82 / 206
2章
7歳 -無の月4-
しおりを挟む
金さんの突然の提案に二人の殿下は思考が追いついていない様子で、
「兵座……で御座いますか?
座というのはあの座の事で??」
と茴香殿下にしては珍しく、意図を測り損ねたのか聞き返してきました。
「他にどんな座があるのか我は知らぬが
同業者の相互扶助を目的としたあの座だ」
金さんは金さんで座の意味を聞かれるとは思っていなかったようで、「何故解らない?」と言いたげな視線を茴香殿下へと向けます。ところが茴香殿下だけでなく蒔蘿殿下も金さんの意図するところが解らないようで、
「兵を集めて妖を倒すと仰られましたが……
ヤマト国を始めとしたアマツ三国は国軍を持ち、
王都や主要都市・施設には衛士という兵を配置しております。
天都にも検非違使という防衛と治安維持に特化した兵がおりますが……」
と、重ねて質問を返します。以前、叔父上たちに教えてもらったのですが、衛士というのは私の感覚でいえば自衛官で、検非違使というのは警察官といった役どころでした。もちろん細かく見れば色々と違いはあるのでしょうが、三太郎さんとの心話で伝わったイメージでもそうだったので大きくは違わないと思います。
「それらは国の意向を受けて動く組織であろう?
我らが求めるのは民草の要請を受けて動き、妖を倒す組織だ」
という金さんの返答に、私はようやく金さんが求めるものが解ってきました。どうやら金さんはファンタジー小説などで定番の冒険者ギルドのようなものを作ってほしいようです。この世界には冒険者なんて人は存在しませんし、妖も積極的に倒しに行くものではありません。火の粉が自分に降りかかってきたら対処は当然しますが、わざわざ火元を探してまで対処はしないのです。ですが私達には妖を退治して手に入れたいモノがあります。
それは妖石です。
三太郎さんたちは技能の収集をする為に定期的に私の元を離れますが、その際に妖石や浄化した妖石を持ち帰ってきます。ただその量は少ないうえに浄化している最中に割れたりヒビが入ったりしてしまう事もあり、供給が全く追いついていないというのが現状です。拠点の拡張や施設建設が完全に終わってしまえば需要も落ち着くのでしょうが、今はまだまだ途上なうえに緊急時のストックも欲しいので、妖を退治してくれる兵座があれば妖石の入手が容易になると考えたのだと思います。
「妖を退治して如何されるのですか?
確かに穢れの凝り固まったモノである妖を放置している現状は
精霊様からすれば腹立たしく思われるのかもしれませんが……」
茴香殿下はそう言って渋い顔になりました。民に被害が出るような妖を退治する事は各国軍の仕事の一つではありますが、それだけを専門にする訳にはいきません。朝廷が作られた事によりアマツ三国間の軍事力や政治力のバランスは保たれてはいますが、だからこそ軍事力を疎かにしてバランス崩壊なんて愚かな事態は決して起こしてはならないのです。
なので殿下が悩んでいるのは現状の戦力のうち、どれぐらいの戦力を兵座に振り分ければ良いのか?、兵座の規模はどれぐらいが適切なのか?という感じでしょうか。精霊である金さんからの直々の提案なんて、この世界の人にとっては神託に等しい絶対的なものです。ですが一つの国の存亡に影響が出る話しなだけに、王太子の息子という地位にある殿下であっても簡単に頷けるような話しではありません。
<あのね、金さんは言葉が足りない>
思わず殿下が不憫になって金さんに心話を飛ばします。そしてそのまま浦さんへと視線を向けて
<もうちょっと具体的に説明しないと伝わらないと思うよ?
