【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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2章

7歳 -土の陽月1-

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マズイです……。
とっても、とっても辛いんです……。


もぞもぞと腰を動かして座る位置を変えてはいるのですが、そんな事では私を襲っている辛さがちっとも楽になってくれません。どうしようかと悩む私の心に

<そんなに辛いのなら、鬱金に言えば良いではありませんか>

と浦さんの呆れたような心話が届きますが、それが出来るのだったらこんなに悩みません。黒松の背に乗せられて、歩き始めて1時間も経っていないのに泣き言をこぼす事にも抵抗がありますし、何より……

<だって、だって叔父上に太ももの内側と股関節が痛いなんて
 恥ずかしくて言える訳ないじゃないっっっ!!
 というか、股関節ってこっちでは何て発音するの?
 このままじゃ「おまたがいたい」としか伝えられないんだけどっ!>

心話ならイメージで伝わるので良いのですが、私はまだ股関節に相当する単語の発音を知らないのです。お尻やおまたなら赤ちゃんの頃に母上やつるばみが言っていたので覚えているのですが、その単語を自分の口で叔父上に言うのは、どうにも恥ずかしくて恥ずかしくて無理です。


あらかじめ予想はしていたんです。黒松に乗って行くという事は知っていましたから、叔父上の性格だと私を歩かさずに常に馬上に座らせておくだろうという事は。なので絶対にお尻が痛くなると思って、対処法として水袋を用意して座布団のように使う事にしました。コレ、最初に思いついた時はべとべとさんの殻の吸水部分の粉を使うつもりでした。アレは水をかけるとゼリー状に膨らむので衝撃吸収にもってこいなのです。我ながらナイスアイディアだと思っていたのですが、浦さんから却下されてしまいました。水袋なら誰かに見られても何ら問題はありませんが、べとべとさんの殻の粉はどう見ても不審物だから駄目だと言われたら諦めるしかありません。

ですが、ただの水袋でも入れる水の量を調節して一番衝撃を受けづらい状態に出来ましたし、これで少しはマシになるだろうと思っていたのです。ところが問題はお尻だけじゃなかった事でした。

太もも痛い……股関節痛い……。

私の身体に対し黒松の胴体はとても大きく、その背にまたがると180度開脚に近い状態になってしまうのです。その状態のまま長時間揺られるのは苦痛でしかありません。恥も外聞もかなぐり捨てて叔父上に訴えようという気持ちと、でも恥ずかしいという最後の抵抗とが心の中でグルグルとしてしまいます。




<しょーがねぇなぁ>

そう言ってくれたのは桃さんでした。次の瞬間、スッと私の中から出たと思ったら叔父上の前方へポンッと顕現したのです。

「もっ桃様?!」

いきなり現れた桃さんに叔父上は驚いて声がひっくり返ってしまっています。黒松も驚いてしまったようで、大きく鼻を鳴らすと私を乗せたまま走り出そうとし、叔父上が慌てて手綱を引いて落ち着かせました。

「悪ぃ、そんなつもりは無かったんだが……」

少しバツが悪そうな顔をした桃さん。黒松も現れたのが桃さんであることに気付いたようで、直ぐに興奮した状態から通常状態へと戻ってくれました。

「櫻が足の付け根が痛いってよ。ちょっと座り方を変えるぞ」

そう桃さんが言いながら私のそばまで来ると黒松の首をポンポンと軽く叩いてから撫でました。すると黒松は心得たとばかりにその場にゆっくりと座って体高を低くしてくれます。そうしてから桃さんは私の脇の下に手を入れて、ひょいと身体の向きを90度回転させてくれました。いわゆる横乗りです。

というか足の付け根と言えば良かったのだという事に今頃気付いた私は、思わず脱力してしまいました。股関節って言わなくたって、他にも通じる単語はありましたね。その後叔父上に

「櫻、大丈夫かい?
 痛かったりしんどくなったら直ぐに教えるように。
 我慢して良い所と駄目な所、ちゃんと考えるんだよ?」」

と優しく注意されて、反省するのでした。




1日目。慣れない事だらけで肉体的には疲労MAXなのに、気を張り続けている為かあまり眠れず。後、お風呂に入れないことが地味に辛くて、トイレの問題もあって早くも帰りたくなりました。


