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2章
神々の住まう地 :茴香
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神々の国は此処にあった……。
我ながら馬鹿な事を考えていると自嘲したくもなるが、そうとでも表現しなければここにある道具や施設の特殊さは説明ができない。それほどまでに此処にある全てのモノが規格外だった。何せヤマト王家直系である俺が、未だかつて想像すらした事のないようなモノばかりなのだから。
技術大国である我が国の技術を分類する方法は幾つかあるが、その中に「甲・乙・丙」という3種類に分類する方法がある。それは技術の重要度や秘匿性で区別するためのもので、細かく言えばきりがないのだが大雑把にいえば
甲:王家と王家が許可した者のみが知り、使う事ができる技術及び物品。
当然ながら国外への流出は不可で、国内でも扱える者は王家が選ぶ。
乙:国内でのみ使用が許可される技術及び物品で、国外への流出は不可。
丙:国外に流出しても良い技術及び物品。
といった感じだろうか。例えば我が国では製鉄技術は丙種技術に分類されていて、鉄剣を始めとした鉄の武具や道具を諸外国に輸出している。もちろん丙種技術なのでヒノモト国やミズホ国にも製鉄技術は伝わっているのだが、どうも出来上がった鉄の質が我が国で作られた鉄の質に及ばず、短期間で劣化が進んでしまうらしい。なので製鉄産業自体が我が国に比べて盛んではない。そういった関係で他国や朝廷は、命に関わるような重要なモノほど我が国で作られた鉄を輸入して作るか、完成品を買う事になる。
そして鉄製の武具が標準の他国に対し、我が国の軍の標準的な装備は強度に勝る鋼という合金だ。鉄にとある物を混ぜて作る鋼の製造法は甲種技術で、王家が運営する工場でのみ作る事できて一般には非公開となる。また作られた鋼やそれから作られる武具は乙種技術となっていて、鋼自体や鋼を使った武具・道具を国外に持ち出す事は許可されていない。
こうした装備品や技術の優位性があるからこそ、我が国は古くから国家間の争いの当事者になった事がない。援軍を求められたり停戦などの立会人を求められたりした事はあったが、我が国より劣る装備で戦を吹っ掛けてくるような愚かな事はミズホ国もヒノモト国もしてこない。この国を一度も戦場にした事がないという事は、我が王家の誇りでもある。
そういった事もあって、技術というものは国防に関わる大切なものだという認識が俺達王家にはある。ただ忘れてならないのは、国防というものは軍事面だけではないという事だ。我が王家の家訓に「大切な国民の命を守り助ける為に技術はある」とあり、技術は人を助けるモノであるべきという理念は代々受け継がれている。それは国民たちも同じで、王家を手本にと言わんばかりにその理念のもとで技術開発を進めている。
ただ、どこにでも例外というものは存在する……。
例えば木炭にとある鉱物を特定の比率で混ぜ込んだ黒い粉は、元々は地下へと居住地を広げる為に作られた爆発する粉だった。これによって固い岩を粉砕できれば、少しでも早く、そして楽に地下工事が進むと考えた者によって作られた。だが同時にそれは人を殺傷させる力を持つ、とても危険なモノでもあった。これが作られた当時は未だ朝廷は設立されておらず、ヒノモト国やミズホ国は事あるごとに争いを起こしていた。そんな情勢の中で大量の人の命を奪う事が可能となる黒い粉は、決して表に出してはならない技術だと判断した俺の先祖は、「特種技術」という別枠を新たに作る事にしたのだ。そして人を害する可能性の高い技術が開発されそうになったら、その技術を場合によっては封印し、二度と同じ技術が開発されないように手を打つ。その為の審判であり番人、それがヤマト王家の隠された役割だ。特殊技術はその規格の存在すら秘匿されていて、知っているのは王家直系の男のみ。それ程までにして隠し通さねばならない技術という事だ。
ちなみに特殊技術は名前から原料や効果を推定される事を避ける為に、特定の名前で呼ばずに番号で管理するようになっている。前述した黒い粉も開発者は別の名前で呼んでいたようだが、今では単なる96-157番という名称だ。
また土の神は急激な変化を好まれず、悠久の大地のように極めて穏やかな変化を望まれると言われている。だからこそ俺達も急激な技術開発は極力抑え、あくまでも現状あるものの改良に努める事が良いと言われ続けてきた。なので96-157番のような危険性は無いのに、急激な変化を起こしかねないという観点で封印された技術もある。
俺も蒔蘿も幼い頃からその役割を全うし、人を幸せにする技術を生み出し、次世代へと繋いでいく事こそが自分たちの役目だと言い聞かせられてきた。穏やかに緩やかに技術や技術者を育てていく事、それが当たり前だと思っていた。
だが、この地に来て……、此処に住む碧宮家の皆を見て思うのだ。
技術が劇的に革新される事の何が悪いのか……と。
もちろん大勢の人を殺戮するための技術ならば悪いと断言しても良いと思うが、姫沙羅様の明るく穏やかな笑顔や橡の年齢にそぐわない程に健康的な様子、それに子供たちの幸せそうなありようを見ていると、国民全てがそうであってほしいと願ってしまう。それの何が悪いのか。
ここにある技術は幸せの為の技術だ。冬でも温かい室内や、中に何が入っているのかは解らないが保温性に優れた外套。適度な温かさと弾力が疲れを取り去ってくれる御帳台。これらがあれば、国民たちはどれほど助かる事だろう……。無の月の寒さに死の影を見出して、脅える必要が無くなる日がくるかもしれない。
それに川の流れを利用した着物を自動で洗う道具や、同じく川の流れを利用した石臼の存在は女性の仕事をもっと楽にしてくれるだろう。
小さな物では食器類や歯ブラシという名の房楊枝も使い勝手が良く、何故か冷めにくいマグカップと呼ばれる変わった形の深型の杯も興味深い。
それに湯につかる習慣にも心底驚かされた。碧宮家の皆が言うにはあれが一番の健康の秘訣なんだとか。湯に入るだけでも驚きだというのに、更には油を塗りたくったり、泥を塗りたっくたり、泡だらけにされたりと散々な目にあった。だがそれが心地よいのだから不可思議極まりない。何度も何度も「それはない」と思ったし、実際に鬱金や山吹に言って抵抗もしたのだが、「精霊様のお言葉」と言われては逆らう事もできない。
そうやってこの地で過ごし、自分たちの手で復元ができそうな技術とそうでない技術をしっかりと見極め、そのうえで精霊様方に願い出る事にした。
碧宮家の皆が見ている中、深く深く頭を下げて目の前にいる土の精霊様へと願い出る。俺は生まれてこのかた、ここまで深く頭を下げた事は無いかもしれない。だが俺が頭を下げる事で、国民の命が救えるのならば幾らでも下げてみせる。
だが、その思いを口に出す事は無かった。
実際、他にも動機は幾つもあった。姫沙羅様を始めとした碧宮家の皆が心配だったこともあったし、アスカ村へ人員を割く為の実績が欲しかったのも確かだ。ただそれらは口に出して良い動機で、国民の為という言葉は決して口に出してはならない動機だった。祖父からも父からも上に立つ者としてソレは常に考えねばならない大事な事だが、決して口に出してはならない事だと教えられてきていた。何故ならそれは王族ならば至極当然の事で、口に出した瞬間に押し付けとなり国民の負担になってしまうモノだから……と。
国民というよりは友人であり仲間でもある碧宮家の皆や、精霊様が相手ならば正直に言っても良い気がするが、俺は蒔蘿ほど器用に言動を切り替える事はできないのだから仕方がない。
「ふむ……。そなたらの言いたい事は解った。
だがそなたらに伝えて良い品は既に鬱金や山吹が持ち出しておる。
逆を申せば鬱金や山吹が商品として持ち出しておらぬという事は
山を下ろしてはならぬと止めおいた物だ」
返ってきた答えは予想通りではあったが、そう簡単に引き下がる訳にはいかない。そもそもこうして対話してくださっているだけで、本来ならばありえない別格の扱いなのだという事も解っている。それでも諦めきれない、諦められる訳がない。普段ならば自ら他人に積極的に話しかける事のない俺だが、今日ばかりはそうもいかない。そう思って何度も何度も言葉を尽くして精霊様に頼み続けた。
その後、幾つかの条件を飲む事で精霊様の助力を得られることとなった。精霊様に嘘はつけないと言いながら本心を話さなかった俺を、蒔蘿は「しょうがない兄だな」と言わんばかりの目で見てきたりもしたが、目的は果たせたのだから良しとしたい。言葉にすべきではないと教えられて20数年。染み込んだ認識は簡単には変えられないようだ。蒔蘿の臨機応変さや器用さが少しだけ羨ましい……。
雪深いアスカ村で、そして水の月に入って雪解けが徐々に進む大和で俺はとても忙しい日々を送る事となった。
今までも政務や研究開発に忙しい日々を送っていたのだが、それに加えて精霊語を新たに習い覚える時間が増える事になった。それだけでも休む時間が無い程だというのに、更に蒔蘿主導で進める事となった兵座と俺の研究所の連携に関する取り決めをする時間も増えて、毎日気絶するようにして眠る日々だ。
流石に今までやっていた研究をそのまま続行させるのは事は難しく、比較的終わりが見えているものから順に部下に任せて仕事量を減らし、俺は新たな研究の下準備に入る事にした。
精霊様から教えて頂いた、精霊石……精霊様は霊石と略されていたが、その霊石にに精霊様の御業を封じ込める技法を探る研究だ。この研究が完成しなければ、あの地で見た様々な道具や施設は再現不可能だ。ただ教えて頂いたのは霊石に御業を籠めた際に刻み込まれる紋だけで、どのようにすれば人間にも御業が籠められるのかは精霊様ですら解らないとのことだった。
霊石に墨で紋を描いても全く駄目で、出来れば傷をつけたくはなかったのだが刃物で紋を刻み込んでも無駄だった。信仰心に篤い神職の者に描いてもらえば……という案も考えたのだが、精霊様により霊石や紋に関する全ての事に緘口令がしかれている為に不可能だ。仕方なく俺一人で研究を進めて行くのだが、あまりにも手がかりが無くて直ぐに手詰まりとなってしまう。
それに霊石はとても貴重で、そう何度も失敗はできないという重圧もある。一度、霊石を真っ二つに割ってしまった時などは、心がぽっきりと折れてしまいそうになった。
そんな時に決まって思い出すのはあの日々だ。
あの好奇心をこれでもかと刺激し、様々な探求心を満足させてくれる場所は間違いなく神の地だった。あの地で過ごした決して長くない日々は、間違いなく俺の長い人生の指針だ。全ての国民があの生活を受けられるようにしたい。それは何時までも変わらない俺の根幹となるべき思いだ。
俺達が持ち帰った情報や技術に関する計画は少しずつ進んでいる。最近ようやく水車小屋を建てる川や予定地、工期が決まった。温水につかる行為に関する研究は反発が強い為に、様子を見ながら進められる事になった。精霊様からお教えいただいた
「常に水回りは綺麗に。汚い水にあの水の妖は寄ってきます」
「あと、鉄を水の中に沈めておくように。
あの水の妖は鉄の気を嫌うゆえ、これがあると無いとでは大きく違う」
「その鉄だけどよ、錆びきる前に取り換えて
定期的に綺麗な鉄にしとけよ?」
という三精霊様のお言葉を参考に、あれこれと実験を進めている段階だ。温水浴の普及には時間がかかりそうだが、水車の動力化は今年の土の極日までには実現できるだろう。そうすれば国民も喜んでくれるだろうか……。
我ながら馬鹿な事を考えていると自嘲したくもなるが、そうとでも表現しなければここにある道具や施設の特殊さは説明ができない。それほどまでに此処にある全てのモノが規格外だった。何せヤマト王家直系である俺が、未だかつて想像すらした事のないようなモノばかりなのだから。
技術大国である我が国の技術を分類する方法は幾つかあるが、その中に「甲・乙・丙」という3種類に分類する方法がある。それは技術の重要度や秘匿性で区別するためのもので、細かく言えばきりがないのだが大雑把にいえば
甲:王家と王家が許可した者のみが知り、使う事ができる技術及び物品。
当然ながら国外への流出は不可で、国内でも扱える者は王家が選ぶ。
乙:国内でのみ使用が許可される技術及び物品で、国外への流出は不可。
丙:国外に流出しても良い技術及び物品。
といった感じだろうか。例えば我が国では製鉄技術は丙種技術に分類されていて、鉄剣を始めとした鉄の武具や道具を諸外国に輸出している。もちろん丙種技術なのでヒノモト国やミズホ国にも製鉄技術は伝わっているのだが、どうも出来上がった鉄の質が我が国で作られた鉄の質に及ばず、短期間で劣化が進んでしまうらしい。なので製鉄産業自体が我が国に比べて盛んではない。そういった関係で他国や朝廷は、命に関わるような重要なモノほど我が国で作られた鉄を輸入して作るか、完成品を買う事になる。
そして鉄製の武具が標準の他国に対し、我が国の軍の標準的な装備は強度に勝る鋼という合金だ。鉄にとある物を混ぜて作る鋼の製造法は甲種技術で、王家が運営する工場でのみ作る事できて一般には非公開となる。また作られた鋼やそれから作られる武具は乙種技術となっていて、鋼自体や鋼を使った武具・道具を国外に持ち出す事は許可されていない。
こうした装備品や技術の優位性があるからこそ、我が国は古くから国家間の争いの当事者になった事がない。援軍を求められたり停戦などの立会人を求められたりした事はあったが、我が国より劣る装備で戦を吹っ掛けてくるような愚かな事はミズホ国もヒノモト国もしてこない。この国を一度も戦場にした事がないという事は、我が王家の誇りでもある。
そういった事もあって、技術というものは国防に関わる大切なものだという認識が俺達王家にはある。ただ忘れてならないのは、国防というものは軍事面だけではないという事だ。我が王家の家訓に「大切な国民の命を守り助ける為に技術はある」とあり、技術は人を助けるモノであるべきという理念は代々受け継がれている。それは国民たちも同じで、王家を手本にと言わんばかりにその理念のもとで技術開発を進めている。
ただ、どこにでも例外というものは存在する……。
例えば木炭にとある鉱物を特定の比率で混ぜ込んだ黒い粉は、元々は地下へと居住地を広げる為に作られた爆発する粉だった。これによって固い岩を粉砕できれば、少しでも早く、そして楽に地下工事が進むと考えた者によって作られた。だが同時にそれは人を殺傷させる力を持つ、とても危険なモノでもあった。これが作られた当時は未だ朝廷は設立されておらず、ヒノモト国やミズホ国は事あるごとに争いを起こしていた。そんな情勢の中で大量の人の命を奪う事が可能となる黒い粉は、決して表に出してはならない技術だと判断した俺の先祖は、「特種技術」という別枠を新たに作る事にしたのだ。そして人を害する可能性の高い技術が開発されそうになったら、その技術を場合によっては封印し、二度と同じ技術が開発されないように手を打つ。その為の審判であり番人、それがヤマト王家の隠された役割だ。特殊技術はその規格の存在すら秘匿されていて、知っているのは王家直系の男のみ。それ程までにして隠し通さねばならない技術という事だ。
ちなみに特殊技術は名前から原料や効果を推定される事を避ける為に、特定の名前で呼ばずに番号で管理するようになっている。前述した黒い粉も開発者は別の名前で呼んでいたようだが、今では単なる96-157番という名称だ。
また土の神は急激な変化を好まれず、悠久の大地のように極めて穏やかな変化を望まれると言われている。だからこそ俺達も急激な技術開発は極力抑え、あくまでも現状あるものの改良に努める事が良いと言われ続けてきた。なので96-157番のような危険性は無いのに、急激な変化を起こしかねないという観点で封印された技術もある。
俺も蒔蘿も幼い頃からその役割を全うし、人を幸せにする技術を生み出し、次世代へと繋いでいく事こそが自分たちの役目だと言い聞かせられてきた。穏やかに緩やかに技術や技術者を育てていく事、それが当たり前だと思っていた。
だが、この地に来て……、此処に住む碧宮家の皆を見て思うのだ。
技術が劇的に革新される事の何が悪いのか……と。
もちろん大勢の人を殺戮するための技術ならば悪いと断言しても良いと思うが、姫沙羅様の明るく穏やかな笑顔や橡の年齢にそぐわない程に健康的な様子、それに子供たちの幸せそうなありようを見ていると、国民全てがそうであってほしいと願ってしまう。それの何が悪いのか。
ここにある技術は幸せの為の技術だ。冬でも温かい室内や、中に何が入っているのかは解らないが保温性に優れた外套。適度な温かさと弾力が疲れを取り去ってくれる御帳台。これらがあれば、国民たちはどれほど助かる事だろう……。無の月の寒さに死の影を見出して、脅える必要が無くなる日がくるかもしれない。
それに川の流れを利用した着物を自動で洗う道具や、同じく川の流れを利用した石臼の存在は女性の仕事をもっと楽にしてくれるだろう。
小さな物では食器類や歯ブラシという名の房楊枝も使い勝手が良く、何故か冷めにくいマグカップと呼ばれる変わった形の深型の杯も興味深い。
それに湯につかる習慣にも心底驚かされた。碧宮家の皆が言うにはあれが一番の健康の秘訣なんだとか。湯に入るだけでも驚きだというのに、更には油を塗りたくったり、泥を塗りたっくたり、泡だらけにされたりと散々な目にあった。だがそれが心地よいのだから不可思議極まりない。何度も何度も「それはない」と思ったし、実際に鬱金や山吹に言って抵抗もしたのだが、「精霊様のお言葉」と言われては逆らう事もできない。
そうやってこの地で過ごし、自分たちの手で復元ができそうな技術とそうでない技術をしっかりと見極め、そのうえで精霊様方に願い出る事にした。
碧宮家の皆が見ている中、深く深く頭を下げて目の前にいる土の精霊様へと願い出る。俺は生まれてこのかた、ここまで深く頭を下げた事は無いかもしれない。だが俺が頭を下げる事で、国民の命が救えるのならば幾らでも下げてみせる。
だが、その思いを口に出す事は無かった。
実際、他にも動機は幾つもあった。姫沙羅様を始めとした碧宮家の皆が心配だったこともあったし、アスカ村へ人員を割く為の実績が欲しかったのも確かだ。ただそれらは口に出して良い動機で、国民の為という言葉は決して口に出してはならない動機だった。祖父からも父からも上に立つ者としてソレは常に考えねばならない大事な事だが、決して口に出してはならない事だと教えられてきていた。何故ならそれは王族ならば至極当然の事で、口に出した瞬間に押し付けとなり国民の負担になってしまうモノだから……と。
国民というよりは友人であり仲間でもある碧宮家の皆や、精霊様が相手ならば正直に言っても良い気がするが、俺は蒔蘿ほど器用に言動を切り替える事はできないのだから仕方がない。
「ふむ……。そなたらの言いたい事は解った。
だがそなたらに伝えて良い品は既に鬱金や山吹が持ち出しておる。
逆を申せば鬱金や山吹が商品として持ち出しておらぬという事は
山を下ろしてはならぬと止めおいた物だ」
返ってきた答えは予想通りではあったが、そう簡単に引き下がる訳にはいかない。そもそもこうして対話してくださっているだけで、本来ならばありえない別格の扱いなのだという事も解っている。それでも諦めきれない、諦められる訳がない。普段ならば自ら他人に積極的に話しかける事のない俺だが、今日ばかりはそうもいかない。そう思って何度も何度も言葉を尽くして精霊様に頼み続けた。
その後、幾つかの条件を飲む事で精霊様の助力を得られることとなった。精霊様に嘘はつけないと言いながら本心を話さなかった俺を、蒔蘿は「しょうがない兄だな」と言わんばかりの目で見てきたりもしたが、目的は果たせたのだから良しとしたい。言葉にすべきではないと教えられて20数年。染み込んだ認識は簡単には変えられないようだ。蒔蘿の臨機応変さや器用さが少しだけ羨ましい……。
雪深いアスカ村で、そして水の月に入って雪解けが徐々に進む大和で俺はとても忙しい日々を送る事となった。
今までも政務や研究開発に忙しい日々を送っていたのだが、それに加えて精霊語を新たに習い覚える時間が増える事になった。それだけでも休む時間が無い程だというのに、更に蒔蘿主導で進める事となった兵座と俺の研究所の連携に関する取り決めをする時間も増えて、毎日気絶するようにして眠る日々だ。
流石に今までやっていた研究をそのまま続行させるのは事は難しく、比較的終わりが見えているものから順に部下に任せて仕事量を減らし、俺は新たな研究の下準備に入る事にした。
精霊様から教えて頂いた、精霊石……精霊様は霊石と略されていたが、その霊石にに精霊様の御業を封じ込める技法を探る研究だ。この研究が完成しなければ、あの地で見た様々な道具や施設は再現不可能だ。ただ教えて頂いたのは霊石に御業を籠めた際に刻み込まれる紋だけで、どのようにすれば人間にも御業が籠められるのかは精霊様ですら解らないとのことだった。
霊石に墨で紋を描いても全く駄目で、出来れば傷をつけたくはなかったのだが刃物で紋を刻み込んでも無駄だった。信仰心に篤い神職の者に描いてもらえば……という案も考えたのだが、精霊様により霊石や紋に関する全ての事に緘口令がしかれている為に不可能だ。仕方なく俺一人で研究を進めて行くのだが、あまりにも手がかりが無くて直ぐに手詰まりとなってしまう。
それに霊石はとても貴重で、そう何度も失敗はできないという重圧もある。一度、霊石を真っ二つに割ってしまった時などは、心がぽっきりと折れてしまいそうになった。
そんな時に決まって思い出すのはあの日々だ。
あの好奇心をこれでもかと刺激し、様々な探求心を満足させてくれる場所は間違いなく神の地だった。あの地で過ごした決して長くない日々は、間違いなく俺の長い人生の指針だ。全ての国民があの生活を受けられるようにしたい。それは何時までも変わらない俺の根幹となるべき思いだ。
俺達が持ち帰った情報や技術に関する計画は少しずつ進んでいる。最近ようやく水車小屋を建てる川や予定地、工期が決まった。温水につかる行為に関する研究は反発が強い為に、様子を見ながら進められる事になった。精霊様からお教えいただいた
「常に水回りは綺麗に。汚い水にあの水の妖は寄ってきます」
「あと、鉄を水の中に沈めておくように。
あの水の妖は鉄の気を嫌うゆえ、これがあると無いとでは大きく違う」
「その鉄だけどよ、錆びきる前に取り換えて
定期的に綺麗な鉄にしとけよ?」
という三精霊様のお言葉を参考に、あれこれと実験を進めている段階だ。温水浴の普及には時間がかかりそうだが、水車の動力化は今年の土の極日までには実現できるだろう。そうすれば国民も喜んでくれるだろうか……。
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