三太郎さんは記憶フレームの映像を見ているから色々と知識があるけれど
殿下たちにはそういった知識は無いんだから>
そう心話を飛ばすと、浦さんが溜息をついてから
「妖を倒す事を生業としたい武に長けた者を募り、
また兵と討伐を依頼する者との橋渡しや様々な管理をする組織を作り、
その組織を運営してほしいと言っているのです」
と両殿下へと説明してくれました。山吹の仮の身分がそうであるように、この世界にも護衛などの武力を売りとした職を持つ人はいます。大商人や華族は自前の護衛衆を持ちますし、神社も日本史で習った僧兵の神社版のような神人と呼ばれる人が神社やそこで働く人を守っています。
ただこれらの集団に共通するのは、どこまでも守るため集団だという事です。妖や賊に襲われたら当然対処はしますが、積極的に討伐に出る訳ではありません。金品などを奪われた場合は取り戻す為にアジトに乗り込む事もありますが、それはあくまでも自分に(ここ重要)火の粉が降りかかった後の話しになります。
それを聞いて「そこに盗賊が居る事が解っているのなら、なんで捕まえにいかないの?」と尋ねた事がありましたが、この世界では罪を犯す前に捕まえるのは過剰防衛になるらしいのです。武器を集めて襲撃準備をしていても、実際に襲撃しなければ罪にはならないから捕まえてはいけない……という事らしいです。
そう教えてくれたのは三太郎さんで、その理屈は解るのですが……。
武器を大量に所持している事が犯罪なら武器屋や鍛冶屋もアウトですもんね、解ります。それに薬草も使い方によっては毒になりますし、毒草も量や用法によっては薬になります。そういった薬効成分を含む物を所持しているだけで犯罪なら、医師や薬草摘みを職にしている人もアウトになってしまいますしね。うん、解るよ。
でもね! と思ってしまうのは現代日本人だからかなと思った事もありましたが、普通に考えて中世だろうが古代だろうが取り締まるでしょっ!って言いたい。銃刀法や毒物及び劇物取締法といった危険物を取り締まる法律が無いので仕方がないんでしょうが、もうちょっとやりようがないんでしょうかね……。
ただ、どうも取り締まりを望まない人たちがいるらしいのです。
その筆頭が華族や大商人たちで、彼らはお抱えの護衛衆を持っていますから当然大量の武器も所持しています。質の良い強力な武器や鉄壁の防具で身を固めた護衛を牛車の周りに配置して道を行くのは、これ以上はない程に解りやすいステータスシンボルらしく、華族は見栄もあってこぞってお金を注ぎ込むんだそうです。また華族は自分の邸宅内に専任の医師を住まわせている事が多いのですが、そこには薬の材料となる様々な植物があります。持っているだけでアウトに出来ないのはこの辺りが理由のようです。何度か完全禁止は無理でも少し制限しようという流れにはなったのだそうですが、華族は自分の権利だとして決して譲らず。華族だけ持っていても良いと許可すると、大商人がから苦情が出たり……と許可範囲が時間と共にどんどんと広がって有名無実化してしまったんだとか……。
なんて思考が脱線していたら、桃さんが
「ぶっちゃけると、妖を倒すと穢れの塊みたいな石を落すんだよ。
で、俺様たちはその石を妖石って呼んでるんだが、それが欲しい訳。
妖石を寄こせば、お前らの開発だとかに手を貸してやっても良いっていう話し」
と、単刀直入にも程がある発言をぶちかましました。桃さんと金さんの言動は方向性が全く違うのに、なぜか同じ結果になる事があるんですよね……。私と浦さんが二人揃って頭痛を堪えるような表情になったのは言うまでもありません。
その後、浦さん主導で一から順に説明をし……
国営の組織ではなく民間の座を選んだ理由として、小さな集落や個人でも依頼ができるようなシステムにしたい事。報酬を支払うのは国ではなく依頼者である事。当然衛士のような年俸制ではなく出来高制で、妖石を持ち帰れば+αの報酬が出る事。その+α分の報酬は私達が座を経由して払う事。妖石は弱い妖は落とさず、ある程度強い妖でないと落さない事などを説明しました。
一番殿下たちの心を動かした言葉は、国軍が出るほどの強大な妖ではなく、かといって小さな村や個人で対応できるほど弱くもない妖への対処を請け負うという部分でした。今までは被害がある程度大きくならないと国は動けなかったそうで……。殿下たちとしてもどうにかしたいとは思っていたようです。
一通り説明を聞いた後、茴香殿下が最後に質問がと言って尋ねたのが、
