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4章
17歳 -火の陽月1-
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(嵐の前の静けさ……って感じ)
私と兄上は水の極日の終わり頃にヒノモト国を発ち、アマツ大陸の東にある島へと戻ってきました。そしてヒノモト国ほどではないにしても、うんざりするぐらい暑い火の陽月があっという間にやってきて、見上げた空は夏特有の濃い青色をしています。そんな綺麗な青空は世界に滅亡が迫っているなんて信じられないぐらいに澄み渡っていて、このまま今までと変わらないありふれた日々が続いていくのだと錯覚してしまいそうになりますが、存在感抜群だった天空の光の帯が空から消えて久しく……。ふと空を見上げては「あっ、無いんだった」と思い知る日々です。
あの光の帯は東西に天空を切り裂いていた為、行商人たちは方角を知るのに使っていたり、農民や漁師は光り方や見え方で明日の天気を知ったりと、この世界の人たちの日常に欠かせない存在でした。ちなみに光の帯が青みがかって見えると次の日は晴れで、白く見えると雨が降ります。
そんな日常生活に溶け込んだ光の帯の正体は無数の風の精霊石だった訳ですが、それらはすべて龍さんに吸収されてしまいました。その現場を見ていた私ではありますが、それでもなお光の帯が消えてしまった事に慣れず、今でも心がざわついてしまいます。私ですらそんな状態なのだから、世界中の人々が感じている不安はどれほどか……。
その不安を抑える為の手段として「救済者」という存在を設けた訳ですが、それだけで人々の不安は消えてくれません。なので緋桐さんはヒノモト国へ残って、父王や梯梧殿下のサポートをすることになりました。当人はすっごく悩んでいたのですが、最終的に
「ヒノモト国をいち早く平常化させ、新たな組織や法を作り、
妖退治や防災、それに起きてしまった災害の対処に素早く対応できるよう
この地で力を尽くす事にする。それが延いては櫻嬢の助けとなるはずだ」
という結論に至ったようです。これから火の月になるので、それでなくてもヒノモト国は行事や神事が目白押しなのですが、それに加えて昔は戦時にのみ行われたという特別な神事も行って、国民の不安を取り除く事に尽力する予定だそうです。
王籍を抜けたと言っていた緋桐さんですが、どうやら父王陛下や梯梧殿下の計らいで外遊中として処理されていたらしく、すぐさま王族として指揮を取ることができるようになっていました。ただ一年が経って多少は伸びたとはいえ一度バッサリと短く切られた髪はそのままだと外聞が悪いので、髢という付け毛をつけてヒノモト国人特有の美豆良、或は鬟と呼ばれる髪型に戻さなくてはいけないそうで、当人はちょっと面倒くさそうにしています。
私としても緋桐さんがヒノモト国にいてくれると色々と話しが早いので、「頑張ってください」と応援したのですが、その直後
「だから一月だけ待ってくれ!
火の月が終わって土の月に入る頃には絶対に櫻嬢の元へ駆けつけるから、
だからソレまでは決して無茶はしないでくれよ」
と両肩を掴まれて、目を覗き込まれてしっかりと釘を刺されました。緋桐さんどころか家族の皆にすら土の神に関する事を詳しくは伝えていないのですが、武人の勘なのか何か危ういモノを感じ取ったのかもしれません。
初夏の清々しい青空とは裏腹に、地上では私を筆頭に家族全員が汗だくになりながら忙しなく動いていました。
「鬱金、無理をしてはなりませんよ」
「もう大丈夫ですよ、姉上」
母上と叔父上がそう言いながら、荷物を次々に大きな台車に乗せていきます。追手が万が一にも上陸した場合、その地点から居住地を極力離す為に船渠を島の反対側に作った訳ですが、大量の荷物を運ぶ時には不便さが際立ちます。
