173 / 213
4章
16歳 -無の月8-
しおりを挟む
今回は少々残酷な表現があります。グロテスクになりすぎないように気を付けてはいますが、苦手な方はご注意ください。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
頭上に浮かぶ桜の形をした台から照らされた明かりは私に安心感をくれますが、同時にその光の外側にある闇への恐怖も際立たせました。その恐怖の象徴のような闇の向こう側から聞こえてくる音は大きなモノが這いずるような音で、それが徐々に大きくなります。つまり何かが近づいてきているってことです。
恐怖のあまり心臓がバクバクと痛いほどに脈打ち、喉がカラカラに感じるほどに緊張してしまいます。でも私が不安がれば腕の中にいる青藍までもが不安になるからと、自分に喝を入れて闇の向こう側を見据えました。何より青藍ごと私を抱きかかえてくれる龍さんや、戦うことに関しては山吹に引けを取らないほどに優れた緋桐さんが一緒です。だから大丈夫……そう自分に言い聞かせます。
その何かに私より先に気づいたのは、やはり武人の緋桐さんでした。見えていたのか、それとも気配を感じたのかは私には解りませんが、剣の柄に手を添えてグッと腰を落とします。
そして峡谷にズジャアア!!!という音が反響するのとほぼ同時に緋桐さんが
「来るぞ!」
と私達に注意を促しました。その直後に闇の中から現れたのは、私が想像していたモノとは違いました。てっきり見たことのない、それこそ三太郎さんが相手をしているような謎のバケモノが闇から出てくると思ったのですが、闇の中から現れたのは青黒い肌をした男の人でした。
まだ彼との間に距離がある事と、彼が立っている場所が薄暗い事。何より見慣れない人種なので彼の年齢は良く解りません。ただ青藍と同じように肌は青黒くて体毛は無く、そして青藍とは違って腰に草か海藻を乾燥させたものをぐるりと巻き付けた簡素な衣装を見に付けていました。
その青黒い人は何度も私達と自分の背後を交互に確認していたのですが、再び峡谷に何かが這いずる音がした途端に私達へと一足飛びに襲いかかってきました。それも緋桐さんではなく、私と青藍を抱えた龍さんに向かってです。武器を持った緋桐さんよりも、私達のほうが倒しやすそうだと判断したのだと思います。
ですが緋桐さんもその動きは読んでいたようで、飛びかかってきた男の腹部を剣を鞘に収めたまま薙ぎ払って吹っ飛ばしました。野球だったらホームランだったなと思うほど思い切り良く振り抜いた為に男はもんどりをうった後、泥濘んだ地面を闇の一歩手前まで転がっていきました。
冷静に相対している緋桐さんから感情はあまり読み取れませんが、彼も現れたのがバケモノではなく青藍と同じ部族の人だった事に思うところがあるようで、一瞬だけチラリと青藍の反応を確認していました。幸いにも青藍は私がしっかりと抱きかかえていて、しかも怖いものを青藍が見ないで済むようにと私の胸に顔を埋めるようにしていたので何が起こったのかは解っていません。その事に緋桐さんは少しだけ安堵の表情を浮かべてから、再び闇を見据えました。
緋桐さんの警戒は飛びかかってきた男ではなく、その後ろの闇に向いていました。それぐらいは私にだって解ります。何せ先ほどからどんどん近づいてくるズシャァァ、ズシャァァという何かが這いずるような音をあの青黒い肌の男が出しているとは到底思えないのだから。
しかも男が地面を転がった瞬間から、その何かは一気に速度を上げたようです。先ほどまでは一歩進んだら少し間をおいてから再び一歩という感じだったのですが、今では這う音が全く途切れません。
その音に青藍がガタガタと震えだして、私にギュッとしがみついてきました。その力の強さは痛いぐらいで、青藍が感じている恐怖がいかに強いかが解ります。少しでもその恐怖が和らげば良いなと思い、青藍の背中をポンポンと撫で続けますが、そんな私の手も小さく震えてしまっていました。
それは唐突に起こりました。
闇の一歩手前でこちらを睨みつける男の背後から、
「ギャーーーーーッッ!!!」
という絶叫が聞こえ、それと同時に背後を振り返った男の首や手足に何かが巻き付きました。「あっ!」と思った時には、男はその巻き付いた何かに絡め取られるようにして闇の中へと引きずり込まれてしまいました。
「チッ!!」
緋桐さんが舌打ちしつつ一気に闇に切迫したかと思うと、闇の中に向かって剣を振り下ろします。その攻撃を待っていた訳ではないのでしょうが、同時に緋桐さんの脇を抜けるようにして青黒い肌の先ほどとは別の男性2人と子供を抱いた女性1人が光の中に現れ、私達の方へと向かって全速力で走ってきました。
その鬼気迫る様子に龍さんは私達を抱えたまま、トンと地面を蹴って宙へと浮かび上がりました。そんな私達に走ってきた数人はギョッとした顔になりましたが、それ以上に背後からくる何かに怯え、そのまま私達の下を走り抜けていきます。
「龍様、駄目です!
