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4章
17歳 -水の極日6-
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アレは何年前のことだったか……。
あまりにも昔のことですっかり忘れていましたが、私がまだ幼かった頃に三太郎さんでも二幸彦さんでもない別の精霊と遭遇したことがありました。
それは1~2年に1回、様子を見に来ては少しだけ滞在して帰っていく叔父上や兄上、山吹や橡の守護精霊ではなく、出稼ぎから戻ってきた叔父上にくっついてきたイレギュラーな土の精霊でした。
その精霊は良く言えば誇り高く……、と良く言った途端にイラッとしてしまうぐらいに傲慢な性格の精霊で、三太郎さんに向かって「精霊の面汚し」と言ったり、桃さんに向かって「第四世代の精霊の分際で」と見下す発言をしてきたのです。当時の私はまだ幼児だった為に舌っ足らずで、言い返したくても言い返せず。思わず心話を使って、思いのままに一気に反論したように記憶しています。
その後、その土の精霊は三太郎さんの手によって強制的に休眠状態にされ、金さんの髪のあたりをふわふわと浮いている震鎮鉄の一つへと姿を変えました。
って事を今になって思い出しました。
同時にまた桃さんがアイツの聞く必要のない言葉を耳にして傷つかないように、ぎゅぅと桃さんの耳を塞いでしまいます。桃さんはあの時と同じように「気にしてねぇよ」と言うでしょうが、あの時だって相手をしている最中はイライラとしていました。そして苛つくということは、少なからず心にささくれを作ってしまっているって事です。私は例えささくれのような小さな傷だとしても、桃さんには負ってほしくありません。
そういう意味では金さんや浦さんの耳も塞ぎたいぐらいです。ですがそれを叶える為には今だけでも三面六臂の阿修羅にならないと無理で、当然ながらそんな事は不可能です。なので一番近くに居て、しかも三太郎さんの中で一番攻撃材料の多い桃さんの耳を塞ぐ事にしたのです。
そんな私を見て金さんと浦さんは「やれやれ」と言いたげな表情ですが、どこか嬉しげです。
(なんで嬉しそうなの?)
と思って私の両手の間にある桃さんの顔を見れば、びっくりするぐらい満面の笑みでした。
「おらっ! 俺様なら大丈夫だから気にするな」
そう言うといきなり私の両腕を掴んで持ち上げ、ヒョイといとも簡単に桃さんの膝の上に座らされてしまいました。しかもそのまま背後から抱きかかえるようにしながら、私の頭を髪の毛がぐちゃぐちゃになるぐらいに撫でられてしまいます。
「ちょ、桃さん。私はもう膝に座るような子供じゃないよ!」
「良いから良いから」
そんなやりとりをしている間も、例の土の精霊は何も言わずにじっと待ち続けていました。なんだか以前と様子が違う気がします。私の記憶通りなら、自分を無視して話を続ける私や桃さんに「躾がなってない!」だとか「これだから下等な者は駄目なのだ」とか言い出しそうなものなのですが……。
「櫻、我ら精霊が嘘を言わぬ事は知っておるな?
