未来樹 -Mirage-

詠月初香

文字の大きさ
上 下
180 / 208
4章

16歳 -無の月15-

しおりを挟む
「櫻嬢の生まれを考えると土の部族……で良いのか?
 俺達のところではヤマト国の民と呼ぶのだが、その血が入っているのは確かだ。
 だが俺は火の部族、火の守護を持つヒノモト国の民だ。
 長い年月の間には何度かヤマト国の血が入ったことはあるが、
 土の部族と呼ばれるほどの回数では決して無いな」

緋桐さんが微妙に視線を青い小魚さんから反らしつつ説明してくれます。碧宮家は母上たちの父親の代まで、帝に命じられるままに混血を繰り返してきました。その結果、母上はミズホ国人に近い体格ですが、叔父上や兄上はヤマト国人に近い体格と家族でも体格が全く違います。まぁ、母上はミズホ国人に比べると少し大きく、叔父上や兄上はヤマト国人と比べると少し小さいのですが。

なので緋桐さんの説明はほぼ正しいのですが、一つだけ訂正するとすれば、私にヤマト国人の血が入っているのかどうかは誰にも解らないって事です。そもそも本当にこの世界に生まれた・・・・のかすら怪しく……。ミズホ国人よりも更に体格が小さく、明らかに身体能力が低い私は、本当にこの世界の人間なんでしょうか……。

「でも貴方たちの肌の色は、古来から伝わる土の部族の肌の色です。
 確かに言い伝えだともう少し土色っぽいと伝わっていますが、
 私達とも赤い肌を持つ火の部族とも違う、黄色い肌を持つのは土の部族です」

青い小魚さんにそうきっぱりと断言されて、私と緋桐さんは顔を見合わせてしまいました。所変われば常識も変わってしまうのは良くある事ですが、ここまで変わってしまうものなのでしょうか??

「金さんや浦さんはこの大陸で暮らしていた頃の記憶があるのでしょ?
 なら土の部族っていうのはどういう人達だったの?」

私達人間では答えの出ない疑問も、精霊の三太郎さんたちなら答えられます。なので期待を込めて二人を見たのですが、金さんも浦さんもスッと視線をそらしてしまいました。二人が私に対してこんな態度をとった事は今まで一度も無く、心の中がなんだかざわついてしまいます。

「金さん? 浦さん??」

「あぁ、すまない。だが……少し時間をくれ」

「そうですね、気持ちを整理する時間をください」

不思議なことを言う二人ですが、二人がそう言うのなら「解った」と私は頷くしかありません。そもそもいつも私がお願いして、それを三太郎さんに聞いてもらうばかりなのです。私の無茶振り願いの代償として、三太郎さんの願いである美味しいご飯や甘味や肴を用意することはありますが、それと今のお願いは全く別物です。

「そっかぁ。じゃぁ話せるようになったら教えてね」

「承知した」

「えぇ、解りました」

二人は私にそう言った後、チラリと龍さんを見ました。そういえば第一世代精霊の龍さんは、この場にいる誰よりも神代の昔の記憶を持っているはずです。……と思ったら、私が口を開くよりも先に

わしが教えても良いのじゃが、
 おぬしからすれば儂の言葉よりも、その者たちの言葉の方が信じられよう?」

と言われてしまいました。決して龍さんを信用していない訳ではありませんが、金さんたちとどちらを信じるかと言われたら間違いなく三太郎さんです。それに金さんと浦さんが待って欲しいと言っているのに、それを無視して龍さんに教えてもらうのは道理に反します。

その事を正直に話したら、龍さんは大笑いした後「良い子じゃなぁ」としみじみと呟きました。良い子って言われるほどの事でもなければ、そう言われる程の幼児でもありません。ちょっと心外です。

それに龍さんからの情報は、意図的に取捨選択してシャットダウンしているのが現状です。というのも私は叔父上を助けることにまず専念したく、まずはその為に必要な情報だけ欲しいとお願いしたからです。気になる事は他に幾つもありますが、優先順位は大事ですし余計なことに気を取られたくもありません。

