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4章
17歳 -火の陰月1-
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私と橡と茴香殿下が島の裏手にある船渠へと帰り着いたのは火の陰月の終わりごろ、そして周囲が真っ暗闇に包まれた深夜になってからでした。前世では日常的に日付が変わる時間まで起きていましたが、こちらの世界には本もテレビもネットも無いので、私もいつの間にか早寝早起きの習慣がついていました。なのでこの時間になるとあくびが止まらないのですが、茴香殿下の前で大きく口を開けるのは恥ずかしく、何度もあくびを噛み殺します。
「大丈夫か?」
足を止めてしまった私を言葉少なに気遣ってくれる茴香殿下。私は目尻に溜まった涙を拭きつつ
「すみません、流石に疲れたみたいです。
何より家に戻ってきて気が抜けてしまったのかも……」
と正直に返します。家族全員が順にマガツ大陸へ移住する手はずになっていますが、未だ私の家はここだという感覚です。夢に出てくる家はいつの間にか前世の祖父母の家からヤマト国の山の家へと変わり、そして今ではこの島の家になりました。なので数年マガツ大陸に住めばアチラを家と認識できるのでしょうが、今はまだ無理です。
「お嬢様、荷物の運び入れは私がしておきますので、
今日はもうお休みになってください」
急ぎの荷物から順にトロッコに積んでいた橡が、私が座る場所を確保しつつそう言います。初老という年齢に手が届きそうな橡にも負けてしまう体力が情けなくて仕方がありませんが、最近は通信手段の試行錯誤で睡眠時間をかなり削っていた為、気を抜いた途端に膝から力が抜けてガクッとなりそうなほどに眠く……。今日ばかりは仕方がないと自分に言い訳をして、トロッコという名の車輪付きの板の上に這うようにして上がり込みます。
「では私が……」
「いや、俺様がやる!」
この場にいる唯一の男性の茴香殿下がトロッコを漕ごうとした時、桃さんの待ったがかかりました。どうやら一度やってみたかったようで、わかりやすくウキウキとした表情をしています。実は出発の時も桃さんは「手伝う」と言ってくれていたのですが、全員から「精霊様に荷運びを手伝って頂くなんて畏れ多い」と丁重にお断りされて、足漕ぎトロッコの運転はさせてもらえなかったんですよね。私としては王族の茴香殿下より桃さんのほうが頼みやすいのですが、この感覚は母上たちにとっては頭痛の種だと思います。ただ既に染み付いてしまっていて直そうと思っても今更感が強く、三太郎さんたちも「今のままが良い」と言ってくれるのでそのままで通しています。
「桃、解っていると思いますが速さよりも安全ですよ」
「解ってるって!」
島には私達以外の人はいませんが、線路上に動物などが入り込んでいる事はありえます。その動物の筆頭が毛美です。毛美は食事と睡眠は私達が作った小屋の中でしますが、それ以外の時間は自由気ままに島中を飛び回っています。なのでうっかり線路に入り込んでいる可能性もあるのです。
そもそも家族が一度にではなく順に移住する事になった理由の一つに、この毛美の存在があります。毛美の餌は果物や野菜の皮や芯で、人間が食べる部分は食べません。そうやって他の動物が食べないところを食料とする事で、厳しい生存競争を生き抜いてきた種です。そんな粗食対応済みの毛美ですが、今のマガツ大陸に連れて行くのは良い選択ではありません。果物どころか草すら生えてない不毛の地を、三太郎さんたちの力でようやく自分たちの食べる分だけは賄えるようになったところです。今は二幸彦さんの助太刀で引き続き生産量を上げる努力をしてもらっていますが、成果が目に見えるようになるまで時間がかかりますし手間もかかるのです。つまり野菜の芯や皮などは全て肥料にする予定なので、毛美が食べるモノがありません。
とはいえ毛美のミルクは栄養たっぷりなので、青藍をはじめとした子供たちの栄養補給にはピッタリですし、病気などで食が細くなった人にも有用です。なので2頭だけマガツ大陸へと連れて行きましたが、この島にはあと10頭はいます。
この島に来た頃には4体だった毛美も、今では何倍にも増えました。最初の毛美はすっかり年老いて、ミルクの出も少なくなり小屋で寝ている時間が増えました。ですがそれを補って余りある量のミルクを子供世代が出してくれていて、我が家は王族や高位華族じゃないと口にできない乳製品を使った献立が普通に並びます。おかげで我が家の食事のメニューは幅が広く、約1ヶ月間一緒に過ごした茴香殿下が、
「出されたものに不平不満を言うのは行儀が悪いと教わってきたが、
私はこれから内心で少し不満を抱いてしまいそうだ」
とポツリと漏らすぐらいには多種多様です。明日の夜明け前には殿下をアスカ村まで送る必要があるので、
(ここで食べる最後の食事は、茴香殿下の好きなメニューに……)
と思ったところで意識が途切れてしまいました。トロッコの振動と心地よい夜風がもたらす入眠効果は抜群だったようです。
翌朝3時。
「櫻、そろそろ起きないと……」
そう浦さんの声が聞こえてきます。起きなくてはいけない時間なのは寝ぼけた頭でも理解できましたが、寝た気がしないぐらいにまだ疲れが残っていて、このまま二度寝したいという誘惑にかられてしまいます。ですがこの後の予定を考えると二度寝している余裕はなく、気合を入れてウォーターベッド御帳台から抜け出します。顔を洗ったり歯磨きをしたり身支度を整えてから台所に行くと、既に橡が朝食の準備を終えていました。ちらりとテーブルの上を見れば、茴香殿下と私の好物ばかりが並んでいます。
「橡、おはよう。もう少し早く起きれば良かったね、ごめんなさい」
「いえいえ、お二人分だけなので大丈夫ですよ。
お嬢様はこれからまた強行軍なんですから、しっかり休んでください。
お熱が出てしまっては大変ですからね」
「大丈夫、今のところ熱は出てないよ。
それに休まなくちゃいけないのは橡も一緒だよ?