同様にこの者も嘘は言わぬ」
「つまりこの土の精霊は貴女を手伝いたいと、本心から思っているのですよ」
金さんや浦さんがそう説明してくれます。ですが三太郎さんの言葉を疑う訳じゃないですが、第一印象が悪すぎて訝しげな視線を金色の球体に向けてしまいます。精霊の手助けは確かにありがたいのですが、どこまでこの精霊を信用して良いのか私には判断できません。
ですがこの精霊を信用できない以上に、三太郎さんのことを信用も信頼もしています。つまり三太郎さんが大丈夫だというのなら、それを私は無条件で信じられてしまうのです。過去の事で若干のモヤモヤは残りはしますが……。
「解った。金さんに任せるよ」
私が一つ一つ指示するより、金さんが精霊間で使う高速心話で伝達したほうが文字通り話が早く。ついでにあまり関わり合いたくないのもあって丸投げしてしまいました。
「あ、あの……櫻嬢? そちらは??」
おそるおそる声をかけてきたのは蒔蘿殿下でした。目をまんまるにして金色の球体を見ています。蒔蘿殿下や茴香殿下が見たことのある精霊は三太郎さんのみなので、球体の精霊に驚いたのかもしれません。
「土の精霊……様です」
少し悩みましたが、一応様付けで答えます。この世界の人は精霊に対する信仰心がとても強く、前世込みで信仰とは無縁の生活をしている私は言動に気をつけないと周囲の人を怒らせてしまいます。母上たち家族は三太郎さんの口添えもあって仕方がないとして許してくれていますが、外ではその限りではありません。
「精霊様の本来の姿は……」
「それはこの球体の方だ。
我らは櫻を守る為にこの形を選んだまでのこと」
失礼にならないように気をつけながらも、気になった点を確認する茴香殿下に金さんが答えます。ただ私の記憶が確かならば、選んだというよりは私が問答無用でその姿にしてしまったというのが正しく……。確かにその後も戻らずにこの姿のままでいることを選んでくれてはいますが、その件も目の前の土の精霊と揉めた一つの要因です。
「神女よ、できれば私にも名と姿を与えて頂きたく……」
「え、嫌だ。…………って待って、神女って何?!」
反射的に断ってから、何やら聞き慣れない単語があったことに気づきました。
「神代の昔、神から直接力を貸し与えられた人間がいたのですよ。
常に神の側で御用を承っていた人間で、
当時は私達精霊も自我がそれほど強くはなかったので
その者の指示で動くこともありました。
その人間のことを神女と当時は呼んでいましたね」
「言われてみれば、櫻は神女といえなくもない」
浦さんと金さんが説明をしてくれますが、天女ですらなかったのに神女の訳がないじゃない!と反論したくなります。ただそれを言うと双子の殿下や片喰さんや忍冬さんに、天女じゃないのに複数の精霊の守護を持つ理由を説明しなくてはなりません。ですがその説明を一番最初にしなくてはならないのは此処に居る人達ではなく、島で待つ家族でありヒノモト国で待つ兄上です。
「そんな大層なものじゃないよ。
ともかく! 名前と姿はちょっと私には無理!」
第一印象のせいで私が付けたら漫画やアニメなどに出てくる「ものすっごくわかりやすい悪人顔」になってしまいますし、それは流石に気が引けてしまいます。そんな私の心情がどうやら三太郎さんには伝わってしまったようで、苦笑いされてしまいました。
「名前だけでもお願いできませんか?
姿は私が信用に値すると思われた時で構いません」
なんだかあの土の精霊の腰が低くて、微妙に罪悪感が湧いてきました。それに計画に加わってもらうのなら、名前がある方が便利なのも解っています。仕方なく少し考えてから
<軽銀か礬素ならどちらが良いかな?>
と金さんにこっそりお伺いを立ててみます。どちらもアルミニウムを指す言葉なので、こちらの世界には無い言葉です。アルミニウムは軽くて錆びにくい用途の広い金属で、前世では日常生活のあちこちに使われていました。なのでそれぐらい人間に近しい精霊になってほしいなぁという思いもあったりします。
<そなたの世界にある銀に良くにた金属か。
ならばわかりやすく軽銀で良いのではないか?>
心話でアルミホイルやアルミ缶といった銀色をした金属のイメージが伝わったようで、金さんは軽銀の方を選びました。
「じゃぁ、軽銀で」
そう私が言葉にした途端、土の精霊改軽銀さんはカッと光を放ったかと思うと、震鎮鉄そっくりだったその球体の色を、うっすらと金色が混じったような銀色へと姿を変えました。ホワイトゴールドのような色合いになった軽銀さんに唖然としてしまって、かける声がみつかりません。
「け、軽銀さん。痛かったり苦しかったりしない??」
「大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
「なら良いんだけど……」
昔と態度が違いすぎて、本当に反応に困ります。
「と、とにかく軽銀さんはこの国の大社で霊石へ霊力の補充をお願い」
「心得ました」
その後、様々な話し合いが行われました。とにかく時間が無いので優先順位の高いものや実行に時間がかかるモノから順に行い、ハッと気づけばもうそろそろ東の空が明るくなってくる頃合いです。この地下庭園にいると解りませんが、外から風や光を取り込む為の穴の一つがうっすらと色を変え始めています。
「ま、まずい! もう戻らないと!!」
慌てて立ち上がった私に、蒔蘿殿下も続きます。
「龍様、私も一緒に連れて行って頂けませんか?