もちろん叔父上を助ける事が最優先だからといって、海に落ちた幼子を見捨てるような事はできませんから、青藍を助けた事に後悔はありません。ただ青の部族の生活からこの大陸での生活が推察できますが、間違いなく赤の部族も困窮しています。それを知ってもなお、叔父上を優先したいと思ってしまうのです。困っている人は見ず知らずの人でも出来るだけ助けたいと思う反面、叔父上を助けたいという気持ちが何より大きいのです。

(叔父上が目覚めた時、怒られちゃうかな?
 少なくとも褒められはしないだろうな……)





マガツ大陸での日々は怒涛のように流れていきました。

やることが多すぎるという意味では転生直後に近いものがありますが、ここはアマツ大陸のヤマト国よりもずっと危険で、ずっとずっと貧しい大地です。そんな大地で生活し飢えている青の部族の人の前で自分たちだけ食事を取るのは気が引けてしまい、私たちも最低限の食事に抑えて、青の部族の人たちに食料を分けることにしました。

当然ながらあっという間に食料は底をついてしまいます。

それを補う為にまずは金さんには土壌の改良をしてもらい、浦さんには浄水、桃さんには周辺の警戒と襲撃してくる妖の対応、龍さんは飛べる為に必要な物資を船から持ってきてもらいました。もう少し余力があれば、パナマ運河方式で船そのものをここまで持ってくる事も考えたのですが、大量の水を溜めておける壁を作る霊力は膨大すぎて、土壌改良のほうがマシだと判明し断念せざるを得ませんでした。パナマ運河方式は、金さんの霊力にもっと余裕ができてからとなりそうです。

私と緋桐さんは青の部族とコミュニケーションをとって信頼関係を築きつつ、私は女性陣や青藍を含む小さな子供と一緒に改良された土壌に船から持ち込んだ種を撒き、緋桐さんは男性陣と一緒に周辺へと狩猟に向かいました。といってもこのあたりは動物どころか渡り鳥すら通らないらしく、取れるのは水産物のみです。その水産物も弱いとはいえ毒を持つ物が結構あり、青の部族の人たちは私が止めても気にしないで食べてしまいますが、私と緋桐さんは口にできないことも良くあります。

また畑は種を植えた直後なので、何も収穫出来ません。そのために金さんは島を出る前に山さんから技能「豊作」を譲ってもらっていました。詳しくは教えてもらえませんでしたが、山さんが震鎮鉄しんちんてつに技能「豊作」を籠めてから、その震鎮鉄を金さんが取り込むという方法で覚えたそうです。言葉にすると簡単ですが、実際には何度も失敗しては震鎮鉄を無駄にしてしまったそうです。

技能「豊作」は作物が早く・多く・味良くできる技能なんだそうですが、金さんに畑で今回使ってもらう時限定で味は最低限で良いから、とにかく早く多く作れるように調整してもらいました。そんな調整が可能だったのは、風の精霊の龍さんが持つ「変化」の性質のおかげでした。

そして農作業に必要な道具は、船に積んである物を持ってきました。青藍を見つけたことで水の神座かむくらを早急に探す必要が生まれてプラン変更を行いましたが、もともと浦さんが精霊力強化に出かける時は念の為に船から降りて上陸する予定でした。船で生活したままだと浦さんは日帰りの範囲しか探索できないので効率が悪いですし、私達も危険だからです。当然ながらその時にはマガツ大陸の大地を耕して畑を作るつもりではあったので、農作業の道具は余分に船に積んでありました。それでも足りない分は、金さんに作ってもらいます。

ですが何より最初に作ってもらったのは、緋桐さんの駄目にしてしまった剣でした。緋桐さんに贈りたいと思っているちゃんとした剣は後日、様々な余裕が出来てから作りますが、それまで丸腰では危険極まりないので仮の剣を金さんに作ってもらいました。装飾は皆無で実用性だけに特化した剣ですが、ひとまずの剣としては十分役目を果たせそうです。




そしてあっという間に無の月も終盤となりました。
この期間に浦さんが「混沌こんとん」と命名した3体の水の大妖を浄化して、浦さんの霊力の補強が一気に進みました。また大妖を倒すと、大量の禍玉まがたまを落とす事が明るい昼間に倒した時に判明しました。一番最初の時は討伐直後に眠ってしまって、そのあたりの確認が出来ていなかったんですよね。なのでそれが判明した直後、再びあの場所に行って禍玉を大量に回収してきました。それらの禍玉は今までの何倍もの霊力になった浦さんによってあっという間に浄化され、深棲璃瑠みすりるとして有効活用されています。


