未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -土の陽月5-

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会話が不意に途切れる事をフランスでは「Un ange天使が passe.通る」って言うんだそうです。もし、その状況が目視できるのだとしたら、今 私の前を通っていった天使は相当なのんびり屋さんなのは確実です。あるいは天使の大名行列だったのかもしれません。

それぐらいたっぷりと空白時間をおいてから

「「は??」」

と双子の王子は全く同じタイミング、同じ言葉で、同じ反応を返してきました。あまりに吃驚しすぎたのか今までのような各々の性格が出た表情は完全に消え失せ、二人揃って唖然とした表情になってしまっています。そんな双子の王子の顔は吃驚するぐらいにそっくりで、今まであまり似ていないように思えていたのは全て表情や雰囲気によるものだったんだなぁ……なんて呑気な事を考えてしまいました。

「いやいやいや、頻度がおかしいだろ。
 天女や天人が現れるのは数百年に一度だと言われているんだぞ?」

と我に返った蒔蘿じら殿下はストップとでも言いたげに左手を前に突き出し、右手で両目頭を押さえて頭痛を堪えているかのような表情をし

「姫沙羅様の前の、生まれながらの天女・天人は碧宮家の始祖だ……。
 やはり碧宮家にのみ生まれるという事なのか??」

茴香ういきょう殿下は考えを整理したいのか、ブツブツと呟きながらテーブルの上で組んだ両手に額を乗せて俯いてしまいました。

そこに叔父上が更に追い撃ちを掛け

「そんな頻度の問題が気にならない程の事実がまだある。
 櫻は自分を守護してくださっている精霊様との意思の疎通が可能だ」

と言い放った途端に双子の王子はぴたりと動きを止め、こちらを見詰めて目を真ん丸にしたかと思うと、

「「はぁぁああああああああああ?!!!!」」

と大声を上げて急に立ち上がり、座っていた椅子がひっくり返ってしまいました。流石は一卵性双生児と拍手したくなる程にそっくりな反応ではありますが、そのあまりの大声に私は吃驚して反射的に叔父上にしがみつき、同時に庭園の入口付近にあった控室になっている簡素な四阿あずまやから

「殿下!!!」

片喰かたばみさんが血相を変えて飛び出してきました。その腰には先程までは無かった太刀があり、しかもその柄に手をかけたまま此方に向かって走りだします。

そんな片喰さんに気付いた茴香殿下はスッと手を挙げ、

「大丈夫だ。少々驚きの報告があっただけで、何も問題はない。
 そのまま待機していてくれ」

と片喰さんを押しとどめると、そのまま控えているように命じました。そうしてから大きく深呼吸を何度かして気持ちを落ち着かせるかのような行動をとると、私をしっかりと見詰めてきました。眉間の皺こそないものの鋭い視線は相変わらずで、私は叔父上の服をギュッと掴みつつ、困ったように叔父上の顔を見上げます。

「嘘を言っている……そう思うか?」

茴香殿下の態度に叔父上が苦笑しながらそう言うと、即座に反応したのは蒔蘿殿下の方でした。

「俺も兄貴もお前が嘘を言っているなんて思っていないさ。
 ただ、……そう、ただ想定外の報告の連続に情報処理が追いつかないだけだ」

そう言いながら天を仰ぐように蒔蘿殿下は上を向いてしまいました。まぁ地下庭園なのであるのは天井だけです。それじゃなくても浮見堂の中なので、仰ぎ見ても天は見えませんけどね。

「櫻……と言ったか?
 精霊様との意思疎通が可能とのことだが、今すぐに我らにそれが証明できるか?
 ……と、すまん。クソッ、どう言えば小さい子供に解りやすくなる??」

途中まで実験報告を聞く先生みたいな態度だった茴香殿下でしたが、叔父上の膝の上に座る私にハッと何かに気付いたような表情になると、困惑して言葉を探すかのように視線を彷徨わせました。7歳なのでその程度の言葉は理解出来ますし、ましてや中身は17歳なので問題なく理解できます。ですが彼らから見れば5歳児程度にしか見えないので、そういう対応になってしまうのも仕方がありません。

「大丈夫です。茴香殿下が仰る事ちゃんと解ります。
 でもどうすれば証明になるのか……」

前もって三太郎さんを実体化させる表に出すのは、緊急時のみだと決めていました。山を下りて人里に近づけば何処に誰の目があるか解らないのだから、目立つような事は避けるべきと母上たち大人組が決めたのです。私や三太郎さんたちもその判断に異論は無く……。なのでここで三太郎さんに実体化してもらうという手は使いたくありません。

「うーん、そうだなぁ。来年が豊作かどうか聞いても、
 当たっているかどうかが解るのは来年になるしなぁ」

蒔蘿殿下が顎に指をかけながら証明方法を提案してくれるのですが、それは三太郎さんでも解らないと思います。今年の精霊力のバランスや過去の傾向を参考にして予測する事はできるかもしれませんが、あくまでも予測で確定した未来ではありません。

「そもそも精霊さんはそんな事は解らないと思います。
 あっ、私を守護する精霊さんはです。
 精霊さんはそれぞれに役目があって、私の精霊さんは土を硬くしたり
 水を綺麗にしたりすることが得意ですよ」

