62 / 206
1章
2歳 -水の陽月3-
しおりを挟む
母上と橡、そして兄上は叔父上の帰還に伴う様々な作業(と手伝い)で忙しそうにしています。なので私は三太郎さんと一緒に遊んでくるね!と誤魔化して、母屋から少しでも離れた場所の方が都合が良いという理由で、久しぶりに岩屋へと戻ってきました。その岩屋の中は人が住んでいたと思われる形跡は欠片も無くなっていて、単に崖下の大きい洞にしか見えません。壁や床は金さんにお願いして出来るだけ自然に見えるように戻しましたが、流石に竈のあった場所に残る火を使った形跡を完全に無くすことはできず、道に迷ったり雨宿りした狩人が火を使った後のように装っています。
その岩屋の中で「ズモモモ……」という効果音をつけたくなる程のしかめっ面で三太郎さんが仁王立ちして、金玉2号を囲んでいます。その金玉2号は三太郎さんたちと違って単なる玉にしか見えないので、どんな表情をしているかなんて解りませんが、小さく振動を繰り返しながら浮いていました。
岩屋の中の空気が激しく悪い+重いです。
私だって金玉2号に「好印象を抱いたか?」ときかれたら「欠片も抱ける訳がない」と即答するレベルですし、睨みつけたい気持ちはあります。ただ、この先もここで母上たちと穏やかに暮らしていく為には、どう対処すれば一番良いのかを考えると、やはり物理で解決よりは話し合いで解決した方が良いという結論になります。物理での解決は反発され、将来に遺恨を残すことになりかねません。
そもそも……
「どうして ここにきたの?」
という問題があります。叔父上が意図的に連れてきたとは考えられませんし、何か別の要因があったのでしょうか?
そんな私の問いかけに金玉2号は答える気は無いらしく、全くの無反応です。何度か同じように問いかけるのですが、うんともすんとも言ってくれません。これじゃぁ話し合いにならないよ……。先程は抵抗らしい抵抗もなく岩屋まで一緒に来てくれたので、話し合いに応じてくれるのかと思ったのだけれど、どうやら早とちりだったようです。確かに三太郎さんが威圧したままじゃ話しづらいのかもしれないけれど、そうせざるを得ない状況にしたのは当の金玉2号です。
小さく溜息をついたその時、
「…………」
何か小さな声が金玉2号から聞こえてきました。やっと話し合いに応じてくれる気になったのかと思ったのですが、次第に大きくなるその言葉は
「何故だ、何故なぜナゼ!!!」
とこちらを威嚇するかのような怒声でした。
「何故私が第4世代の半端モノに劣るのだ! ありえん!!ありえんぞ!!!」
(結局そこに戻るのか……)
と全身から力が抜ける程の疲労感、その直後にお腹の底からフツフツと怒りが湧いてきます。なので思わず、
「バッッッッッカじゃないの?」
なんていう言葉が出るのと同時に、心底見下した表情になってしまいました。
<あなたが神様を崇拝している事も、自分に誇りを持っている事も解ったけれど、
第4世代の桃さんを馬鹿にするって事は、
崇拝している神様を馬鹿にしている事と同じだって何で気付かないの?
あなた馬鹿なの? 馬鹿だよね?
神様が命をかけて作った第4世代の精霊を馬鹿に出来るなんて、
馬鹿じゃなきゃできないよね?>
溜まりに溜まった鬱憤がドバーーーっと言葉になって溢れ出ます。ただ2歳児の言語能力ではそれを正確に伝えられる自信がないので、心話を使って金玉2号にぶつけました。
例えそれが自分にとって好ましくないものであっても、それが神様の作った物なら尊重すべきなんじゃないの?と私は思うのです。神様を崇拝していないのならその限りではないのでしょうが、少なくとも金玉2号は神様を崇拝しているのに、やっている事や言っている事が激しく矛盾しています。
「な……なんだと!!! この娘は何なのだ!!!」
私の言葉はどうやら火に油を注いだようで、金玉2号の周囲に小さく煌めきが生じます。どうやらこの精霊は怒り(或は感情)が高ぶると、周囲にそういった煌めきが出る性質のようです。
「櫻、なんて言ったんです?」
私を抱きかかえている浦さんが心配そうにこちらを見て尋ねてきました。ちょっと感情的になりすぎたかもしれないと反省しつつ、嘘偽りなくそのまま私が言った事を浦さんに心話で伝えます。その心話は何時ものように即座に他の2人にも伝わったようで、ほぼ同時に三太郎さん全員がプッと吹き出したように笑いました。
「なんつぅか、櫻は何時でもどこでも櫻だなぁ」
と桃さんがホッと小さく息を吐いた後、少し険の取れた表情で話し出します。それに続いて金さんや浦さんからも
「全く以てその通りだな」
「考え方も気持ちも心から賛同できますが、
言葉遣いだけはもう少し改めなさい」
と賛同とお小言を頂きました。少し空気が緩んだかと思った矢先、
「不敬極まりない、その赤子は何なのだ!!
人の分際で精霊である我に悪態をつくなど……。
まぁ弁えぬ卑小な人間には妖に落ちた水の精霊が似合いだがな」
と金玉2号が言い放ちます。
(まだ言うか!)
「それいじょー みんなを みくだすこと いうなら
私もかくご と かんがえがあるよ」
当然の事ですが、私は神でも仏でも聖人君子でもありません。極々普通の(前世の常識の影響が多大にありますが)人間です。積極的に悪事を働く気は皆無ですし、できるだけ善良でありたいとも思っています。ですが自分の大切な人を馬鹿にされてニコニコ笑っていられる程、お人よしではありませんし馬鹿でもありません。
この非礼極まりない土の精霊にも守護する人間がいるだろうし、出来る事なら穏便に済ませたいとは思っていました。ですが、私にとって最優先は三太郎さんを含む家族の幸せで平穏な生活です。話し合いに応じてくれないのならば、そして家族の平穏を乱すならば、顔も名も知らない赤の他人よりも自分の身内を優先します。それによって後悔する事も苦しむ事もあるでしょうが、家族が傷つき、場合によっては命に関わるような未来を招くよりも遥かにマシです。
「櫻、そなたが我らを思って怒るように
我らもそなたを悪く言われれば不快に思うのだ」
グッと覚悟を決めて視線を金玉2号へと向けた私の目の前で、金さんが再び金玉2号を両手で鷲掴みにしました。そしてグググッと力を込めます。
「あのな? 俺様の事を悪く言っている事も確かに腹立たしいんだが
俺様が一番腹を立てたのは、お前を卑小と言われたからなんだぜ?」
そう言いつつ桃さんも金玉2号に右手を乗せます。
「全くです。
これが卑小ではなく矮小ならば、言葉の意味的には間違いではありませんし
少しは情状酌量の余地が……やはりありませんね。
態度次第では考慮もしたでしょうが、これでは同じ結果だった事でしょう」
浦さんもそう言いながら金玉2号に左手を乗せます。と言ってもそこまで大きな玉ではないので、少し窮屈そうに金さんの前に手を差し込むようにしました。そうする事で金さんの両手は横向きに、桃さんの右手は指が上を向いて、浦さんの左手は指が下を向いて金玉2号に乗せられました。
「お、おい。何をする気だ!!」
ブワリと空気が動くのとほぼ同時に、金玉2号が喚きます。
「こんな所を見せたくは無かったのですが……」
呟くように言う浦さんの声がすぐ横から聞こえました。それと同時に水の精霊力が浦さんから金玉2号へと流れていくのが解ります。金さんや桃さんからも精霊力が流れていきますが、それに対抗するようにバシッビシッと金玉2号から光が走り音が響きます。ですが、その光と音は拠点で最初に発した時よりも明らかに弱く、金玉2号の力が弱っている事が解ります。
「な、なにをするの?」
精霊力が動いているという事は解りますが、どんな技能を使っているのかは見当もつかず、図らずも金玉2号と同じことを聞いてしまう私でしたが、それに応えてくれたのは意外な事に当の金玉2号でした。
「や、止めろ!! 我を消滅させるつもりか!!