また金さんや桃さんも精霊力の補強を行いました。


水の神座の次に向かったのは、場所が解っている土の神座跡地でした。そこでは虎に似た体に人の頭を持ち、イノシシのような長い牙と尻尾を持った大妖を倒しました。

「虎かイノシシか、どっちかに統一してよ!!」

と無数に降り注ぐ石槍に向かって叫んだのも、今となっては良い……いや、良くはないけれど、過ぎた日々の思い出です。この大妖は倒されるその直前までこちらに向かって突進してくるほど闘争心に溢れかえっていて、ヒノモト国でさんざん妖や賊の討伐を行っていた緋桐さんをしても

「こんなに凶暴なやつは見たことがない」

と言わしめるほどでした。この土の大妖は金さんが「檮杌とうこつ」と名付け、2回目は金さんと龍さんの二人で、それ以降は金さんだけで倒し、合計4~5体ほど倒して金さんの力となってもらいました。そして禍玉も大量入手+浄化を行い、今では金さんに頼まなくても畑の拡張と維持が可能になりました。


同様に火の神座跡地も捜索して向かい、そこで赤の部族を貪り食っていた火の大妖を退治しました。その大地が血で真っ赤に染まる凄惨さは緋桐さんが咄嗟に庇って私の視界を塞いでくれたというのに、今でも時々夢に見て飛び起きる事があるほど陰鬱な光景でした。巨大な牛の体に人の顔、頭には悪魔のように捻れた角を持つその火の大妖は、今までの大妖の中でも特に攻撃力が高く、周辺の空気すら一気に燃やし尽くす炎の息を吐くうえに、火の性質の増殖を体現するかのように仲間を次々と呼び、浦さんの霊力が補強されていなかったら全滅していたかもしれないと思うほどに厳しい戦いでした。

その火の大妖は桃さんが「饕餮とうてつ」と名付けたのですが、人だけじゃなく石や鉄といった金属まで食べてしまう悪食+大食漢のようで、周辺には古い武具(ただし齧った跡有り)や、変な削れ方をした岩、それに視界に入れたくないのに入ってしまう程に大量の白骨が山積みにされていました。白骨は明らかに人間のものではない物もあり、饕餮がどれほど食に貪欲でありながら無頓着だったかを物語っていました。

「これ、流石にこのままは……」

食べかけの武具や石はどうでも良いですが、遺体や白骨はそのままにしておくのはしのびなく……。急拵えな上に共同墓地となってしまうのは申し訳ないのですが、金さんに墓穴を掘ってもらい、そこに遺体や白骨を埋めると同時に、火・水・風・土の全ての精霊力で浄化を行い、安らかな眠りを願ってその場所を後にしました。


……赤の部族とともに。




「結局、こうなるよなぁ」

そう笑って言う桃さんに、ぷいと顔を背けて遺憾の意を表します。仲間の遺体や家屋として使っていたと思われる崩れた洞穴の前で呆然としている彼らを見たら、そのまま放って帰還するという選択肢は選べませんでした。

ちなみに赤の部族は、目撃談通りの真っ赤な肌をしていました。青の部族と同様に頭髪は無く、赤い肌に煤を塗る習慣がある為に肌が赤黒く見えていたようです。そして服は全裸一歩手前という感じでした。男女ともに腰回りどころか前面を煤で真っ黒にした正体不明の角や骨で隠すだけで、目のやり場に本当に困る格好です。

そんな赤の部族を水の神座に連れて行く訳にもいかず、何より両部族が嫌がるので少し離れた場所に集結してもらいました。仲が極めて悪いこの2つの部族を集合させて本当に良いのか悩みましたが、私の優先順位は叔父上の回復が一番です。だから早急にこの地の人が安心して暮らせる町を作って、即帰還したいのです。

つまり町を部族ごと2つ作るなんて時間はありません

ヤマト国で作った拠点や東の海の孤島で作った拠点は、家族だけが過ごす場所でした。家族が笑顔で過ごせる、暖かくて涼しくて清潔で便利で豊かな家。それが私の求めた物でした。それを今度は何倍もの規模を持つ、村を通り越した町として作り上げることにしました。

幸いにも霊石は大量にあります。それらを使って先ずは町の周囲を四重の結界で囲みました。この結界の中にいれば妖は入ることが出来ず、安全に暮らす事ができます。そのうえで土・水・火・風の浄化を常時発動するように、結界の中に各種精霊石を紋を描くように配置します。土の霊石は紋を描くように道を敷設。同様に水の霊石は紋の形に水路を掘り、火の霊石は浄火の炎を使った街灯で紋を描きました。そして風の霊石は街の上空に浮かばせて、町全体に浄化の紋を刻み込みます。こんな精霊石と霊力の贅沢使いは普段なら絶対にできません。

結界で安全を確保したら、次は大きな畑を作りました。船に積んでいた種を最低限だけ残して全て植えてしまいます。それから道や水路の場所を考慮して、簡素ではあるものの家も家族分+α作りました。これでようやくゆっくりと眠る事ができます。

「でも霊石に籠められ霊力も、いつかは切れちゃう……」

乾燥海藻を敷き詰めただけの硬すぎる寝床で、そうなったら……の先を考えます。青藍の他にも小さな子供は両部族合わせて数人いるのですが、その子どもたちが寒さや餓えに泣く姿は考えたくありません。

(どうするのが一番良いのだろう……)

叔父上を早く助けたい、そして青・赤の部族の人達も生活できるようにしたい。

その2つの目標を達成する為にはどうすれば良いのか……
そんな未来を実現させる為に、私に何ができるのか……

そんな事を考えつつ、水の陽月直前の夜は更けていったのでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら、死んだはずの妹が敵国の将軍に転生していた件

有沢天水
ファンタジー
立花烈はある日、不思議な鏡と出会う。鏡の中には死んだはずの妹によく似た少女が写っていた。烈が鏡に手を触れると、閃光に包まれ、気を失ってしまう。烈が目を覚ますと、そこは自分の知らない世界であった。困惑する烈が辺りを散策すると、多数の屈強な男に囲まれる一人の少女と出会う。烈は助けようとするが、その少女は瞬く間に屈強な男たちを倒してしまった。唖然とする烈に少女はにやっと笑う。彼の目に真っ赤に燃える赤髪と、金色に光る瞳を灼き付けて。王国の存亡を左右する少年と少女の物語はここから始まった!

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

ぬいぐるみばかり作っていたら実家を追い出された件〜だけど作ったぬいぐるみが意志を持ったので何も不自由してません〜

望月かれん
ファンタジー
 中流貴族シーラ・カロンは、ある日勘当された。理由はぬいぐるみ作りしかしないから。 戸惑いながらも少量の荷物と作りかけのぬいぐるみ1つを持って家を出たシーラは1番近い町を目指すが、その日のうちに辿り着けず野宿をすることに。 暇だったので、ぬいぐるみを完成させようと意気込み、ついに夜更けに完成させる。  疲れから眠りこけていると聞き慣れない低い声。 なんと、ぬいぐるみが喋っていた。 しかもぬいぐるみには帰りたい場所があるようで……。     天真爛漫娘✕ワケアリぬいぐるみのドタバタ冒険ファンタジー。  ※この作品は小説家になろう・ノベルアップ+にも掲載しています。

【第2部完結】勇者参上!!~究極奥義を取得した俺は来た技全部跳ね返す!究極術式?十字剣?最強魔王?全部まとめてかかってこいや!!~

Bonzaebon
ファンタジー
『ヤツは泥だらけになっても、傷だらけになろうとも立ち上がる。』  元居た流派の宗家に命を狙われ、激戦の末、究極奥義を完成させ、大武会を制した勇者ロア。彼は強敵達との戦いを経て名実ともに強くなった。  「今度は……みんなに恩返しをしていく番だ!」  仲間がいてくれたから成長できた。だからこそ、仲間のみんなの力になりたい。そう思った彼は旅を続ける。俺だけじゃない、みんなもそれぞれ問題を抱えている。勇者ならそれを手助けしなきゃいけない。 『それはいつか、あなたの勇気に火を灯す……。』

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます

里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。 だが実は、誰にも言えない理由があり…。 ※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。 全28話で完結。

処理中です...