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4章
16歳 -無の月4-
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青藍の世話をしたり色んな事を教えたりしながら、日課の家事や畑仕事をこなす生活が続いています。日課に加えて一人で幼児の世話をするというのは想像以上にハードで、あまりの疲れに入浴中にウトウトしたり、夕食の片付けが終わった途端にウォーターベッド御帳台に倒れ込むようにして眠る日々です。
しかし、そんな私よりも日に日に疲労の色が濃くなっていくのが浦さんでした。
第3世代精霊の霊力。まぁ、浦さんが言うには精霊力とは呼びたくないぐらいに澱んだ力なのですが、それを浄化して自分の力とする為に浦さんは毎日大陸へと渡っています。その探索する方向を青藍の家族探しも兼ねて水の神座があったと思われる方面にしてくれたのですが、神代の頃とは地形が大きく変わっていて明確な位置が解りませんし、強行軍で運良くそこにたどり着けたとしても帰り道の安全の確保ができていなければ戻ってこれなくなります。そうすると留守番している人間組の命に関わる為、日帰りで少しずつ安全地帯を広げるようにして進んでくれています。
浦さんの1日は朝食後に大陸へと龍さんと一緒に渡り、遅くても夕方には精霊力をかなり残した状態で戻って船にある様々な霊石に精霊力を籠め直し、夕食後には早々に私の中に戻って休むというサイクルを繰り返しています。
山や島の拠点で使っていた霊石だと最大だと1ヶ月は霊力補充をしなくても大丈夫なのですが、船に取り付けたのはそれらよりもかなり小型な為に籠められる霊力も必然的に小さく。その為に5~10日に1回は霊力の補充が不可欠なのですが、問題は荒れ狂う海を平穏な海に変える技能「凪」の霊石です。この霊石だけは霊力の消耗が激しくて毎日4割ぐらいしか残らず、マガツ大陸へと向かっている途中も念の為に毎日補充をしていました。
ただそういった事情を鑑みても、浦さんの全精霊力からすれば日々の消費量は疲労困憊になる程では無いはずなのです。ですが日に日に浦さんの顔色が悪くなって、言葉も少なくなっていきます。
(今日は浦さんの好きなおかずをいっぱい作ろう)
お肉よりもお魚、凝った味付けよりもシンプルな塩味が好きな浦さん。醤油味や味噌味も好きですが、ジュージューと音を立てて皮目に油がにじみ出るような魚の塩焼きが一番の好物です。あと金さん程じゃないけれどお酒も好きなので、晩酌用のお酒と肴も用意したいところです。
精霊は食事による栄養補給は必要ありません。でも美味しいものを食べる楽しさを知った三太郎さんは、食事をすることで精神的な栄養補給をしています。それに家族で食卓を囲んで会話をする時間は、情報の共有やお互いの理解を深めるのにとても重要な時間です。それは山の拠点にいた頃から今でも変わりません。
(緋桐さんは桃さんと同じくお肉派っぽいけど、今日は我慢してもらおう)
緋桐さんと一緒に暮らすようになってそれなりの日数が経ち、食の好みはだいぶ把握できてきました。基本的には桃さんと同じで肉+濃いめの味付けが好きなのですが、桃さんと違ってお酒はあまり得意じゃないようです。
「酒は好き嫌いというより、邪魔でしかないからなぁ」
と緋桐さん。ほんの僅かでも酔ってしまえば剣先が鈍り、不要な殺生をすることになる為によほどの事がない限りはお酒は飲まないそうです。宴などでどうしても飲まないといけない時は最初の1杯だけ口をつけて、後は全て断るか飲んだフリで誤魔化すんだとか。
「ただ酒に弱いって事はないと思う。
俺の国では成人後に自分の限界量を知っておく必要があると、
警護をしっかり付けたうえで過飲する試練のようなモノがあるんだが、
俺よりも父上や兄上のほうが少ない量で潰れるからな」
何でも大きめの盃に1杯飲んでは剣を数回振るを繰り返し、自分のお酒の限界量と同時に剣先がどれぐらい鈍るのかを実感するテストのようなものがヒノモト国にはあるらしく。また加齢と共にアルコールの耐性は変わっていくので、1~2年に1回はチェックするんだそうです。
これ、さすが武人の国って褒めるところなんでしょうかね?
