【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -土の陰月1-

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「ぅはぁぁぁ……」

お湯の中でグググッと手足を限界まで伸ばしてから力を抜くと、まるで身体から疲れが抜け出てお湯に溶けていくかのような心地になります。そうやって全身から力が抜けると同時に、無意識におじさん感満載な声が漏れ出てしまいました。

外気温や冷えた身体の所為でお湯がピリピリと痛い程に熱く感じたのは最初の数分だけで、今はもうこれ以上はない程の適温です。身体が冷えてしまったのは外が寒かったからという理由もありますが、何より念入りに髪や身体を洗っていたからです。ガシガシと力いっぱい洗うのは髪や肌が痛むので良くないのでしょうが、今日ばかりは許して!と先程まで、全力で全身を洗いまくっていました。


そう、やっと……、やっと戻ってきたんですよっ!!
ただいまっっ、山よっ、私は帰ってきたぁぁぁぁ!!


我ながらなんだかテンションがおかしなことになっていますが、それぐらいに待ちに待った帰宅です。

お湯につかりながらのんびりと見る雪景色はこの季節限定の楽しみですが、雪道を移動しなくてはならないとなると、雪が楽しみなんて欠片も思えなくなるから不思議です。大和からの復路は季節的に雪が積もっている中を移動しなくてはならず、私は黒松の上で寒さに震えつつも揺られているだけで済みましたが、黒松は大荷物と積雪に苦労し、叔父上は自分たちが歩いた後に残った足跡を消しながら移動するという苦労が待っていました。土の陰月も半ばを過ぎると積雪が大変な事になる事は解っていたので用事が済み次第出発したのですが、最終日なんて私の膝ぐらいまで雪が積もっていて、今年は例年に比べても特に積雪が多くなりそうな気配です。


「はぁぁ……。
 私、もう絶対にここ以外には住めないわ……」

思わず溜息と一緒に嘘偽りない本心が漏れてしまいました。
お風呂や自動洗浄付きトイレ、床下温水暖房付きの部屋にウォーターベッド御帳台といった快適かつ清潔な住環境は、技術に優れたヤマト国の王都でも存在しないものでした。また食事や飲み物に関しても、味付けは好みの問題もあるでしょうが此処ほど多様ではありません。それに肌触りが良くて清潔な衣類は上流階級の為の物で、一般の人々の手に入る物ではなく……。我が家にある物の全てが、この世界の標準とはかけ離れてるという事を改めて実感させられました。

なので例え茴香ういきょう殿下や蒔蘿じら殿下に「ヤマト国で一番美味しいお菓子を用意して待ってるからおいで」なんて誘われても、山を下りたくないのでお断りしたいと思うぐらいです。それぐらいに旅程は大変でした。茴香殿下はともかく、蒔蘿殿下とお話するのは楽しくて好きなんですけどね……。




私と叔父上が帰宅したのは今から1時間程前の少し早めの夕方でした。私はそのままお風呂に直行し、叔父上は荷物を片づけたり黒松の世話をしたりしてから私と交代でお風呂へ。母上やつるばみは保存食の加工をしている最中で、山吹と兄上は湖に魚やハマタイラを取りに行っている最中でした。そして三太郎さんは到着直後から全ての霊石のチェックをし、一部の霊力が少なくなっている霊石に精霊力を補充したりと皆が忙しく動き回りました。ちなみに精霊石に技能を籠めるには今でも私の手が必要ですが、単に霊力を込めるだけなら三太郎さんだけで出来ます。

そんな感じに皆が忙しく動き回る中、私はお風呂を出た後はのんびり……とは当然いかず。桃さんにずっとお願いされ続けていたアイスクリームを作っていました。ここから一番近い村……とはいっても、雪道だったのもあって1旬間10日間弱はかかったのですが、その村で手に入れた牛乳と卵や大和で仕入れたバニラを使ったバニラアイスや、牡丹様たちにも出した林檎のお酒を使った大人用の林檎入りアイスをそれぞれ30人分弱ずつ作りましたよ。絶対に想定以上の量を食べる人がいると予想してかなり多めに作りました。万が一残っても、ここなら冷凍保存できるので問題ありませんしね。