コイツを切ると剣の刃が鈍って使い物になりません!!」
緋桐さんの声にそちらを見れば、後ろに飛び退った緋桐さんの手にあった剣は見た目はそのままですが、普段と比べると輝きが格段に落ちています。剣の薄い部分が敵によって破壊?されているようで、武蔵坊弁慶のように何本もの刀を持っていれば別ですが、大剣と短剣を一振りずつしか持ってきていない緋桐さんは慎重にならざるを得ません。
それにしても……。
緋桐さんが言うコイツが何なのかは、未だに私の目では確認できません。何度も迷いましたが、対策が取れず心構えが全くできない見えない恐怖よりも、どんなに恐怖を煽る外見だったとしても見える恐怖の方がマシだという結論に達した私は、先ほど明かりを灯した際に念の為に予備として取り出しておいた発光の霊石を外套のポケットから取り出し、コマンドワードを小声+高速で数回唱えてから闇の中へと投げつけました。
明るい場所に居る時ですら、握っている指の隙間から目が痛いほどの光を放っていた霊石。それが闇の真ん中まで飛んでいって周囲を爆発的な光で照らす様は、まるで光の爆弾のようです。ただその光で何らかの身体的ダメージを受けるような人は居らず、せいぜい緋桐さんが少し顔を顰めたぐらいでした。
ですが精神的ダメージは極大でした。
最初、明るくなった闇には何も無いように思えたのです。先ほどまであった光と闇の境界線の近くに立つ緋桐さん、そして闇の中だった場所でうずくまって呻く青い肌の男。その二人しか私には視認できなかったのですが、その男がズザーーと引きずられていくのです。
(えっ?!)
何もない方向へ引きずられていく男に慌ててその先を確認しますが、そこには何もない空間が広がっているだけです。でも何か違和感を感じて目を凝らしてみると、地面ではなく空間に何かが浮かんでいました。そしてそれが何か解った途端に私は明るくした事を激しく後悔したのです。
「あれは……、骨??」
人体と解る構造のままの骨もあれば、単なる骨片としか呼べないものまで無数の骨が宙に浮かんでいました。その異様な光景に唖然としてしまいます。
その間も先程の男が泥の中を引きずられ、とある地点まで行くと足の先から嫌な音と煙をあげて溶け出し、男は絶叫を上げました。
「ギャァーーーーーーッ!!!!!」
取り込まれた足が溶けて白骨状態になるまではあっという間で、なんとか助けたいと思うのにあまりの事に声すら出せません。
「櫻嬢、見るな!!」
緋桐さんはそう叫ぶと同時に更にバックステップして、何かから距離を取ります。
「櫻!!」
ほぼ同時に龍さんは私の後頭部に手を添えると、問答無用で私の顔の向きを変えました。男の断末魔のような絶叫は最初の0.1秒だけ聞こえ、直ぐに聞こえなくなります。
「聞く必要はない」
そう簡潔に言う龍さんの言葉から察するに、風の精霊力で音を遮断してしまったのだと思います。周囲の音が一切消えた私の耳に、ガチガチと自分の歯が鳴る音が聞こえてきました。怖いなんて言葉1つじゃ、言い表せられないほどの恐怖です。もし青藍がいなければ怖いと龍さんにしがみついて、早く帰ろうと言っていたかもしれません。
でも……考えたくはありませんが、あの白骨の中に青藍の家族が居る可能性はゼロではありません。それにアレを何とか退けなければ、安心して青藍をこの地に住む同族の人たちの元へ送り出すこともできません。
ギュッと下唇を噛み、一度瞑ってしまった目をもう一度しっかりと開けます。そうしてから龍さんの手に逆らって、敵を見据えました。
(アレは退治しないと駄目な敵。怖がっている場合じゃない!)