洗濯や掃除は1日ぐらいしなくても大丈夫なんだから、身体を大事にしてね」
疲労感は残っていますが、発熱はしていません。そうこうしているうちに茴香殿下も起きてきました。そして二人で橡が作ってくれた朝食を食べた後、まだ暗い空へと飛び立ちます。今の私は神様の使徒スタイルで、ロング丈のドーリス式キトンとヴェールに身を包んでいます。兄上には「また寝間着で!」と怒られてしまいそうですが、肌の露出具合でいえば普段着と大差ないので許して欲しいところです。
そんな事を思いながらも龍さんに私と殿下を抱えてもらって高速飛行でアスカ村へと向かう訳ですが、大陸の東の海に浮かぶ島から大陸の西部に位置するアスカ村まではかなりの距離があります。なのでかなり早い時間に出発したのですが、アスカ村に到着した頃には既に日が昇っていました。
何度かお邪魔したことがある茴香殿下が住む屋敷、その最奥部にある部屋の脇へ音もなく着地します。日が昇ってしまっているとはいえ出勤時間にはまだ早く、周囲に人影はありません。
<龍さん、ありがとう>
<おぅ。この後はヒノモト国へ向かうのじゃったか?>
心話でこの後の予定の確認をしていたら、カタリと蔀戸が開く音がしました。その直後、茴香殿下の随身である忍冬さんが飛び出してきます。
「で! ……殿下 よくお戻りになられました」
一瞬だけ大きな声を上げてから、慌てて声を潜める忍冬さん。茴香殿下が居ない間は彼がずっと影武者をしていたのですが、何かあったのかもしれません。
「どうした?」
「一大事です。猛暑の続いたミズホ国では一部の湖沼の水が枯れてしまい、
ヒノモト国では火の月だというのに例年どおりの気温まで上がらず、
両国では精霊力が低下しているのでは……と噂になっております」
「我が国に変化は? また二国からの影響は?」
「幸いにも、我が国には今のところは大きな変化はありません。
ですが一部の作物の収穫が例年を下回るかもしれないという報告が
昨日上がってまいりました」
お仕事の話に口を挟むのはどうかとは思うのですが、気になることがあったので確認してみます。
「忍冬さん、ミズホ国の水が枯れたって話だけど、
それってお米の収穫に影響はあるの?」
「今年の分は大丈夫だ。ただ来年以降はどうなるか……」
無作法を怒られるかと思いましたが、忍冬さんはちゃんと私にも答えてくれて少しホッとします。返事の内容にはホッとする要素は皆無でしたが。
「ミズホ国のお米が無いと、無の月が越せないんだよね?」
「そこなのだ。我が国も無の月の配給用にミズホ国から米を輸入している。
値段が少々上がる程度なら対応可能だが、このままでは……」
渋い顔をした忍冬さんですが、ハッと自分たちが外で立ち話をしていることに気づいて、慌てて室内へと案内してくれました。確かに外から丸見えの場所でしたし、衛士が確認に来る前に部屋に入る事にします。
茴香殿下の私室の中へと案内され、他人の目が完全にシャットアウトされたのを確認してから、心話で<皆、出てきて>とお願いして三太郎さんには実体化してもらいました。忍冬さんは三太郎さんたちと面識があるので問題ありませんし、これで毎回心話で三太郎さんに話を聞くよりも円滑なコミュニケーションが取れます。
「精霊力の低下など、ありえるのでしょうか?」
茴香殿下が三太郎さんたちに尋ねますが、三太郎さんたちもはっきりとした事が言えないようで顔を見合わせます。そんな中ただ一人、龍さんだけは大きく息を吐くと顔を上げて話し出しました。
「水と火の精霊力に限れば、精霊力の低下は今に始まった事ではない。
じゃが、今。必要な議論は霊力の低下の真偽ではなく、
いかにして民を守り、世界を守るかということじゃろ?」
「私は以前に比べて霊力の流れというものが良く見えるようになりましたが、
流れている量は妖退治をするようになってから確実に増えています。
ただその霊力が欲しい場所に欲しい量流れているかといえば、そんな事はなく。
おそらくですが、もう少し時間が必要なのだと思います」
龍さんに続いて浦さんもそう言います。
浦さんによると水の霊力の大半が海へと流れていて、欲しい場所にはあまり行き渡っていないのだとか。水の精霊は海に関係する精霊が一番多いうえに力が強いらしく、まずはそこに霊力が流れてしまっているのだろうというのが浦さんの考えです。なので上から順に下まで霊力が行き渡れば、或いは流れる方向を誘導すれば……と。
対し土の精霊力は、金さんによるとヤマト国の地下深くへと潜っていってしまっていて、地表にはあまり出てきていないのだとか。これも水の精霊力と同じで地表にくるまで気長に待つか、地表に来るよう誘導をすれば良いとの事でした。
