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2章
10歳 -火の陰月2-
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「も、もぅ……無理。これ以上は絶対に無理……」
アスカ村が目視できる距離まできたというのに私は呼吸も荒く疲労困憊で、膝がガクガクと震えてしまうほどです。しっかりしなきゃと思うのに村が見えたことで気が抜けてしまったのか、どんなに膝に力を入れようとしても入らず、その場にへたり込んでしまいました。それに気づいた少し先を歩いていた兄上が心配そうな表情で戻ってきて、「よいしょ」という掛け声と同時に両脇に手を入れて持ち上げて立たせてくれます。そうしてから周囲を確認してから耳元で小さく
「櫻、大丈夫かい?
もう少しだから頑張って、村の近くからは馬車に乗れるから。
それとも僕がおぶって行こうか?」
と励ましてくれたり気遣ってくれました。既に限界まで頑張っている私としては「もうこれ以上は頑張れません」と兄上に甘えてしまいところではあるのですが、おぶってもらうのは恥ずかしいですし、何より私より多くの荷物を背負って歩いている兄上に申し訳ないのでそんな事は言えません。
「……もう少しだけ、頑張ります」
結局、何とか足に力を込めて1歩ずつゆっくりと前に進み始めます。視線を上げれば少し先で叔父上が心配そうにこちらを見ていて、その事に気付いた私は無理矢理笑顔を作ると大丈夫だよと意思表示をしたのでした。
3年前にヤマト国の王都に行った時は黒松に乗っての移動でしたが、この3年で黒松も王風も年をとってしまって、最近では何か仕事をさせる事はありません。二頭とも日々草を食んでは眠り、暑い時には湖で水浴びをして1日をのんびりと過ごしています。譲り受けた時点で既に老齢に片足を突っ込んだぐらいの年齢だったのですが、10年経った事で4本脚全部突っ込んだ老齢と言える年になりました。
そんな訳で今回は3人で徒歩移動する事になりました。今回の大和行きは兄上の十三詣りという成人の為の儀式と戸籍の登録が一番の目的ですが、同時に兄上に叔父上たちがやっている行商の仕事を覚えてもらうという目的もあります。その為に売り物となる商品を持って山を下りなくてはならず……。一応前もって叔父上や山吹が交代で茴香殿下の研究所への搬入という形で商品を持ち込んではいたのですが、それだけでは追いつかず。今もかなりの重量の荷物を叔父上は背負っていますし、兄上も比較的軽めとはいえそこそこの荷物を背負っています。それに対し私は自分の着替えと身の回りの道具ぐらいしか持っていないのに、真っ先に疲れて息が上がってしまい……。毎日毎日体力増強の為のトレーニングを頑張ってきましたが、叔父上どころか私の次にか弱いと言われる母上の背中が遠く感じられる程にトレーニングの成果は出ていません。
せめて自分のことぐらいはちゃんとやろうと思っていたのに……。
余程の事がない限り体力増強メニューをさぼったりはしていないのですが、何故か何時まで経っても体力がつきません。前世の10歳の頃の自分と比べれば体力がある方だとは思うのですが、この世界基準だと幼児以下の体力でしかありません。この貧弱な体力をどうにかしようと食事もトレーニングも頑張っているのに……。本当にどうすれば改善できるんだろう……。
どうにかアスカ村に着いた頃にはもう喋る事もできず、ただ呼吸をするだけで精一杯といったありさまでした。正確にはアスカ村の外の竹林の中にある間道なのですが、ここを抜ければすぐそこがアスカ村ですし、ここで落ち合う約束をしているので私にとってはここがゴールになります。
竹林の中は日陰になっている為に涼やかな風が吹き、火の陰月とはいってもまだまだ極日なみに暑い中を歩いてきた私にとっては天国のようです。竹の中に琺瑯容器と保冷と浄水の霊石を仕込んだ水筒の中の水を飲んでいたら、アスカ村とは逆の方から馬車がゆっくりと近づいてきました。一瞬、叔父上の視線が鋭くなりますが、すぐにいつもの柔らかい叔父上の眼差しに戻ります。なぜならその馬車の御者台に乗っていたのが茴香殿下の随身の忍冬さんだったからです。
行商人という仮の身分を持つ叔父上ですが、ずっと馬車を持ってはいませんでした。初めの頃は金銭面の問題も確かにありましたがその問題が解決した後も頑なに馬車を買わなかったのは、万が一にも轍の跡を辿られて居場所を探られたら危険だと判断した為でした。蹄鉄をつけていないこの世界の馬の足跡は野生馬となんら変わらないので誤魔化すこともできますが、轍という人工物の跡は誤魔化しがききませんから……。
ただ茴香殿下の研究所建設によって様々な環境が変わったのです。それを受けて3年前、叔父上や山吹と殿下たちが相談して、行商用に馬車を1台購入する事にしました。普段はその馬車を研究所の片隅の倉庫に隠しておき、使う時には随身の忍冬さんにお願いして乗って外へ出てもらって叔父上を拾ってから、いかにも今行商に来ましたという風を装ってアスカ村へ戻るという手段を取るのだそうです。こうする事で安全を確保しつつ叔父上の行商人としての肩書きを大行商人へとランクアップさせることが出来ました。馬車の有無は商人にとっては解りやすいステータスなんだそうです。殿下たちは更にその上のステータスとして王家御用達商人の地位を叔父上に渡したかったようですが、それは目立ちすぎて危険だからと叔父上は丁重にお断りしていました。
そして馬車はお金さえあれば比較的簡単に買えますが、馬は牛程ではないにしても高いうえに買う時に色々と手続きが必要になります。また野生馬を自分で手懐けたとしても、買う時以上の手続きが必要になります。出来ればそういった手続きを避けたかった叔父上は最後まで馬車の購入を渋っていたのですが、とあるアイデアを思いついたので金さん経由で囁いてみました。
それがレンタカーならぬ馬の貸し出しです。
茴香殿下の研究所に馬の厩舎や馬場を併設してもらい、担保は必要でしょうが少額で馬を貸し出す事業をしてみてはどうかと茴香殿下に提案したのです。世界初の馬のレンタル業でしたがこれが大当たりし、一番多い使われ方は田起こし等の農作業の時でした。おかげでアスカ村や周辺の村の農家から、茴香殿下は崇められる勢いで感謝されています。他にも隣村の実家へ帰る時や、近隣の村へ荷物を届けるときなど最近では気軽に借りる人も増えたそうで、そうやって常に頭数が増減するので叔父上が借りても目立ちません。それに馬の世話をする人も必要になるので雇用促進にもなりました。今では馬の貸し出し業を真似る人も出てきたようで、トラブルが起こらないように法整備も急がれているとか。
また馬車が通る道がしっかりと整備されたのも、馬車購入の判断の後押しとなりました。茴香殿下が毎年必ず1往復はする道なので、大きな牛車や馬車が何台通っても大丈夫な道が作られたのです。それの恩恵に私達も与れるという訳ですね。
何にしても馬車が使えるようになったことで、色々と便利になりました。大量の荷物も(何度かに分けて研究所内の倉庫へ運び込む必要はありますが)一度に売りに行けるようになりましたし、雨も幌のおかげで防げるのでずぶ濡れにもなりません。
「お久しぶりです。おや、櫻嬢は大丈夫ですか?
随分とお疲れのようですが……」
3年前に比べて顔の精悍さが増している分、圧の強さも増している忍冬さん。彼に私達を威圧しようなんて気持ちが欠片も無いって事は解っているのですが、それでも一瞬怯んでしまいそうになります。
「病気をするほどでは無いんだが、相変わらず体力が無くてね。
すまないが、出来るだけ早く櫻を中に入れてあげたいんだ」
叔父上が荷物を馬車の荷台の幌の中へと入れ終わると、私をひょいと持ち上げて荷台に座らせてくれたうえに靴まで脱がしてくれました。
「中で横になれるように布を敷いてあるから、そこで休んでいなさい。
槐、良くここまで頑張った、えらいぞ。お前も中で休んでいなさい」
「はい、叔父上」
流石に兄上は自力で荷台に乗れるようで、ひょいっと手を使って荷台に飛び乗ると靴を脱いで中へと入ってきました。
「私は御者台にいるから、何かあったら言うんだよ」
叔父上はそう言うと幌をサッと閉じて行ってしまいました。幌の中は全く見えないという程ではないもののかなり薄暗く、その程よい暗さ加減に加えてゴトゴトとリズミカルに揺れる荷台など、今ここにある全ての存在が疲れきった私に「眠れぇー、眠れぇー」と催眠電波を発しているかのようです。時々竹の地下茎で地面が盛り上がっているのかゴトンッと大きく揺れ、そのたびに「ハッ!」と覚醒するのですが直ぐに瞼が重くなり……
「ふふっ、ほら、無理してないで寝ちゃった方が良いよ。
櫻もいっぱい頑張ったからね」
そう言って横になった私の背中をポンポンとあやすように叩く兄上に、もうそんなに小さな子供じゃないと苦情を言いたいのに、疲れすぎていて口を開く気になりません。そして私は心地よい暗さと揺れ、そして兄上の掌の体温にあっという間に眠ってしまったのでした。
茴香殿下は一年のうち、水の月と火の月をアスカ村の研究所で過ごし、土の月には王都へと戻ります。無の月はその年次第のようですが、今のところはアスカ村で過ごしているようです。
殿下が土の月に王都へと戻る理由は、ヤマト国では土の月に神事や祭事の大半が執り行われる事になるうえに、社交シーズンでもあるからです。王族や華族のほぼ全てが神事の為に大社に集まるので、必然的に社交シーズンも土の月になったという感じのようです。
同じようにミズホ国ならば水の月が、ヒノモト国なら火の月が神事や祭事が目白押し&社交シーズンになるのだとか。ちなみに天都では自家がヤマト国の流れを汲むのなら土の月に、ヒノモト国の流れなら火の月に……という感じなので、無の月以外の全てが社交シーズンらしく……。橡に何かの折に当時の感想を聞いたところ、正直しんどかった……と遠い目をされてしまいました。
そんな訳で現在、茴香殿下も私達と一緒に大和へと向かっています。土の陽月1日という土の月に入ったん途端に神事がある為に、この時期に移動する事になるのです。私達と同じように殿下と一緒に出発した人は少数ながら居て、殿下の牛車の後には叔父上の馬車をはじめ幾つかの馬車が続いています。そしてこの先、村や町を通過する度に後続の馬車は増えていく事は明白です。だって護衛が付く殿下と一緒に移動すれば、道中の安全は確保できたも同然ですからね。ただ、「一緒に行く」とは聞いていたのですが、その一緒のレベルが私の思っていたのとは違うと言いたく……。
「ところで櫻嬢、此方の案なんだが……」
何で私まで殿下の牛車に乗っているんでしょうか??
アスカ村が目視できる距離まできたというのに私は呼吸も荒く疲労困憊で、膝がガクガクと震えてしまうほどです。しっかりしなきゃと思うのに村が見えたことで気が抜けてしまったのか、どんなに膝に力を入れようとしても入らず、その場にへたり込んでしまいました。それに気づいた少し先を歩いていた兄上が心配そうな表情で戻ってきて、「よいしょ」という掛け声と同時に両脇に手を入れて持ち上げて立たせてくれます。そうしてから周囲を確認してから耳元で小さく
「櫻、大丈夫かい?
もう少しだから頑張って、村の近くからは馬車に乗れるから。
それとも僕がおぶって行こうか?」
と励ましてくれたり気遣ってくれました。既に限界まで頑張っている私としては「もうこれ以上は頑張れません」と兄上に甘えてしまいところではあるのですが、おぶってもらうのは恥ずかしいですし、何より私より多くの荷物を背負って歩いている兄上に申し訳ないのでそんな事は言えません。
「……もう少しだけ、頑張ります」
結局、何とか足に力を込めて1歩ずつゆっくりと前に進み始めます。視線を上げれば少し先で叔父上が心配そうにこちらを見ていて、その事に気付いた私は無理矢理笑顔を作ると大丈夫だよと意思表示をしたのでした。
3年前にヤマト国の王都に行った時は黒松に乗っての移動でしたが、この3年で黒松も王風も年をとってしまって、最近では何か仕事をさせる事はありません。二頭とも日々草を食んでは眠り、暑い時には湖で水浴びをして1日をのんびりと過ごしています。譲り受けた時点で既に老齢に片足を突っ込んだぐらいの年齢だったのですが、10年経った事で4本脚全部突っ込んだ老齢と言える年になりました。
そんな訳で今回は3人で徒歩移動する事になりました。今回の大和行きは兄上の十三詣りという成人の為の儀式と戸籍の登録が一番の目的ですが、同時に兄上に叔父上たちがやっている行商の仕事を覚えてもらうという目的もあります。その為に売り物となる商品を持って山を下りなくてはならず……。一応前もって叔父上や山吹が交代で茴香殿下の研究所への搬入という形で商品を持ち込んではいたのですが、それだけでは追いつかず。今もかなりの重量の荷物を叔父上は背負っていますし、兄上も比較的軽めとはいえそこそこの荷物を背負っています。それに対し私は自分の着替えと身の回りの道具ぐらいしか持っていないのに、真っ先に疲れて息が上がってしまい……。毎日毎日体力増強の為のトレーニングを頑張ってきましたが、叔父上どころか私の次にか弱いと言われる母上の背中が遠く感じられる程にトレーニングの成果は出ていません。
せめて自分のことぐらいはちゃんとやろうと思っていたのに……。
余程の事がない限り体力増強メニューをさぼったりはしていないのですが、何故か何時まで経っても体力がつきません。前世の10歳の頃の自分と比べれば体力がある方だとは思うのですが、この世界基準だと幼児以下の体力でしかありません。この貧弱な体力をどうにかしようと食事もトレーニングも頑張っているのに……。本当にどうすれば改善できるんだろう……。
どうにかアスカ村に着いた頃にはもう喋る事もできず、ただ呼吸をするだけで精一杯といったありさまでした。正確にはアスカ村の外の竹林の中にある間道なのですが、ここを抜ければすぐそこがアスカ村ですし、ここで落ち合う約束をしているので私にとってはここがゴールになります。
竹林の中は日陰になっている為に涼やかな風が吹き、火の陰月とはいってもまだまだ極日なみに暑い中を歩いてきた私にとっては天国のようです。竹の中に琺瑯容器と保冷と浄水の霊石を仕込んだ水筒の中の水を飲んでいたら、アスカ村とは逆の方から馬車がゆっくりと近づいてきました。一瞬、叔父上の視線が鋭くなりますが、すぐにいつもの柔らかい叔父上の眼差しに戻ります。なぜならその馬車の御者台に乗っていたのが茴香殿下の随身の忍冬さんだったからです。
行商人という仮の身分を持つ叔父上ですが、ずっと馬車を持ってはいませんでした。初めの頃は金銭面の問題も確かにありましたがその問題が解決した後も頑なに馬車を買わなかったのは、万が一にも轍の跡を辿られて居場所を探られたら危険だと判断した為でした。蹄鉄をつけていないこの世界の馬の足跡は野生馬となんら変わらないので誤魔化すこともできますが、轍という人工物の跡は誤魔化しがききませんから……。
ただ茴香殿下の研究所建設によって様々な環境が変わったのです。それを受けて3年前、叔父上や山吹と殿下たちが相談して、行商用に馬車を1台購入する事にしました。普段はその馬車を研究所の片隅の倉庫に隠しておき、使う時には随身の忍冬さんにお願いして乗って外へ出てもらって叔父上を拾ってから、いかにも今行商に来ましたという風を装ってアスカ村へ戻るという手段を取るのだそうです。こうする事で安全を確保しつつ叔父上の行商人としての肩書きを大行商人へとランクアップさせることが出来ました。馬車の有無は商人にとっては解りやすいステータスなんだそうです。殿下たちは更にその上のステータスとして王家御用達商人の地位を叔父上に渡したかったようですが、それは目立ちすぎて危険だからと叔父上は丁重にお断りしていました。
そして馬車はお金さえあれば比較的簡単に買えますが、馬は牛程ではないにしても高いうえに買う時に色々と手続きが必要になります。また野生馬を自分で手懐けたとしても、買う時以上の手続きが必要になります。出来ればそういった手続きを避けたかった叔父上は最後まで馬車の購入を渋っていたのですが、とあるアイデアを思いついたので金さん経由で囁いてみました。
それがレンタカーならぬ馬の貸し出しです。
茴香殿下の研究所に馬の厩舎や馬場を併設してもらい、担保は必要でしょうが少額で馬を貸し出す事業をしてみてはどうかと茴香殿下に提案したのです。世界初の馬のレンタル業でしたがこれが大当たりし、一番多い使われ方は田起こし等の農作業の時でした。おかげでアスカ村や周辺の村の農家から、茴香殿下は崇められる勢いで感謝されています。他にも隣村の実家へ帰る時や、近隣の村へ荷物を届けるときなど最近では気軽に借りる人も増えたそうで、そうやって常に頭数が増減するので叔父上が借りても目立ちません。それに馬の世話をする人も必要になるので雇用促進にもなりました。今では馬の貸し出し業を真似る人も出てきたようで、トラブルが起こらないように法整備も急がれているとか。
また馬車が通る道がしっかりと整備されたのも、馬車購入の判断の後押しとなりました。茴香殿下が毎年必ず1往復はする道なので、大きな牛車や馬車が何台通っても大丈夫な道が作られたのです。それの恩恵に私達も与れるという訳ですね。
何にしても馬車が使えるようになったことで、色々と便利になりました。大量の荷物も(何度かに分けて研究所内の倉庫へ運び込む必要はありますが)一度に売りに行けるようになりましたし、雨も幌のおかげで防げるのでずぶ濡れにもなりません。
「お久しぶりです。おや、櫻嬢は大丈夫ですか?
随分とお疲れのようですが……」
3年前に比べて顔の精悍さが増している分、圧の強さも増している忍冬さん。彼に私達を威圧しようなんて気持ちが欠片も無いって事は解っているのですが、それでも一瞬怯んでしまいそうになります。
「病気をするほどでは無いんだが、相変わらず体力が無くてね。
すまないが、出来るだけ早く櫻を中に入れてあげたいんだ」
叔父上が荷物を馬車の荷台の幌の中へと入れ終わると、私をひょいと持ち上げて荷台に座らせてくれたうえに靴まで脱がしてくれました。
「中で横になれるように布を敷いてあるから、そこで休んでいなさい。
槐、良くここまで頑張った、えらいぞ。お前も中で休んでいなさい」
「はい、叔父上」
流石に兄上は自力で荷台に乗れるようで、ひょいっと手を使って荷台に飛び乗ると靴を脱いで中へと入ってきました。
「私は御者台にいるから、何かあったら言うんだよ」
叔父上はそう言うと幌をサッと閉じて行ってしまいました。幌の中は全く見えないという程ではないもののかなり薄暗く、その程よい暗さ加減に加えてゴトゴトとリズミカルに揺れる荷台など、今ここにある全ての存在が疲れきった私に「眠れぇー、眠れぇー」と催眠電波を発しているかのようです。時々竹の地下茎で地面が盛り上がっているのかゴトンッと大きく揺れ、そのたびに「ハッ!」と覚醒するのですが直ぐに瞼が重くなり……
「ふふっ、ほら、無理してないで寝ちゃった方が良いよ。
櫻もいっぱい頑張ったからね」
そう言って横になった私の背中をポンポンとあやすように叩く兄上に、もうそんなに小さな子供じゃないと苦情を言いたいのに、疲れすぎていて口を開く気になりません。そして私は心地よい暗さと揺れ、そして兄上の掌の体温にあっという間に眠ってしまったのでした。
茴香殿下は一年のうち、水の月と火の月をアスカ村の研究所で過ごし、土の月には王都へと戻ります。無の月はその年次第のようですが、今のところはアスカ村で過ごしているようです。
殿下が土の月に王都へと戻る理由は、ヤマト国では土の月に神事や祭事の大半が執り行われる事になるうえに、社交シーズンでもあるからです。王族や華族のほぼ全てが神事の為に大社に集まるので、必然的に社交シーズンも土の月になったという感じのようです。
同じようにミズホ国ならば水の月が、ヒノモト国なら火の月が神事や祭事が目白押し&社交シーズンになるのだとか。ちなみに天都では自家がヤマト国の流れを汲むのなら土の月に、ヒノモト国の流れなら火の月に……という感じなので、無の月以外の全てが社交シーズンらしく……。橡に何かの折に当時の感想を聞いたところ、正直しんどかった……と遠い目をされてしまいました。
そんな訳で現在、茴香殿下も私達と一緒に大和へと向かっています。土の陽月1日という土の月に入ったん途端に神事がある為に、この時期に移動する事になるのです。私達と同じように殿下と一緒に出発した人は少数ながら居て、殿下の牛車の後には叔父上の馬車をはじめ幾つかの馬車が続いています。そしてこの先、村や町を通過する度に後続の馬車は増えていく事は明白です。だって護衛が付く殿下と一緒に移動すれば、道中の安全は確保できたも同然ですからね。ただ、「一緒に行く」とは聞いていたのですが、その一緒のレベルが私の思っていたのとは違うと言いたく……。
「ところで櫻嬢、此方の案なんだが……」
何で私まで殿下の牛車に乗っているんでしょうか??
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