しっかりと見れば敵は決して姿の無いバケモノではなく、峡谷いっぱいに広がる無定形の何かであることが解りました。簡単にいえば峡谷の形にすっぽりと挟まったゼリー……というよりは、ヤマト国の山や今住んでいる島でも出会える、べとべとさんを超巨大化させたような感じです。べとべとさんと比べると透明度が高く凶悪度も比較できないほどに高いですが、不定形なところと獲物を溶かすところなどは全く同じです。
それにべとべとさんも短いけれど、獲物を捉えるために粘液を触手のように伸ばすことがありました。先ほどの男の身体に巻き付いたものも、あの巨大べとべとさんから伸ばされた粘液触手のようなものなのでしょう。
そこで一つ気付いた事がありました。
中に取り込まれた肉体はあっという間に溶けてしまう溶解力を持っているのにも関わらず、あの男の身体に巻き付いた時は全く溶けたる事がなく無事でした。それに巨大べとべとさんの周辺の土も、他のところと特別何か変わった様子はありません。
つまりあのバケモノの表面には獲物を溶かす能力は無いのでは?
「龍さん、もしかして……」
先程の推論と、それを元にした対策を龍さんの耳にだけ聞こえるように小声で話します。
「おぬしの言いたい事は解るのじゃが、危険過ぎる!」
「でも緋桐さんの剣が駄目になったってことは、
切ったり殴ったりじゃ対処しきれないってことだよね?
他に良い方法があるのならそれにするけど、私には思いつかないから……」
それだけ言うと、私は青藍を龍さんに預けて自分は地面へと下ろしてもらいます。
「な、何をやっているんだ、櫻嬢!!」
その事に気づいた緋桐さんが、慌ててこちらへと向かってきました。その間にも巨大べとべとさんはズリズリとこちらへと這い寄ってきています。先程までの音の近づき方に比べるとかなりゆっくりなので、私達を警戒しているのか別のなにか理由があるのかは解りませんが、速度をかなり落としているようです。
ならば今が対策を取るチャンスです。
私達は巨大べとべとさんが近づいた分だけ後退しつつ、手短に緋桐さんへ説明という名の要請をします。
「緋桐さん、遠くに物を投げるのは得意ですか?」
「ん? 遠投ってことか。特別得意ではないが苦手でもないな」
小袋の中を探り、目当ての霊石を見つけるとソレを緋桐さんに手渡します。超がつくレベルで苦手なら考え直しますが、そうじゃないのなら私が投げるよりも緋桐さんが投げる方が絶対に良い結果になります。
「この霊石を私の合図であのバケモノの上に投げて欲しいんです」
問題はどこまで投げればあの巨大なバケモノの上になるのか、現状ではよく解らない事です。あまりにも巨躯な為に天辺のあたりまでは光が届いておらず、夜目が効くという緋桐さんならば見えるかとも思ったのですが、明るい場所から暗い場所はやはり見えづらいようで目を細めて睨むようにして位置を探っています。
「できなくはないと思うのだが、
失敗できない事を考えるともう少し明るさがほしいな」
「ですよね」
そんな話をしつつも、私達は警戒と後退を続けます。たまに伸びてくる触手は、龍さんの風や緋桐さんが事前に拾っておいた石を投げて対処していますが、何時までその対処で持つかは解りません。ですから早急に対策を行います。
「発光の霊石はもう1個あったと思うから、それを……」
出来ればいざという時の為に一つは残して置きたかったのですが、むしろ今がその「いざ」という場面では?と思って使うことにします。
そう思って小袋の中を再度確認しようとした時、背後がパァーーと明るくなりました。私はまだ追加の発光の霊石を袋から出してすらいませんし、他に明かりになるようなモノも何も無いというのにです。
「何なの?!」
そう思って振り返った時には、私は既に緋桐さんの背中に匿われていました。
「これは……」
緋桐さんの肩越しに見たソレは、光り輝く巨大べとべとさんでした。なぜアレが光るのか訳が解りませんが、巨大べとべとさんの底面と密着しているドロドロ地面も側面に密着しているグチョグチョ崖もしっかりと見えます。
「アレだ! 先ほど櫻嬢が投げた発光の霊石!」
緋桐さんが見つけたソレは、確かに私が先程投げた霊石でした。それが巨大べとべとさんのお腹?の下に入った結果、透明度が高い体の中で光が乱反射して周囲を照らしたようです。
しかもその霊石は桃さんの霊力と技能を籠めた火緋色金です。水の妖のボスのようなモノだという巨大べとべとさんにとって、一番苦手としている力です。その所為なのか身体から光を放った途端に、巨大べとべとさんはウネウネと身体を波打たせはじめました。声こそ上げていませんが、なんだか藻掻き苦しんでいるかのようです。
「緋桐さん、今なら行けるんじゃ!」
目標自体が明るくなっている為に天辺が確認しやすくなり、先程まであった障害が消えました。
「あぁ! ただもう少し下がろう!」
近すぎると真上に投げることになりますし、敵の攻撃に晒されやすくなります。なので私は緋桐さんに同意すると、大急ぎで後退します。
ただその前に緋桐さんに渡したのと同じ霊石を一つ、忘れずに足元に落としておきました。
後はその落とした霊石の上まで、巨大べとべとさんが移動するのを待つだけです。待つだけとは言っても、その間も敵は攻撃してきますし、波打たせた巨大な身体が崖にぶつかって落石する事もあります。なので油断は一切できません。
ですが、その時は着実に近づき……訪れました!!
