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第四話 のろいいし
さん
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小町は足を怪我していた上にふらふらだったので、青葉は小町を背負って帰った。
帰ってくるなり、小町は眠り込んでしまった。そんな小町の傍らで、青葉と双つ神は話し込んでいた。
「守りが、長内の家で発動したって?」
青葉はミナツチの報告に、眉を上げた。
『んだ。間違いない』
「蘇芳が、小町に何かしたってことかいな」
青葉は戸惑ったように、小町を見下ろす。
『……襲われたとか?』
推理するカザヒの頭を、ミナツチがぺちっと叩いた。
『何するんじゃミナツチ!』
『いきなり、変なこと言うけん』
『単なる推理じゃ推理。わしを叩きおって!』
カザヒもぺちっと叩き返し、それにまたミナツチも応じ……結局互いに小さな手でぺちぺち叩き合う喧嘩になってしまった。
「神さん、静かに!」
青葉がたしなめると、二柱は我に返ったように喧嘩を止めて姿勢を正した。
カザヒとミナツチが落ち着いたのを確認して、青葉は推測を述べる。
「小町、蘇芳に会いにいったんかな」
『そうちゃうんか? それで、反対に蘇芳を怒らしてしもたとか』
カザヒの推理を聞いて、青葉は顎に手を当てた。
「――蘇芳は、怒ったら何するかわからんけんな」
そこが、蘇芳の怖いところだった。愛想は良くないが、悪い奴ではなく、むしろ気の良い奴なのだが……。怒ると、歯止めが利かない、という難点がある。
「ともかく、小町が起きたら話を聞くけん。それから、蘇芳に話しにいこか」
そう呟いた時、声が聞こえたかのように小町の目が開き、彼女はゆっくりと起き上がった。
「小町、大丈夫か」
「……ええ。ごめんなさい。いきなり眠ってしまって」
『えーっとやな、こまっちゃん。昨日……というよりは今日のことじゃな。夜中、何があったか覚えとる?』
カザヒが、小町に近付いて尋ねる。
「え……ええ。私ね、蘇芳さんに謝りにいけたの。でも、初めから行こうと思ってたんじゃないの。散歩していたら、あのおじいさんが蘇芳さんの家に入っていくのが見えたから……」
小町はまくしたてるように、説明を始めた。
「長内のじいさんやったんな!」
「それで、結果的に蘇芳さんと話すことになったの」
「せやったん。……それで、何であんな必死に走っとったん?」
青葉の問いに、小町はぐっと詰まった。
「ただ、早く帰りたかっただけよ」
「ほんまに? 早く帰りたいけん、靴が脱げても拾わんかった言うんか?」
青葉に見据えられ、小町は目を逸らす。
「そうよ」
「嘘ついたらいかんよ、小町」
青葉はじれったくなって、小町の手首を掴んだ。すると彼女は、怯えたように後ずさった。
「……すまん」
ばつが悪くなって、青葉は手を放す。
『こまっちゃん、正直に話してみ』
『せやせや』
双つ神が、ちょこん、と小さな手を小町の手に載せる。
「――言えません」
『何で?』
カザヒとミナツチは、同時に声をあげた。
「私が悪いんです。だから、言いつけることになったら卑怯です……」
「そんなん言うても――せや」
青葉は途中で閃いたらしく、手を打った。
「小町が、蘇芳にどんな責任感じとるか言ってから、蘇芳に何されたか言い。そしたら、平等やろ?」
『青葉、賢いっ!』
双つ神は、ぱちぱち拍手を始める。その場の空気に呑まれ、小町はうつむいて話を始めた。
「……蘇芳さんは、呪われてるって言ってた。私の拒否反応は、そのせいだって。私に霊力があるから、だって。蘇芳さんは、私の反応に傷付いたのよ。呪われてることを、再自覚させたから……」
小町の告白に、青葉と双つ神は戸惑い、顔を見合わせる。
「呪いに反応しとったんか」
『わしの仮説、正しかったぞ』
『そんなん一言も言うてなかったやろ』
威張るカザヒに、ミナツチが鋭く指摘する。
『言おうと思たら、こまっちゃんが部屋に行ってしまってんもん』
「せやったら、何で俺に言わんかったんよ」
青葉にまで痛い所を突かれ、カザヒは頬を膨らませた。
『あんま、自信なかったんじゃ。しゃあないじゃろ。で、こまっちゃん。蘇芳は何したん?』
話題を変えようとしたのか、カザヒは小町に質問を投げかけた。
「……殴られそうになったんだけど……大丈夫だったから! 青葉と神さまたちのおかげよ。授けてくれた〝守り〟が守ってくれたから」
「許せんな……」
青葉が唇を噛むのを見て、小町は慌てて訴えた。
「でも、私も悪いの。だからお願い。蘇芳さんに、この話をしにいくのはやめて」
小町は頭を下げたが、青葉は渋面を抑えられなかった。
「そういうわけには、いかんやろ」
「お願い。せめて、一日待って。お願いお願いお願い……」
何度も繰り返す小町に何か良くないものを感じた青葉は、ようやく頷いた。
「わかった。けど小町、他にも何かあったんちゃうん?」
「何も、ないわ」
小町は乾いた声で、答えた。そして、これ以上追求されないようにか、すぐに話題を変える。
「あの、お風呂入ってきて良いかしら?」
「ん? ああ、いつでも入り。じゃあ、俺らは行こか」
双つ神に呼びかけ、青葉は立ち上がった。
いつの間にか、夜が明けていた。青葉は風呂からあがった小町と、縁側で話すことにした。
「呪いが双神家にもかかってるって聞いて、すごく哀しくなったの」
「へ? 呪い?」
しかし、そこで青葉は首を傾げた。
「……長内にかかった呪いが、親戚だから双神にも影響してるって聞いたわ。この頃、女の子が生まれないんでしょう?」
「双神に、呪いはかかっとらんよ」
「でも、蘇芳さんはそう言ってたわ。長内には双神の血も入ってるから、双神にもかかってしまったんだって」
「からかわれたんやろ」
「じゃあ、長内にも双神にも呪いはかかってないの?」
「長内には、かかっとる」
青葉は神妙な顔つきで、続けた。
「双神にもな、昔はかかっとったんよ。でも、長内の親戚やけんやない。蘇芳のじいさんが、かけたんよ。気付いたのは、ばあちゃんやった。霊力の全くない、親父と叔父さんが生まれて……ずっと変やと思ってたんやと。双神は巫女の家やけん、男でも大体少しは霊力があるん。俺みたいに巫女を務められるほど強いんは、珍しいらしいけど。だけん、霊力を全く持たん男が二人連続生まれるってのは、かなり稀なんよ」
「じゃあ、おばあさんが気付いて呪いを解いたの?」
「いや、解けんかった。庭で呪具になっとった石を見付けたはええけど、解き方はわからんし、やった奴もわからんけん……返したんよ」
「返した……?」
小町はかすれた声で、繰り返した。
「呪い返しや。呪いをそのまま返すことで、こっちにかかった呪いを無効化したんやと。それで、返った呪い先は長内の家やった。だけん、蘇芳には二重の呪いがかかってしもた。その時まだ、お腹におった蘇芳が、返された呪いを浴びてしもたらしい。長内で、一番無力な存在やったけんな」
「でも、それっておかしくない? 呪いは、血族に関するものでしょう?」
「せや。本当やったら、血族全体に呪い返しが行くはずやけど、ばあちゃんは他に手段がないけん呪い返しの方法を取っただけであって、被害を増やしたくはなかったんよ。だけん、一人に絞ろうとした。呪いをかけた当人に行くはずやってんけど、失敗してしまったそうや」
そして被害にあってしまった――その〝一人〟が、蘇芳だったのか。
「長内にかけられた呪いも返した呪いも、内容は〝家の衰退〟やった」
「〝女児が生まれないこと〟じゃなくて?」
「――ちゃう。ただ、長内では女児こそが家の浄化の鍵やったけん、結果的にそうなってしもたんやろな。双神も、似たようなもんやけど。呪い返しして呪いがすぐ消えたわけやなくて、まだ残っとった。だけん、俺も穂波も男や。女巫女には適わん。男にしては強い霊力持った俺が生まれたことで、呪いは完全に消えたらしいけどな」
「長内の呪いは、解けないの?」
小町の疑問は、もっともだった。
蘇芳は、一体どんな気持ちで呪いに関して嘘をついたのだろう。
「かけられた時から、双神の巫女も解き方捜し続けとるんやけど……命を賭けた呪いは、強力なんよ」
青葉は青空を見上げ、言いにくい話を口にした。
「昔、長内の当主が村におった母子を惨殺したことがあった。噂が本当か知らんけど、母親の方は当主がどっかから連れてきた妾やったんやと。その女は、妙な力を持っとったらしい」
「それは、霊力ってこと?」
「せやろな。巫女というよりは、呪いを専門にしとった。呪いを解くけど、呪いを施しもする。双神の巫女はその人と接触を取ろうとしてんけど、その人は巫女を毛嫌いしとってな」
ふう、と青葉は大きなため息をつく。
「そうこうしている内に、呪いの噂が広がって……。その女の呪いで子供たちが死んだ、とかいう噂が村に蔓延してしもたん。それで、連れてきたことを責められん内に、って長内の当主は母子を殺してしまったらしい」
「酷いわ。連れてきておいて」
小町は首を振った。
「ほんまに、酷い話やと思う。……それで女は死ぬ間際に、長内を呪ったんや。〝内から腐れ〟言うて。こういう呪いは、どう呪いが現れるかわからんけん怖いんよ」
「そう……。二重の呪いが、どんな形で現れるのかわからなくて恐れている時に、あんな反応をされて――怒らないはずがないわね……。双神も共に呪われて自分にかかっているのは一重の呪いでしかなくて……というでたらめの話をしたのは、それこそがせめてもの願望だったからなのかもしれないわ」
「……せやな」
沈黙が落ちた時、草を踏む音がして、青葉も小町もそちらへと顔を向けた。
そこに立っていたのは、蘇芳だった。
「よう」
「蘇芳……」
青葉がちらりと小町を見やると、彼女は立ち上がって頭を下げた。
「昨日はごめんなさい。……あのことは、お互い様ってことにしましょう」
小町の提案に、蘇芳は歪んだ笑みを浮かべた。
「さすが、偽善者面は上手いな」
「蘇芳! お前――」
さすがに怒って、立ち上がる青葉を恐れる様子もなく、蘇芳は悠々と近寄ってきた。
「そんな怒るなや。あんなん、単なる脅しやし。あんまり、むかつくこと言うけん」
蘇芳に見下ろされ、小町はまた震え始めてしまった。
「今日は何で、来たんや?」
青葉が厳しく問い詰めると、蘇芳は肩をすくめた。
「そう突っかかんな。おじいが残してったあれ、取りにきたんや」
蘇芳は庭の片隅にひっそりと置かれていた石を見付け、拾った。
「それ、何や?」
「呪い石。ま、呪いの力も何もないんやけど、おじいが置いてきたって自慢げに言うけん、回収にきたんや」
何の変哲もない石だが、表面に血文字で〝双神〟と書かれていた。
昨日、長内の老人はこれを置きにきていたのかと小町は戦慄する。
「悪いな。でも本人には、もう呪う力は持ってないし、頭がいかんってことで許したってな」
「ええけど……次は、なしにしてや。気持ちのええもんやないけん」
青葉が釘を刺すと、蘇芳は肩をすくめた。
「気を付けとく」
「蘇芳、もうここに住むんか? 関西には戻らんの?」
「まさか。落ち着いたら、俺は戻る。でも、何でそいなこと聞くんや?」
「お前がおる内に、呪い解いてやりたいと思て……」
青葉の台詞に、蘇芳はおかしそうに笑った。
「おじいの呪いは、おじいが死んだら解けるやろ」
「ほんまな?」
「希望やけど。第一、別に解けんでもええ。長内は、俺の代で終わってしもたらええんや」
急に鋭い語調で、蘇芳は言い切った。口調から滲み出るのは、行き場のない激しい怒りだった。
「こんな呪われた家、早く絶えてしまった方が世間のためや」
「蘇芳……」
かける言葉が見付からないのか、青葉は唇を噛んだ。
「あの、蘇芳さん」
勇気を振り絞ったように、小町は蘇芳の前に立つ。
「どうして呪いに関して、嘘をついたんですか?」
「……あんたに、真実を言うんが癪やったけん」
蘇芳は小町に指を突き付けた。
「でも」
蘇芳は、そっと小町の耳に囁く。
「他は全部、本当や。特にあんたに関することは、全て真実や」
それだけ言い残し、彼は青葉に手を振って行ってしまった。
「……今の、どういう意味や?」
青葉に話しかけられても、呆然としたまま小町は動けなかった。
「小町!」
大きい声で名前を呼ばれ、小町はようやく我に返る。
「……あ……いえ、何でもないの」
「また、〝何でもない〟や。小町が〝何でもない〟言うて、何でもなかったためしあらへんやろ」
「蘇芳さんは、私にも霊力があるって教えてくれたの。そのことでしょう」
「そいな自明なこと、わざわざ言うんな?」
いぶかしまれたが、小町はさりげなく話題を変えた。
「ねえ、青葉。どうして私は、蘇芳さんの呪いに反応してしまうの?」
突然の問いに、青葉は困って首をひねる。
「うーん、俺も、ようわからん……。小町、呪いに敏感なんちゃうかな」
曖昧な答えに、小町は「そうなんだ」と微笑んでみせた。
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