私ならばヒノモト国の者どもと対等以上に渡り合えます」
「儂はかまわぬが、櫻次第じゃな。
それにかなりの強行軍になるが、その覚悟はあるじゃろうか?」
「もちろんです!」
ちらりと片喰さんの方を見れば、諦めきった表情になっていました。
「片喰、命を下す。このあとサホ町に戻って船をヒノモト国へと向かわせてくれ。
その船が着く前に彼の国との諸々の面倒は終わらせておく」
「承知致しました」
命令と言われてしまえば、随身の片喰さんはよほど理不尽な事でない限り受けるしかありません。
「そういえば茴香殿下、アスカ村の問題って?」
「あぁ、今年は雨が多くてな。村から少し離れた場所で土砂崩れが起きたらしい。
残っている副官の指示で復旧は続けているのだが、村で使う水に問題が起きた」
「あぁ、濁っちゃった?」
「そういうことだ」
アスカ村の井戸は、確か殿下の住まいの中に2つ、神社の中に一つ、村の真ん中付近にある共有の井戸が一つだったように記憶しています。ただそれだけではまかないきれない事も多く、村の端をかすめるように流れる川を利用する人もいました。その川が土砂崩れによって汚れてしまい、更には井戸水にまで濁りがで始めたんだそうです。
「帰りにアスカ村に少し寄ってから帰ろう。
時間はギリギリだけど、茴香殿下には三種の浄化の霊石の制作と
大社との交渉やその後のアレコレをお願いしたいから」
「そうですね。水と土の問題ならば私と金で解決できます。
茴香、貴方はこのままここで私達の依頼を頼みます」
「はっ! 心得ましてございます」
バッと立ち上がった茴香殿下は、そのまま深くお辞儀をしました。それに倣うように他の3人も立ち上がって、同じ角度で頭を下げ、
「「「精霊様方へ、心よりの感謝を申し上げます!」」」
とこれまた息ぴったりでお礼を述べました。
「我らにとっても大事ゆえ、礼には及ばぬ。
何よりまだ早い、全てはこれから、ここから始まるのだ」
金さんの言葉に気持ちが引き締まった気がします。どうやら殿下たちもそうだったようで、今まで見たことがないくらいに凛々しい表情です。とはいえ決して今までがだらけきっていたという訳ではなく、これが殿下たちの仕事をする時の表情なのだと思います。今までの私は子供扱いで、殿下たちが私に見せてくれていた表情が公私の私の部分だっただけなのでしょう。
──そしてここから始まる──
金さんの言葉の本当の意味を知ったのは、隠れ家を出た直後でした。
ヤマト国の土の大社の上空に浮かんだ私は、はるか下方に数人の人影を確認してから静かに目を閉じました。そして私の中に居る三太郎さんと龍さんへ
<行くよ>
と合図を送ります。この間に茴香殿下は大社へと向かってもらい、大社の神官たちを何かしらの理由を付けて外へと誘ってくれています。そして一気に金さんの霊力を大放出しました。その力は「浄土」。大社なのでもともと穢は少ないのですが、それでも僅かにあった大地の穢を一気に祓います。
同時に下から
「アレは何だ!!」
「あそこだ!!」
と立て続けに声が聞こえてきました。茴香殿下がうまく誘導してくれたようで、上空に浮かぶ私を見つけた神官たちが大騒ぎしています。そして一通り霊力を放出したあと、その場を飛び去りました。そして少し離れたところで待機していた蒔蘿殿下を迎えに行き、再び外へと出てきた龍さんに抱えてもらって高速で南下していきます。
東の空が白々としていく中、私達は目を開けていられないほどの高速で南下していきました。目をつぶっている理由は風が目に入る所為ではなく、あまりにも高速すぎて目を開けていると酔ってしまいそうになるからです。なので私より遥かに屈強なはずの蒔蘿殿下も目をつぶり、何とか高速飛行を耐えていました。それぐらいの、つまり超が付くレベルの高速です。