なので急拵えではありますが、レールとトロッコを作ってしまいました。金さんが久しぶりに頭痛を堪えるような表情になってしまい本当に申し訳ないとは思いましたが、何往復も島を横断するレベルの距離を移動するのは厳しすぎます。
最初は手漕ぎトロッコを作ろうと思ったのですが、船渠と家の距離が結構ある事に加えて、複雑な仕組みの物を作ると後々修理ができなくなる可能性も考え、大きな金属板の下に車輪をつけただけの超簡易的なトロッコとなりました。
トロッコの上に荷物を乗せたら男性陣が片足を台に乗せ、反対の足で大地を蹴って進むというスケボーみたいな乗り方をします。山吹や兄上といった脚力&体力オバケの人向けのトロッコで、私には絶対に使えません。一度だけ試したのですが、荷物を乗せていない状態ですら動かすのが大変で、なんとか動かせてもすぐに足が攣りそうになるぐらいに疲れてしまいました。
島の外周の大部分をぐるっと囲っている山部分は金さんの技能の「隧道」でトンネルを作ってもらい、できるだけ平坦な線路を2つ作ってもらいました。これで複数台のトロッコを運用しても、途中でぶつかること無く荷物を運ぶ事ができます。その際に線路を立っていても解らないぐらいの緩やかな下り坂にしたら荷運びが楽になるのでは?と思ったのですが、超重量級のトロッコが徐々に速度を増した結果、終着点で大惨事という未来が見えた気がしたので止めました。
「やはり私はここに残った方が良いのでは……?」
トロッコに荷物を運びつつも、戸惑った表情をした橡がそんな事を言い出します。実はこのやり取り、1回や2回じゃありません。何だか私が初めて単独行動で天都に向かった時の山吹とのやり取りを思い出してしまいます。
「俺も坊ちゃまも自分のことは自分で出来るから大丈夫だって」
山吹がそう諭し、兄上も頷いて同意を示します。
「僕は大丈夫だから、橡は安心してマガツに向かって?」
そう私達はこれから、大きく2つに分かれて行動する事になるのです。
第1グループは母上と叔父上に橡と私、そして三太郎さんと龍さんと二幸彦さんになります。こちらは大型船に家財道具の大半を積み、マガツ大陸へと向かうグループです。必ず戻ると青藍と約束をした事が理由の1つではありますが、何よりこの先アマツ大陸は色々と厳しい状況に見舞われる事が確定しています。そんな中、自分たち家族だけが別の大陸に逃げるという事に叔父上や山吹は難色を示しましたが、避難先で援助物資を作り出すのも大事な役目だと説得しました。ついでに言えば、アマツ大陸防衛戦に失敗すれば、マガツ大陸もその他の場所も全て危険になります。なのでマガツ大陸にいるから絶対に安全という訳でもありません。
それでも真っ先に危険になるアマツ大陸からできるだけ多くの人を船に乗せてマガツ大陸へと向かうべきではと山吹は言うのですが、そんな大型の船を大量には用意できませんし、何より荒廃したマガツ大陸にはそれだけの人数を養える食料も水もありません。なので少人数で向かって、あちらの人々の手を借りて物資をできるだけ大量に作り、それをアマツ大陸に運び込むというのが一番現実的な落とし所でした。
なので「豊作」や「豊漁」の技能を持つ二幸彦さんと、その相棒である母上にはマガツ大陸に向かってもらわねばならず、その母上の護衛として叔父上が向かう事になりました。叔父上の体調はまだ本調子でないので心配ですが、マガツ大陸に着く頃には元気になっているという叔父上の言葉を信じたいと思います。
そして第2グループは山吹と兄上で、この二人はこのまま島に残ります。
正確にはマガツ大陸←島→アマツ大陸といった感じで、島を拠点に2つの大陸を行き来する事になりました。そして山吹がヤマト国と天都を、兄上がヒノモト国を担当することになったのですが、その為には船が2隻必要となり、急ピッチで作られる事になりました。その船には万が一に備え、船に使われている全ての霊石が海底に放出される機能が三太郎さんの手によって付けられました。浄水・浄火・浄土の霊石は三太郎さんの許可が出たのですが、それ以外の技能の紋を教える事や使う事は未だに許可が出ていません。いつか色んな霊石が普通に使われる日が来ると良いなとは思うのですが、前世でも人の役に立つために作られた道具が人殺しの道具として使われるなんて例は多々あったので、当分は浄化3種だけで良いかなとも思ってしまいます。