2日目。今日は絶対にお風呂入る!と朝から決めて叔父上と三太郎さんに相談し、移動ルートを出来るだけ人目につかないルートにしてもらいました。ヤマト国では土の陽月~極日の頃に、恵みを求めて山に入る習慣があります。拠点のある山は人里から遠すぎるうえに、徒歩で向かう事が不可能な天然の要害の地なので大丈夫ですが、この辺りはまだまだ人里からは遠いとはいえ油断はできません。

ハマタイラの貝柱入りのほしいいと道中手に入れた木の実やエビカズラという葡萄に似た果物で簡単に晩御飯を済ませた私は、金さんに頼んで河原の一部に浴槽サイズに窪みを作ってもらいました。金さんはこの5年の間に「石化」という技能を覚えていて、その技能で窪みとそのすぐ横の洗い場予定の場所を石化させて、身体やお湯が土や砂で汚れないようにしてもらいます。そこに川の水を引き込んでから、桃さんの新技能「発熱」で窪みの中の川の水をお湯にしてもらいました。「石化」も「発熱」も習熟レベルがまだ低いらしく、何でも石化出来る訳ではありませんし、水を沸騰させるほどの温度にもできません。ですが、お風呂として入る分には十分に使える技能レベルです。後は浴槽と洗い場から排水を流す為の溝を作り、そこに浦さんの「浄水」技能を籠めた霊石を置けば石鹸を使っても大丈夫になります。それらを作り終えてから浴槽の上まで大きく張りだした木の枝に、竹を縦に割ってから繋ぎ合わせて直径3m弱のリング状にしたものをぶら下げて、そこに黒い布を吊るしてカーテンのようにします。この為に数年前に再現に成功していた金属ばね式の洗濯ばさみを持ってきているのです。そしてカーテンの裾部分は出来るだけ外側に広げるようにして石で固定し、これで浴槽が外から見える心配がなくなりました。わざわざ黒い布にした理由は、お風呂に入る夜間に目立たないようにする為です。こうして三太郎さんの力を幾つも借りて簡易浴場が完成しました。

「叔父上、湯かげん丁度良いですよ。先に入ってください」

とお湯に手を入れて温度を確認してから叔父上にいえば、

「私は夜営の準備があるから、先に櫻が入ってしまいなさい」

と言われて、素直に先にお風呂に入る事にしました。黒いカーテンの向う側で裸になると、秘密兵器を取り出します。それは3m程のホースの先に如雨露の先端が付いた物で、拠点建設当時には造れなかったシャワーホースでした。

土蜘蛛の艶糸で織った布を細い筒状にしてから、べとべとさんの撥水液でコーティングしたソレは、試行錯誤した甲斐あって適度な柔らかさと強度を兼ね備えています。その先端にあるシャワーヘッドは金さんが「成形」で作ってくれたもので、霊石をはめ込む穴が3つあり、それぞれ「流水」「浄水」「発熱」の3つがはめ込まれています。これでホースの先を川に入れておけば、シャワーヘッドからは温かくて綺麗なお湯がシャワーとなって降り注ぐのです。

そのシャワーを使って頭のてっぺんから足の先まで石鹸で綺麗に洗い終えると、ようやくほっと一息つく事ができました。浴槽の周りを黒い布で囲んでいるので景色は全く楽しめませんが、裸を見られるのは流石に嫌なので仕方がありません。

実はカーテンとして使っている黒い布は、普段から防水布として使っている物と材料や撥水液の厚みなどが同じです。ただ普段使いの物と違う点が色で、この黒い色はべとべとさんの撥水液にこれでもかっ!と竹炭の粉末を混ぜこんで作った色です。この黒い防水布は用途によって厚さを変えた物が3つあり、今、ここでカーテンとして使っているのは厚さが中くらいの物で、そこそこの強度と柔らかさがあります。

ちなみに一番薄いものは畑の畝を覆う農業用マルチシートとして使っていますし、逆に一番分厚いものは防草シートとして畝と畝の間に敷いています。この二つと道を古代コンクリート+石畳舗装したおかげで、夏の永遠に終わらない草刈りがかなり楽になりました。

