未来樹 -Mirage-

詠月初香

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3章

16歳 -火の極日4-

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ガタガタと揺れ続ける馬車は「さぁ吐け!」と刑事ドラマの強面刑事のような強引さで私の胃袋を締め上げ、まだ乗ってからそれほど時間は経っていないというのに既に乗り物酔いMAX状態です。

ヒノモト国はヤマト国や天都とは違って馬車が主流なんだそうで、牛車に比べると揺れが激しくて胃袋とお尻にダイレクトにダメージが襲い掛かってきます。ほんの15分ほど前、出発した直後はこのまま到着しなければ良いのにと思っていたのにも関わらず、今では早く到着してくださいと切実に神に祈ってしまうぐらい乗り物酔いが辛くて仕方がありません。

これも全て、すーべーてー緋桐殿下のせいだーーっっ!

なんて恨み言を言ったところで吐き気が治まる訳もなく……。そもそも最終的に了承したのは自分なので自業自得です。




事の起こりは数日前。
緋桐殿下の爆弾発言を兄上から伝え聞いた叔父上が、殿下に対し額の青筋3本&無言の圧力を炸裂させたあの夜。

「緋桐殿下」

「いや、あのな?
 まず俺の話を……」

「…………」

「す、すまん」

弁明より先に謝罪を述べた緋桐殿下の判断は正しかったようで、大きく溜息をついた叔父上はようやく話を聞く姿勢になりました。

緋桐殿下としてもあの場で妹姫と遭遇するのは想定外だったそうで、前もって了承を得る時間がなかった事をまずは詫び、それから何故あの言動となったのかを順を追って説明してくれました。

まず一番大きな理由として、私達の身分をヤマト国の商人だと周囲に認識させたかった事が上げられました。アマツ三国には不文律があり、その中の一つに国で決定した事に他の国は干渉できないというものがあります。前世でも他国の国内問題に干渉する事は国家の独立権を侵害する行為として国際法上禁止されていました。当然といえば当然です。

今回はそれを逆手に取ると言えば良いのか、緋桐殿下という王家の一員が衆人の前で私達を商人として扱う事で、私達の立場や身分を確定しようとしたのだそうです。ただ殿下としてはあの場ではなく、もっと後でちゃんと叔父上たちの了承を得てからするつもりだったようなのですが……。

ようは既に商人として活動しているヤマト国に加えて我がヒノモト国までもが元碧宮家一同を商人と認定した以上、他のミズホ国はそれに対し異議申し立てができないはずだというのが緋桐殿下の言い分でした。天都はこういった時は自分たちの意見は言わずに必ず中立を保つという決まりなので、アマツ3国のうち2国で商人認定なら覆る事は無い……と。

また、一国の王子緋桐殿下と男女の関係にあるなんていう特別な立場ならば、商人よりも落ち延びた碧宮家の姫という立場の方が有利です。伝え聞くところによれば、兄上の偽物は既に何人か出没した事があるらしいですし……。それにも関わらず殿下も私も商人であると言えば、私を元碧宮家の人間だと思う人は出てこないだろうという判断だったようです。

もちろん宮家や華族ではなく商人(平民)となる事で生じる不都合もあり、王族や華族の無茶振りに逆らう事はできなくなります。ですがそれもヤマト王家の覚えも目出度い商家で、緋桐殿下のお気に入りともなれば話しは別です。身分差を覆すほどでは無いにしても、ヤマト王家や緋桐殿下から不興を買ってしまう恐れがある為に無茶は言えなくなります。

他にも細々とした理由はあり、常に私の側に居てもおかしくない理由付けであったり、緋桐殿下の個人的な事情であったりと幾つも言葉を重ねていきます。その度に叔父上は頭痛を堪えるような表情になったり、肺の空気を全て吐き出すような溜息をついたりと何とも言えない空気が漂います。

「殿下が私ども、何より櫻を思ってくださった上での事だとは理解致しました。
 また本来であれば私どもに相談した上でのつもりであったことも、
 想定外の事態であった事も理解しました。ですが……ですが!
 殿下の個人的な事情に櫻を巻き込む事はお止めください!!」

緋桐殿下の個人的な事情に関しては私も初耳だったのですが、どうも緋桐殿下には縁談が持ち上がっているそうで……。その相手は国内でもそれなりに力のある華族らしいのですが、緋桐殿下としてはその縁談を是が非でも受ける訳にはいかないんだとか。内密でと話してくれたのですが、今まで素行不良を装い、それを理由に縁談を避けてきたんだそうですが、そろそろ年齢的に厳しくなってきたところに私と再会したんだとか。これは色んな意味で運命だ!と思ったそうで……。

その話を聞いた途端に叔父上と兄上の目に剣呑な光が浮かんで、横に居て怖いぐらいです。殿下にとって救いだったのは、過保護筆頭の山吹が不寝番でこの場に居なかった事かもしれません。もし山吹がこの場に居たら、緋桐殿下は問答無用で殴られていたと思います。

「櫻嬢には迷惑をかけて申し訳ないと思う。
 思うが俺も切実に困っているだ。
 俺があの家とつながれば、下手をすれば国が割れる事態になる」

「はぁ…………」

何回目なのか既に数えきれない叔父上の大きなため息に、そっと叔父上の様子を盗み見ます。どうも叔父上は自分の中で何とか折り合いをつけようとしているようで、息を吐き終えると同時に目を瞑って天を仰いでしまいました。

「あの、叔父上?
 私が仮の思い人?とかになる事で殿下が助かるのなら、私やりますよ?
 殿下には5年前も助けてもらっていますし、今も色々と助けてもらっているのに
 何もお返しができないのは心苦しいですから」

そう私が言えば、緋桐殿下の表情が解りやすくパァァァと明るくなります。当然ながらこちらの事情に配慮した条件を色々と付ける事にはなりますが、私が思い人とやらになる事で緋桐殿下が助かるのなら人助けだと思ってやってみせましょう!

「櫻、そんな簡単な問題じゃない」

ところがそんな私の決意とは逆に、珍しく兄上が険しい顔で怒ります。決して声を荒げている訳ではないのに、叔父上程ではないにしても圧のある言葉に謝るしかありません。

「ごめんなさい……」

しょんぼりと俯く私に、兄上の「いや、僕もすまない」という小さな声が降ってきました。これが拠点なら母上やつるばみ、三太郎さんたちのフォローが入るんでしょうが、この場に三太郎さんを顕現させる訳にもいきませんし、母上たちは遠い海の上です。

「はぁ……。殿下、色々とお話したい事は山のようにありますが、
 今はひとまずお引き取り願えますか?
 後程、山吹や櫻当人とも相談のうえ、お返事をさせて頂きます」

叔父上はそう言うと、話を切り上げて殿下に退室を促したのでした。




翌日。山吹が戻り次第、緊急会議が始まりました。流石に三太郎さんを顕現させる訳にはいきませんが、金さんと桃さんの2人は心話で私を介して会議に参加してくれるようです。

「緋桐殿下の案は色々と穴はあるものの、決して悪いものではないと私も思う」

そう言いだしたのは叔父上でしたが、昨晩の事をついさっき聞いたばかりの山吹はいまだ怒りが収まらないようで、

「悪い悪くない以前に、お嬢を巻き込む時点で害悪です!」

と言いながら拳を自分の掌に強く叩きつけています。

「僕も同意見です。確かに皐月姫殿下との遭遇は想定外ではあったのでしょうが、
 ならば尚更、あの場ではあたり障りない言動に徹すべきです」

想定外の事態に遭遇した時に一か八かの賭けに出るタイプと、現状維持という安全をとるタイプの違いなのでしょうが、兄上には緋桐殿下の言動が理解できないようでした。

「落ち着け、2人とも。
 気持ちは良く解るが、殿下の発言をなかった事には今更できはしないのだから」

そう言うと叔父上は咳払いをし、「それに……」と続けます。

「私達は表舞台には二度と立たず、碧宮家という名と身分を捨て、
 人知れず隠れ住んでいれば難から逃れられると思っていた。
 だが、それでも敵は襲ってきた」

感情を極力排して淡々と叔父上が告げると、山吹や兄上が小さく頷いて同意を示します。

「安全な地で心安らかな生活を、姉上や橡、槐や櫻には送ってもらいたいが、
 同時に今までのように隠れているだけでは、闇から闇へと葬り去られるだけだ。

 ならば……

 逆に簡単に危害が加えられない程の地位と名を得るべきかもしれん。
 いや、碧宮家の時の二の舞を防ぐには、地位や名だけでは足りない。
 簡単に消す事が出来ない、消せば多方面に悪影響が出る程の影響力と財を持つ」

叔父上の強い意志を感じる発言に、内側から金さんの

<それが良いだろうな。
 我としては櫻のもつ知識の流出は避けたいが、
 それよりも大事なのは櫻とその家族の安全だ>

という声が聞こえてきます。同時に桃さんの脳筋極まりない、襲い掛かってきた敵は全て倒してしまえば良いんじゃなね?なんて心話が届きますが、流石にそれは無理です。家族の中で一番戦闘力のある山吹でも、無理じゃないかなぁ?

「そうですね、皆の安全を考えるとそれが最善かもしれません」

最初は渋々といった感じの山吹でしたが、叔父上の考えを聞いて少し悩み、その上で叔父上の考えに同意しました。

山吹と橡は私達と一緒に居なければ、命の危険を感じることなく生活できます。彼らはあくまでも碧宮家の使用人だった人たちで、私達と縁を切ればそれまでなのです。でも碧宮家襲撃の後も、そして山の拠点襲撃の後もずっと一緒に居てくれています。

一度叔父上が2人に、「私達とはもう離れて暮らした方が良いのではないか?」と持ちかけた事がありました。私や兄上が居ない時だったそうなのですが、三太郎さんから聞いたところによると、叔父上は橡に滅茶苦茶怒られたそうです。

山吹も母親である橡と同じ気持ちだったようで、

「随身としてではなく、幼い頃から共に育った友として……いや、
 乳が付くとはいえ兄弟の俺に、お前たちを見捨てろと言うのか!!」

と叔父上の胸倉を掴んだそうです。山吹としては叔父上の気持ちも解るから、余計に悔しかったんじゃないかなぁ。最後の最後で一線を引かれてしまう事に。

それ以来、山吹は自分の考えを積極的に叔父上に伝えるようになりました。今までも譲れない部分は叔父上に伝えていたのですが、もっと些細な事でも相談して一緒に決めるようになったのです。この世界の常識的に最終決定は叔父上の役目にはどうしてもなってしまうのですが、それでも責任や重荷を分け合おうという山吹の気持ちは叔父上の負担を減らしてくれていると思います。




その日の夜遅く。極日の中日という極めて忙しい日程をこなして疲労の色が見える殿下を捕まえて、相談して決まった事や条件などを色々と話し合いました。

私は仮の思い人になる事を了承し、また商人としての地位を確固たるものにして、名声と財を築いていくという方針を伝えると、殿下は渡りに船と火の極日最終日に行われる国内の若い華族が参加する宴に一緒に参加しないかと誘ってきました。

ヒノモト国では火の極日の最終日の夜に2つの宴が開かれるのだそうです。主催者が国王の華族各家の当主と夫人が参加する大火宴だいかえんと、大火宴に参加する第一王子以外の若い王族が主催する小火宴しょうかえんの2つで、その小火宴には結婚適齢期の20歳前後の男女が参加するんだそうです。

その小火宴に第二王子の緋桐殿下も参加しなくてはならないのですが、年齢に縛りがある時点で解るようにお見合いパーティのようなものらしく……。婚約者が既に居る人は同伴して参加すれば単なる楽しいパーティなのですが、婚約者の居ない殿下にとっては狩猟場に放り込まれる餌の気分だとかで、どうにかして回避しようとして主催者の妹姫に釘を刺されて回避失敗した案件なんだそうです。

その小火宴に私と一緒に参加して殿下の縁談を潰しつつ、ついでに吉野家としてちょっとした軽食やお菓子、小物を出してみないか?という事のようです。既にヤマト国では王家御用達としてそれなりに有名になった吉野家ですが、ヒノモト国でも名が売れれば……しかも王家と取り引きをする程の商家となれば簡単には手が下せないはずです。

ちなみに私はつい王家御用達なんて言ってしまいますが、この世界においての正式名称は御用商人で、「王家」とは付けませんし「達」も付けません。

ただ当然ながら誰でも商品を納める事が出来る訳ではなく、事前に主催者のお眼鏡に適う必要があります。今回の小火宴でいえば皐月姫殿下の認定が必要で、しかも既にその認定は水の陰月の終わり頃には終わっていて、今更許可が出るとは思えません。その問題をどうするのか殿下に尋ねたら、事も無げに

「あぁ、その事に関しては俺が出席する条件に付け加えた。
 さっきその書簡を届けさせたから、今頃あいつの所に届いているはずだ」

と飄々と言ってのけました。最初のインパクトの所為で妹姫=怖い女性という印象でしたが、今、滅茶苦茶彼女に同情しましたよ……。




まぁ、そのおかげで所為で、今、私は見本品を持って馬車に乗っているんですがっ!!

叔父上と山吹は今夜の出店の準備があって同行できません。本来なら4人でする予定だった準備を2人に任せてしまうのだから、今頃かなり大変な作業をしているはずです。ですがこちらはこちらで、見本品だけでなく無理をお願いした関係で手土産にも相当気を配る必要があり……。

「必要ないぞ?」

と緋桐殿下は言いますが、そんな訳にいかない事ぐらい未成年の私にだって解ります。ただ流石に私一人では不安なので、叔父上たちの勧めで兄上と一緒に緋桐殿下が用意してくれた馬車に乗り込んだ訳ですが、今すぐ帰りたい気持ちでいっぱいです。

「大丈夫か?」

心配そうに尋ねてくる緋桐殿下を少し恨めしく思いつつも、最終的には自業自得だという結論に辿り着くわけで……。

「大丈夫……です。ちょっと酔っただけで……。
 安心して、ください。ちゃんと殿下の仮の思い人、演じますから」

そうこみ上げてくる何かを堪えつつ答えれば、殿下がポツリと何かを呟きました。吐き気を堪える事で精一杯の私は良く聞き取れなかったので聞き返したですが、「何でもない」と言葉少なに返事を濁されてしまいました。こっそりと桃さんが内から小声で教えてくれた所によると

「櫻嬢は仮って何度も言うが、俺は一度たりとも……」

と言っていたのだとか。

まったく何を言ってるんだか、事情を知っている私相手にまで女ったらしな王子を演じなくても良いのに。

そんな事を思いつつ、必死に馬車酔いを耐える私でした。
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