火の陽月・極日・陰月の間にアマツ・マガツ間を往復しないといけないので、船は浦さんの技能を使って海の上を滑るように高速で進んでいきます。大型船をこの速度で進ませるのは本来ならば危険なのですが、そこは三太郎さんや龍さんの精霊力でもって危険を回避しつつ、高速走行という離れ業というかズルをしています。
この速度で走行している時は甲板に出るのは危険なので、私は絶対に外に出してもらえません。ジェットフォイル走行は揺れが少ない方なのですが、万が一があります。だというのに私の視線の先には、甲板へと向かう階段の最上部から外へ顔を出している成人男性がいます。目をキラキラさせたその人は、
「櫻嬢、これはどういう仕組なんだ?」
と興奮を隠しきれない語調で尋ねてきます。
「茴香殿下、お願いですから船室に戻ってください。
殿下に万が一があったら、私、蒔蘿殿下や忍冬さんに
なんて謝れば良いのか解りません」
何かの拍子に外に放り出される事がないようにかなり後ろから声をかければ、茴香殿下は「そうだな、すまない」と一言謝ってから戻ってきました。未知の技術にテンションが上がってしまったものの、優先順位を思い出してくれたようです。
茴香殿下がここに居る理由。それは通信手段を早急に確立する為です。
幼い頃は仕方がないと諦めていましたが、最近はそれではすまない事が増えてきました。電話なんて贅沢は言わないので、せめてモールス信号が使えればヒノモト国にいる緋桐さんや、泣く泣くヤマト国へ戻った蒔蘿殿下とも連絡を取り合う事ができます。それに距離があるので厳しいのは百も承知ですが、アマツ大陸にいる兄上たちともマガツ大陸から連絡を取り合うことができれば、双方にとってこれほど安心できることはありません。
そして今回は私一人で試行錯誤するのではなく、茴香殿下に助太刀をお願いしました。精霊力を一切使わない仕様にできるのならヤマト国の研究者に丸投げする方法もあったのですが、今回は一日でも早く形にしたいので霊石を使うことになるでしょう。同時に「これなら精霊石を使わずとも、我が国の技術で出来る」という判断が出来る人が一緒に研究してくれると助かるのです。ただ精霊石や刻む紋を見せる事にはなるので、茴香・蒔蘿両殿下にしか頼めないんですよね。
そういう意味では茴香殿下じゃなく蒔蘿殿下でも良かったのですが、蒔蘿殿下はヤマト兵座の長として、またヒノモト兵座との連携や天都との交渉などなど対外的な仕事がたくさんあります。対し茴香殿下は国内向きの仕事が多いので、日程的な都合が付けやすかったのです。もちろん茴香殿下も浄化の霊石の製造に関するアレコレで多忙ではあったのですが、浄化の霊石に関する事は最上級国家機密扱いになったので最高責任者は国王陛下に移ったんだとか。ただ何もしなくても良いという訳ではないので、火の月の間だけという条件で引き受けてもらえました。ヒノモト国の緋桐さんと違って双子の殿下は土の月になると多忙を極めるので、当然の判断ではあります。
そんな茴香殿下の横で私も試行錯誤を始めました。今回は船の中でも比較的広くて明るい一室を2つのエリアに別け、二人の研究室として使わせてもらうことになりました。
殿下が作るのは固定電話に近い物。ようは各国の城などに通信室を設け、そこに設置した道具に「トン・ツー」でも「ドン・カッ!」でも良いので音を届けて、そこから言葉を解読するモールス信号もどきの確立です。
殿下はどこから手を付けるべきかと悩んでいたようですが、龍さんにお願いしてヤマト国から拾ってきてもらった双子石を手渡します。
「これ、片方が割れるともう片方も割れるでしょ?
2つの石をつなぐ何かや仕組みが見つかれば、
研究の役に立つんじゃないかと思うんだけど……」
山に住んでいた頃、帰還の合図として使っていた赤紫色と青緑色の石が連結した双子石。これには不思議な性質がありました。
「双子石か。確かに……」
私よりもずっと大きな手のひらの上で、茴香殿下はを双子石をつつきます。流石にそれぐらいでは壊れませんが、衝撃を与えていない方の石まで割れるのは何か仕組みがあるはずで、それが解明できれば石に信号を飛ばす方法も確立できるかもしれません。茴香殿下はそこから寝食を忘れるレベルで、研究に没頭していきました。そんな茴香殿下には金さんと桃さんがフォローに入ってくれる事になっています。
対し私が作りたいのは携帯電話です。といってもスマホのような何でもできる高機能な物ではなく、指定した相手と会話ができる方法を確立したいのです。一番良いのは指定した相手と心話が出来るというアイテムですが、少なくとも霊石仕込みの耳飾りから声が聞こえる程度の物は作り上げたいところです。
当然ですがこれには霊石を使用する事になるので、使うのは私の家族のみとなります。レンタルという扱いで緋桐さんや茴香・蒔蘿殿下の手に渡る可能性はありますが、それは今回のような緊急時限定だと思います。私も茴香殿下に負けず劣らず、一日の大半を研究の時間に当てました。畑仕事や家事といった仕事は母上や橡に任せっきりになってしまうのは申し訳ないと思うのですが、今だけは許して欲しいところです。
「どうです? できそうですか?」
「んー、霊力で音を届けるというのは龍さんの力でどうにかなりそうなんだけど、
問題は届けたい相手をどうやって特定するのかって事と、
何より音じゃなくて心話として届ける方法が皆目検討もつかない……」
浦さんが冷たく冷やしたお茶をもってきてくれて、ついでに進捗を聞いてきます。私のフォローに入ってくれたのは浦さんと龍さんで、私の手元には大小様々な織春金が転がっています。
「織春金を使うのは確定だと思うんだけど、そこから先がねぇ……」
個人の特定というと、前世ではパスワードや指紋認証。それから顔や網膜や虹彩を使った認証などがありました。が、そのどれもが霊石相手だと使えません。霊石にどうやってパスワードや虹彩を認識させるんだと……。そもそもこの世界の人も前世の人たちと同様に、指紋や網膜で個人が特定できるのかすら解らず。そこから研究を始めないと駄目で、そんな時間はありません。
全く進まない研究に頭を抱えて火の陽月を過ごし、明日にはマガツ大陸に到着するだろうという日になりました。なので今日は長い航海お疲れ様会と銘打ってバーベキュー大会を開催することになりました。ただ研究の進まない私は、この時間すらも研究に当ててしまいたいぐらいなのですが、目の下にクマを作って部屋からなかなか出てこない私を母上たちが心配しているらしく……。母上や叔父上を心配させたい訳ではないので、今日ぐらいは研究を1日お休みすることにしました。
ただバーベキューの準備をしていても、頭の中はどうやって個人認証をするか、そしてどうやって心話を相手に届けるかといった事が渦巻いてしまいます。そんなふうによそ事を考えていた所為で、魚に打っていた串で自分の指を突いてしまいました。
「痛っ!」
「櫻?! 血が出ているじゃない!」
母上が私の声に驚いて私の手を掴み、綺麗な水で洗って汚れを徹底的に流すと
「今日はもうあちらで座っていなさい」
と戦力外通知を出されてしまいました。心配気に私を見る母上に申し訳ない気持ちになりますし、慌てて綺麗な包帯を持ってきてくれた橡にも迷惑をかけてしまったとうなだれてしまいます。
そのうなだれた私の視線の先には、血が流れる私の指があり……。
(アレ? これ……もしかして……)
「櫻、おぬし、怪我をしたのか?!」
「うおい! 大丈夫か?! 櫻、おまえ血を流してないか?!」
「櫻、何事ですか?!」
「何をやらかした!!」
ピコーンと私の中でひらめきマークが灯った瞬間、龍さん、桃さん、浦さん、金さんの順で台所に飛び込んできました。私が指から血を流しているのを見た三太郎さん+1は大きなため息をついたあと、「気をつけなさい」と口々に言って更には浦さんは止血をしてくれました。
「ねぇ、どうして私が血を流したって解ったの!」
「なんでって、そういうモノだとしか言えねぇんだが??」
私の質問に困った顔をする桃さんですが、金さんたちもどうやら理屈として解っている訳ではなく、感覚として私が血を流したと解ったのだそうです。
「龍さん、浦さん。霊石に人間の血を少量融合させることってできない?
そしてその血の持ち主を特定して、心話を飛ばせないかな?!」
テンション爆上げでそう問いかければ、今までやったことがないから解らないという返答。じゃぁやるしか無いよね!!
こうして火の陽月下旬。マガツ大陸上陸前夜に私は画期的な道具を作る第一歩を踏み出したのでした。
私と兄上は水の極日の終わり頃にヒノモト国を発ち、アマツ大陸の東にある島へと戻ってきました。そしてヒノモト国ほどではないにしても、うんざりするぐらい暑い火の陽月があっという間にやってきて、見上げた空は夏特有の濃い青色をしています。そんな綺麗な青空は世界に滅亡が迫っているなんて信じられないぐらいに澄み渡っていて、このまま今までと変わらないありふれた日々が続いていくのだと錯覚してしまいそうになりますが、存在感抜群だった天空の光の帯が空から消えて久しく……。ふと空を見上げては「あっ、無いんだった」と思い知る日々です。
あの光の帯は東西に天空を切り裂いていた為、行商人たちは方角を知るのに使っていたり、農民や漁師は光り方や見え方で明日の天気を知ったりと、この世界の人たちの日常に欠かせない存在でした。ちなみに光の帯が青みがかって見えると次の日は晴れで、白く見えると雨が降ります。
そんな日常生活に溶け込んだ光の帯の正体は無数の風の精霊石だった訳ですが、それらはすべて龍さんに吸収されてしまいました。その現場を見ていた私ではありますが、それでもなお光の帯が消えてしまった事に慣れず、今でも心がざわついてしまいます。私ですらそんな状態なのだから、世界中の人々が感じている不安はどれほどか……。
その不安を抑える為の手段として「救済者」という存在を設けた訳ですが、それだけで人々の不安は消えてくれません。なので緋桐さんはヒノモト国へ残って、父王や梯梧殿下のサポートをすることになりました。当人はすっごく悩んでいたのですが、最終的に
「ヒノモト国をいち早く平常化させ、新たな組織や法を作り、
妖退治や防災、それに起きてしまった災害の対処に素早く対応できるよう
この地で力を尽くす事にする。それが延いては櫻嬢の助けとなるはずだ」
という結論に至ったようです。これから火の月になるので、それでなくてもヒノモト国は行事や神事が目白押しなのですが、それに加えて昔は戦時にのみ行われたという特別な神事も行って、国民の不安を取り除く事に尽力する予定だそうです。
王籍を抜けたと言っていた緋桐さんですが、どうやら父王陛下や梯梧殿下の計らいで外遊中として処理されていたらしく、すぐさま王族として指揮を取ることができるようになっていました。ただ一年が経って多少は伸びたとはいえ一度バッサリと短く切られた髪はそのままだと外聞が悪いので、髢という付け毛をつけてヒノモト国人特有の美豆良、或は鬟と呼ばれる髪型に戻さなくてはいけないそうで、当人はちょっと面倒くさそうにしています。
私としても緋桐さんがヒノモト国にいてくれると色々と話しが早いので、「頑張ってください」と応援したのですが、その直後
「だから一月だけ待ってくれ!
火の月が終わって土の月に入る頃には絶対に櫻嬢の元へ駆けつけるから、
だからソレまでは決して無茶はしないでくれよ」
と両肩を掴まれて、目を覗き込まれてしっかりと釘を刺されました。緋桐さんどころか家族の皆にすら土の神に関する事を詳しくは伝えていないのですが、武人の勘なのか何か危ういモノを感じ取ったのかもしれません。
初夏の清々しい青空とは裏腹に、地上では私を筆頭に家族全員が汗だくになりながら忙しなく動いていました。
「鬱金、無理をしてはなりませんよ」
「もう大丈夫ですよ、姉上」
母上と叔父上がそう言いながら、荷物を次々に大きな台車に乗せていきます。追手が万が一にも上陸した場合、その地点から居住地を極力離す為に船渠を島の反対側に作った訳ですが、大量の荷物を運ぶ時には不便さが際立ちます。
なので急拵えではありますが、レールとトロッコを作ってしまいました。金さんが久しぶりに頭痛を堪えるような表情になってしまい本当に申し訳ないとは思いましたが、何往復も島を横断するレベルの距離を移動するのは厳しすぎます。