強張っていた浦さんの表情が、上手に焼けた魚の塩焼きのほっくりとした身とお酒が喉を通るたびにほぐれていきます。良かった、どうやら少しはリラックスしてもらえたようです。
金さんも桃さんも自分好みの酒と肴で一息入れていて、緋桐さんはお酒は飲まずに部屋の隅で剣の手入れをしながら一緒の空間にいることを楽しんでいるようです。私は眠い目を少しこすりつつ、私の膝に頭を乗せて寝ている青藍のお腹をぽんぽんと優しく撫でて眠りを促しました。どんちゃん騒いで飲むような事はしていませんが、少しでもゆっくりと眠れるように……。本当は部屋で寝て欲しいところですが、青藍は一人だと嫌がるので仕方ありません。
「いつもありがとう……」
そう浦さんに言えば、浦さんは少し驚いたようにこちらを見ました。
「櫻が礼を言うような事ではありません。
確かに貴女の頼みもありましたし、鬱金のこともあります。
ですが一番の理由はこの世界が崩壊しつつあるということ。
それが真実なのか虚偽なのかは解りません……と言いたい所ですが、
禍都地に上陸して以来、徐々に真実だと思い始めています。
それに万が一虚偽だったとしても、私の行動は私が決めたことです。
櫻、貴女が責を感じる事ではありませんよ?」
浦さんは昔からこのスタンスです。最終的に決めるのは自分自身だから、自分の責任であり私の責任ではないと。それはそうなのかもしれませんが、それでも……。
「そうだとしても、ありがとう」
「貴女は頑固ですねぇ」
「浦さんだって」
そう苦笑する浦さんに、お互い様じゃないと笑顔を返します。そんな私の返しにもう一度苦笑した浦さんは、ふと思い出したように
「そういえば出会った当初。
貴女が私達に名前を付けたいと言った時、
例え人間が便宜の為の仮の名前を私達に付けたとしても、
それによって私達精霊の本質は変わらないと言ったこと覚えていますか?」
「あー、あったね、そんな事。
神の欠片という本質は人の子が一時的に呼ぶ名称ごときでは揺らがない
だったっけ??」
出会った当初も当初、まだ三太郎さんという呼び方すらしていなかった頃。名無しの3人とはどうにもコミュニケーションが取りづらく、でも名前を付けた途端に契約ってよくあるパターンは避けたかった私は、確認してから名前を付けたいとお願いしたことがありました。
「あの言葉は今も変わらないのですが、
同時にやはり名前は偉大だったとも思います」
「ん?? もうちょっと詳しく」
「例え私に火の名前が付けられていたとしても、……心底名前を嫌うでしょうが、
それによって私が火の精霊になる訳ではありません。ここまでは良いですか?」
「うん、そりゃぁそうでしょ」
「つまり私が当時言ったように
水の神の欠片、つまり水の精霊という本質は名付けに影響されません。
ですが同時に名付けによって私という個にして己が確立していた事を
今回の探索で実感したのです」
浦さんの説明を理解するのに、眠かったこともあって少し時間がかかってしまいます。二度三度頭の中で浦さんの言葉を繰り返してから、ようやく自己が脅かされるような事があったのだと気づきました。
「何があったの?!」
危ないことがあるかもしれないと覚悟はしていましたが、心の何処かで三太郎さんなら大丈夫だとも思っていました。でも危険は何時でもどこでもすぐ側にあるのだと気づいた途端、眠気は一気に消えてしまいました。
「アマツ大陸にいた頃にも技能を増やすために妖退治をして、
霊力を高めた事がありましたが、あの時とは決定的に違う事があるのです」
「アレらは精霊力の澱みなのに対し、
この大陸で我らが吸収しているのは妖化した精霊の霊力、その違いだな」
浦さんの言葉を引き継いだのは金さんで、二人が話してくれた事は第三世代精霊の霊力の吸収の困難さを物語っていました。
マガツ大陸の精霊たちは例外なく全員が妖化していて、自我を保っているものはいません。ただただはるか昔からある本能に従って周囲を攻撃するだけの存在です。だから金さんも浦さんもまずは精霊を見つけたら浄化をして、その力を取り込むという段階を踏む必要があるのですが、浄化しても消えてしまった自我は戻りません。それは精霊というよりは精霊力の塊と呼ぶほうがふさわしい存在で、そのまま放置しておけばこの大陸の特性上、再び穢に飲み込まれて妖化してしまうしかない霊力の塊です。
だというのに精霊力を取り込んだ途端に、精霊の中にあった記憶に近い何かが流れ込んできて、金さんや浦さんを変質させようとするのだそうです。それは同じ精霊力の為に止める間もなく一つになろうとするそうで、あっという間に「元は金さんだった別の土の精霊」や「元は浦さんだった別の水の精霊」へと変化してしまいそうになるんだとか。
この時ばかりは龍さんも手助けはできないそうで……。
なにせ龍さんの性質は変化なので、近くにいれば余計に変化を助長するおそれがあり、吸収する際にはできるだけ遠くに離れているんだそうです。
「そんな時、貴女が私の名を呼ぶのですよ」
「あぁ、そなたが我の名を呼ぶのだ」
「浦さん……と」
「金さん……とな」
自分ではない何かが内側で暴れる中、私が呼びかける名前が「自分」を意識させ、結果として変化を免れたのだとか。
「そんな事が……」
「この先、取り込む精霊が増えれば増える程にその危険は増すじゃろうな」
「なんかヤベェんだな。俺様も気をつけるわ」
近くで話を無言で聞いていた龍さんが注意を促し、桃さんがポツリと言葉を零します。三太郎さんが三太郎さんじゃなくなるなんて絶対にイヤです。コミュニケーションが取りやすいからという理由で名前を付けさせてもらったのですが、思わぬところで役にたてました。
翌日、何時ものように起床して身支度を整え、それから青藍を起こします。
「しゃーら!」
まだ櫻と呼べない青藍は私を「しゃら」と呼びますが、それ母上の名前なんだよね。まぁアマツ大陸に連れ帰る事はないと思うので、問題は無いと思うけれど。
起きた青藍の身支度を整えてあげるのですが、まだ青黒い肌には慣れません。毎日一緒にお風呂に入っていることで体臭はかなり良くなっているうえに私も慣れてきましたが、視覚に入る青い肌はどうしてもギョッとしてしまいます。
「かなり広範囲の蒙古斑だと思えば……」
なんてことを思いますが、全身蒙古斑はそれはそれで……。
「モーコーハンってなんです??」
私の起床に合わせて外に出てきた三太郎さんのうち、浦さんが不思議そうにたずねてきました。
「私が赤ちゃんの頃にお尻にあったと思うんだけど、
青い痣みたいなのを蒙古斑っていうの」
「確かに貴女にはありましたが、アレは貴女が何かにぶつけた所為では??」
「え?」
何か聞いてはいけない事を聞いたような……。
念の為に金さんや桃さん、更には龍さんにも尋ねましたが、赤ん坊のお尻に青痣が出来ることは無いのだそうです。浦さんによれば、もしそんな痣があれば虐待を疑われてお産婆さんから指導、程度によっては検非違使に通報されて逮捕&赤ん坊は施薬院に保護されることすらあるらしく……。
私がそのルートを辿らなかった理由は、常に三太郎さんが見ていてくれていた為に第三者による虐待が原因ではないと判明していたことと、小さな身体に三属性の守護はやはり負担になっているのではと思われていた為でした。
「え、じゃぁ……。え? え??」
私は誰よりも身体が小さく……。
私は誰よりも身体能力が低く……
私は誰よりも食べる量が少なく……
ありとあらゆる肉体面で、身体が弱いと言われていた母上にすら及ばない私。
でも……
身長も体重も身体能力も食べる量も、前世基準なら極めて標準で、
しかも今の私は前世の私と似ているどころか、そっくりそのままで……。
私は……、私は本当に転生したの?
しかし、そんな私よりも日に日に疲労の色が濃くなっていくのが浦さんでした。
第3世代精霊の霊力。まぁ、浦さんが言うには精霊力とは呼びたくないぐらいに澱んだ力なのですが、それを浄化して自分の力とする為に浦さんは毎日大陸へと渡っています。その探索する方向を青藍の家族探しも兼ねて水の神座があったと思われる方面にしてくれたのですが、神代の頃とは地形が大きく変わっていて明確な位置が解りませんし、強行軍で運良くそこにたどり着けたとしても帰り道の安全の確保ができていなければ戻ってこれなくなります。そうすると留守番している人間組の命に関わる為、日帰りで少しずつ安全地帯を広げるようにして進んでくれています。
浦さんの1日は朝食後に大陸へと龍さんと一緒に渡り、遅くても夕方には精霊力をかなり残した状態で戻って船にある様々な霊石に精霊力を籠め直し、夕食後には早々に私の中に戻って休むというサイクルを繰り返しています。
山や島の拠点で使っていた霊石だと最大だと1ヶ月は霊力補充をしなくても大丈夫なのですが、船に取り付けたのはそれらよりもかなり小型な為に籠められる霊力も必然的に小さく。その為に5~10日に1回は霊力の補充が不可欠なのですが、問題は荒れ狂う海を平穏な海に変える技能「凪」の霊石です。この霊石だけは霊力の消耗が激しくて毎日4割ぐらいしか残らず、マガツ大陸へと向かっている途中も念の為に毎日補充をしていました。
ただそういった事情を鑑みても、浦さんの全精霊力からすれば日々の消費量は疲労困憊になる程では無いはずなのです。ですが日に日に浦さんの顔色が悪くなって、言葉も少なくなっていきます。
(今日は浦さんの好きなおかずをいっぱい作ろう)
お肉よりもお魚、凝った味付けよりもシンプルな塩味が好きな浦さん。醤油味や味噌味も好きですが、ジュージューと音を立てて皮目に油がにじみ出るような魚の塩焼きが一番の好物です。あと金さん程じゃないけれどお酒も好きなので、晩酌用のお酒と肴も用意したいところです。
精霊は食事による栄養補給は必要ありません。でも美味しいものを食べる楽しさを知った三太郎さんは、食事をすることで精神的な栄養補給をしています。それに家族で食卓を囲んで会話をする時間は、情報の共有やお互いの理解を深めるのにとても重要な時間です。それは山の拠点にいた頃から今でも変わりません。
(緋桐さんは桃さんと同じくお肉派っぽいけど、今日は我慢してもらおう)
緋桐さんと一緒に暮らすようになってそれなりの日数が経ち、食の好みはだいぶ把握できてきました。基本的には桃さんと同じで肉+濃いめの味付けが好きなのですが、桃さんと違ってお酒はあまり得意じゃないようです。
「酒は好き嫌いというより、邪魔でしかないからなぁ」
と緋桐さん。ほんの僅かでも酔ってしまえば剣先が鈍り、不要な殺生をすることになる為によほどの事がない限りはお酒は飲まないそうです。宴などでどうしても飲まないといけない時は最初の1杯だけ口をつけて、後は全て断るか飲んだフリで誤魔化すんだとか。
「ただ酒に弱いって事はないと思う。
俺の国では成人後に自分の限界量を知っておく必要があると、
警護をしっかり付けたうえで過飲する試練のようなモノがあるんだが、
俺よりも父上や兄上のほうが少ない量で潰れるからな」
何でも大きめの盃に1杯飲んでは剣を数回振るを繰り返し、自分のお酒の限界量と同時に剣先がどれぐらい鈍るのかを実感するテストのようなものがヒノモト国にはあるらしく。また加齢と共にアルコールの耐性は変わっていくので、1~2年に1回はチェックするんだそうです。
これ、さすが武人の国って褒めるところなんでしょうかね?
強張っていた浦さんの表情が、上手に焼けた魚の塩焼きのほっくりとした身とお酒が喉を通るたびにほぐれていきます。良かった、どうやら少しはリラックスしてもらえたようです。
金さんも桃さんも自分好みの酒と肴で一息入れていて、緋桐さんはお酒は飲まずに部屋の隅で剣の手入れをしながら一緒の空間にいることを楽しんでいるようです。私は眠い目を少しこすりつつ、私の膝に頭を乗せて寝ている青藍のお腹をぽんぽんと優しく撫でて眠りを促しました。どんちゃん騒いで飲むような事はしていませんが、少しでもゆっくりと眠れるように……。本当は部屋で寝て欲しいところですが、青藍は一人だと嫌がるので仕方ありません。
「いつもありがとう……」
そう浦さんに言えば、浦さんは少し驚いたようにこちらを見ました。
「櫻が礼を言うような事ではありません。
確かに貴女の頼みもありましたし、鬱金のこともあります。
ですが一番の理由はこの世界が崩壊しつつあるということ。
それが真実なのか虚偽なのかは解りません……と言いたい所ですが、
禍都地に上陸して以来、徐々に真実だと思い始めています。
それに万が一虚偽だったとしても、私の行動は私が決めたことです。
櫻、貴女が責を感じる事ではありませんよ?」
浦さんは昔からこのスタンスです。最終的に決めるのは自分自身だから、自分の責任であり私の責任ではないと。それはそうなのかもしれませんが、それでも……。
「そうだとしても、ありがとう」
「貴女は頑固ですねぇ」
「浦さんだって」
そう苦笑する浦さんに、お互い様じゃないと笑顔を返します。そんな私の返しにもう一度苦笑した浦さんは、ふと思い出したように
「そういえば出会った当初。
貴女が私達に名前を付けたいと言った時、
例え人間が便宜の為の仮の名前を私達に付けたとしても、
それによって私達精霊の本質は変わらないと言ったこと覚えていますか?」
「あー、あったね、そんな事。
神の欠片という本質は人の子が一時的に呼ぶ名称ごときでは揺らがない
だったっけ??」
出会った当初も当初、まだ三太郎さんという呼び方すらしていなかった頃。名無しの3人とはどうにもコミュニケーションが取りづらく、でも名前を付けた途端に契約ってよくあるパターンは避けたかった私は、確認してから名前を付けたいとお願いしたことがありました。
「あの言葉は今も変わらないのですが、
同時にやはり名前は偉大だったとも思います」
「ん?? もうちょっと詳しく」
「例え私に火の名前が付けられていたとしても、……心底名前を嫌うでしょうが、
それによって私が火の精霊になる訳ではありません。ここまでは良いですか?」
「うん、そりゃぁそうでしょ」
「つまり私が当時言ったように
水の神の欠片、つまり水の精霊という本質は名付けに影響されません。
ですが同時に名付けによって私という個にして己が確立していた事を
今回の探索で実感したのです」
浦さんの説明を理解するのに、眠かったこともあって少し時間がかかってしまいます。二度三度頭の中で浦さんの言葉を繰り返してから、ようやく自己が脅かされるような事があったのだと気づきました。
「何があったの?!」
危ないことがあるかもしれないと覚悟はしていましたが、心の何処かで三太郎さんなら大丈夫だとも思っていました。でも危険は何時でもどこでもすぐ側にあるのだと気づいた途端、眠気は一気に消えてしまいました。
「アマツ大陸にいた頃にも技能を増やすために妖退治をして、
霊力を高めた事がありましたが、あの時とは決定的に違う事があるのです」
「アレらは精霊力の澱みなのに対し、
この大陸で我らが吸収しているのは妖化した精霊の霊力、その違いだな」
浦さんの言葉を引き継いだのは金さんで、二人が話してくれた事は第三世代精霊の霊力の吸収の困難さを物語っていました。
マガツ大陸の精霊たちは例外なく全員が妖化していて、自我を保っているものはいません。ただただはるか昔からある本能に従って周囲を攻撃するだけの存在です。だから金さんも浦さんもまずは精霊を見つけたら浄化をして、その力を取り込むという段階を踏む必要があるのですが、浄化しても消えてしまった自我は戻りません。それは精霊というよりは精霊力の塊と呼ぶほうがふさわしい存在で、そのまま放置しておけばこの大陸の特性上、再び穢に飲み込まれて妖化してしまうしかない霊力の塊です。
だというのに精霊力を取り込んだ途端に、精霊の中にあった記憶に近い何かが流れ込んできて、金さんや浦さんを変質させようとするのだそうです。それは同じ精霊力の為に止める間もなく一つになろうとするそうで、あっという間に「元は金さんだった別の土の精霊」や「元は浦さんだった別の水の精霊」へと変化してしまいそうになるんだとか。
この時ばかりは龍さんも手助けはできないそうで……。
なにせ龍さんの性質は変化なので、近くにいれば余計に変化を助長するおそれがあり、吸収する際にはできるだけ遠くに離れているんだそうです。
「そんな時、貴女が私の名を呼ぶのですよ」
「あぁ、そなたが我の名を呼ぶのだ」
「浦さん……と」
「金さん……とな」
自分ではない何かが内側で暴れる中、私が呼びかける名前が「自分」を意識させ、結果として変化を免れたのだとか。
「そんな事が……」
「この先、取り込む精霊が増えれば増える程にその危険は増すじゃろうな」
「なんかヤベェんだな。俺様も気をつけるわ」
近くで話を無言で聞いていた龍さんが注意を促し、桃さんがポツリと言葉を零します。三太郎さんが三太郎さんじゃなくなるなんて絶対にイヤです。コミュニケーションが取りやすいからという理由で名前を付けさせてもらったのですが、思わぬところで役にたてました。
翌日、何時ものように起床して身支度を整え、それから青藍を起こします。
「しゃーら!」
まだ櫻と呼べない青藍は私を「しゃら」と呼びますが、それ母上の名前なんだよね。まぁアマツ大陸に連れ帰る事はないと思うので、問題は無いと思うけれど。
起きた青藍の身支度を整えてあげるのですが、まだ青黒い肌には慣れません。毎日一緒にお風呂に入っていることで体臭はかなり良くなっているうえに私も慣れてきましたが、視覚に入る青い肌はどうしてもギョッとしてしまいます。
「かなり広範囲の蒙古斑だと思えば……」
なんてことを思いますが、全身蒙古斑はそれはそれで……。
「モーコーハンってなんです??」
私の起床に合わせて外に出てきた三太郎さんのうち、浦さんが不思議そうにたずねてきました。
「私が赤ちゃんの頃にお尻にあったと思うんだけど、
青い痣みたいなのを蒙古斑っていうの」
「確かに貴女にはありましたが、アレは貴女が何かにぶつけた所為では??」
「え?」
何か聞いてはいけない事を聞いたような……。
念の為に金さんや桃さん、更には龍さんにも尋ねましたが、赤ん坊のお尻に青痣が出来ることは無いのだそうです。浦さんによれば、もしそんな痣があれば虐待を疑われてお産婆さんから指導、程度によっては検非違使に通報されて逮捕&赤ん坊は施薬院に保護されることすらあるらしく……。
私がそのルートを辿らなかった理由は、常に三太郎さんが見ていてくれていた為に第三者による虐待が原因ではないと判明していたことと、小さな身体に三属性の守護はやはり負担になっているのではと思われていた為でした。
「え、じゃぁ……。え? え??」
私は誰よりも身体が小さく……。
私は誰よりも身体能力が低く……
私は誰よりも食べる量が少なく……
ありとあらゆる肉体面で、身体が弱いと言われていた母上にすら及ばない私。
でも……
身長も体重も身体能力も食べる量も、前世基準なら極めて標準で、
しかも今の私は前世の私と似ているどころか、そっくりそのままで……。
私は……、私は本当に転生したの?
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