「何故、精霊様は妖石とやらを求められるのですか?」
という事でした。それに対して
「浄化を施してみたいがゆえ」
と嘘ではないけれど真実とも言い切れない言葉で返した金さんに、二人の殿下は少し考え込むような態度を見せました。今までも国軍が妖を退治した際に、妖石を見つけた事はあったそうです。軍ではその禍々しい見た目から禍玉と呼んで、見つけたら火にくべて粉々に砕けるまで燃やし続けていたのだとか。そうしないと禍玉から再び妖が生まれてしまうので、無限ループを防ぐためにそうやって処理をしていたのだそうです。
「解りました。その兵座は私が請け負いましょう。
防衛上アスカ村の周辺に不特定多数の人を呼び込む事はできませんから、
私が領土として賜った北の海に面したサホ町周辺に座を構えます」
と蒔蘿殿下が兵座を自分の領地へ作る事を決めてくれました。確かにアスカ村に兵座を作って知らない人が何人も出入りするようになったら、此処の秘密が漏れる可能性もグンッと上がってしまいます。
その後、兵座で回収した妖石はこまめに茴香殿下の作る研究施設へ運ぶ事。そしてその施設で研究をするふりをして三太郎さんへ渡す事などなど、兵座という組織の基本的な骨格を精霊の金さんや浦さん、両殿下や我が家の大人4人組が意見を出し合って組み上げていきました。そうやってどうにか兵座という組織が具体化した頃には外はすっかり暗くなっていて、区切りの良い所で話し合いを終えたそうです。蛇足ながら大人たちが悩んでいた議題の一つに「妖石」と「禍玉」、どちらの名称を採用するかなんてのもあったりしたんだとか。
そして「あったりしたんだとか」……という事からも解る通り、私は最後まで話し合いには出席できませんでした。というのも兄上にとっては難しい話の連続な事に加えて毎日欠かさずにやっている鍛錬もある為、途中で離席する事になったのです。そうなると兄上を一人には出来ないので私と桃さんも一緒に離席する事になりました。
兄上が鍛錬している横で、私も兄上の足元にも及ばないまでも体力づくりに励みます。私、まだ塩汲み場までの階段が踏破できないんですよね……。せめてそれぐらいはできるようになりたいので、足腰と心肺能力を鍛える毎日なのです。
そうやって汗をかいたら温泉へと向かいました。最近では脱衣所の入口に弓矢の絵が描かれた木版が掲げてあったら男性が入浴中、機織り機の絵が描かれた木版が掲げてあったら女性が入浴中と一目で解るようしてあります。ここの温泉を使う人は全員家族ではありますが、家族であっても裸を見られるのは恥ずかしいですからね……。
今日は温泉に向かったら既に男性の誰かが入っていたので兄上が先に入り、私は浦さんから先程の話し合いの結果を聞くことにしました。どうにか兵座が形になったようで一安心です。何時かはサホ町だけじゃなく、主要都市全てに兵座が出来れば良いなぁと夢見ています。そうすれば妖の被害に苦しむ人も減りますし、私達も妖石が沢山手に入るしで両者にとって良い結果になるはずです。
まぁ、妖は即退治対象としても誰も文句は言わないでしょうが、人間の対処をどうするのかとか、色々と考えなくてはならない事がまだまだありますが、それは殿下たちに丸投げしたいと思います。
全員が湯に入った後、揃って晩御飯となりました。昼の話し合いの時に比べると両殿下ともリラックスした表情をしていて、二人とも三太郎さんの存在やここの珍しい施設や道具にも慣れたのかな?と安心しました。慣れない環境のストレスは心身に良くないですからね。
そして食事を終え、デザートもしっかりと食べ、温かいお茶を飲んで全員がゆったりとした気分になったところで、
「ところでそちらの火の精霊様は、
櫻嬢を加護しておられる精霊様なのでしょうか?」
と茴香殿下が切り出しました。この世界では守護と加護は明確に違います。守護は基本的には生まれてから死ぬまで続くものなのに対し、加護は一時的なモノに過ぎません。両殿下には大和でお会いした際に、天女である事や土と水の精霊と意思疎通が可能な事を伝えましたが、あえて桃さんの事は話していませんでした。
そういえば段取りを無視しまくった所為で、桃さんをきちんと紹介できていなかったことに今更ながらに気付きました。殿下たちも霊格は高いですし、母上たちの態度や当人の言動で火の精霊である事は解っていたようですが、流石に三属性守護なんて事は想定できなかったようです。
(どうしよう?