最初は手漕ぎトロッコを作ろうと思ったのですが、船渠と家の距離が結構ある事に加えて、複雑な仕組みの物を作ると後々修理ができなくなる可能性も考え、大きな金属板の下に車輪をつけただけの超簡易的なトロッコとなりました。
トロッコの上に荷物を乗せたら男性陣が片足を台に乗せ、反対の足で大地を蹴って進むというスケボーみたいな乗り方をします。山吹や兄上といった脚力&体力オバケの人向けのトロッコで、私には絶対に使えません。一度だけ試したのですが、荷物を乗せていない状態ですら動かすのが大変で、なんとか動かせてもすぐに足が攣りそうになるぐらいに疲れてしまいました。
島の外周の大部分をぐるっと囲っている山部分は金さんの技能の「隧道」でトンネルを作ってもらい、できるだけ平坦な線路を2つ作ってもらいました。これで複数台のトロッコを運用しても、途中でぶつかること無く荷物を運ぶ事ができます。その際に線路を立っていても解らないぐらいの緩やかな下り坂にしたら荷運びが楽になるのでは?と思ったのですが、超重量級のトロッコが徐々に速度を増した結果、終着点で大惨事という未来が見えた気がしたので止めました。
「やはり私はここに残った方が良いのでは……?」
トロッコに荷物を運びつつも、戸惑った表情をした橡がそんな事を言い出します。実はこのやり取り、1回や2回じゃありません。何だか私が初めて単独行動で天都に向かった時の山吹とのやり取りを思い出してしまいます。
「俺も坊ちゃまも自分のことは自分で出来るから大丈夫だって」
山吹がそう諭し、兄上も頷いて同意を示します。
「僕は大丈夫だから、橡は安心してマガツに向かって?」
そう私達はこれから、大きく2つに分かれて行動する事になるのです。
第1グループは母上と叔父上に橡と私、そして三太郎さんと龍さんと二幸彦さんになります。こちらは大型船に家財道具の大半を積み、マガツ大陸へと向かうグループです。必ず戻ると青藍と約束をした事が理由の1つではありますが、何よりこの先アマツ大陸は色々と厳しい状況に見舞われる事が確定しています。そんな中、自分たち家族だけが別の大陸に逃げるという事に叔父上や山吹は難色を示しましたが、避難先で援助物資を作り出すのも大事な役目だと説得しました。ついでに言えば、アマツ大陸防衛戦に失敗すれば、マガツ大陸もその他の場所も全て危険になります。なのでマガツ大陸にいるから絶対に安全という訳でもありません。
それでも真っ先に危険になるアマツ大陸からできるだけ多くの人を船に乗せてマガツ大陸へと向かうべきではと山吹は言うのですが、そんな大型の船を大量には用意できませんし、何より荒廃したマガツ大陸にはそれだけの人数を養える食料も水もありません。なので少人数で向かって、あちらの人々の手を借りて物資をできるだけ大量に作り、それをアマツ大陸に運び込むというのが一番現実的な落とし所でした。
なので「豊作」や「豊漁」の技能を持つ二幸彦さんと、その相棒である母上にはマガツ大陸に向かってもらわねばならず、その母上の護衛として叔父上が向かう事になりました。叔父上の体調はまだ本調子でないので心配ですが、マガツ大陸に着く頃には元気になっているという叔父上の言葉を信じたいと思います。
そして第2グループは山吹と兄上で、この二人はこのまま島に残ります。
正確にはマガツ大陸←島→アマツ大陸といった感じで、島を拠点に2つの大陸を行き来する事になりました。そして山吹がヤマト国と天都を、兄上がヒノモト国を担当することになったのですが、その為には船が2隻必要となり、急ピッチで作られる事になりました。その船には万が一に備え、船に使われている全ての霊石が海底に放出される機能が三太郎さんの手によって付けられました。浄水・浄火・浄土の霊石は三太郎さんの許可が出たのですが、それ以外の技能の紋を教える事や使う事は未だに許可が出ていません。いつか色んな霊石が普通に使われる日が来ると良いなとは思うのですが、前世でも人の役に立つために作られた道具が人殺しの道具として使われるなんて例は多々あったので、当分は浄化3種だけで良いかなとも思ってしまいます。
火の陽月・極日・陰月の間にアマツ・マガツ間を往復しないといけないので、船は浦さんの技能を使って海の上を滑るように高速で進んでいきます。大型船をこの速度で進ませるのは本来ならば危険なのですが、そこは三太郎さんや龍さんの精霊力でもって危険を回避しつつ、高速走行という離れ業というかズルをしています。
この速度で走行している時は甲板に出るのは危険なので、私は絶対に外に出してもらえません。ジェットフォイル走行は揺れが少ない方なのですが、万が一があります。だというのに私の視線の先には、甲板へと向かう階段の最上部から外へ顔を出している成人男性がいます。目をキラキラさせたその人は、
「櫻嬢、これはどういう仕組なんだ?」
と興奮を隠しきれない語調で尋ねてきます。
「茴香殿下、お願いですから船室に戻ってください。
殿下に万が一があったら、私、蒔蘿殿下や忍冬さんに
なんて謝れば良いのか解りません」
何かの拍子に外に放り出される事がないようにかなり後ろから声をかければ、茴香殿下は「そうだな、すまない」と一言謝ってから戻ってきました。未知の技術にテンションが上がってしまったものの、優先順位を思い出してくれたようです。
茴香殿下がここに居る理由。それは通信手段を早急に確立する為です。
幼い頃は仕方がないと諦めていましたが、最近はそれではすまない事が増えてきました。電話なんて贅沢は言わないので、せめてモールス信号が使えればヒノモト国にいる緋桐さんや、泣く泣くヤマト国へ戻った蒔蘿殿下とも連絡を取り合う事ができます。それに距離があるので厳しいのは百も承知ですが、アマツ大陸にいる兄上たちともマガツ大陸から連絡を取り合うことができれば、双方にとってこれほど安心できることはありません。
そして今回は私一人で試行錯誤するのではなく、茴香殿下に助太刀をお願いしました。精霊力を一切使わない仕様にできるのならヤマト国の研究者に丸投げする方法もあったのですが、今回は一日でも早く形にしたいので霊石を使うことになるでしょう。同時に「これなら精霊石を使わずとも、我が国の技術で出来る」という判断が出来る人が一緒に研究してくれると助かるのです。ただ精霊石や刻む紋を見せる事にはなるので、茴香・蒔蘿両殿下にしか頼めないんですよね。
そういう意味では茴香殿下じゃなく蒔蘿殿下でも良かったのですが、蒔蘿殿下はヤマト兵座の長として、またヒノモト兵座との連携や天都との交渉などなど対外的な仕事がたくさんあります。対し茴香殿下は国内向きの仕事が多いので、日程的な都合が付けやすかったのです。もちろん茴香殿下も浄化の霊石の製造に関するアレコレで多忙ではあったのですが、浄化の霊石に関する事は最上級国家機密扱いになったので最高責任者は国王陛下に移ったんだとか。ただ何もしなくても良いという訳ではないので、火の月の間だけという条件で引き受けてもらえました。ヒノモト国の緋桐さんと違って双子の殿下は土の月になると多忙を極めるので、当然の判断ではあります。
そんな茴香殿下の横で私も試行錯誤を始めました。今回は船の中でも比較的広くて明るい一室を2つのエリアに別け、二人の研究室として使わせてもらうことになりました。
殿下が作るのは固定電話に近い物。ようは各国の城などに通信室を設け、そこに設置した道具に「トン・ツー」でも「ドン・カッ!」でも良いので音を届けて、そこから言葉を解読するモールス信号もどきの確立です。
殿下はどこから手を付けるべきかと悩んでいたようですが、龍さんにお願いしてヤマト国から拾ってきてもらった双子石を手渡します。
「これ、片方が割れるともう片方も割れるでしょ?
2つの石をつなぐ何かや仕組みが見つかれば、
研究の役に立つんじゃないかと思うんだけど……」
山に住んでいた頃、帰還の合図として使っていた赤紫色と青緑色の石が連結した双子石。これには不思議な性質がありました。
「双子石か。確かに……」
私よりもずっと大きな手のひらの上で、茴香殿下はを双子石をつつきます。流石にそれぐらいでは壊れませんが、衝撃を与えていない方の石まで割れるのは何か仕組みがあるはずで、それが解明できれば石に信号を飛ばす方法も確立できるかもしれません。茴香殿下はそこから寝食を忘れるレベルで、研究に没頭していきました。そんな茴香殿下には金さんと桃さんがフォローに入ってくれる事になっています。
対し私が作りたいのは携帯電話です。といってもスマホのような何でもできる高機能な物ではなく、指定した相手と会話ができる方法を確立したいのです。一番良いのは指定した相手と心話が出来るというアイテムですが、少なくとも霊石仕込みの耳飾りから声が聞こえる程度の物は作り上げたいところです。
当然ですがこれには霊石を使用する事になるので、使うのは私の家族のみとなります。レンタルという扱いで緋桐さんや茴香・蒔蘿殿下の手に渡る可能性はありますが、それは今回のような緊急時限定だと思います。私も茴香殿下に負けず劣らず、一日の大半を研究の時間に当てました。畑仕事や家事といった仕事は母上や橡に任せっきりになってしまうのは申し訳ないと思うのですが、今だけは許して欲しいところです。
「どうです? できそうですか?」
「んー、霊力で音を届けるというのは龍さんの力でどうにかなりそうなんだけど、
問題は届けたい相手をどうやって特定するのかって事と、
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浦さんが冷たく冷やしたお茶をもってきてくれて、ついでに進捗を聞いてきます。私のフォローに入ってくれたのは浦さんと龍さんで、私の手元には大小様々な織春金が転がっています。
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全く進まない研究に頭を抱えて火の陽月を過ごし、明日にはマガツ大陸に到着するだろうという日になりました。なので今日は長い航海お疲れ様会と銘打ってバーベキュー大会を開催することになりました。ただ研究の進まない私は、この時間すらも研究に当ててしまいたいぐらいなのですが、目の下にクマを作って部屋からなかなか出てこない私を母上たちが心配しているらしく……。母上や叔父上を心配させたい訳ではないので、今日ぐらいは研究を1日お休みすることにしました。
ただバーベキューの準備をしていても、頭の中はどうやって個人認証をするか、そしてどうやって心話を相手に届けるかといった事が渦巻いてしまいます。そんなふうによそ事を考えていた所為で、魚に打っていた串で自分の指を突いてしまいました。
「痛っ!」
「櫻?! 血が出ているじゃない!」
母上が私の声に驚いて私の手を掴み、綺麗な水で洗って汚れを徹底的に流すと
「今日はもうあちらで座っていなさい」
と戦力外通知を出されてしまいました。心配気に私を見る母上に申し訳ない気持ちになりますし、慌てて綺麗な包帯を持ってきてくれた橡にも迷惑をかけてしまったとうなだれてしまいます。
そのうなだれた私の視線の先には、血が流れる私の指があり……。
(アレ? これ……もしかして……)
「櫻、おぬし、怪我をしたのか?!」
「うおい! 大丈夫か?! 櫻、おまえ血を流してないか?!」
「櫻、何事ですか?!」
「何をやらかした!!」
ピコーンと私の中でひらめきマークが灯った瞬間、龍さん、桃さん、浦さん、金さんの順で台所に飛び込んできました。私が指から血を流しているのを見た三太郎さん+1は大きなため息をついたあと、「気をつけなさい」と口々に言って更には浦さんは止血をしてくれました。
「ねぇ、どうして私が血を流したって解ったの!」
「なんでって、そういうモノだとしか言えねぇんだが??」
私の質問に困った顔をする桃さんですが、金さんたちもどうやら理屈として解っている訳ではなく、感覚として私が血を流したと解ったのだそうです。
「龍さん、浦さん。霊石に人間の血を少量融合させることってできない?
そしてその血の持ち主を特定して、心話を飛ばせないかな?!」
テンション爆上げでそう問いかければ、今までやったことがないから解らないという返答。じゃぁやるしか無いよね!!
こうして火の陽月下旬。マガツ大陸上陸前夜に私は画期的な道具を作る第一歩を踏み出したのでした。
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
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私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
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日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
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日本列島、時震により転移す!
黄昏人
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2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
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【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
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ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
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選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
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【完結】そして、誰もいなくなった
杜野秋人
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「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」
愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。
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だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。
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「誰か衛兵を呼べ!」
騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。
そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。
そして誰もいなくなった。
彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。
これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。
◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。
3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。
3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました!
4/1、完結しました。全14話。
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