家族全員が腰を落ち着けて顔を合わせる事ができたのは、晩御飯の後のデザートを食べている時でした。

「うっっっまっ! これ、美味いな!!
 冷たい菓子なんて美味いのか疑問だったんだが、これは美味い!!」

大和に滞在している期間、ずっと私の中で眠りについていた桃さんは、久しぶりの飲食に晩御飯の時からテンションがすごいことになっています。旅の途中でも人目につかない所でなら飲食は可能だったのですが、そうなると荷物が激増してしまうので申し訳ないけれど我慢してもらっていたのです。三太郎さんにとって飲食は生命維持に必須な事柄ではなく、あくまでも趣味と言えば良いのか嗜好と言えば良いのか、楽しみの一つなので三太郎さんも納得して控えていてくれていました。ただ納得はしてくれたものの、他人が食べているところを見ているだけというのはやはり面白くはなかったようで……。三太郎さん全員が旅の途中も私が起こさない限りは私の中で眠ったままでした。

つまり我慢していたからこそ一気に食欲が爆発してしまった感じです。

そんな禁欲生活を強いられていた三太郎さんは勿論、氷菓子なんて贅沢品を今まで殆ど食べた事が無かった母上たちにも喜んでもらえたようす。一人美味しい美味しいと言い続ける桃さんを除いて、みんな無言で食べ進めています。その勢いはちょっと驚くほどで、中でも浦さんの食べるスピードは二度見してしまう程でした。

「櫻、この氷菓子をもう少し頂けますか?」

空になったお皿をスッとこちらに出してきた浦さんを見た男性陣は、慌ててお皿に残っていたアイスをかきこむようにして食べて

「俺様もおかわりだっっ!!」
「我も頼む。そして氷菓子に蒸留酒を追加でかけてみたいのだが……」
「お嬢! 俺も林檎の入った方の「あいすくり」を頂きたいです!」
「櫻! 僕も僕も!! 林檎が入った方も食べたい!」
えんじゅはお酒の入った方はダメだよ。
 あっ、私は両方ともおかわりしたいんだが、まだあるかい?」

と全員が同時に空のお皿を出してきます。その勢いには私だけでなく母上たちまで目を丸くしてしまいました。

「姫様、お嬢様。私が容器ごと持って参りましょうか?」

橡が母上と私にお伺いを立てるようにして聞いてきましたが、その橡のお皿の上のアイスも殆ど消えている事を私は見逃しませんでした。そして当然ながら母上のお皿のアイスも……。

(みんな、どんだけ好きなの……)

と驚きのあまり声もありませんが、私だってもう少し食べたい気持ちはあります。結局、かなりの量を作ったつもりだったアイスクリーム2種でしたが、たった1回で全て食べきってしまったのでした。




アイスクリーム騒動を終えた後、温かいお茶を飲みながら叔父上おでかけ組母上留守番組の報連相が始まりました。なんというか「ようやくだよ」という気がしないでもありません。母上たちからの報告は主に保存食に関する事で、桃さんが不在だった為に乾燥させたい野菜やハマタイラの加工があまり進んでいない事や、逆に林檎の収穫がほぼ終わった事などでした。そのどれもが七五三に出かける前に想定していた範囲内の事だったので、明日からの段取りは比較的簡単に立てられます。


問題は……

「えぇ?! 殿下が此処に??」

そう、叔父上が持ち帰った案件の方で……。

どうにも母上たちの安否が気になる茴香殿下と蒔蘿殿下は、一度直接会いたいと強く希望したのです。今までにも母上がお礼状を書いて叔父上が持って行ったりはしていたみたいなのですが、やはり顔を見て安心したい……と。ただ母上が山を下りる事は命の危険がある為、叔父上としては絶対に許可できません。それらをふまえて色々と話し合った結果、ここに一度招いてほしいと両殿下が言いだしたのです。恐らく8~9割が母上たちの安否、残りは精霊が常にいる環境とか、ここで生み出されるアレやコレが気になるからじゃないかなぁと推測していますが。

「しかし……。殿下がこちらに来られる事も、姫様にとって危険では?
 殿下の行動を完全に隠す事は不可能でしょうし」

そう不安げに言う橡に、

「来年の土の極日に、茴香や蒔蘿に領地が与えられるらしい。
 茴香がここから一番近い村のある辺りを領地として希望し、
 蒔蘿はヤマト国の最北の地、海に面した所を希望して通ったと聞いた。
 恐らく茴香の領地の視察や屋敷の建設の下見と理由をつけて来るのだと思う」

そう叔父上が説明しました。その辺りの情報は私も一緒に聞いていたのですが、どうやら両殿下は少しでも母上達を守れるように今でも気を配っていてくださるようで、ここから叔父上なら3日程で辿り着く距離のアスカ村周辺を茴香殿下が押さえる事で、ここの安全性を高めようとしているとの事でした。

「茴香殿下がアスカ村に?
 なるほど……。そうなればアスカ村までの街道も整備されるでしょうし、
 商人などの往来も増えて村もずっと大きくなるでしょう。
 そうなれば俺達もわざわざ遠くまで買い出しに行く必要が減りますね。
 しかし、人が増えれば危険も増える可能性がありますが……」

「私もそこを心配したのだが、
 茴香はこれを機に自前の研究開発施設を領地内に建てるつもりらしい。
 当然ながら領地や屋敷・施設を守るための兵に加えて
 情報を守るための兵もそれなり連れて来ることになる」

「噂に聞くヤマト王家の影の軍、志能備しのびですか。
 確かにそれならば安全かもしれませんが……」

「……もう、決定事項なのですね?」

その母上の声は小さかったのですが良く通る声だった為、叔父上と山吹の会話がぴたりと止まりました。

「此処に来ることは決定されていませんが、
 アスカ村周辺を茴香の領地とすることはほぼ決定しています」

「そうですか……。
 私たちは殿下たちに再び迷惑をかけてしまうのですね」

申し訳なさそうに俯いた母上に

「私も二人にそう言いましたが、逆に怒られてしまいましたよ。
 心配ぐらいさせろ、お前たちだって同じことをしたはずだ……と」

そう叔父上が優しく声をかけました。母上の申し訳ないと思う気持ちも解りますし、殿下たちの手助けしたいという気持ちも解ります。大人組はその後もどうしたものかと色々と話し合いましたが答えが出ず、視線を三太郎さんたちへと向けました。この拠点における最上位の決定権を持つのは三太郎さんたちです。少なくとも母上たちはそう思っています。

「俺様はずっと寝ていたから、そいつらがどんなヤツかは解らねぇからなぁ」

と頭の後ろで腕を組んで言う桃さんに対し、

「まぁ……悪い者では無いとは思いますよ。
 色々と思うところはありますが……」

と淡々と評する浦さん。色々と思うところというのは、私の言葉を信用せずに「試し」をした事を指すのですが、私としては仕方ない事だと思っています。

「……二人だけか?」

と金さんは少し考えてから情報を確認します。浦さんと金さんは少しの間だけではありましたが、大和でも起きて私と対話した時間がありました。なので私が茴香殿下に若干の苦手意識はあるものの、二人を嫌っていないという事は知っています。

「えぇ、二人と聞きました。
 流石に茴香と蒔蘿の二人が来るなんて事はないと思うので、
 恐らくどちらかと、その随身が来るのではないかと……」

随身といえば、私が知っているのは片喰かたばみさんと忍冬すいかずらさんですが、両殿下には他にも随身がそれぞれ6人も居るのだそうです。逆に叔父上たちのように随身が一人だけの方が珍しいんだとか。一人じゃ交代する事もできないのだから、当然といえば当然ですが。

「して、いつ頃来たいと申しているのだ?」

とりあえず聞くだけ聞こうという事なのか、そう金さんが促します。

「それが……その……。
 この無の月にでも……との事でした」

と叔父上は何も悪くないのに申し訳なさそうに言うと、母上と橡は開いた口が塞がらず、山吹は「はぁ?!!」と素っ頓狂な声を上げながら立ち上がりました。そんな山吹に吃驚して目を真ん丸にしている兄上を見つつ、

(そういう反応になると思ったよ……)

と遠い目をする私でした。
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