どう説明するのが一番良いんだろう??)
と思わず周囲の大人の顔を伺ってしまいます。ただ戸惑っていたのは私だけのようで、母上と目が合った途端にニッコリと微笑まれてしまいました。桃さんがこうして実体化している時点で、誤魔化す必要性は無いという判断のようです。
「違います。桃さんも私の守護精霊です。
私には金さんと浦さんと桃さんの、三人の守護精霊がいるんです」
あっ、精霊だから三人じゃなくて三柱と言わなくちゃダメだったかな?
普段から三太郎さんを家族の一員だと思っているので、どうしても母上や叔父上たちを呼ぶときのような感じで呼んじゃうんですよね。勿論、神の欠片である事は解っていますし尊敬も感謝もしていますが、それよりも親愛が勝ってしまう感じなのです。
そんな私の態度に両殿下は
「「は?」」
と一言発したまま何も言いません。うーん、いつかどこかで見た光景です。たしか私が天女だと知った時も両殿下は同じように表情がすっかり消えた顔で、流石双子と拍手したくなるほどにそっくりな反応をしていました。
ただ、あの時よりも情報処理に時間がかかっているようで
「でーん-かー?」
と何度呼びかけても、「いや、そんな、まさか」だとか「ありえない」だとかぶつぶつと呟き続けています。それでも何度も呼びかけて、ようやく此方を見たかと思ったら
「俺をからかっている……んだよな??」
と少し崩れた口調で問いかけてきました。
「気持ちはわかるぞ。あの時は俺も同じ気持ちだった。
うちのお嬢は色々と凄いんだ」
といってウンウンと頷いているのは山吹で、そこまで大きく頷いてはいないまでも同調するように頷くのは叔父上です。ちょっと「凄い」の意味を問い詰めたい気持ちになりますが、若干誇らしげなので悪い意味は無いのでしょう。止めてほしい事に変わりはありませんが。
その後、子供の私や兄上が寝る時間になって就寝し……。更に大人たちの就寝時間になるまで母上や叔父上たちによる説明が殿下に続けられた結果、どうにか寝る頃には両殿下ともに衝撃の事実を飲み込むことができたようでした。
「兵座……で御座いますか?
座というのはあの座の事で??」
と茴香殿下にしては珍しく、意図を測り損ねたのか聞き返してきました。
「他にどんな座があるのか我は知らぬが
同業者の相互扶助を目的としたあの座だ」
金さんは金さんで座の意味を聞かれるとは思っていなかったようで、「何故解らない?」と言いたげな視線を茴香殿下へと向けます。ところが茴香殿下だけでなく蒔蘿殿下も金さんの意図するところが解らないようで、
「兵を集めて妖を倒すと仰られましたが……
ヤマト国を始めとしたアマツ三国は国軍を持ち、
王都や主要都市・施設には衛士という兵を配置しております。
天都にも検非違使という防衛と治安維持に特化した兵がおりますが……」
と、重ねて質問を返します。以前、叔父上たちに教えてもらったのですが、衛士というのは私の感覚でいえば自衛官で、検非違使というのは警察官といった役どころでした。もちろん細かく見れば色々と違いはあるのでしょうが、三太郎さんとの心話で伝わったイメージでもそうだったので大きくは違わないと思います。
「それらは国の意向を受けて動く組織であろう?
我らが求めるのは民草の要請を受けて動き、妖を倒す組織だ」
という金さんの返答に、私はようやく金さんが求めるものが解ってきました。どうやら金さんはファンタジー小説などで定番の冒険者ギルドのようなものを作ってほしいようです。この世界には冒険者なんて人は存在しませんし、妖も積極的に倒しに行くものではありません。火の粉が自分に降りかかってきたら対処は当然しますが、わざわざ火元を探してまで対処はしないのです。ですが私達には妖を退治して手に入れたいモノがあります。
それは妖石です。
三太郎さんたちは技能の収集をする為に定期的に私の元を離れますが、その際に妖石や浄化した妖石を持ち帰ってきます。ただその量は少ないうえに浄化している最中に割れたりヒビが入ったりしてしまう事もあり、供給が全く追いついていないというのが現状です。拠点の拡張や施設建設が完全に終わってしまえば需要も落ち着くのでしょうが、今はまだまだ途上なうえに緊急時のストックも欲しいので、妖を退治してくれる兵座があれば妖石の入手が容易になると考えたのだと思います。
「妖を退治して如何されるのですか?
確かに穢れの凝り固まったモノである妖を放置している現状は
精霊様からすれば腹立たしく思われるのかもしれませんが……」
茴香殿下はそう言って渋い顔になりました。民に被害が出るような妖を退治する事は各国軍の仕事の一つではありますが、それだけを専門にする訳にはいきません。朝廷が作られた事によりアマツ三国間の軍事力や政治力のバランスは保たれてはいますが、だからこそ軍事力を疎かにしてバランス崩壊なんて愚かな事態は決して起こしてはならないのです。
なので殿下が悩んでいるのは現状の戦力のうち、どれぐらいの戦力を兵座に振り分ければ良いのか?、兵座の規模はどれぐらいが適切なのか?という感じでしょうか。精霊である金さんからの直々の提案なんて、この世界の人にとっては神託に等しい絶対的なものです。ですが一つの国の存亡に影響が出る話しなだけに、王太子の息子という地位にある殿下であっても簡単に頷けるような話しではありません。
<あのね、金さんは言葉が足りない>
思わず殿下が不憫になって金さんに心話を飛ばします。そしてそのまま浦さんへと視線を向けて
<もうちょっと具体的に説明しないと伝わらないと思うよ?
三太郎さんは記憶フレームの映像を見ているから色々と知識があるけれど
殿下たちにはそういった知識は無いんだから>
そう心話を飛ばすと、浦さんが溜息をついてから
「妖を倒す事を生業としたい武に長けた者を募り、
また兵と討伐を依頼する者との橋渡しや様々な管理をする組織を作り、
その組織を運営してほしいと言っているのです」
と両殿下へと説明してくれました。山吹の仮の身分がそうであるように、この世界にも護衛などの武力を売りとした職を持つ人はいます。大商人や華族は自前の護衛衆を持ちますし、神社も日本史で習った僧兵の神社版のような神人と呼ばれる人が神社やそこで働く人を守っています。
ただこれらの集団に共通するのは、どこまでも守るため集団だという事です。妖や賊に襲われたら当然対処はしますが、積極的に討伐に出る訳ではありません。金品などを奪われた場合は取り戻す為にアジトに乗り込む事もありますが、それはあくまでも自分に(ここ重要)火の粉が降りかかった後の話しになります。
それを聞いて「そこに盗賊が居る事が解っているのなら、なんで捕まえにいかないの?」と尋ねた事がありましたが、この世界では罪を犯す前に捕まえるのは過剰防衛になるらしいのです。武器を集めて襲撃準備をしていても、実際に襲撃しなければ罪にはならないから捕まえてはいけない……という事らしいです。
そう教えてくれたのは三太郎さんで、その理屈は解るのですが……。
武器を大量に所持している事が犯罪なら武器屋や鍛冶屋もアウトですもんね、解ります。それに薬草も使い方によっては毒になりますし、毒草も量や用法によっては薬になります。そういった薬効成分を含む物を所持しているだけで犯罪なら、医師や薬草摘みを職にしている人もアウトになってしまいますしね。うん、解るよ。
でもね! と思ってしまうのは現代日本人だからかなと思った事もありましたが、普通に考えて中世だろうが古代だろうが取り締まるでしょっ!って言いたい。銃刀法や毒物及び劇物取締法といった危険物を取り締まる法律が無いので仕方がないんでしょうが、もうちょっとやりようがないんでしょうかね……。
ただ、どうも取り締まりを望まない人たちがいるらしいのです。
その筆頭が華族や大商人たちで、彼らはお抱えの護衛衆を持っていますから当然大量の武器も所持しています。質の良い強力な武器や鉄壁の防具で身を固めた護衛を牛車の周りに配置して道を行くのは、これ以上はない程に解りやすいステータスシンボルらしく、華族は見栄もあってこぞってお金を注ぎ込むんだそうです。また華族は自分の邸宅内に専任の医師を住まわせている事が多いのですが、そこには薬の材料となる様々な植物があります。持っているだけでアウトに出来ないのはこの辺りが理由のようです。何度か完全禁止は無理でも少し制限しようという流れにはなったのだそうですが、華族は自分の権利だとして決して譲らず。華族だけ持っていても良いと許可すると、大商人がから苦情が出たり……と許可範囲が時間と共にどんどんと広がって有名無実化してしまったんだとか……。