そして火の精霊力。桃さんは感覚で話すので今ひとつ要領を得なかったのですが、ようは霊力が広域に広がりすぎてミズホ国やヤマト国では猛暑となり、逆にヒノモト国では冷夏になってしまったのだとか。やっぱり誘導が必要なようです。
大事なのは、妖を浄化するすれば妖力が霊力へと浄められます。その霊力は精霊へと返還されて精霊の力が増えて世界を支える力が増えるという事です。同時に忘れてならないのが、人の信仰心には精霊力を強くする力があるという事です。だからこそ各国の大社で霊石の浄化と霊力の補充が出来るのです。つまり神や精霊への不信は、私達にとって良いことではありません。
「この後、ヤマト国の大社に行く。そこで金さんの「豊穣」の力を使って、
その足でそのままミズホ国へ向かって枯れた湖沼を浦さんの力で復活させる。
その後はヒノモト国へ向かって、緋桐さんとその守護精霊に会ってくる」
既に日は完全に昇ってしまっていますし、時間が惜しいので宣言すると同時に立ち上がって扉へと向かいます。
「櫻嬢、大丈夫か? 昨日の今日で身体は辛くないか?」
「辛くないといえば嘘になるけれど、出来る時に出来る事をしておかないと……。
後悔しない選択は無理でも、後悔を減らす選択はしておきたいから」
「そうか……。本当にすまない。だがよろしく頼む」
茴香殿下はそう言うと、私に向かって深々と頭を下げました。その後ろでは忍冬さんも同じように頭を下げます。
「や、止めてください。
殿下に頭を下げられたら、どうしたら良いのか解らなくなります。
それにすまないって言われて頭を下げられるよりも、
全てが終わった後に良くやったって褒めてくれるほうが嬉しいです」
居心地の悪さの改善+場を明るくしたくて、最後に少し茶目っ気を出してそう言えば、
「ならば、後日。櫻嬢の好きな果物や菓子をたくさん贈ろう。
それに希望とあればいくらでも頭を撫でもしよう」
「そこまで子供じゃないです!」
昔馴染みとのやり取りに、少しだけ私の気も紛れます。すぐに深刻に考えてしまう私には、こうやって傍で日常に戻してくれる人が必要なのかもしれません。
その後、私は宣言どおりにヤマト国の土の大社で、金さんの豊穣の力を拡散させました。途端にニョッキニョキと作物が成長する訳ではありませんが、少なくともいつもより少し多めの収穫はあるはずです。
同時に現在の状況を聞くために金さんに軽銀さんを呼び出してもらい、私達がその報告を受けている間に当の金さんには茴香殿下と蒔蘿殿下の守護精霊に会ってきてもらいます。
軽銀さんからの報告は、幸いにも「浄土」の霊石の使用や霊力補充に今のところ不具合はなく順調だというものでした。かなり行き当たりばったりで始めた事だけに心配でしたが、心の中でほっと胸をなでおろします。
「交代できる精霊を探しておくから、絶えず霊力の増強と誘導をお願いします」
軽銀さんにそう言えば、「承りました」と恭しく頭を下げられてしまいました。丁寧な言動の軽銀さんには若干の違和感……ともちょっと違う、何か居心地の悪いものを感じてしまいますが、これも慣れるしかないのでしょう。
ヤマト国での用事が終われば、次はミズホ国です。
初めて入ったミズホ国は、ヤマト国のような山は一切なく、むしろ丘すら殆ど見当たりません。どこまでも平原が広がり、あちこちに川や湖が点在しています。
前もって忍冬さんに枯れた湖沼の位置は聞いておいたので、そちらへと向かいます。既に時間はお昼過ぎで、本来なら脳天が焦げそうなほどの日光を浴びてしまう時間ですが、空には分厚い暗雲があって幸いにも日焼けは抑えられそうです。ただ日差しはないのに気温はかなり高く、湿度が高い地方な事もあって不快感がかなり高いです。
遥か下方からは人々が騒がしくなにかを言っている声が聞こえますが、まるっと無視して自分のやるべき事に集中します。
「浦さん、準備は良い?」
<えぇ、良いですよ>
私の声が届く範囲に誰も居ないので、あえて言葉として口にだします。
「じゃぁ、お願いします!」
私の声に合わせて、浦さんの霊力が一気に放出されました。龍さんと違って三太郎さんは今でも技能という形で霊力を使う方が勝手が良いらしく、今も「湧水」で地下深くの水を組み上げ、「流水」で周囲へと分配もしているようです。
しばらくそうやって力を放出していると、眼下の湖には水が溢れんばかりとなっていて、その縁には何やら綺羅びやかな衣装を着た男性が跪いていました。おそらく彼はここから一番近い水の神社の神職なんでしょうが、今は彼と話している余裕はありません。なのでそのままヒノモト国へと向かって空を翔けます。
天都を素通りし、ヒノモト国へ到着したのは一番星が輝き始めるような時分でした。茴香殿下と別れてからの移動も龍さんに抱えてもらっていたおかげで、移動時間をまんま睡眠に当てる事ができました。その甲斐あって何とか体力が持っていますが、それでも限界ギリギリといった感じです。
緋桐さんとは前もって緊急の連絡方法を決めてありました。というのも先陣を切って妖退治をすると思われる緋桐さんが、王都に居るとは限らないからです。なので緋桐さんには精霊剣を常に携帯し続けるようにお願いし、その精霊剣(に使われている霊石)を三太郎さんが感知して、龍さんが風で声を届ける事になっているのです。
天高くに浮かんで空から三太郎さんと龍さんが精霊剣の在り処を探れば、緋桐さんは港から王城方面へと向かっている途中のようです。なので龍さんに緋桐さんへと風を飛ばしてもらい、
「櫻です。お話があるので何処か人気のない所へ行ってもらえませんか?」
と伝えます。私には全く見えませんし気配も感じ取れませんが、龍さんによると緋桐さんは進路を変更して大通りから2本ほど道をはずれた裏通り数歩手前といった道を進んでいるようです。その通りにある比較的綺麗な宿の中に入っていったらしく、その場所を目指して飛ぶと窓の目立たない場所に赤い布が結わえられている部屋がありました。この国では白い布で庇を作ることは多々ありますが、赤い布をこのように使うことはありません。三太郎さんもそれを見つけて気配をさぐり、間違いなくあの部屋にいると解ったので、暗くなり始めてきた事を幸いに窓から部屋へ飛び込みます。
「櫻嬢! 窓から入るなんて……って、何だかやつれてないか? 大丈夫か??」
入口の扉へ神経を集中させていたらしい緋桐さんは、窓から入ってきた私にかなり驚いたようですが、直ぐに心配そうな表情へと変わります。
「それ、私も言いたいよ! 緋桐さん、怪我は大丈夫なの?」
部屋の中にいた緋桐さんは半身が赤く染まっていて、なんとも言えない異臭がしました。人の血とは思えない臭いですが、色は間違いなく赤く……。どうやらその赤く染まった袖を引きちぎって、目印として窓に結わえたようです。トラウマから一瞬意識が遠くなりかけますが、手のひらに爪が食い込むぐらいに強く握って堪えます。
「あぁこれか。これは殆どが返り血なんで大丈夫だ。
本当ならば綺麗に身支度を整えてから会いたかったところだが、
どうやら時間に余裕がなさそうだったからな」
そして一拍おいてから「それに……」と緋桐さんは続けます。妖を浄化する日々を続けてきた緋桐さんでしたが、それが目に見える形で成果として現れないことに焦りを覚えていたようです。しかも今年の火の月はあまり暑くならず、国民の間に動揺が広がっているのだとか。私からすれば暑すぎる夏は体力の消耗が激しいので、ほどほどで良いよと思ってしまいますが、その暑さが平常で、またその暑さありきの作物もあったりするので、緋桐さんをはじめとしたヒノモト国の人の焦りもわかります。
ひとまず茴香殿下たちにした説明と同じ説明をもう一度して、少し時間がかかるかもしれないと伝えると緋桐さんはホッとした顔になりました。そうなると色々と思う所も出てきたようで、
「櫻嬢。事情は解っているが、男の待つ部屋には気軽に入らないほうが良い」
と小言を言われてしまいました。何だか兄がもう一人増えた気分です。
「そうは言っても相手は緋桐さんだし、
それに今日だけでも既に茴香殿下の部屋にも入ったし……」
と小声で反論すれば
「は?! 茴香殿の部屋……って、自室に入ったのか?!」
と言われ、今後はそんな事をしないようにと釘を刺されてしまいました。私には兄上が二人いたっけ?と思ってしまいますが、私を心配してくれているからこそなのは解るので、素直に「はい」と返事をしておきます。
ただ、緋桐さんは忘れてるのかもしれませんが、別に殿下の部屋に入った時だって二人っきりって訳じゃないですし、今だって三太郎さんたちがいるから問題ないと思うんだけどなぁ……。
「大丈夫か?」
足を止めてしまった私を言葉少なに気遣ってくれる茴香殿下。私は目尻に溜まった涙を拭きつつ
「すみません、流石に疲れたみたいです。
何より家に戻ってきて気が抜けてしまったのかも……」
と正直に返します。家族全員が順にマガツ大陸へ移住する手はずになっていますが、未だ私の家はここだという感覚です。夢に出てくる家はいつの間にか前世の祖父母の家からヤマト国の山の家へと変わり、そして今ではこの島の家になりました。なので数年マガツ大陸に住めばアチラを家と認識できるのでしょうが、今はまだ無理です。
「お嬢様、荷物の運び入れは私がしておきますので、
今日はもうお休みになってください」
急ぎの荷物から順にトロッコに積んでいた橡が、私が座る場所を確保しつつそう言います。初老という年齢に手が届きそうな橡にも負けてしまう体力が情けなくて仕方がありませんが、最近は通信手段の試行錯誤で睡眠時間をかなり削っていた為、気を抜いた途端に膝から力が抜けてガクッとなりそうなほどに眠く……。今日ばかりは仕方がないと自分に言い訳をして、トロッコという名の車輪付きの板の上に這うようにして上がり込みます。
「では私が……」
「いや、俺様がやる!」
この場にいる唯一の男性の茴香殿下がトロッコを漕ごうとした時、桃さんの待ったがかかりました。どうやら一度やってみたかったようで、わかりやすくウキウキとした表情をしています。実は出発の時も桃さんは「手伝う」と言ってくれていたのですが、全員から「精霊様に荷運びを手伝って頂くなんて畏れ多い」と丁重にお断りされて、足漕ぎトロッコの運転はさせてもらえなかったんですよね。私としては王族の茴香殿下より桃さんのほうが頼みやすいのですが、この感覚は母上たちにとっては頭痛の種だと思います。ただ既に染み付いてしまっていて直そうと思っても今更感が強く、三太郎さんたちも「今のままが良い」と言ってくれるのでそのままで通しています。
「桃、解っていると思いますが速さよりも安全ですよ」
「解ってるって!」
島には私達以外の人はいませんが、線路上に動物などが入り込んでいる事はありえます。その動物の筆頭が毛美です。毛美は食事と睡眠は私達が作った小屋の中でしますが、それ以外の時間は自由気ままに島中を飛び回っています。なのでうっかり線路に入り込んでいる可能性もあるのです。
そもそも家族が一度にではなく順に移住する事になった理由の一つに、この毛美の存在があります。毛美の餌は果物や野菜の皮や芯で、人間が食べる部分は食べません。そうやって他の動物が食べないところを食料とする事で、厳しい生存競争を生き抜いてきた種です。そんな粗食対応済みの毛美ですが、今のマガツ大陸に連れて行くのは良い選択ではありません。果物どころか草すら生えてない不毛の地を、三太郎さんたちの力でようやく自分たちの食べる分だけは賄えるようになったところです。今は二幸彦さんの助太刀で引き続き生産量を上げる努力をしてもらっていますが、成果が目に見えるようになるまで時間がかかりますし手間もかかるのです。つまり野菜の芯や皮などは全て肥料にする予定なので、毛美が食べるモノがありません。
とはいえ毛美のミルクは栄養たっぷりなので、青藍をはじめとした子供たちの栄養補給にはピッタリですし、病気などで食が細くなった人にも有用です。なので2頭だけマガツ大陸へと連れて行きましたが、この島にはあと10頭はいます。
この島に来た頃には4体だった毛美も、今では何倍にも増えました。最初の毛美はすっかり年老いて、ミルクの出も少なくなり小屋で寝ている時間が増えました。ですがそれを補って余りある量のミルクを子供世代が出してくれていて、我が家は王族や高位華族じゃないと口にできない乳製品を使った献立が普通に並びます。おかげで我が家の食事のメニューは幅が広く、約1ヶ月間一緒に過ごした茴香殿下が、
「出されたものに不平不満を言うのは行儀が悪いと教わってきたが、
私はこれから内心で少し不満を抱いてしまいそうだ」
とポツリと漏らすぐらいには多種多様です。明日の夜明け前には殿下をアスカ村まで送る必要があるので、
(ここで食べる最後の食事は、茴香殿下の好きなメニューに……)
と思ったところで意識が途切れてしまいました。トロッコの振動と心地よい夜風がもたらす入眠効果は抜群だったようです。
翌朝3時。
「櫻、そろそろ起きないと……」
そう浦さんの声が聞こえてきます。起きなくてはいけない時間なのは寝ぼけた頭でも理解できましたが、寝た気がしないぐらいにまだ疲れが残っていて、このまま二度寝したいという誘惑にかられてしまいます。ですがこの後の予定を考えると二度寝している余裕はなく、気合を入れてウォーターベッド御帳台から抜け出します。顔を洗ったり歯磨きをしたり身支度を整えてから台所に行くと、既に橡が朝食の準備を終えていました。ちらりとテーブルの上を見れば、茴香殿下と私の好物ばかりが並んでいます。
「橡、おはよう。もう少し早く起きれば良かったね、ごめんなさい」
「いえいえ、お二人分だけなので大丈夫ですよ。
お嬢様はこれからまた強行軍なんですから、しっかり休んでください。
お熱が出てしまっては大変ですからね」
「大丈夫、今のところ熱は出てないよ。
それに休まなくちゃいけないのは橡も一緒だよ?
洗濯や掃除は1日ぐらいしなくても大丈夫なんだから、身体を大事にしてね」
疲労感は残っていますが、発熱はしていません。そうこうしているうちに茴香殿下も起きてきました。そして二人で橡が作ってくれた朝食を食べた後、まだ暗い空へと飛び立ちます。今の私は神様の使徒スタイルで、ロング丈のドーリス式キトンとヴェールに身を包んでいます。兄上には「また寝間着で!」と怒られてしまいそうですが、肌の露出具合でいえば普段着と大差ないので許して欲しいところです。
そんな事を思いながらも龍さんに私と殿下を抱えてもらって高速飛行でアスカ村へと向かう訳ですが、大陸の東の海に浮かぶ島から大陸の西部に位置するアスカ村まではかなりの距離があります。なのでかなり早い時間に出発したのですが、アスカ村に到着した頃には既に日が昇っていました。
何度かお邪魔したことがある茴香殿下が住む屋敷、その最奥部にある部屋の脇へ音もなく着地します。日が昇ってしまっているとはいえ出勤時間にはまだ早く、周囲に人影はありません。
<龍さん、ありがとう>
<おぅ。この後はヒノモト国へ向かうのじゃったか?>
心話でこの後の予定の確認をしていたら、カタリと蔀戸が開く音がしました。その直後、茴香殿下の随身である忍冬さんが飛び出してきます。
「で! ……殿下 よくお戻りになられました」
一瞬だけ大きな声を上げてから、慌てて声を潜める忍冬さん。茴香殿下が居ない間は彼がずっと影武者をしていたのですが、何かあったのかもしれません。
「どうした?」
「一大事です。猛暑の続いたミズホ国では一部の湖沼の水が枯れてしまい、
ヒノモト国では火の月だというのに例年どおりの気温まで上がらず、
両国では精霊力が低下しているのでは……と噂になっております」
「我が国に変化は? また二国からの影響は?」
「幸いにも、我が国には今のところは大きな変化はありません。
ですが一部の作物の収穫が例年を下回るかもしれないという報告が
昨日上がってまいりました」
お仕事の話に口を挟むのはどうかとは思うのですが、気になることがあったので確認してみます。
「忍冬さん、ミズホ国の水が枯れたって話だけど、
それってお米の収穫に影響はあるの?」
「今年の分は大丈夫だ。ただ来年以降はどうなるか……」
無作法を怒られるかと思いましたが、忍冬さんはちゃんと私にも答えてくれて少しホッとします。返事の内容にはホッとする要素は皆無でしたが。
「ミズホ国のお米が無いと、無の月が越せないんだよね?」
「そこなのだ。我が国も無の月の配給用にミズホ国から米を輸入している。
値段が少々上がる程度なら対応可能だが、このままでは……」
渋い顔をした忍冬さんですが、ハッと自分たちが外で立ち話をしていることに気づいて、慌てて室内へと案内してくれました。確かに外から丸見えの場所でしたし、衛士が確認に来る前に部屋に入る事にします。
茴香殿下の私室の中へと案内され、他人の目が完全にシャットアウトされたのを確認してから、心話で<皆、出てきて>とお願いして三太郎さんには実体化してもらいました。忍冬さんは三太郎さんたちと面識があるので問題ありませんし、これで毎回心話で三太郎さんに話を聞くよりも円滑なコミュニケーションが取れます。
「精霊力の低下など、ありえるのでしょうか?」
茴香殿下が三太郎さんたちに尋ねますが、三太郎さんたちもはっきりとした事が言えないようで顔を見合わせます。そんな中ただ一人、龍さんだけは大きく息を吐くと顔を上げて話し出しました。
「水と火の精霊力に限れば、精霊力の低下は今に始まった事ではない。
じゃが、今。必要な議論は霊力の低下の真偽ではなく、
いかにして民を守り、世界を守るかということじゃろ?」
「私は以前に比べて霊力の流れというものが良く見えるようになりましたが、
流れている量は妖退治をするようになってから確実に増えています。
ただその霊力が欲しい場所に欲しい量流れているかといえば、そんな事はなく。
おそらくですが、もう少し時間が必要なのだと思います」
龍さんに続いて浦さんもそう言います。
浦さんによると水の霊力の大半が海へと流れていて、欲しい場所にはあまり行き渡っていないのだとか。水の精霊は海に関係する精霊が一番多いうえに力が強いらしく、まずはそこに霊力が流れてしまっているのだろうというのが浦さんの考えです。なので上から順に下まで霊力が行き渡れば、或いは流れる方向を誘導すれば……と。