「緋桐さん、投げて!!」
「おう!!!」
落とした霊石の上にしっかりと巨体が乗っかり、確実に腹部の下に入った事を確認したところで緋桐さんに合図を送ります。その合図に緋桐さんは即座に応えてくれ、霊石は綺麗な放物線を描いて飛んでいきました。そしてその霊石が巨大なべとべとさんの上に来たところで、私は大きな声でコマンドワードを叫びます。
「Momotaro is the best. Momotaro is the No1!!」
その私の声に反応し、敵の巨大な身体の下と上から同時に凄まじい爆音と爆風が巻き起こります。しかもその爆風はかなりの熱風で、とっさに龍さんが風を遮ってくれなかったら大惨事になるところでした。
光と音と熱が荒れ狂い、そしてソレが収まった時。
私達の前には瓦礫の山が出来上がっていたのでした。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
頭上に浮かぶ桜の形をした台から照らされた明かりは私に安心感をくれますが、同時にその光の外側にある闇への恐怖も際立たせました。その恐怖の象徴のような闇の向こう側から聞こえてくる音は大きなモノが這いずるような音で、それが徐々に大きくなります。つまり何かが近づいてきているってことです。
恐怖のあまり心臓がバクバクと痛いほどに脈打ち、喉がカラカラに感じるほどに緊張してしまいます。でも私が不安がれば腕の中にいる青藍までもが不安になるからと、自分に喝を入れて闇の向こう側を見据えました。何より青藍ごと私を抱きかかえてくれる龍さんや、戦うことに関しては山吹に引けを取らないほどに優れた緋桐さんが一緒です。だから大丈夫……そう自分に言い聞かせます。
その何かに私より先に気づいたのは、やはり武人の緋桐さんでした。見えていたのか、それとも気配を感じたのかは私には解りませんが、剣の柄に手を添えてグッと腰を落とします。
そして峡谷にズジャアア!!!という音が反響するのとほぼ同時に緋桐さんが
「来るぞ!」
と私達に注意を促しました。その直後に闇の中から現れたのは、私が想像していたモノとは違いました。てっきり見たことのない、それこそ三太郎さんが相手をしているような謎のバケモノが闇から出てくると思ったのですが、闇の中から現れたのは青黒い肌をした男の人でした。
まだ彼との間に距離がある事と、彼が立っている場所が薄暗い事。何より見慣れない人種なので彼の年齢は良く解りません。ただ青藍と同じように肌は青黒くて体毛は無く、そして青藍とは違って腰に草か海藻を乾燥させたものをぐるりと巻き付けた簡素な衣装を見に付けていました。
その青黒い人は何度も私達と自分の背後を交互に確認していたのですが、再び峡谷に何かが這いずる音がした途端に私達へと一足飛びに襲いかかってきました。それも緋桐さんではなく、私と青藍を抱えた龍さんに向かってです。武器を持った緋桐さんよりも、私達のほうが倒しやすそうだと判断したのだと思います。
ですが緋桐さんもその動きは読んでいたようで、飛びかかってきた男の腹部を剣を鞘に収めたまま薙ぎ払って吹っ飛ばしました。野球だったらホームランだったなと思うほど思い切り良く振り抜いた為に男はもんどりをうった後、泥濘んだ地面を闇の一歩手前まで転がっていきました。
冷静に相対している緋桐さんから感情はあまり読み取れませんが、彼も現れたのがバケモノではなく青藍と同じ部族の人だった事に思うところがあるようで、一瞬だけチラリと青藍の反応を確認していました。幸いにも青藍は私がしっかりと抱きかかえていて、しかも怖いものを青藍が見ないで済むようにと私の胸に顔を埋めるようにしていたので何が起こったのかは解っていません。その事に緋桐さんは少しだけ安堵の表情を浮かべてから、再び闇を見据えました。