そして今度はアスカ村でも同じ事をやります。蒔蘿殿下には隠れてもらってから金さんと浦さんの霊力を同時に放出して辺り一帯の大地を強固に、そして水を綺麗にしてしまいます。
眼下では早朝にも関わらず多数の人が私へと向かって平伏していて、なんだか申し訳ない気持ちになります。その感謝は三太郎さんへのもの。私は入れ物といえばよいのか、わかりやすい目印でしかありません。
<申し訳なく思う必要はありませんよ>
<そうだ。これも必要なことだ。
これから先、人間にとっても厳しい戦いが待ち受けることになるだろう。
その時に心の支えとなる人物が必要となる>
<それには櫻がうってつけだよなと俺様たちは考えたわけだ。
だから櫻が気にすることはねぇよ>
<そうじゃな。人は弱く、だが強い。何より儂らは勝たねばならん。
その為には人間にはいがみ合うのではなく、
手を取り合って儂らの助けとなるように動いてもらいたいのじゃよ>
三太郎さんと龍さんの計画には納得しますが、表に出る事を嫌っていたのは私だけでなく、三太郎さんも避けていたはずです。
<三太郎さんたちは良いの?
人間の前に姿を出したくないと言っていたけれど、
このままだと確実に姿を出さざるを得ない状況になるよ?>
<何事にも優先順位があります>
という浦さんの言葉に、金さんや桃さんも同意のようです。本来ならば避けていた事をせざるを得ない程に、現在の状況は悪いのかもしれません。
私は若干の不安を抱えながらも、超高速飛行による南下を再開したのでした。
あまりにも昔のことですっかり忘れていましたが、私がまだ幼かった頃に三太郎さんでも二幸彦さんでもない別の精霊と遭遇したことがありました。
それは1~2年に1回、様子を見に来ては少しだけ滞在して帰っていく叔父上や兄上、山吹や橡の守護精霊ではなく、出稼ぎから戻ってきた叔父上にくっついてきたイレギュラーな土の精霊でした。
その精霊は良く言えば誇り高く……、と良く言った途端にイラッとしてしまうぐらいに傲慢な性格の精霊で、三太郎さんに向かって「精霊の面汚し」と言ったり、桃さんに向かって「第四世代の精霊の分際で」と見下す発言をしてきたのです。当時の私はまだ幼児だった為に舌っ足らずで、言い返したくても言い返せず。思わず心話を使って、思いのままに一気に反論したように記憶しています。
その後、その土の精霊は三太郎さんの手によって強制的に休眠状態にされ、金さんの髪のあたりをふわふわと浮いている震鎮鉄の一つへと姿を変えました。
って事を今になって思い出しました。
同時にまた桃さんがアイツの聞く必要のない言葉を耳にして傷つかないように、ぎゅぅと桃さんの耳を塞いでしまいます。桃さんはあの時と同じように「気にしてねぇよ」と言うでしょうが、あの時だって相手をしている最中はイライラとしていました。そして苛つくということは、少なからず心にささくれを作ってしまっているって事です。私は例えささくれのような小さな傷だとしても、桃さんには負ってほしくありません。
そういう意味では金さんや浦さんの耳も塞ぎたいぐらいです。ですがそれを叶える為には今だけでも三面六臂の阿修羅にならないと無理で、当然ながらそんな事は不可能です。なので一番近くに居て、しかも三太郎さんの中で一番攻撃材料の多い桃さんの耳を塞ぐ事にしたのです。
そんな私を見て金さんと浦さんは「やれやれ」と言いたげな表情ですが、どこか嬉しげです。
(なんで嬉しそうなの?)