対し土の精霊力は、金さんによるとヤマト国の地下深くへと潜っていってしまっていて、地表にはあまり出てきていないのだとか。これも水の精霊力と同じで地表にくるまで気長に待つか、地表に来るよう誘導をすれば良いとの事でした。
そして火の精霊力。桃さんは感覚で話すので今ひとつ要領を得なかったのですが、ようは霊力が広域に広がりすぎてミズホ国やヤマト国では猛暑となり、逆にヒノモト国では冷夏になってしまったのだとか。やっぱり誘導が必要なようです。
大事なのは、妖を浄化するすれば妖力が霊力へと浄められます。その霊力は精霊へと返還されて精霊の力が増えて世界を支える力が増えるという事です。同時に忘れてならないのが、人の信仰心には精霊力を強くする力があるという事です。だからこそ各国の大社で霊石の浄化と霊力の補充が出来るのです。つまり神や精霊への不信は、私達にとって良いことではありません。
「この後、ヤマト国の大社に行く。そこで金さんの「豊穣」の力を使って、
その足でそのままミズホ国へ向かって枯れた湖沼を浦さんの力で復活させる。
その後はヒノモト国へ向かって、緋桐さんとその守護精霊に会ってくる」
既に日は完全に昇ってしまっていますし、時間が惜しいので宣言すると同時に立ち上がって扉へと向かいます。
「櫻嬢、大丈夫か? 昨日の今日で身体は辛くないか?」
「辛くないといえば嘘になるけれど、出来る時に出来る事をしておかないと……。
後悔しない選択は無理でも、後悔を減らす選択はしておきたいから」
「そうか……。本当にすまない。だがよろしく頼む」
茴香殿下はそう言うと、私に向かって深々と頭を下げました。その後ろでは忍冬さんも同じように頭を下げます。
「や、止めてください。
殿下に頭を下げられたら、どうしたら良いのか解らなくなります。
それにすまないって言われて頭を下げられるよりも、
全てが終わった後に良くやったって褒めてくれるほうが嬉しいです」
居心地の悪さの改善+場を明るくしたくて、最後に少し茶目っ気を出してそう言えば、
「ならば、後日。櫻嬢の好きな果物や菓子をたくさん贈ろう。
それに希望とあればいくらでも頭を撫でもしよう」
「そこまで子供じゃないです!」
昔馴染みとのやり取りに、少しだけ私の気も紛れます。すぐに深刻に考えてしまう私には、こうやって傍で日常に戻してくれる人が必要なのかもしれません。
その後、私は宣言どおりにヤマト国の土の大社で、金さんの豊穣の力を拡散させました。途端にニョッキニョキと作物が成長する訳ではありませんが、少なくともいつもより少し多めの収穫はあるはずです。
同時に現在の状況を聞くために金さんに軽銀さんを呼び出してもらい、私達がその報告を受けている間に当の金さんには茴香殿下と蒔蘿殿下の守護精霊に会ってきてもらいます。
軽銀さんからの報告は、幸いにも「浄土」の霊石の使用や霊力補充に今のところ不具合はなく順調だというものでした。かなり行き当たりばったりで始めた事だけに心配でしたが、心の中でほっと胸をなでおろします。
「交代できる精霊を探しておくから、絶えず霊力の増強と誘導をお願いします」
軽銀さんにそう言えば、「承りました」と恭しく頭を下げられてしまいました。丁寧な言動の軽銀さんには若干の違和感……ともちょっと違う、何か居心地の悪いものを感じてしまいますが、これも慣れるしかないのでしょう。
ヤマト国での用事が終われば、次はミズホ国です。
初めて入ったミズホ国は、ヤマト国のような山は一切なく、むしろ丘すら殆ど見当たりません。どこまでも平原が広がり、あちこちに川や湖が点在しています。
前もって忍冬さんに枯れた湖沼の位置は聞いておいたので、そちらへと向かいます。既に時間はお昼過ぎで、本来なら脳天が焦げそうなほどの日光を浴びてしまう時間ですが、空には分厚い暗雲があって幸いにも日焼けは抑えられそうです。ただ日差しはないのに気温はかなり高く、湿度が高い地方な事もあって不快感がかなり高いです。
遥か下方からは人々が騒がしくなにかを言っている声が聞こえますが、まるっと無視して自分のやるべき事に集中します。
「浦さん、準備は良い?」
<えぇ、良いですよ>
私の声が届く範囲に誰も居ないので、あえて言葉として口にだします。
「じゃぁ、お願いします!」
私の声に合わせて、浦さんの霊力が一気に放出されました。龍さんと違って三太郎さんは今でも技能という形で霊力を使う方が勝手が良いらしく、今も「湧水」で地下深くの水を組み上げ、「流水」で周囲へと分配もしているようです。