同族を手にかけるなど、貴様ら狂っているぞっ!!」
「ほぅ? 我らは妖なのであろう??
既に精霊ではなく、妖であると申したのはそなただ。
ならば同族ではないな」
金さんが物理的にも精霊力的にも更に力を込めたのか、金玉2号からは今までの比ではない喚き声が上がります。
「止めろぉぉぉぉ!!!
何故だ!! 何故火の精霊と水の精霊が協力しあっている!!
何故、ただの人間にそこまで肩入れしている!!!」
「てめぇみたいなヤツには、未来永劫わからねぇよ」
「うあぁああああああああああ!!!!」
サラサラと流れる川の音、時々日差しによって溶けた雪がドサッと落ちる音がどこかから聞こえてきて、チチチと小鳥の鳴き声が聞こえる……。とても穏やかな情景が目の前にあるというのに、私は「やってしまった」と暗い気持ちでいました。後悔はしていません……と言えれば格好良いのかもしれませんが、当然ながらそんな訳はなく。ただ、その後悔を忘れずに一緒に生きていくのだと、覚悟を決めました。
「……櫻、どこか痛い所でもあるのか?
それとも、俺様たちの事、嫌いになったか?」
拠点へと帰る道すがら俯いたまま一言も発しない私に、桃さんが心配そうに尋ねてきます。その言葉に私は慌てて首を横に振りました。
「むしろ……、私の」
とまで言ったところで、浦さんのストップが入ります。
「私の所為で……とは言わないように。
私達は自分で何一つ考える事も決める事も出来ない、
赤子でも愚か者でもありません。
自分たちにとって最善だと思う事をやったにすぎません。良いですね?」
しっかりと釘をさされ、問答無用で頷かされました。
「それに、そなたの所為でというよりは、
そなたのおかげであの精霊は一命を取り留めたと言っても過言ではない。
消滅させてやりたい程の所業ではあったが、
そなたの前でそれをするのは躊躇われたのでな」
その金さんの言葉に、私は勢いよく金さんの方へと顔を向けます。
「じゃぁ、あの精霊は眠っているだけ?」
と尋ねた私に、金さんは頷きました。
あの時、金さんは精霊力を技能として使うのではなく、そのまま精霊力として金玉2号に流し込んだのだそうです。同じように浦さんや桃さんも自身の精霊力を流し込み続けました。
土の精霊力は固定。水の精霊力は連結、火の精霊力は増殖の性質を持ちます。金玉2号の中に送り込まれた金さんの精霊力を桃さんが増殖し、その増殖した精霊力が分散しないように浦さんが連結し、金さんの精霊力が元々持つ性質で体内に固定する、これを繰り返したのだそうです。一連の騒動のせいで金玉2号の精霊力が枯渇しかかっていた事もあって、それを続ける事で金玉2号の中が金さんの精霊力であっという間に埋め尽くされてしまいます。そして崩壊する寸前まで精霊力を詰め込んだあと、一気に金さんの中へ精霊力を戻したのだとか。もともと金さんの精霊力だから、それはいとも簡単に金さんの元へと戻っていきました。結果、金玉2号の中から綺麗に精霊力が消え去ってしまい、精霊力が極限まで枯渇した金玉2号は眠りについた……と。
こんな荒業が可能だったのは三太郎さんだからでしょう。火と水の精霊の不仲っぷりでは、こういった協力体制は築けませんから。当人ならぬ当精霊たちは絶対に明言しないだろうけれど、三太郎さんがお互いを信頼しあって助け合えるからできる技なんだと思います。