緋桐さんの警戒は飛びかかってきた男ではなく、その後ろの闇に向いていました。それぐらいは私にだって解ります。何せ先ほどからどんどん近づいてくるズシャァァ、ズシャァァという何かが這いずるような音をあの青黒い肌の男が出しているとは到底思えないのだから。
しかも男が地面を転がった瞬間から、その何かは一気に速度を上げたようです。先ほどまでは一歩進んだら少し間をおいてから再び一歩という感じだったのですが、今では這う音が全く途切れません。
その音に青藍がガタガタと震えだして、私にギュッとしがみついてきました。その力の強さは痛いぐらいで、青藍が感じている恐怖がいかに強いかが解ります。少しでもその恐怖が和らげば良いなと思い、青藍の背中をポンポンと撫で続けますが、そんな私の手も小さく震えてしまっていました。
それは唐突に起こりました。
闇の一歩手前でこちらを睨みつける男の背後から、
「ギャーーーーーッッ!!!」
という絶叫が聞こえ、それと同時に背後を振り返った男の首や手足に何かが巻き付きました。「あっ!」と思った時には、男はその巻き付いた何かに絡め取られるようにして闇の中へと引きずり込まれてしまいました。
「チッ!!」
緋桐さんが舌打ちしつつ一気に闇に切迫したかと思うと、闇の中に向かって剣を振り下ろします。その攻撃を待っていた訳ではないのでしょうが、同時に緋桐さんの脇を抜けるようにして青黒い肌の先ほどとは別の男性2人と子供を抱いた女性1人が光の中に現れ、私達の方へと向かって全速力で走ってきました。
その鬼気迫る様子に龍さんは私達を抱えたまま、トンと地面を蹴って宙へと浮かび上がりました。そんな私達に走ってきた数人はギョッとした顔になりましたが、それ以上に背後からくる何かに怯え、そのまま私達の下を走り抜けていきます。
「龍様、駄目です!
コイツを切ると剣の刃が鈍って使い物になりません!!」
緋桐さんの声にそちらを見れば、後ろに飛び退った緋桐さんの手にあった剣は見た目はそのままですが、普段と比べると輝きが格段に落ちています。剣の薄い部分が敵によって破壊?されているようで、武蔵坊弁慶のように何本もの刀を持っていれば別ですが、大剣と短剣を一振りずつしか持ってきていない緋桐さんは慎重にならざるを得ません。
それにしても……。
緋桐さんが言うコイツが何なのかは、未だに私の目では確認できません。何度も迷いましたが、対策が取れず心構えが全くできない見えない恐怖よりも、どんなに恐怖を煽る外見だったとしても見える恐怖の方がマシだという結論に達した私は、先ほど明かりを灯した際に念の為に予備として取り出しておいた発光の霊石を外套のポケットから取り出し、コマンドワードを小声+高速で数回唱えてから闇の中へと投げつけました。
明るい場所に居る時ですら、握っている指の隙間から目が痛いほどの光を放っていた霊石。それが闇の真ん中まで飛んでいって周囲を爆発的な光で照らす様は、まるで光の爆弾のようです。ただその光で何らかの身体的ダメージを受けるような人は居らず、せいぜい緋桐さんが少し顔を顰めたぐらいでした。
ですが精神的ダメージは極大でした。
最初、明るくなった闇には何も無いように思えたのです。先ほどまであった光と闇の境界線の近くに立つ緋桐さん、そして闇の中だった場所でうずくまって呻く青い肌の男。その二人しか私には視認できなかったのですが、その男がズザーーと引きずられていくのです。
(えっ?!)