と思って私の両手の間にある桃さんの顔を見れば、びっくりするぐらい満面の笑みでした。
「おらっ! 俺様なら大丈夫だから気にするな」
そう言うといきなり私の両腕を掴んで持ち上げ、ヒョイといとも簡単に桃さんの膝の上に座らされてしまいました。しかもそのまま背後から抱きかかえるようにしながら、私の頭を髪の毛がぐちゃぐちゃになるぐらいに撫でられてしまいます。
「ちょ、桃さん。私はもう膝に座るような子供じゃないよ!」
「良いから良いから」
そんなやりとりをしている間も、例の土の精霊は何も言わずにじっと待ち続けていました。なんだか以前と様子が違う気がします。私の記憶通りなら、自分を無視して話を続ける私や桃さんに「躾がなってない!」だとか「これだから下等な者は駄目なのだ」とか言い出しそうなものなのですが……。
「櫻、我ら精霊が嘘を言わぬ事は知っておるな?
同様にこの者も嘘は言わぬ」
「つまりこの土の精霊は貴女を手伝いたいと、本心から思っているのですよ」
金さんや浦さんがそう説明してくれます。ですが三太郎さんの言葉を疑う訳じゃないですが、第一印象が悪すぎて訝しげな視線を金色の球体に向けてしまいます。精霊の手助けは確かにありがたいのですが、どこまでこの精霊を信用して良いのか私には判断できません。
ですがこの精霊を信用できない以上に、三太郎さんのことを信用も信頼もしています。つまり三太郎さんが大丈夫だというのなら、それを私は無条件で信じられてしまうのです。過去の事で若干のモヤモヤは残りはしますが……。
「解った。金さんに任せるよ」
私が一つ一つ指示するより、金さんが精霊間で使う高速心話で伝達したほうが文字通り話が早く。ついでにあまり関わり合いたくないのもあって丸投げしてしまいました。
「あ、あの……櫻嬢? そちらは??」
おそるおそる声をかけてきたのは蒔蘿殿下でした。目をまんまるにして金色の球体を見ています。蒔蘿殿下や茴香殿下が見たことのある精霊は三太郎さんのみなので、球体の精霊に驚いたのかもしれません。
「土の精霊……様です」
少し悩みましたが、一応様付けで答えます。この世界の人は精霊に対する信仰心がとても強く、前世込みで信仰とは無縁の生活をしている私は言動に気をつけないと周囲の人を怒らせてしまいます。母上たち家族は三太郎さんの口添えもあって仕方がないとして許してくれていますが、外ではその限りではありません。
「精霊様の本来の姿は……」
「それはこの球体の方だ。
我らは櫻を守る為にこの形を選んだまでのこと」
失礼にならないように気をつけながらも、気になった点を確認する茴香殿下に金さんが答えます。ただ私の記憶が確かならば、選んだというよりは私が問答無用でその姿にしてしまったというのが正しく……。確かにその後も戻らずにこの姿のままでいることを選んでくれてはいますが、その件も目の前の土の精霊と揉めた一つの要因です。
「神女よ、できれば私にも名と姿を与えて頂きたく……」
「え、嫌だ。…………って待って、神女って何?!」
反射的に断ってから、何やら聞き慣れない単語があったことに気づきました。
「神代の昔、神から直接力を貸し与えられた人間がいたのですよ。
常に神の側で御用を承っていた人間で、
当時は私達精霊も自我がそれほど強くはなかったので
その者の指示で動くこともありました。
その人間のことを神女と当時は呼んでいましたね」
「言われてみれば、櫻は神女といえなくもない」
浦さんと金さんが説明をしてくれますが、天女ですらなかったのに神女の訳がないじゃない!と反論したくなります。ただそれを言うと双子の殿下や片喰さんや忍冬さんに、天女じゃないのに複数の精霊の守護を持つ理由を説明しなくてはなりません。ですがその説明を一番最初にしなくてはならないのは此処に居る人達ではなく、島で待つ家族でありヒノモト国で待つ兄上です。
「そんな大層なものじゃないよ。
ともかく! 名前と姿はちょっと私には無理!」
第一印象のせいで私が付けたら漫画やアニメなどに出てくる「ものすっごくわかりやすい悪人顔」になってしまいますし、それは流石に気が引けてしまいます。そんな私の心情がどうやら三太郎さんには伝わってしまったようで、苦笑いされてしまいました。
「名前だけでもお願いできませんか?