しばらくそうやって力を放出していると、眼下の湖には水が溢れんばかりとなっていて、その縁には何やら綺羅びやかな衣装を着た男性が跪いていました。おそらく彼はここから一番近い水の神社の神職なんでしょうが、今は彼と話している余裕はありません。なのでそのままヒノモト国へと向かって空を翔けます。
天都を素通りし、ヒノモト国へ到着したのは一番星が輝き始めるような時分でした。茴香殿下と別れてからの移動も龍さんに抱えてもらっていたおかげで、移動時間をまんま睡眠に当てる事ができました。その甲斐あって何とか体力が持っていますが、それでも限界ギリギリといった感じです。
緋桐さんとは前もって緊急の連絡方法を決めてありました。というのも先陣を切って妖退治をすると思われる緋桐さんが、王都に居るとは限らないからです。なので緋桐さんには精霊剣を常に携帯し続けるようにお願いし、その精霊剣(に使われている霊石)を三太郎さんが感知して、龍さんが風で声を届ける事になっているのです。
天高くに浮かんで空から三太郎さんと龍さんが精霊剣の在り処を探れば、緋桐さんは港から王城方面へと向かっている途中のようです。なので龍さんに緋桐さんへと風を飛ばしてもらい、
「櫻です。お話があるので何処か人気のない所へ行ってもらえませんか?」
と伝えます。私には全く見えませんし気配も感じ取れませんが、龍さんによると緋桐さんは進路を変更して大通りから2本ほど道をはずれた裏通り数歩手前といった道を進んでいるようです。その通りにある比較的綺麗な宿の中に入っていったらしく、その場所を目指して飛ぶと窓の目立たない場所に赤い布が結わえられている部屋がありました。この国では白い布で庇を作ることは多々ありますが、赤い布をこのように使うことはありません。三太郎さんもそれを見つけて気配をさぐり、間違いなくあの部屋にいると解ったので、暗くなり始めてきた事を幸いに窓から部屋へ飛び込みます。
「櫻嬢! 窓から入るなんて……って、何だかやつれてないか? 大丈夫か??」
入口の扉へ神経を集中させていたらしい緋桐さんは、窓から入ってきた私にかなり驚いたようですが、直ぐに心配そうな表情へと変わります。
「それ、私も言いたいよ! 緋桐さん、怪我は大丈夫なの?」
部屋の中にいた緋桐さんは半身が赤く染まっていて、なんとも言えない異臭がしました。人の血とは思えない臭いですが、色は間違いなく赤く……。どうやらその赤く染まった袖を引きちぎって、目印として窓に結わえたようです。トラウマから一瞬意識が遠くなりかけますが、手のひらに爪が食い込むぐらいに強く握って堪えます。
「あぁこれか。これは殆どが返り血なんで大丈夫だ。
本当ならば綺麗に身支度を整えてから会いたかったところだが、
どうやら時間に余裕がなさそうだったからな」
そして一拍おいてから「それに……」と緋桐さんは続けます。妖を浄化する日々を続けてきた緋桐さんでしたが、それが目に見える形で成果として現れないことに焦りを覚えていたようです。しかも今年の火の月はあまり暑くならず、国民の間に動揺が広がっているのだとか。私からすれば暑すぎる夏は体力の消耗が激しいので、ほどほどで良いよと思ってしまいますが、その暑さが平常で、またその暑さありきの作物もあったりするので、緋桐さんをはじめとしたヒノモト国の人の焦りもわかります。
ひとまず茴香殿下たちにした説明と同じ説明をもう一度して、少し時間がかかるかもしれないと伝えると緋桐さんはホッとした顔になりました。そうなると色々と思う所も出てきたようで、
「櫻嬢。事情は解っているが、男の待つ部屋には気軽に入らないほうが良い」
と小言を言われてしまいました。何だか兄がもう一人増えた気分です。
「そうは言っても相手は緋桐さんだし、
それに今日だけでも既に茴香殿下の部屋にも入ったし……」
と小声で反論すれば
「は?! 茴香殿の部屋……って、自室に入ったのか?!」
と言われ、今後はそんな事をしないようにと釘を刺されてしまいました。私には兄上が二人いたっけ?と思ってしまいますが、私を心配してくれているからこそなのは解るので、素直に「はい」と返事をしておきます。
ただ、緋桐さんは忘れてるのかもしれませんが、別に殿下の部屋に入った時だって二人っきりって訳じゃないですし、今だって三太郎さんたちがいるから問題ないと思うんだけどなぁ……。
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