挨拶だけ頑張って覚えた幼い子供だと思ってもらえた方が都合が良いので、言葉遣いや振る舞いが過度に丁寧になりすぎないように気をつけます。天女の時点で規格外ですが、その規格そのものはまだこの世界の枠の中に収まります。ですが3属性の精霊の守護とか、前世・異世界の記憶持ちなんていう世界の枠に収まらない、規格外どころか規格無しな秘密がバレた時の騒動を思うとゾッとしてしまいます。三太郎さんのスタンスとしては、私の秘密を話すかどうかやどこまで話すかは一度両殿下に会って人柄を知ってから判断するという事になっています。ですが、現状では秘密を話して良いと思う程の判断材料は集まりきっていません。母上たちにすら前世の記憶の事は話していないのに、ましてや両殿下は……という感じです。

「そうかぁ。櫻ちゃんはお母さんと同じ、土と水の天女なんだね」

どうにか落ち着きを取り戻した蒔蘿殿下がニコリと笑いながら言います。ホワッと緩んだ空気に思わず私もニコリと笑顔を返しますが、そのすぐ横から眉間の皺が復活して威圧感たっぷりな茴香殿下が

「水を綺麗に……か。
 つまり櫻嬢は精霊様が御力を使うところを見た事があるという事か?」

と超低温低音ボイスで聞いてくるので、背筋がヒヤッとして浮かべた笑顔も一瞬で凍ってしまいます。顔と同じで声も素の時は似ていたのに、なんでこんなに茴香殿下は圧が強いのか……叔父上にくっつくように身じろいでしまいます。

「はい、山ではお願いして水を綺麗にしてもらったりしています」

私がそう言うと茴香殿下は再び考え込んでしまいました。そのまま数分黙りこくっていたかと思うと、スッと顔を上げ

「では、こういうのは如何だろうか?」

と、とある提案をしてきたのでした。




「はぁぁぁぁ…………」

子供にしては重さたっぷりの溜息をついてから、天井を仰ぎ見てしまいます。蒔蘿殿下とは仲良くなれるかもしれませんが、茴香殿下は圧がすごすぎて苦手かもしれません。確かあの態度はヤマト国王家の直系男児にして将来の国王候補の茴香殿下が「こうあるべき」と思い描く理想からきているなんて話しが小説にはあったように思いますが、もう少し蒔蘿殿下の人当りの良さを真似てほしいところです。

まぁ、蒔蘿殿下はそういう茴香殿下をフォローするために、外交・社交極振りな言動になっているという設定でしたが……。


地下庭園から移動した私と叔父上は、庭が良く見える部屋へと案内されました。今日はこの部屋に泊まる事になるようです。ただ本来の予定ならば宿泊は今夜だけのはずだったのですが、その予定は脆くも崩れ去りました。

理由は茴香殿下の提案した証明方法が、一晩では解決できそうにないものだったからです。

「緋の妃が食べたことがない、それでいて好みそうな食べ物ってどうすれば……。
 それも未だ人々が見た事も聞いた事もないモノで、
 精霊の知恵を感じられる食べ物って……。
 7歳に何を求めてるのよーーーーっっっ!!!」

思わず頭を抱えて蹲ってしまいます。いや、殿下がその答えを求めているのは私ではなくて精霊だって事は解りますよ、えぇ解っています。でも三太郎さんが作ってくれる様々なモノは基本的に「私の発案+三太郎さんの技能」で出来ているんですよ。つまり、まずは私が考えないと何も出来上がらないんです。

「大丈夫か? 今からでも私が断ってこようか?
 あいつらの事だから料理自体は既に決めてあるはずだ。
 それをそのまま出してもらって、証明手段は後日考えれば良い」

心配した叔父上が背中をさすってくれますが、それで良い案が出る訳も無く。そもそも茴香殿下が提案した時に叔父上は渋ってくれたのです。ですがそれ以上に良い案が出ないうえに、両殿下が帰城しなくてはならない時間になってしまい、二進も三進もいかなくなって請け負ってしまったのは私です。えぇ、自業自得です。

「大丈夫、三太郎さんたちに相談してみる。
 3日目までには決めなくちゃいけないし……」

この証明の一番の問題は期日の短さでした。明日から土の極日が始まり、初日には10日間に渡る長い祭典の開始を告げる式典があり、それから1日ごとに3歳・5歳・7歳の祝福の式典七五三があります。つまり4日後には一度旅商人の姪の櫻として大社に向かわなくてはならないのです。その後は13歳の子供が守護精霊を確定させる十三詣りがあり、更には2日間に渡る本祭などなど祭事が目白押しというか、良くここまで予定を詰めたなと思う10日間になります。

その10日間の終わり際、8日目に緋の妃を内密に招待するのだそうです。明日には使える食材や調味料の一覧が届くらしいのですが、その前に手持ちのモノで作れるもの考えておいた方が良さそうです。なにせ私の七五三までにメニューを決めて提出。それを両殿下が精査してメニューを確定。その後の数日で東宮の妃というこの大陸でも指折りの高位の女性に出せるレベルにまで完成度を上げなくてはならないというハードすぎるスケジュールですから。

「叔父上、私は暫く籠りっきりになると思うので人払いを徹底してお願いします。
 流石に三太郎さんとの対話無しでは不可能だと思うので……」

「あぁ、先程の片喰を覚えているかい? 彼だけが此処に残るそうだ。
 時々大社で私の代わりに宿に帰った忍冬すいかずらと交代するそうだが、
 最初の交代は櫻の七五三の時だから、暫くは3人だけだ。
 彼がこの部屋に近づかないように私が注意を引いておこう」

そう言って叔父上は部屋を出ていきました。

「ふぅ……よしっ!!」

私は自分の両頬をパシッと叩いて気合を入れると、心の中に意識を向けて三色の糸を強く引っ張ったのでした。
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