艶糸ではなく透明度の高い硬糸で作れば、窓ガラス代わりにもなるべとべとさんの撥水液。他にも様々な事で使えるので、今では火の陰月から土の陽月の頃に必ず集める素材になっています。


3日目。昨晩はお風呂から出た後、意識を失うようにして眠ってしまいました。叔父上が心配そうに何度も何度も私に「大丈夫か?」と確認しつつ進みます。


7日目。日が暮れる直前になってようやく最初の村が見えてきました。逆に言えばこの先はもうお風呂に入れなくなるという事です。気が重いなんてものじゃありません。一応三太郎さんがこっそりお風呂に入れるように何かしら考えるとは言ってくれていますが、最悪濡らした布で身体を拭くだけの生活になりそうです。


8日目。昨晩到着したアスカというその村で、拠点から持ってきた荷の極一部を売りました。これはこの先の関所を通る際に必要な通行料にする為です。小さな村だと貨幣による売買よりも物々交換が多いので、ここでは本当に最小限の取引きだけしました。


9日目。初めての関所。怖そうな人が居たらどうしようと戦々恐々としていたけれど、意外な事に和やかにこやかなおじさんたちばかりで、私を見ると「七五三かぁ。気を付けて行っておいで」と手を振ってくれました。


11日目。イカルガというアスカよりかなり大きな町に到着。叔父上一人なら此処まで5日程で来れるそうです。到着早々、叔父上と私は駅と呼ばれる場所に向かいました。最初は駅と聞いて馬車……じゃなくてこの世界では牛車がメインなのですが、牛車の停留所かと思っていたのです。ですが行ってみたら、叔父上の言う駅は私の感覚で言えば郵便局でした。前世と同じで普通郵便の飛脚人力と速達の馬早飛脚馬力で料金は違うようです。叔父上は馬早飛脚を頼み、竹簡を丸めた物に粘土で封をしてから渡していました。


15日目。コヲリヤマと呼ばれる町に到着。この先は常に整備された広めの街道を歩くことになるので、霊石や様々な道具は基本的に使用禁止になります。辛いです……。途中途中で休憩を多めにとってくれますし、町に到着した日には必ず宿をとってくれるので何とかまだやっていけていますが、そろそろ体力が底を尽きそうです。ただ、街道を歩くようになった利点もあり、今までとは違って整備された道は黒松も歩きやすいようで揺れが減りました。それに叔父上が私の後ろに座って一緒に黒松に乗るようにもなりました。おかげで黒松に揺られながら、ウトウトとうたた寝が出来るようになりました。とは言っても、叔父上の負担になってしまうので出来るだけ起きていようとは思っているのですが、疲れからついウトウトとしてしまうのです。


19日目。ようやく見えてきた、大きくて綺麗な山体を描いているのがヤマト国の首都の大和のようです。色んな意味で限界だった私は、大和の入口ともいえる街道の先に見えてきた検問所が天国の入口にすら見えます。

「叔父上、あそこが大和ですか?」

そう指をさしながら、私の背後から手綱を握っている叔父上に声をかけました。

「あぁ、そうだよ。
 あの検問所を過ぎると大和で、今日中に5合目あたりまで行く予定だ。
 そうすれば、後は極日までの1旬間は身体を休める事ができるからね」

大和の五合目というと、高級商店が並ぶあたりだったはずです。という事は、今日から泊まる宿は少しお高い宿なのかもしれません。今までの村や町で泊まった宿を悪く言う気は無いのですが、色々と衛生面できつい部分があったのでホッと安堵してしまう私がいます。宿だけでなく、村や町の中のあちこちから漂う臭いに本当に精神削られましたから……。

こうして旅をする事で、叔父上や山吹の苦労が身に染みて解ります。私の場合は三太郎さんが一緒に居るので対処可能な事も多くて助かりますが、あの拠点での生活に慣れてしまった身にはお風呂もトイレも使えない生活が強いストレスな事に変わりはありません。かなり高い確率で、私はこの七五三が終わったら二度と山を下りない引きこもりになる気がひしひしとします。それと同時に絶対に山を下りて行商に行かなくてはならない叔父上や山吹の為に、もっともっと便利な道具を作りたいと切実に思うのでした。
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