何もない方向へ引きずられていく男に慌ててその先を確認しますが、そこには何もない空間が広がっているだけです。でも何か違和感を感じて目を凝らしてみると、地面ではなく空間に何かが浮かんでいました。そしてそれが何か解った途端に私は明るくした事を激しく後悔したのです。
「あれは……、骨??」
人体と解る構造のままの骨もあれば、単なる骨片としか呼べないものまで無数の骨が宙に浮かんでいました。その異様な光景に唖然としてしまいます。
その間も先程の男が泥の中を引きずられ、とある地点まで行くと足の先から嫌な音と煙をあげて溶け出し、男は絶叫を上げました。
「ギャァーーーーーーッ!!!!!」
取り込まれた足が溶けて白骨状態になるまではあっという間で、なんとか助けたいと思うのにあまりの事に声すら出せません。
「櫻嬢、見るな!!」
緋桐さんはそう叫ぶと同時に更にバックステップして、何かから距離を取ります。
「櫻!!」
ほぼ同時に龍さんは私の後頭部に手を添えると、問答無用で私の顔の向きを変えました。男の断末魔のような絶叫は最初の0.1秒だけ聞こえ、直ぐに聞こえなくなります。
「聞く必要はない」
そう簡潔に言う龍さんの言葉から察するに、風の精霊力で音を遮断してしまったのだと思います。周囲の音が一切消えた私の耳に、ガチガチと自分の歯が鳴る音が聞こえてきました。怖いなんて言葉1つじゃ、言い表せられないほどの恐怖です。もし青藍がいなければ怖いと龍さんにしがみついて、早く帰ろうと言っていたかもしれません。
でも……考えたくはありませんが、あの白骨の中に青藍の家族が居る可能性はゼロではありません。それにアレを何とか退けなければ、安心して青藍をこの地に住む同族の人たちの元へ送り出すこともできません。
ギュッと下唇を噛み、一度瞑ってしまった目をもう一度しっかりと開けます。そうしてから龍さんの手に逆らって、敵を見据えました。
(アレは退治しないと駄目な敵。怖がっている場合じゃない!)
しっかりと見れば敵は決して姿の無いバケモノではなく、峡谷いっぱいに広がる無定形の何かであることが解りました。簡単にいえば峡谷の形にすっぽりと挟まったゼリー……というよりは、ヤマト国の山や今住んでいる島でも出会える、べとべとさんを超巨大化させたような感じです。べとべとさんと比べると透明度が高く凶悪度も比較できないほどに高いですが、不定形なところと獲物を溶かすところなどは全く同じです。
それにべとべとさんも短いけれど、獲物を捉えるために粘液を触手のように伸ばすことがありました。先ほどの男の身体に巻き付いたものも、あの巨大べとべとさんから伸ばされた粘液触手のようなものなのでしょう。
そこで一つ気付いた事がありました。
中に取り込まれた肉体はあっという間に溶けてしまう溶解力を持っているのにも関わらず、あの男の身体に巻き付いた時は全く溶けたる事がなく無事でした。それに巨大べとべとさんの周辺の土も、他のところと特別何か変わった様子はありません。
つまりあのバケモノの表面には獲物を溶かす能力は無いのでは?
「龍さん、もしかして……」
先程の推論と、それを元にした対策を龍さんの耳にだけ聞こえるように小声で話します。
「おぬしの言いたい事は解るのじゃが、危険過ぎる!」
「でも緋桐さんの剣が駄目になったってことは、
切ったり殴ったりじゃ対処しきれないってことだよね?
他に良い方法があるのならそれにするけど、私には思いつかないから……」
それだけ言うと、私は青藍を龍さんに預けて自分は地面へと下ろしてもらいます。
「な、何をやっているんだ、櫻嬢!!」
その事に気づいた緋桐さんが、慌ててこちらへと向かってきました。その間にも巨大べとべとさんはズリズリとこちらへと這い寄ってきています。先程までの音の近づき方に比べるとかなりゆっくりなので、私達を警戒しているのか別のなにか理由があるのかは解りませんが、速度をかなり落としているようです。
ならば今が対策を取るチャンスです。
私達は巨大べとべとさんが近づいた分だけ後退しつつ、手短に緋桐さんへ説明という名の要請をします。
「緋桐さん、遠くに物を投げるのは得意ですか?」
「ん? 遠投ってことか。特別得意ではないが苦手でもないな」
小袋の中を探り、目当ての霊石を見つけるとソレを緋桐さんに手渡します。超がつくレベルで苦手なら考え直しますが、そうじゃないのなら私が投げるよりも緋桐さんが投げる方が絶対に良い結果になります。
「この霊石を私の合図であのバケモノの上に投げて欲しいんです」
問題はどこまで投げればあの巨大なバケモノの上になるのか、現状ではよく解らない事です。あまりにも巨躯な為に天辺のあたりまでは光が届いておらず、夜目が効くという緋桐さんならば見えるかとも思ったのですが、明るい場所から暗い場所はやはり見えづらいようで目を細めて睨むようにして位置を探っています。
