを挟む青葉は縁側に座り、夏空を睨み付けるように見上げていた。
『濁っとるのう』
『んだ』
カザヒとミナツチの会話で我に返り、青葉は問う。
「何が、濁っとるって?」
『村の空気じゃ。悪霊の悪い気や恐怖心で、濁っとる。こら、禊をせんといかん』
カザヒの説明を受け、青葉は納得して空を仰いだ。たしかに、昨日の夜から嫌な空気が立ち込めている。
「なあ、神さん。何で、長内のじいさんは死霊を消したら呪いが消えるって思たんやろ」
ずっと、それが引っかかっていた。死霊を消して呪いが解けるならば、とっくの昔に双神の巫女がそうしていただろうに。
『早まったんかのう。もう、待つのが嫌やったんかもしれんな。それで、可能性がほとんどない方法に賭けたとか』
「それか、小町の特殊な霊力に気付いて、あれやったら呪いごと消せるかもしれんと思ったんちゃう?」
青葉はあまり自信の持てない推測を口にしたが、カザヒは彼に同意した。
『なるほどなあ。せやったら、自分でやなくて、こまっちゃんに封印を解かせた理由もわかるな。……まあ、これは仮定の話じゃ。長内のじいさんが死んだ今となっては、ほんまのことはわからんのう』
しばし、その場に沈黙が降りる。しばらく青葉はそのままじっと考えこんでいたが、首を振って立ち上がった。
「ちょっと、穂波に電話してくる。頼みたいこともあるけん……」
穂波の携帯電話にかけてしばらく待っていると、穂波が出た。
『もしもし?』
「穂波?」
『青葉やん。何か用か?』
「ちょっと話したいことがあるん。今、ええか?」
『ちょうど、暇しとったところや。何か、あったんか?』
穂波の声が、少し心配そうになった。
「――話すと長くなるけど」
青葉が事件のことを語り終えた時、穂波は絶句していた。
『それ、ほんまの話かいな?』
「せや」
『びっくりするわ。事件そのものにも驚くけど、こまっちゃんの霊力が、そんなんになっとったなんてなあ』
「そこで、相談があるん」
青葉は咳払いして、話を切り出す。
「小町の封印を、誰がしたかわかると思う?」
『こまっちゃんの封印? えー、せやったら二十年ぐらい前のことか』
穂波はしばし黙り、考え込んでいるようだった。
『ばあちゃんじゃ、ないんやな?』
「もし、ばあちゃんがしたなら神さんが覚えとるはずや」
『それもそうや。といっても、封印をできる奴はそんなに多くないと思うから――よっしゃ、霊能力者ネットワークを使ってみるわ。何か、わかるかもしれん。……でも、こまっちゃんの両親やったら、知っとるんちゃうんか?』
穂波の問いに、青葉はため息をつく。
「小町の霊力を封じるように頼んだんは、多分――小町の両親やろ。話したがるとは、思えん……」
もちろん、どうしてもわからなかったら尋ねるしかないだろうが、小町の心情を考えると勝手に連絡を取ることは避けたかった。
『なるほどな。せやったら、調べとくわ』
「頼むな」
『ん。で、こまっちゃんは大丈夫かいな』
「――大分、参っとるみたいや」
青葉の返答に、穂波はやっぱりと呟いた。
『そんだけのことが起こって、平静でいられるわけないわな。いっちょ、俺が励ましたろか。こまっちゃんに替わってや』
「小町、今おらんのや。学校行った」
『はああ? また、真面目やねんから……。お前、迎えに行ったれや』
「うん。そのつもりやけど」
小町を一人で、村を歩かせるのは危険だと感じていた。
「ところで、すりーぷは元気なん?」
『おう、元気や。元気過ぎて、前なんて教室中の奴ら眠らしとったわ』
穂波の明るい笑いが、少しだけ青葉の心を軽くしてくれた。
青葉は次いで小町の携帯電話にかけたが、小町は出ずに留守番電話につながってしまった。
「授業中かな……」
青葉は呟いてから、伝言を残した。
「えーっと、俺やけど。駅まで迎えに行くけん、駅に着いたら電話してな」
受話器を置き、蘇芳の家に向かうべく、青葉は家を出た
インターホンを押すと、すぐに蘇芳が出てきた。
「何や、青葉か」
「……蘇芳。今、忙しいんな?」
「まあな。おじいの死体、今日返されるって聞いたけん。通夜するかわからんけど、するとしたら今日か明日やけん」
眠っていないのか、蘇芳の目の下に不健康そうな隈ができていた。
「蘇芳。小町には、何もせんといてな」
「――は?」
蘇芳は、首を傾げた。
「小町は、何もしてへん。だけん」
「ほんまに……お前、何もしてへんと思うんか?」
蘇芳は、鋭い口調で問うた。
「普段の俺やったら、おじいの封印が解けとることくらいわかった。霊力が鈍っとったんや……あの女のせいで。あの女の霊力に、俺の霊力が反発したんや」
「ほんま?」
「嘘は言わん。あの女が、おじいの封印を解いて俺の霊力を鈍らした。これだけで、十分おじいを殺した条件にならんか? まあ、それだけやないと俺は思っとるけど」
「蘇芳」
青葉は辛抱強く、名を呼ぶ。
「怒るのはわかる。でも、小町は自分の霊力のこと全然知らんかったけん、あいなことなったんや。だけん、責めるなら……小町に事実を教えんかった俺を責め」
殴られることを覚悟して言ったが、蘇芳の手が動くことはなかった。
「青葉は、あの女の持ってる力はええもんやないって悟ったけん、言わんかったんちゃうんか?」
「――まあ、それもある。あと、そこまで霊力が強いともわかってなかったんよ。神さんと俺の推理では、小町の霊力は封印されとって普段は出てこんのやと思う。何かの拍子に、出てくるんちゃうかな」
気付くのが、遅過ぎたのだ。
「お前、弱ってへんか」
虚を突いた質問に、青葉は息を止める。
「霊力、弱ってへんか?」
「……でも、俺の霊力が強なったんは小町を助けた時からやよ」
「質問が悪かったな。お前の霊力、濁ってへんか? 鈍くなっとらへんか? 強くなっても、濁ったらおしまいやぞ」
蘇芳の問いに即答できない自分に、青葉は焦燥を感じた。
『お前の言う通りじゃ』
代わりに答えたのは、カザヒだった。
『本当に少しやけど、影響を受けたんじゃな。たしかに、少し濁りが生じとる。でも、それは純粋にこまっちゃんの霊力のせいやない。こまっちゃんの心が、今は濁ってしもとるけん、青葉も余計に影響受けとるんじゃろ』
「けど、あいつの霊力が青葉に影響を及ぼしとることは、事実」
蘇芳は勝ち誇ったように、笑った。
「あいつは、この村にも双神にも有害や。出ていかせろ」
「そいな、酷いことできへん」
青葉は歯を食いしばった。
ここにいつまでもいれば良いと言ったのは、他でもない自分だ。
「お前、あの女と村どっちが大事なんや? 神さん、捨てるんか? このままお前の霊力が濁ったら、苦しむのは神さんやろが!」
「――そいな、そいなことあらへん! 小町の霊力は、きっと今は暴走しとるだけや。もう、濁すことあらへん!」
必死に言い募るも、蘇芳はせせら笑う。
「ほんまか?」
思わず、青葉は双つ神を振り返った。カザヒとミナツチは、目を逸らす。
「……神さん……?」
『何の対策も施さんかったら、蘇芳の言う通りになるかもしれん』
『カザヒ……』
ミナツチがたしなめたが、カザヒはぽつりと呟く。
『正直に言わな、しゃあないじゃろ』
守り神たちのやりとりを聞いて、頭を殴られたような衝撃が青葉を襲った。
「出ていかせろ、青葉。そしたら俺は、何もせん」
蘇芳は青葉の肩を掴んだ。
「俺は、意地悪で言っとるんちゃうぞ。あの女が、悪いもんをもたらす疫病神にしか見えんけん、こうして言っとるんやぞ」
「出ていかさん……。その代わり、小町の霊力を封じる。それでええな?」
「――そんなん、一時凌ぎやろ」
「俺は、それでもそうする!」
青葉はそれだけ言い残して、蘇芳に背を向けた。
大股で歩く青葉に、遠慮がちにカザヒとミナツチが従う。
途中で、青葉は双つ神に向き直った。
「俺は、どうすればええんやろか……」
『お前と、こまっちゃんに任す』
『んだ』
優しく、双つ神は笑う。
「神さん。正直に言ってな。望んでることを」
『これが、わしらの願いじゃ。お前と、こまっちゃんの好きなようにせえ』
『せやないと、お前後悔するやろ。後悔した心で仕えられても、わしらは嬉しゅうないぞ』
カザヒとミナツチは、じーっと青葉を見つめる。信じている、と言わんばかりに。
「……わかった」
そのまま家に帰る気がせず、青葉は駅に向かった。
駅の前でしばらく待っていると、小町が出てきた。
「あ、青葉。今、電話しようと思ったのよ」
小町は弱々しく、笑う。
「わざわざ迎えに来てくれなくても、大丈夫なのに」
「――小町」
青葉は幼馴染みを見下ろし、できるだけ優しい声を出す。
「ここに、おりたい?」
「え?」
「この村、好きな?」
「……好きだけ、ど……」
小町の顔が歪んで、涙を落とす。
「私、帰らないといけないんでしょ? 私、学校に行く時に聞いたわ。疫病神だって声を。あんなに優しかった人たちが、そう言ったのよ」
小町の足元に、ぽたぽた雫が落ちる。
「私の存在の、せいなのね。優しい人たちを鬼にしたのは。蘇芳さんも、いつもはきっと優しい人なんでしょう? ……そのくらい、わかるわ。青葉も……鬼になるの?」
怯えたように、小町は幼馴染みを見上げる。
「私は双神を穢すんでしょう……? 青葉は優しいから言わないけど、心の中では私を怒っているんでしょう……? 何で、ここにいるんだって……」
子供じみた仕草で、小町は手で涙を拭う。
「ごめんね……。ここにいて、ごめんね……。出ていくから、許してね――」
「小町」
名を呼び、青葉は小町の手を握る。
「小町の霊力は、予想以上に強いんよ。封印されとったもんが今、溢れ出しとる。それが、神さんに悪影響なんも事実や」
正直に、事実を述べる。
「でもな。俺は、小町にここにおって欲しいんよ。一緒に住んで、一緒に学校行って、今まで通りの生活したいんよ。だって、楽しかったやろ?」
青葉が尋ねても、小町は戸惑ったように青葉を見つめるだけだった。
「小町が来てから、生活がもっと楽しくなったんよ。だけん、おって欲しい。――これは、俺のわがままやけど。小町は、どうや? ここに、おりたい?」
「……私は」
小町はためらったように、少し間を空けてから、告げた。
「ここに、いたい――」
そう聞いて、青葉は「よかった」と頷いた。
「せやったら、一旦封印を直そか。家帰って、色々説明するけん。帰ろか」
青葉は、小町の手を引いて歩き出した。
そのまま二人で歩いていると、突然、彼らの前に村人たちが立ちはだかった。
「巫女さま。お願いやけん、その娘をどっかにやってくれへんか」
「そうじゃ。わしらは、ただ心静かに暮らしたいだけじゃ」
静かに放たれた意見に、小町は顔を下に向ける。
小町のことなど、誰も見てはいなかった。村人たちは敢えて彼女から視線を外し、巫女だけを見据える。
「小町に、出ていく理由はあらへん。だけん、断ります」
青葉は穏やかに――しかし、きっぱりと告げた。
「長内さんを殺したのに?」
老婆が、進み出る。
「何度も言うけど、小町が殺したんやありません。悪霊を自ら開放して、殺されたんです」
「せやけど……」
「小町がよそ者やけん、罪を被せて追い出したいって言うんやったら、俺も神さんも許しません。あんたらが、小町の立場やったらって考えてみて下さい。ええですね」
青葉は早口にまくし立て、小町の手を引き村人たちの間を突っ切っていった。
後には、気まずそうな沈黙と村人たちだけが残された。
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