姿は私が信用に値すると思われた時で構いません」
なんだかあの土の精霊の腰が低くて、微妙に罪悪感が湧いてきました。それに計画に加わってもらうのなら、名前がある方が便利なのも解っています。仕方なく少し考えてから
<軽銀か礬素ならどちらが良いかな?>
と金さんにこっそりお伺いを立ててみます。どちらもアルミニウムを指す言葉なので、こちらの世界には無い言葉です。アルミニウムは軽くて錆びにくい用途の広い金属で、前世では日常生活のあちこちに使われていました。なのでそれぐらい人間に近しい精霊になってほしいなぁという思いもあったりします。
<そなたの世界にある銀に良くにた金属か。
ならばわかりやすく軽銀で良いのではないか?>
心話でアルミホイルやアルミ缶といった銀色をした金属のイメージが伝わったようで、金さんは軽銀の方を選びました。
「じゃぁ、軽銀で」
そう私が言葉にした途端、土の精霊改軽銀さんはカッと光を放ったかと思うと、震鎮鉄そっくりだったその球体の色を、うっすらと金色が混じったような銀色へと姿を変えました。ホワイトゴールドのような色合いになった軽銀さんに唖然としてしまって、かける声がみつかりません。
「け、軽銀さん。痛かったり苦しかったりしない??」
「大丈夫です。お気遣いいただきありがとうございます」
「なら良いんだけど……」
昔と態度が違いすぎて、本当に反応に困ります。
「と、とにかく軽銀さんはこの国の大社で霊石へ霊力の補充をお願い」
「心得ました」
その後、様々な話し合いが行われました。とにかく時間が無いので優先順位の高いものや実行に時間がかかるモノから順に行い、ハッと気づけばもうそろそろ東の空が明るくなってくる頃合いです。この地下庭園にいると解りませんが、外から風や光を取り込む為の穴の一つがうっすらと色を変え始めています。
「ま、まずい! もう戻らないと!!」
慌てて立ち上がった私に、蒔蘿殿下も続きます。
「龍様、私も一緒に連れて行って頂けませんか?
私ならばヒノモト国の者どもと対等以上に渡り合えます」
「儂はかまわぬが、櫻次第じゃな。
それにかなりの強行軍になるが、その覚悟はあるじゃろうか?」
「もちろんです!」
ちらりと片喰さんの方を見れば、諦めきった表情になっていました。
「片喰、命を下す。このあとサホ町に戻って船をヒノモト国へと向かわせてくれ。
その船が着く前に彼の国との諸々の面倒は終わらせておく」
「承知致しました」
命令と言われてしまえば、随身の片喰さんはよほど理不尽な事でない限り受けるしかありません。
「そういえば茴香殿下、アスカ村の問題って?」
「あぁ、今年は雨が多くてな。村から少し離れた場所で土砂崩れが起きたらしい。
残っている副官の指示で復旧は続けているのだが、村で使う水に問題が起きた」
「あぁ、濁っちゃった?」
「そういうことだ」
アスカ村の井戸は、確か殿下の住まいの中に2つ、神社の中に一つ、村の真ん中付近にある共有の井戸が一つだったように記憶しています。ただそれだけではまかないきれない事も多く、村の端をかすめるように流れる川を利用する人もいました。その川が土砂崩れによって汚れてしまい、更には井戸水にまで濁りがで始めたんだそうです。
「帰りにアスカ村に少し寄ってから帰ろう。
時間はギリギリだけど、茴香殿下には三種の浄化の霊石の制作と
大社との交渉やその後のアレコレをお願いしたいから」
「そうですね。水と土の問題ならば私と金で解決できます。
茴香、貴方はこのままここで私達の依頼を頼みます」
「はっ! 心得ましてございます」
バッと立ち上がった茴香殿下は、そのまま深くお辞儀をしました。それに倣うように他の3人も立ち上がって、同じ角度で頭を下げ、
「「「精霊様方へ、心よりの感謝を申し上げます!」」」
とこれまた息ぴったりでお礼を述べました。
「我らにとっても大事ゆえ、礼には及ばぬ。
何よりまだ早い、全てはこれから、ここから始まるのだ」
金さんの言葉に気持ちが引き締まった気がします。どうやら殿下たちもそうだったようで、今まで見たことがないくらいに凛々しい表情です。とはいえ決して今までがだらけきっていたという訳ではなく、これが殿下たちの仕事をする時の表情なのだと思います。今までの私は子供扱いで、殿下たちが私に見せてくれていた表情が公私の私の部分だっただけなのでしょう。
──そしてここから始まる──
金さんの言葉の本当の意味を知ったのは、隠れ家を出た直後でした。
ヤマト国の土の大社の上空に浮かんだ私は、はるか下方に数人の人影を確認してから静かに目を閉じました。そして私の中に居る三太郎さんと龍さんへ
<行くよ>
と合図を送ります。この間に茴香殿下は大社へと向かってもらい、大社の神官たちを何かしらの理由を付けて外へと誘ってくれています。そして一気に金さんの霊力を大放出しました。その力は「浄土」。大社なのでもともと穢は少ないのですが、それでも僅かにあった大地の穢を一気に祓います。
同時に下から
「アレは何だ!!」
「あそこだ!!」
と立て続けに声が聞こえてきました。茴香殿下がうまく誘導してくれたようで、上空に浮かぶ私を見つけた神官たちが大騒ぎしています。そして一通り霊力を放出したあと、その場を飛び去りました。そして少し離れたところで待機していた蒔蘿殿下を迎えに行き、再び外へと出てきた龍さんに抱えてもらって高速で南下していきます。
東の空が白々としていく中、私達は目を開けていられないほどの高速で南下していきました。目をつぶっている理由は風が目に入る所為ではなく、あまりにも高速すぎて目を開けていると酔ってしまいそうになるからです。なので私より遥かに屈強なはずの蒔蘿殿下も目をつぶり、何とか高速飛行を耐えていました。それぐらいの、つまり超が付くレベルの高速です。
そして今度はアスカ村でも同じ事をやります。蒔蘿殿下には隠れてもらってから金さんと浦さんの霊力を同時に放出して辺り一帯の大地を強固に、そして水を綺麗にしてしまいます。
眼下では早朝にも関わらず多数の人が私へと向かって平伏していて、なんだか申し訳ない気持ちになります。その感謝は三太郎さんへのもの。私は入れ物といえばよいのか、わかりやすい目印でしかありません。
<申し訳なく思う必要はありませんよ>
<そうだ。これも必要なことだ。
これから先、人間にとっても厳しい戦いが待ち受けることになるだろう。
その時に心の支えとなる人物が必要となる>
<それには櫻がうってつけだよなと俺様たちは考えたわけだ。
だから櫻が気にすることはねぇよ>
<そうじゃな。人は弱く、だが強い。何より儂らは勝たねばならん。
その為には人間にはいがみ合うのではなく、
手を取り合って儂らの助けとなるように動いてもらいたいのじゃよ>
三太郎さんと龍さんの計画には納得しますが、表に出る事を嫌っていたのは私だけでなく、三太郎さんも避けていたはずです。
<三太郎さんたちは良いの?
人間の前に姿を出したくないと言っていたけれど、
このままだと確実に姿を出さざるを得ない状況になるよ?>
<何事にも優先順位があります>
という浦さんの言葉に、金さんや桃さんも同意のようです。本来ならば避けていた事をせざるを得ない程に、現在の状況は悪いのかもしれません。
私は若干の不安を抱えながらも、超高速飛行による南下を再開したのでした。
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【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。
アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。
だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。
この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。
※全102話で完結済。
★『小説家になろう』でも読めます★
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
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王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
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