「できなくはないと思うのだが、
失敗できない事を考えるともう少し明るさがほしいな」
「ですよね」
そんな話をしつつも、私達は警戒と後退を続けます。たまに伸びてくる触手は、龍さんの風や緋桐さんが事前に拾っておいた石を投げて対処していますが、何時までその対処で持つかは解りません。ですから早急に対策を行います。
「発光の霊石はもう1個あったと思うから、それを……」
出来ればいざという時の為に一つは残して置きたかったのですが、むしろ今がその「いざ」という場面では?と思って使うことにします。
そう思って小袋の中を再度確認しようとした時、背後がパァーーと明るくなりました。私はまだ追加の発光の霊石を袋から出してすらいませんし、他に明かりになるようなモノも何も無いというのにです。
「何なの?!」
そう思って振り返った時には、私は既に緋桐さんの背中に匿われていました。
「これは……」
緋桐さんの肩越しに見たソレは、光り輝く巨大べとべとさんでした。なぜアレが光るのか訳が解りませんが、巨大べとべとさんの底面と密着しているドロドロ地面も側面に密着しているグチョグチョ崖もしっかりと見えます。
「アレだ! 先ほど櫻嬢が投げた発光の霊石!」
緋桐さんが見つけたソレは、確かに私が先程投げた霊石でした。それが巨大べとべとさんのお腹?の下に入った結果、透明度が高い体の中で光が乱反射して周囲を照らしたようです。
しかもその霊石は桃さんの霊力と技能を籠めた火緋色金です。水の妖のボスのようなモノだという巨大べとべとさんにとって、一番苦手としている力です。その所為なのか身体から光を放った途端に、巨大べとべとさんはウネウネと身体を波打たせはじめました。声こそ上げていませんが、なんだか藻掻き苦しんでいるかのようです。
「緋桐さん、今なら行けるんじゃ!」
目標自体が明るくなっている為に天辺が確認しやすくなり、先程まであった障害が消えました。
「あぁ! ただもう少し下がろう!」
近すぎると真上に投げることになりますし、敵の攻撃に晒されやすくなります。なので私は緋桐さんに同意すると、大急ぎで後退します。
ただその前に緋桐さんに渡したのと同じ霊石を一つ、忘れずに足元に落としておきました。
後はその落とした霊石の上まで、巨大べとべとさんが移動するのを待つだけです。待つだけとは言っても、その間も敵は攻撃してきますし、波打たせた巨大な身体が崖にぶつかって落石する事もあります。なので油断は一切できません。
ですが、その時は着実に近づき……訪れました!!
「緋桐さん、投げて!!」
「おう!!!」
落とした霊石の上にしっかりと巨体が乗っかり、確実に腹部の下に入った事を確認したところで緋桐さんに合図を送ります。その合図に緋桐さんは即座に応えてくれ、霊石は綺麗な放物線を描いて飛んでいきました。そしてその霊石が巨大なべとべとさんの上に来たところで、私は大きな声でコマンドワードを叫びます。
「Momotaro is the best. Momotaro is the No1!!」
その私の声に反応し、敵の巨大な身体の下と上から同時に凄まじい爆音と爆風が巻き起こります。しかもその爆風はかなりの熱風で、とっさに龍さんが風を遮ってくれなかったら大惨事になるところでした。
光と音と熱が荒れ狂い、そしてソレが収まった時。
私達の前には瓦礫の山が出来上がっていたのでした。
0
お気に入りに追加
22
あなたにおすすめの小説
俺の固有スキルはあったけぇ!『母からの仕送り(手紙付き)』
深月カナメ
ファンタジー
その年は、ショート動画が投稿できるほどの衝撃的に大量発生したツクツクボウシが、夏の終わりを壮大に告げていた。
帰宅途中で事故に巻き込まれ、目を覚ませば見た事も無い生物が生息する異世界へと招かれ、その異世界の秩序と理、そして、魔法の存在を知る事になる。
人と人以外の亜人族に魔族、神族までもが実在するこの世界で、俺は新たな人生を歩みだそうとしていた。
真新しい置き配用ボックスを大事に抱えて。
人の才能が見えるようになりました。~いい才能は幸運な俺が育てる~
犬型大
ファンタジー
突如として変わった世界。
塔やゲートが現れて強いものが偉くてお金も稼げる世の中になった。
弱いことは才能がないことであるとみなされて、弱いことは役立たずであるとののしられる。
けれども違ったのだ。
この世の中、強い奴ほど才能がなかった。
これからの時代は本当に才能があるやつが強くなる。
見抜いて、育てる。
育てて、恩を売って、いい暮らしをする。
誰もが知らない才能を見抜け。
そしてこの世界を生き残れ。
なろう、カクヨムその他サイトでも掲載。
更新不定期
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
ちょっ!みんな私のこと寵愛しすぎじゃない?!