なんて思考が脱線していたら、桃さんが
「ぶっちゃけると、妖を倒すと穢れの塊みたいな石を落すんだよ。
で、俺様たちはその石を妖石って呼んでるんだが、それが欲しい訳。
妖石を寄こせば、お前らの開発だとかに手を貸してやっても良いっていう話し」
と、単刀直入にも程がある発言をぶちかましました。桃さんと金さんの言動は方向性が全く違うのに、なぜか同じ結果になる事があるんですよね……。私と浦さんが二人揃って頭痛を堪えるような表情になったのは言うまでもありません。
その後、浦さん主導で一から順に説明をし……
国営の組織ではなく民間の座を選んだ理由として、小さな集落や個人でも依頼ができるようなシステムにしたい事。報酬を支払うのは国ではなく依頼者である事。当然衛士のような年俸制ではなく出来高制で、妖石を持ち帰れば+αの報酬が出る事。その+α分の報酬は私達が座を経由して払う事。妖石は弱い妖は落とさず、ある程度強い妖でないと落さない事などを説明しました。
一番殿下たちの心を動かした言葉は、国軍が出るほどの強大な妖ではなく、かといって小さな村や個人で対応できるほど弱くもない妖への対処を請け負うという部分でした。今までは被害がある程度大きくならないと国は動けなかったそうで……。殿下たちとしてもどうにかしたいとは思っていたようです。
一通り説明を聞いた後、茴香殿下が最後に質問がと言って尋ねたのが、
「何故、精霊様は妖石とやらを求められるのですか?」
という事でした。それに対して
「浄化を施してみたいがゆえ」
と嘘ではないけれど真実とも言い切れない言葉で返した金さんに、二人の殿下は少し考え込むような態度を見せました。今までも国軍が妖を退治した際に、妖石を見つけた事はあったそうです。軍ではその禍々しい見た目から禍玉と呼んで、見つけたら火にくべて粉々に砕けるまで燃やし続けていたのだとか。そうしないと禍玉から再び妖が生まれてしまうので、無限ループを防ぐためにそうやって処理をしていたのだそうです。
「解りました。その兵座は私が請け負いましょう。
防衛上アスカ村の周辺に不特定多数の人を呼び込む事はできませんから、
私が領土として賜った北の海に面したサホ町周辺に座を構えます」
と蒔蘿殿下が兵座を自分の領地へ作る事を決めてくれました。確かにアスカ村に兵座を作って知らない人が何人も出入りするようになったら、此処の秘密が漏れる可能性もグンッと上がってしまいます。
その後、兵座で回収した妖石はこまめに茴香殿下の作る研究施設へ運ぶ事。そしてその施設で研究をするふりをして三太郎さんへ渡す事などなど、兵座という組織の基本的な骨格を精霊の金さんや浦さん、両殿下や我が家の大人4人組が意見を出し合って組み上げていきました。そうやってどうにか兵座という組織が具体化した頃には外はすっかり暗くなっていて、区切りの良い所で話し合いを終えたそうです。蛇足ながら大人たちが悩んでいた議題の一つに「妖石」と「禍玉」、どちらの名称を採用するかなんてのもあったりしたんだとか。
そして「あったりしたんだとか」……という事からも解る通り、私は最後まで話し合いには出席できませんでした。というのも兄上にとっては難しい話の連続な事に加えて毎日欠かさずにやっている鍛錬もある為、途中で離席する事になったのです。そうなると兄上を一人には出来ないので私と桃さんも一緒に離席する事になりました。
兄上が鍛錬している横で、私も兄上の足元にも及ばないまでも体力づくりに励みます。私、まだ塩汲み場までの階段が踏破できないんですよね……。せめてそれぐらいはできるようになりたいので、足腰と心肺能力を鍛える毎日なのです。
そうやって汗をかいたら温泉へと向かいました。最近では脱衣所の入口に弓矢の絵が描かれた木版が掲げてあったら男性が入浴中、機織り機の絵が描かれた木版が掲げてあったら女性が入浴中と一目で解るようしてあります。ここの温泉を使う人は全員家族ではありますが、家族であっても裸を見られるのは恥ずかしいですからね……。
今日は温泉に向かったら既に男性の誰かが入っていたので兄上が先に入り、私は浦さんから先程の話し合いの結果を聞くことにしました。どうにか兵座が形になったようで一安心です。何時かはサホ町だけじゃなく、主要都市全てに兵座が出来れば良いなぁと夢見ています。そうすれば妖の被害に苦しむ人も減りますし、私達も妖石が沢山手に入るしで両者にとって良い結果になるはずです。
まぁ、妖は即退治対象としても誰も文句は言わないでしょうが、人間の対処をどうするのかとか、色々と考えなくてはならない事がまだまだありますが、それは殿下たちに丸投げしたいと思います。
全員が湯に入った後、揃って晩御飯となりました。昼の話し合いの時に比べると両殿下ともリラックスした表情をしていて、二人とも三太郎さんの存在やここの珍しい施設や道具にも慣れたのかな?と安心しました。慣れない環境のストレスは心身に良くないですからね。
そして食事を終え、デザートもしっかりと食べ、温かいお茶を飲んで全員がゆったりとした気分になったところで、
「ところでそちらの火の精霊様は、
櫻嬢を加護しておられる精霊様なのでしょうか?」
と茴香殿下が切り出しました。この世界では守護と加護は明確に違います。守護は基本的には生まれてから死ぬまで続くものなのに対し、加護は一時的なモノに過ぎません。両殿下には大和でお会いした際に、天女である事や土と水の精霊と意思疎通が可能な事を伝えましたが、あえて桃さんの事は話していませんでした。
そういえば段取りを無視しまくった所為で、桃さんをきちんと紹介できていなかったことに今更ながらに気付きました。殿下たちも霊格は高いですし、母上たちの態度や当人の言動で火の精霊である事は解っていたようですが、流石に三属性守護なんて事は想定できなかったようです。
(どうしよう?
どう説明するのが一番良いんだろう??)
と思わず周囲の大人の顔を伺ってしまいます。ただ戸惑っていたのは私だけのようで、母上と目が合った途端にニッコリと微笑まれてしまいました。桃さんがこうして実体化している時点で、誤魔化す必要性は無いという判断のようです。
「違います。桃さんも私の守護精霊です。
私には金さんと浦さんと桃さんの、三人の守護精霊がいるんです」
あっ、精霊だから三人じゃなくて三柱と言わなくちゃダメだったかな?
普段から三太郎さんを家族の一員だと思っているので、どうしても母上や叔父上たちを呼ぶときのような感じで呼んじゃうんですよね。勿論、神の欠片である事は解っていますし尊敬も感謝もしていますが、それよりも親愛が勝ってしまう感じなのです。
そんな私の態度に両殿下は
「「は?」」
と一言発したまま何も言いません。うーん、いつかどこかで見た光景です。たしか私が天女だと知った時も両殿下は同じように表情がすっかり消えた顔で、流石双子と拍手したくなるほどにそっくりな反応をしていました。
ただ、あの時よりも情報処理に時間がかかっているようで
「でーん-かー?」
と何度呼びかけても、「いや、そんな、まさか」だとか「ありえない」だとかぶつぶつと呟き続けています。それでも何度も呼びかけて、ようやく此方を見たかと思ったら
「俺をからかっている……んだよな??」
と少し崩れた口調で問いかけてきました。
「気持ちはわかるぞ。あの時は俺も同じ気持ちだった。
うちのお嬢は色々と凄いんだ」
といってウンウンと頷いているのは山吹で、そこまで大きく頷いてはいないまでも同調するように頷くのは叔父上です。ちょっと「凄い」の意味を問い詰めたい気持ちになりますが、若干誇らしげなので悪い意味は無いのでしょう。止めてほしい事に変わりはありませんが。
その後、子供の私や兄上が寝る時間になって就寝し……。更に大人たちの就寝時間になるまで母上や叔父上たちによる説明が殿下に続けられた結果、どうにか寝る頃には両殿下ともに衝撃の事実を飲み込むことができたようでした。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる