未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の陰月11-

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<おぬしの望みを言うが良い。
 おぬしたちを傷つけたあの船の帆を切り裂いてやろうか?
 それとも帆柱をへし折ってやってたほうが良いか??
 あぁ、いっそのこと船体を真っ二つにするのはどうじゃ?>

聞き慣れない声と口調の何かが物騒な事を羅列してきますが、そのどれもが私の望みとはかけ離れていて全く心に響きません。

<さぁ、おぬしの望みを申せ。わしの力が及ぶ限り力になろう>

<叔父上を助けて。それ以外に望むことなんて何もないよ>

謎の人物相手に心話を続けるなんて冷静に考えたら異常な事なのですが、叔父上の事で頭がいっぱいだった私はその異常性に全く気付かずにそう答えました。

<それは難しい望みじゃな。おぬしの叔父の命の灯火ともしびはここで消えるが定め。
 それを覆す事は自然の摂理に反しておる>

<っ! ……そんな定めなんて知らない。
 叔父上を助けられないのなら黙ってて!!>

心話を一方的に切り上げて、謎の存在の声を耳元でゴウゴウと鳴り響く風切り音ごと意識して遠ざけます。

叔父上が居なくなるなんて、そんな事……絶対に認められない!




叔父上の大きな手が好きでした。
その手で頭を撫でられるのも抱き上げられるのも好きでした。

叔父上の大きな背中が好きでした。
幼い頃、その背から肩越しに見た世界がとっても広く見え、同時に叔父上の頼もしさを感じられるその背が好きでした。

叔父上の優しい笑顔が好きでした。
赤ちゃんの頃からずっと、叔父上の笑顔があれば安心できました。


三太郎さんは別枠ですが、私にとって叔父上は家族の中でも特別でした。そう感じていた一番の理由は、私を拾ってくれた恩人だからという事なのは確かです。ですが同時に、出会った当初はほぼ同じ(精神)年齢だった叔父上の頑張りを見て、何とか手助けがしたいと思っていたのも同じぐらいに大きく……。

ちなみに山吹とも同じ年齢になるのですが、当時は山吹とあまり良い関係を築けていなかったので、やはり叔父上は別格に思えてしまいます。

また精神的同級生として、ほのかな憧れも抱いていました。もっとも私は乳幼児だったので精神年齢はほとんど成長せず、逆に叔父上はその後も成人男性として、そして一家の当主としての経験が精神をより大人にし、どんどんと差が出来てしまいましたが……。

その叔父上の命の灯火が消えていく……。




バチン!!と両手で自分の頬を力いっぱい叩きます。触れた頬は濡れていたようで余計にジンジンと痛みますが、その痛みで自分に喝を入れます。

(何、全部過去形で考えているの!!)

全部「~が好きでした」と過去形で考えている自分に気づいて、しっかりしろ!ともう1回頬を叩きます。

「おまっ! 何をやってんだ!」

慌てた桃さんが私の手首を掴んでこれ以上自分を叩かないようにと抑え込み、浦さんは少しだけ冷たい手を私の頬に当てて冷やしてくれます。そうやって桃さんや浦さんが私に触れると、ゴウゴウと耳元で聞こえていた風の音が少し遠くなったような気がしました。

「それにしても不思議ですね。
 何故櫻の瞳の色が変わっているのか……。
 最初は光の加減でたまたまそう見えただけかとも思いましたが、
 どうやら本当に緑色になってしまったようですよ」

私の頬を挟んだまま少し左右に顔を傾けさせる浦さんですが、私自身は瞳の色が変わったと言われても全く視界に変化が無い為に解りません。何より……

「そんな事より、叔父上を助けたいのっ!!
 金さん、浦さん、桃さん。力と知恵を貸してっ!!!」

私の頬を挟んでいた浦さんの手を握り、三太郎さんの目を順に見つめます。

「そなたの気持ちはよく分かる。
 ……だが死というものは万人に等しく、いずれ訪れるものだ」

ゆっくりと諭すように話す金さんに、即座に「嫌だ!」と返します。そんな私の反応に三太郎さんは驚いたようで、目を見張ってしまいました。確かに今まで三太郎さんが私に何かを諭した際、どれほど納得できない事であっても納得する努力を私はしてきました。そのうえでどうしても駄目なモノは話し合いで妥協点を見つけるというのが三太郎さんと私のやり方でした。

そんな今までのやり方を一切無視して頑なに拒否する私に、三太郎さんが明らかに戸惑っています。命に対する考え方が精霊である三太郎さんと私とでは違うのは仕方がないとは解っています。三太郎さんからすれば、ここで鬱金うこんという人生が終わっても、魂は巡り巡って新しい人生を得るのだから「失われるのでは無い、単に入れ物が変わるだけ」という認識です。

「縁があればいずれまた出会う。
 今しばし……そう少しの間、鬱金の魂は旅に出るだけだ」

確かにそうなのかもしれません。
私も輪廻転生を経験しているので、理屈としては解らなくもありません。まぁ異世界に来てしまっているので、ここでお父さんやお母さんに出会えるとは思えませんが。でも理屈は理解できても、感情どころか私の全てが叔父上がいなくなる事を拒否するんです。

「はぁ…………。
 まず確認しますが、どこも痛かったり苦しかったりすることはありませんね?
 目が痛いとか熱いとか、そういう事もありませんね?」

「えっ? うん、私は何ともないよ。
 叔父上が……守ってくれたから……」

一度大きくため息をついた浦さんは、私に異常がないか確認したあと

「櫻が頑固なのは貴方がたも知っての通り。
 ここは一度櫻の言う通りにしてみましょう」

と金さんと桃さんに提案してくれました。自覚はありませんが私の瞳の色が変わってしまっている事が三太郎さんは心配なようで、少し迷っていましたが最終的には私の言う通りにしてみようと言ってくれました。

「さ、櫻嬢? その、この者たち……いや、こちらの方々が
 櫻嬢を守護する精霊様だというのは、間違いないのだろうか?」

それまで成り行きを見守っていた緋桐ひぎり殿下が、恐る恐るといった感じで私に訪ねてきました。

「えぇ、間違いはありません。
 ですが、その事に関して殿下に後でお話したい事があります。あとお願いも。
 でも今は叔父上を助ける方が先です。ご協力お願いします」

そう返事をして頭を下げれば、緋桐殿下も「それはそうだ」と納得してくれました。そして心臓マッサージを山吹と交代するために、やり方を兄上に「教えてくれ」と頼みに行きます。戦死を誉とするヒノモト国の王子である緋桐殿下は死に対し私が感じる程の忌避感は無いはずなのですが、数日前の小火宴しょうかえんで私が言った「私のために死ぬ人より、生きてくれる人が良い」という言葉を思い出してくれたのかもしれません。




「叔父上を助ける方法、叔父上を助ける方法……」

ブツブツと呟きながら脳内の情報を必死に検索します。心臓マッサージは既に山吹と緋桐殿下が交代でしていますし、呼びかけは兄上がしています。

(後は人工呼吸ぐらいしか思いつかない……。
 ……待って! そういえば……)

ふと以前に一度、人工呼吸をしようとした事があったなと、記憶の大海原からポコリと一つの記憶という名の気泡が湧き上がってきました。まだ幼い頃に山吹と一緒に地底湖に落ちた時のことです。そうすると芋づる式に、守護対象の異常を察知した叔父上や山吹の守護精霊が会いに来た事や、その直前に叔父上に付いていた過剰な精霊力の気配を不審に思った別の土の精霊と揉めた事も気泡となって浮かんできました。

その精霊は三太郎さんの手により一時的な眠りについたのですが、その際に三太郎さんが「土の精霊力は固定。水の精霊力は連結、火の精霊力は増殖の性質を持つ」と言っていた事を思い出しました。

なら叔父上の魂を叔父上の身体に固定したら、叔父上は助かるんじゃ……。

「金さん、金さんはたしか土の精霊には固定の性質があるって言っていたよね!
 叔父上の身体に叔父上の魂を固定できない?!」

「そなたが思い描いている結果が得られるかどうかは解らぬが、
 言いたい事は解った」

「じゃぁ!!」

ほんの少しだけとはいえ希望が見えた気がして、藁どころか糸にすら縋る気持ちで金さんの顔を見上げます。ですが続いた金さんの言葉は、希望の糸をブチリと引きちぎるようなものでした。

「そのうえで申すが、不確定要素と負担が大きすぎる。
 我にもそなたにも危険である以上、許可できぬ」

「金太郎の精霊力を常時放出し続ける事になるのは理解できますね?
 そして精霊力を消費したとしても、何時ものように回復が出来ないことも。
 貴女の中に戻って精霊力の回復をしようと魂の固定を解いた途端に、
 鬱金の魂は輪廻の渦に飲み込まれてしまうでしょうから」

「それに例え金が魂を固定したとしても、再び定着するかは解らねぇんだぞ?」

三太郎さんの言い分は、家族の命が関わらないような平時だったなら「そうだね」って言えたんだと思います。でも今は言えません。

「やってみて駄目だったなら……そのときは…………」

そうは言うものの、どうしても諦めるという単語が口から出てきません。私の言葉に、何より俯いて口籠ってしまった私に三太郎さんが特大のため息をつきました。三太郎さんは私の気持ちを可能な限り尊重してくれます。なので叔父上や母上や兄上、それにつるばみや山吹のことも私と同様に守ってくれます。ですがそれは私に危険や負担が無い事が前提です。桃さんは金さんや浦さんと比べれば少しだけ私の気持ちを重視してくれますが、それでも絶対に譲れないラインというのは三太郎さんの中にしっかりとあります。

「時間が無いの! 蘇生って時間との勝負なの!!
 出来る事をやらないまま、後になって「あぁすれば良かった」なんて
 後悔をしたくない!!」

<よくぞ申した!>

私が心のままに叫んだ途端、内側からまたあの声が聞こえました。

<先程申したように、儂が力を貸そう>

<あなたの力を借りたら、叔父上は助かるの??>

<助かるかどうかは解らぬ。じゃがおぬしがやりたい事をさせてやろう>

そう聞こえた途端、ブワッと私を中心に風が渦を巻きます。そして自分の中から何かが抜けていくのが解りました。ですがソレが視認できません。それは私を背にかばった桃さんの背中以外何も見えないからというのもありますが、何より本当に何も見えないのです。

「てめぇは誰だ!!」

「儂か? 儂はおぬしたちの言葉で申せば、第1世代の風の精霊じゃな」

「は? 風の精霊なんていねぇよ!!」

「こうして居るじゃろうが」

目に見えない何かは、完全に戦闘態勢に入った桃さんの威嚇を軽くいなします。

「穢れは感じねぇからあやかしじゃねぇのは確かのようだが……。
 信用できねぇから、櫻に近づくな!!」

「まったく……。火の精霊じゃから仕方がないとはいえ、
 おぬしは血の気が多いうえに短絡過ぎじゃ。

 さて……、力を貸す前に櫻、おぬしに頼みがある。
 儂にもこやつらと同様に名と姿を寄越せ。
 それによって精霊力の伝わる効率が変わる」

「でも……でも、叔父上が!!」

少しでも早く金さんの力を叔父上に注ぎたいと気が急いているのに、なんでこうも次から次へと邪魔が現れるの!!

「落ち着け。急ぎたいおぬしの気持ちはよく分かる。
 じゃが少しでも精霊力の漏出を防ぎ、効率よく進める必要が有るのじゃよ。
 ただし適当な名と姿では思うようにいかぬゆえ、注意するのじゃぞ。
 その姿や名が持つ心象力も、儂を作り上げるのに重要なのじゃから」

と釘を刺されてしまいました。それでも叔父上が気になってしまう私に、自称風の精霊は

「おぬしの叔父の呼吸は、とりあえずではあるが儂の力で確保しておる」

と教えてくれました。その言葉にあわてて叔父上の元へ駆け寄り、鼻の前に手を当てれば微かにではありますが風が当たります。

「解った……。すぐに考えるから」

こうして私は16年ぶりに精霊?に名前をつけることになったのでした。
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