アナスタシア
ファンタジー
世界No.1財閥の寵愛されしお姫様、暁 美心愛(アカツキ ミコア)が過ごす非日常。神や精霊、妖精も魅了していく愛し子。規格外な魔法や美貌でまた1人魅了されていく。ある日は聖女として、ある日は愛し子として歴史に名を残す行動を無自覚にしていく。美心愛に逆らったものは生きてはいけないのがこの世の暗黙の了解?!美心愛のファンクラブは信者が多い。世界の愛し子のチート生活をどうぞ!
美心愛の周りには規格外が集まりすぎる!
「ちょっと、みんな!
過保護すぎるよ!え、今度は何?
神様?天使?悪魔?魔王?
知りません、私は何も関係ありません!
私は平穏な華の高校生になりたいだけなのに。」
初めての作品です。
話の辻褄が合わないところが出てくるかもしれませんが優しく見守ってくだされば嬉しいです。
頑張って投稿していきたいと思います。
登場人物紹介は毎回更新していきます。
ところどころ間違ったところなどを編集します。
文章を修正するので少し変わってしまう部分が増えてしまうかもしれませんがご了承ください。
お願い致します。
役立たず王子のおいしい経営術~幸せレシピでもふもふ国家再建します!!~
延野 正行
ファンタジー
第七王子ルヴィンは王族で唯一7つのギフトを授かりながら、謙虚に過ごしていた。
ある時、国王の代わりに受けた呪いによって【料理】のギフトしか使えなくなる。
人心は離れ、国王からも見限られたルヴィンの前に現れたのは、獣人国の女王だった。
「君は今日から女王陛下《ボク》の料理番だ」
温かく迎えられるルヴィンだったが、獣人国は軍事力こそ最強でも、周辺国からは馬鹿にされるほど未開の国だった。
しかし【料理】のギフトを極めたルヴィンは、能力を使い『農業のレシピ』『牧畜のレシピ』『おもてなしのレシピ』を生み出し、獣人国を一流の国へと導いていく。
「僕には見えます。この国が大陸一の国になっていくレシピが!」
これは獣人国のちいさな料理番が、地元食材を使った料理をふるい、もふもふ女王を支え、大国へと成長させていく物語である。
旧タイトル
「役立たずと言われた王子、最強のもふもふ国家を再建する~ハズレスキル【料理】のレシピは実は万能でした~」
スキル【縫う】で無双します! 〜ハズレスキルと言われたけれど、努力で当たりにしてみます〜
藤花スイ
ファンタジー
コルドバ村のセネカは英雄に憧れるお転婆娘だ。
幼馴染と共に育ち、両親のように強くなることが夢だった。
けれど、十歳の時にセネカが授かったのは【縫う】という非戦闘系の地味なスキルだった。
一方、幼馴染のルキウスは破格のスキル【神聖魔法】を得て、王都の教会へと旅立つことに⋯⋯。
「お前、【縫う】なんていうハズレスキルなのに、まだ冒険者になるつもりなのか?」
失意の中で、心無い言葉が胸に突き刺さる。
だけど、セネカは挫けない。
自分を信じてひたすら努力を重ねる。
布や革はもちろん、いつしか何だって縫えるようになると信じて。
セネカは挫折を乗り越え、挑戦を続けながら仲間を増やしてゆく。
大切なものを守る強さを手に入れるために、ひたむきに走り続ける。
いつか幼馴染と冒険に出る日を心に描きながら⋯⋯。
「私のスキルは【縫う】。
ハズレだと言われたけれど、努力で当たりにしてきた」
これは、逆境を乗り越え、スキルを磨き続けた少女が英雄への道を切り拓く物語!
転生したら遊び人だったが遊ばず修行をしていたら何故か最強の遊び人になっていた
ぐうのすけ
ファンタジー
カクヨムで先行投稿中。
遊戯遊太(25)は会社帰りにふらっとゲームセンターに入った。昔遊んだユーフォーキャッチャーを見つめながらつぶやく。
「遊んで暮らしたい」その瞬間に頭に声が響き時間が止まる。
「異世界転生に興味はありますか?」
こうして遊太は異世界転生を選択する。
異世界に転生すると最弱と言われるジョブ、遊び人に転生していた。
「最弱なんだから努力は必要だよな!」
こうして雄太は修行を開始するのだが……
【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~
みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】
事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。
神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。
作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。
「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。
※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる