未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

17歳 -土の陽月5-

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最近はとにかく睡眠不足気味だったのですが、それ以上にこの1年間は精神的に辛いことが続いて眠り自体が浅くなっていました。私にとっては浅い眠りレム睡眠の時間は三太郎さんたちと相談する時間にあてられるという利点もあるのですが、どうしても疲れは少しずつ蓄積されていきます。なにせ一晩の間に深い眠りに入れるのが1~2回ぐらいでしたし……。それに叔父上が回復されてからは悪夢を見る頻度は激減しましたが、今でも時々嫌な汗をかいて飛び起きることがあり……。そういった疲労や不安からくる、身体と気が重い目覚めがこの1年の日常だったのです。

そんな今までが嘘のように今日は心も身体も軽く、すっきりとした気分でぐぅーっと伸びをします。

「んー、おは……よ??」

私の心のなかにある居間。何時もなら大きな丸いちゃぶ台を囲むようにしてくつろいでいる三太郎さんは誰一人として居らず、最近増えた新しい座布団に龍さんも座っていません。

「あれ、みんな居ないの??」

おかしいなと首を傾げつつ、直ぐに完全覚醒へと向かいます。

この17年強。
用事等で三太郎さんの中の誰かが欠けている事はありましたが、起床時に全員が居ないなんて事はありませんでした。どうも私が寝ている時間は三太郎さんたちも霊力を回復させる時間だと思っているようで、一緒に眠りについていたのです。もちろん私が眠ってしまうと外界から得られる情報は減ってしまうので、外界を警戒しなくてはならない時は交代制でしたが、全員が居ないという事は無かったのです。

(何かあったのかな……?)

少し不安になって、目を開ける前にまずは周囲の音を確認します。誰かの話し声はしないか、足音や衣擦れの音はしないかなどなど、周囲の情報を音から出来うる限り集めます。そしておそらく無人だろうと判断してから、うすーーーく目を開けました。まぶたを90%以上閉じたまま、かすかに見える景色から室内であることを確認します。指に触れるのは慣れ親しんだ土蜘蛛の糸から作られた敷布。まだまだ言葉が覚束無い幼い頃に「シーツ」とうっかり言ってしまい、兄上に「しーつでもしーふでもなくて、しきふだよ」と直されたなぁなんて事を思い出します。

どうやら室内に異常はなく、それどころか天空島に作られた自室で寝ていただけだということが解りました。無駄に警戒していた自分が恥ずかしくて、慌てて飛び起きると周囲をもう一度目視で確認し、誰も見ていないか確認します。そして本当に誰もいなかったことにホッと安堵すると、改めて自分の状態を確認しました。

ロング丈のドーリス式キトンの裾は煤や泥で汚れたままで、どうやらあの後そのまま寝かされていたようです。当たり前といえば当たり前ですが、流石に兄上といえど私の服を脱がすのは躊躇ってしまうでしょう。もちろん怪我等のやむを得ない事情があれば、兄上どころか緋桐さんですら対処法の一つとして私の服を脱がしていたとは思いますが、そうでないのなら異性の服を脱がすような事はしませんし、私だってやりません。

汚れたシーツを取り替える為に引っ剥がすと、下着を含めた着替えを包んだ風呂敷といっしょに抱えて部屋の外へと出ました。目覚めたばかりではありますが、髪も肌もベタベタしていて気持ち悪く……。お風呂に向かう為にパタパタと小走りで廊下を進むのですが、ふと足を止めると

「さっすがに2回も誘拐される訳ないよねぇ」

自意識過剰すぎて恥ずかしいっ!と抱えていたシーツに顔を埋めてしまいます。なんで忘れたいことほど、こうやって直ぐに思い返してしまうのか……。

以前とは違って、今の三太郎さんは自重していません。もちろん限度はありますが、自重のしすぎも世界にとって良くないと思ったようです。なので今なら私を誘拐しようとしたら、三太郎さんも問答無用で対抗手段に打って出る……と思います、たぶん。

ただ、そうなると三太郎さんが傍に居ない謎が残ります。
そもそも服が汚れたまま寝かされていたこともおかしく、浦さんならサッと服や私自身をその場で綺麗にしてくれていたでしょうし、濡れた服や髪を乾かすのも今の桃さんなら出来ます。ただ同時に私が眠りに落ちる直前の状態を考えれば、それが出来ないぐらいに三太郎さんたちが疲れていたってことも理解できます。

「みんな……どこに行っちゃったんだろう?」



ヤマト国に住んでいた頃の家と似た造りのこの天空島には、当然のように入浴施設もあります。空に浮かぶ島なので地下深くから熱水を汲み上げている訳ではなく、三太郎さんの合せ技で作られたものです。そんな湯殿は三太郎さんのこだわりの結晶で、広さや利便性はあの時よりも良いものになっています。そのお風呂の直ぐ近くには洗濯室もあり、そこにシーツだけ放り込むと私は湯殿へと向かいました。ただこのままお風呂に入る気にはなりません。着替えを脱衣場のカゴに入れると、そのまま外へと向かいます。まずは三太郎さんを見つけないと、どうにも落ち着かないのです。最初に向かった厨や食堂には居らず、それどころか飲食をした形跡すらありません。私はカラッカラだった喉を水で潤してから、再び三太郎さんたちを探そうと部屋を出ました。

その時、ゴゴゴゴゴゴと地鳴りが聞こえ、同時に微かな振動を全身で感じて慌てて周囲を確認しました。私の中で地鳴り=土の神という図式が出来上がっているのか、恐怖に一気に血の気が引いていくのが解ります。

<金さん?! 浦さん!! 桃さんっ!!!>

震える足に喝を入れ、同時に寝ぼけていた所為でうっかり失念していた心話で三太郎さんに話しかけます。心話機能の入ったイヤーカフがあればどれだけ離れた場所にいても心話が届くのですが、ついついその事を忘れてしまいがちで……。

不安に追い立てられるように走り続ける私の視界の端に、キラキラと光る大きな光の玉がぎりました。慌てて足を止めてそちらを見れば、巨樹の中央付近に4つの大きな光がキラキラと輝き、その周囲を無数の光が飛びかっています。

(あれは……三太郎さんと龍さん?
 確か結界を張る時にもあぁやっていたけれど……。
 もしかして結界の張り直しをしていたの??)

色々とあってすっかりと忘れていましたが、天空島に張られていた結界は土の神の攻撃によって金さん以外のモノは壊されてしまっています。だからそれの張り直しをしていたのだろうと思ったのですが、その予想が間違っていた事に直ぐに気づきました。

スドドドド……

と小さい地震が起こったかのように地面が揺れますが、ここは天空島です。地震なんて起こるわけがありません。何が起こったのか解らず、とにかく上下左右全てをチェックして安全であることを確認してから、私は巨樹に向かって走り出しました。




「よっ! 起きたんだな。
 すまねぇな、声は聞こえてたんだが途中で止められるような状況じゃなくてよ」

そう明るく声を上げるのは桃さんです。土の神との戦闘中、片腕をなくしていた桃さんでしたが、今はその腕が再び存在しています。

「桃さん、その腕は大丈夫なの……」

「ん? あぁ、ちょっとまだ違和感はあるが、まぁ問題ないぜ」

そう言うと桃さんは、上げた左手を握ったり開いたり繰り返して見せてくれます。あの衝撃的な姿は今も脳裏に焼き付いていて、思わずその手にそっと触れてみますが、桃さんは痛がる素振りもなければ嫌がる素振りもなく。むしろぎゅっと私の手を握り返して、ニカッといつもの笑顔を見せてくれます。

「龍さんの足も、浦さんも金さんもみんな大丈夫?」

わしも大丈夫じゃ。
 それに問題もない、なにせ儂が大地を駆け回るさまなど想像できぬじゃろ?」

私に質問に笑いながら答える龍さん。続いて浦さんや金さんも一つ頷いてから答えてくれます。

「我は何の問題もない」

「私も大丈夫です。むしろ貴女のほうが心配なぐらいです」

「良かったぁ……」

精霊だからこそではありますし、決して無傷とはいえない状況でしたが、それでもこうやって再び笑顔をかわしあえる事が嬉しくて仕方がありません。

「そういえば兄上たちは??」

確かあの場には兄上や山吹も居たはずです。

「もう、くるじゃろう。
 その為の大仕事を今、終えた所じゃからな」

そう言うと龍さんは私をヒョイと抱きあげ、そのまま宙へと浮かび上がります。そしてそのまま高度を上げていくと、私の眼下には信じられない光景が広がっていました。

「な、なんで、なんで海なの?!!!」

山奥にいたと思っていたのに天空島の下は濃霧で、その霧の合間から見えるのは海なのです。しかも天空島の横というか斜め下には別の島が新たにくっついていました。新しくできた島のほうが圧倒的に大きいのですが、その島の形といえばよいのか海岸線や建築物にすっごく見覚えがあり……。

「ま、まさか……」

おそるおそるといった感じで龍さんの顔を見れば、イタズラ成功!とばかりに良い笑顔で

「家のある島を持ち上げて、くっつけてみたのじゃが……驚いたか?」

とのたまいます。驚いたか?じゃないわ!!!とか自重投げ捨てすぎでしょ!!とか突っ込みたいことが山盛りすぎて、言葉になりません。




頭痛をこらえるようにこめかみを押さえつつ、あの後の事を合流した兄上や山吹、それに三太郎さんたちから教えてもらいました。ちなみにつるばみも合流しているので、お茶やお茶菓子を自分で用意しなくても出してもらえます。疲れがまだまだ残っている身としてはそれが地味にありがたく、感謝と共に頂くことにします。

私が眠りに落ちた後、蒔蘿じら殿下や緋桐さんは率いていた兵や神職の指揮がある為に、名残惜しそうにはしていたもののそのまま帰還する事になりました。その中にはミズホ国王や東宮もいて、特にミズホ国王は三太郎さんに跪いて先代国王の所業を詫びたそうで……。その場にいた朝顔さんを含むミズホ国人全員の謝罪に浦さんも困り果て、

「今後は特別扱いすることはしません」

とだけ伝えたそうです。青ざめるミズホ国王でしたが、朝顔さんはすぐに

「それは今後は他国の者たちと同様に、守って頂けるという事でしょうか?」

と浦さんの言葉の裏に隠された真意に気づきます。

そもそも特定の国の者だけ助けないなんていう選択肢は私達には端から無く、あくまでも原因の前国王と高位華族の一部に恩恵がいくのは納得できないという思いがあっただけです。だからといってその家に生まれた赤子まで全てを憎むのかといえば、そんな事はなく……。ちょうど人間視点でいえば「神の代替わり」という大きなイベントを経たので、恩赦を与えるという理由をつけて今後は……という事にしたようです。


それから兄上と山吹は一時的に天空島への立ち入りを許可され、そのまま天空島で大陸の西の端から東の端へと大移動することになりました。東の島の上空に到着後、問題となったのが私を島には下ろしたくないという三太郎さんの意見でした。

というのも三太郎さんは万が一に備えて敵の元本拠地であった西から離れたかった為、最後の力を振り絞るようにして東の海まで移動しましたが、一刻も早く霊力の回復に入る必要がありました。そんな時に私の安全を確保できない場所に移動させるのは得策ではありません。なので兄上と山吹だけ下ろして、自分たちは私と一緒に天空島に再度結界を張って眠りに入ったのです。

急速な、或いは膨大な霊力の回復は私の体力を消費してしまいます。なので私の眠りが長くなる事は予想できていましたし、同時にいつもよりも高い熱が出てしまう可能性も十分に考えられました。その為の世話をする人が必要で、その白羽の矢が立ったのが橡でした。

三太郎さんはある程度霊力が回復したところで一度目覚め、橡と兄上たちを迎え入れる為の準備として島をそのまま天空島の一部とすることを決め、海の維持や海底の保護を浦さんや金さんがしたり、マグマの操作や島の浮上を桃さんや龍さんがして、島に居る橡たちごと島を浮かばせてしまったんだそうです。私が目覚めたのはちょうどこの頃で、私が呼びかけても答えられなかったのは色々と集中する必要があった為でした。そして仕上げとして強固な結界を天空島と東島の全域に張り、全種の精霊の聖地ともいえる天空島が完成しました。




その後、ゆっくりお風呂に入って全身を綺麗にした後、気が抜けたのか案の定高熱を出した私は眠り続ける事になりました。元東の島も今では完全に金さんの支配下に入った為にいつでも戻れるのですが、元気になるまでは三太郎さんたちの勧めもあって天空島の自室で休む事になりました。橡には通いで看護に来てもらうことになるので本当に申し訳ないとは思うのですが、三太郎さんがそう勧めるって事は何かあるのだと思います。

それに天空島と東島も行き来がしやすいように、龍さんの力による風門が作られました。実際に見ていないので私にはわかりませんが、橡の話によると風を受けた大きな帆で往来が可能な装置らしく、結構楽しい乗り物らしいです。


……私が言うのもなんだけど……
島を持ち上げちゃったり、新しいい乗り物を作っちゃったり……


自重、帰ってきてーーーーーっ!!
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