この荒業を崩壊寸前で止めなければ、当然ながら金玉2号は消滅していただろうし、増殖させる精霊力が同じ土の精霊力でなければ、同じように消滅していたんだそうです。
つまり三太郎さんたちからすれば最大限の恩情はかけたという事らしく……。
そして精霊力を取り戻す際、相手の精霊力も極僅かながら金さんへと取り込まれました。その時にかなり断片的ではあったけれど、相手の記憶を見ることができたんだそうです。それによって金玉2号は、大和で偶然見かけた叔父上に、他の人間に比べて強い精霊力が残っている事を不思議に思ってついてきたのだとか……。そもそも本来なら精霊力の強い地に引きこもっているはずの精霊が、よりにもよって無の月に大和に居た理由は、自分が守護する人間が寿命を迎えた為、魂を迎えに行っていた為らしく……。精霊にはそういう仕事もあるのだそうです。なのでここの事が外部に漏れているという事ではないようで、一安心です。
その眠りについた金玉2号はどうしたのかといえば、実は金さんの周辺でぷかぷかと浮いていました。かなりサイズは小さくなっていて、髪につけている震鎮鉄が浮いているようにしか見えないうえに、そういった玉が複数あるので私にはドレがソレなのか区別がつきません。
「夢を見ている程度の意識しかないだろうが、
一応、外界の事は感じ取れているはずだ。我の傍でそなた達を見続け、
それでも先程と同じ論を繰り返すのならば、その時は全力で相手をする」
「ほっっっんと、俺様たちって優しいよな。
あんなヤツ、消滅させちまえば良いじゃんと俺様は思っちまうが、
ソレをやっちまうと、櫻が悲しむだろうなと思うと踏ん切りつかねぇし」
「簡単にいえば、考え直すの機会と猶予を与えたという事です。
今頃、夢の中で「天女だったのか?!」と驚いているんじゃないですか?
念の為、櫻の守護精霊が私だけだと誤認するように装っていましたから。
金と違って私の精霊力は流動的なモノなので結構大変なんですよ?
金や桃の精霊力を覆い隠すように、あなたの周りに展開し続けるのは」
整然と理由を説明してくれる金さんに、愚痴りながらも私の事を思ってくれた桃さん。そして優しく事の次第と顛末を教えてくれる浦さん。その言葉の端々から、視線一つ表情一つから、三太郎さんが私の事を大切に思ってくれている事が感じ取れます。
この私の中から溢れ出る感謝の気持ちをどう言葉にすれば良いのか……。
「金しゃん、浦しゃん、桃しゃん。
ありあとう、 だいすき!」
この言葉に、全ての想いを込めて……。
その岩屋の中で「ズモモモ……」という効果音をつけたくなる程のしかめっ面で三太郎さんが仁王立ちして、金玉2号を囲んでいます。その金玉2号は三太郎さんたちと違って単なる玉にしか見えないので、どんな表情をしているかなんて解りませんが、小さく振動を繰り返しながら浮いていました。
岩屋の中の空気が激しく悪い+重いです。
私だって金玉2号に「好印象を抱いたか?」ときかれたら「欠片も抱ける訳がない」と即答するレベルですし、睨みつけたい気持ちはあります。ただ、この先もここで母上たちと穏やかに暮らしていく為には、どう対処すれば一番良いのかを考えると、やはり物理で解決よりは話し合いで解決した方が良いという結論になります。物理での解決は反発され、将来に遺恨を残すことになりかねません。
そもそも……
「どうして ここにきたの?」
という問題があります。叔父上が意図的に連れてきたとは考えられませんし、何か別の要因があったのでしょうか?
そんな私の問いかけに金玉2号は答える気は無いらしく、全くの無反応です。何度か同じように問いかけるのですが、うんともすんとも言ってくれません。これじゃぁ話し合いにならないよ……。先程は抵抗らしい抵抗もなく岩屋まで一緒に来てくれたので、話し合いに応じてくれるのかと思ったのだけれど、どうやら早とちりだったようです。確かに三太郎さんが威圧したままじゃ話しづらいのかもしれないけれど、そうせざるを得ない状況にしたのは当の金玉2号です。
小さく溜息をついたその時、
「…………」
何か小さな声が金玉2号から聞こえてきました。やっと話し合いに応じてくれる気になったのかと思ったのですが、次第に大きくなるその言葉は
「何故だ、何故なぜナゼ!!!」
とこちらを威嚇するかのような怒声でした。
「何故私が第4世代の半端モノに劣るのだ! ありえん!!ありえんぞ!!!」
(結局そこに戻るのか……)
と全身から力が抜ける程の疲労感、その直後にお腹の底からフツフツと怒りが湧いてきます。なので思わず、
「バッッッッッカじゃないの?」
なんていう言葉が出るのと同時に、心底見下した表情になってしまいました。
<あなたが神様を崇拝している事も、自分に誇りを持っている事も解ったけれど、
第4世代の桃さんを馬鹿にするって事は、
崇拝している神様を馬鹿にしている事と同じだって何で気付かないの?
あなた馬鹿なの? 馬鹿だよね?
神様が命をかけて作った第4世代の精霊を馬鹿に出来るなんて、
馬鹿じゃなきゃできないよね?>
溜まりに溜まった鬱憤がドバーーーっと言葉になって溢れ出ます。ただ2歳児の言語能力ではそれを正確に伝えられる自信がないので、心話を使って金玉2号にぶつけました。
例えそれが自分にとって好ましくないものであっても、それが神様の作った物なら尊重すべきなんじゃないの?と私は思うのです。神様を崇拝していないのならその限りではないのでしょうが、少なくとも金玉2号は神様を崇拝しているのに、やっている事や言っている事が激しく矛盾しています。
「な……なんだと!!! この娘は何なのだ!!!」
私の言葉はどうやら火に油を注いだようで、金玉2号の周囲に小さく煌めきが生じます。どうやらこの精霊は怒り(或は感情)が高ぶると、周囲にそういった煌めきが出る性質のようです。
「櫻、なんて言ったんです?」
私を抱きかかえている浦さんが心配そうにこちらを見て尋ねてきました。ちょっと感情的になりすぎたかもしれないと反省しつつ、嘘偽りなくそのまま私が言った事を浦さんに心話で伝えます。その心話は何時ものように即座に他の2人にも伝わったようで、ほぼ同時に三太郎さん全員がプッと吹き出したように笑いました。
「なんつぅか、櫻は何時でもどこでも櫻だなぁ」
と桃さんがホッと小さく息を吐いた後、少し険の取れた表情で話し出します。それに続いて金さんや浦さんからも
「全く以てその通りだな」
「考え方も気持ちも心から賛同できますが、
言葉遣いだけはもう少し改めなさい」
と賛同とお小言を頂きました。少し空気が緩んだかと思った矢先、
「不敬極まりない、その赤子は何なのだ!!
人の分際で精霊である我に悪態をつくなど……。
まぁ弁えぬ卑小な人間には妖に落ちた水の精霊が似合いだがな」
と金玉2号が言い放ちます。
(まだ言うか!)
「それいじょー みんなを みくだすこと いうなら
私もかくご と かんがえがあるよ」
当然の事ですが、私は神でも仏でも聖人君子でもありません。極々普通の(前世の常識の影響が多大にありますが)人間です。積極的に悪事を働く気は皆無ですし、できるだけ善良でありたいとも思っています。ですが自分の大切な人を馬鹿にされてニコニコ笑っていられる程、お人よしではありませんし馬鹿でもありません。
この非礼極まりない土の精霊にも守護する人間がいるだろうし、出来る事なら穏便に済ませたいとは思っていました。ですが、私にとって最優先は三太郎さんを含む家族の幸せで平穏な生活です。話し合いに応じてくれないのならば、そして家族の平穏を乱すならば、顔も名も知らない赤の他人よりも自分の身内を優先します。それによって後悔する事も苦しむ事もあるでしょうが、家族が傷つき、場合によっては命に関わるような未来を招くよりも遥かにマシです。
「櫻、そなたが我らを思って怒るように
我らもそなたを悪く言われれば不快に思うのだ」
グッと覚悟を決めて視線を金玉2号へと向けた私の目の前で、金さんが再び金玉2号を両手で鷲掴みにしました。そしてグググッと力を込めます。
「あのな? 俺様の事を悪く言っている事も確かに腹立たしいんだが
俺様が一番腹を立てたのは、お前を卑小と言われたからなんだぜ?」
そう言いつつ桃さんも金玉2号に右手を乗せます。
「全くです。
これが卑小ではなく矮小ならば、言葉の意味的には間違いではありませんし
少しは情状酌量の余地が……やはりありませんね。
態度次第では考慮もしたでしょうが、これでは同じ結果だった事でしょう」
浦さんもそう言いながら金玉2号に左手を乗せます。と言ってもそこまで大きな玉ではないので、少し窮屈そうに金さんの前に手を差し込むようにしました。そうする事で金さんの両手は横向きに、桃さんの右手は指が上を向いて、浦さんの左手は指が下を向いて金玉2号に乗せられました。
「お、おい。何をする気だ!!」
ブワリと空気が動くのとほぼ同時に、金玉2号が喚きます。
「こんな所を見せたくは無かったのですが……」
呟くように言う浦さんの声がすぐ横から聞こえました。それと同時に水の精霊力が浦さんから金玉2号へと流れていくのが解ります。金さんや桃さんからも精霊力が流れていきますが、それに対抗するようにバシッビシッと金玉2号から光が走り音が響きます。ですが、その光と音は拠点で最初に発した時よりも明らかに弱く、金玉2号の力が弱っている事が解ります。
「な、なにをするの?」
精霊力が動いているという事は解りますが、どんな技能を使っているのかは見当もつかず、図らずも金玉2号と同じことを聞いてしまう私でしたが、それに応えてくれたのは意外な事に当の金玉2号でした。
「や、止めろ!! 我を消滅させるつもりか!!
同族を手にかけるなど、貴様ら狂っているぞっ!!」
「ほぅ? 我らは妖なのであろう??
既に精霊ではなく、妖であると申したのはそなただ。
ならば同族ではないな」
金さんが物理的にも精霊力的にも更に力を込めたのか、金玉2号からは今までの比ではない喚き声が上がります。
「止めろぉぉぉぉ!!!
何故だ!! 何故火の精霊と水の精霊が協力しあっている!!
何故、ただの人間にそこまで肩入れしている!!!」
「てめぇみたいなヤツには、未来永劫わからねぇよ」
「うあぁああああああああああ!!!!」
サラサラと流れる川の音、時々日差しによって溶けた雪がドサッと落ちる音がどこかから聞こえてきて、チチチと小鳥の鳴き声が聞こえる……。とても穏やかな情景が目の前にあるというのに、私は「やってしまった」と暗い気持ちでいました。後悔はしていません……と言えれば格好良いのかもしれませんが、当然ながらそんな訳はなく。ただ、その後悔を忘れずに一緒に生きていくのだと、覚悟を決めました。
「……櫻、どこか痛い所でもあるのか?
それとも、俺様たちの事、嫌いになったか?」
拠点へと帰る道すがら俯いたまま一言も発しない私に、桃さんが心配そうに尋ねてきます。その言葉に私は慌てて首を横に振りました。
「むしろ……、私の」
とまで言ったところで、浦さんのストップが入ります。
「私の所為で……とは言わないように。
私達は自分で何一つ考える事も決める事も出来ない、
赤子でも愚か者でもありません。
自分たちにとって最善だと思う事をやったにすぎません。良いですね?」
しっかりと釘をさされ、問答無用で頷かされました。
「それに、そなたの所為でというよりは、
そなたのおかげであの精霊は一命を取り留めたと言っても過言ではない。
消滅させてやりたい程の所業ではあったが、
そなたの前でそれをするのは躊躇われたのでな」
その金さんの言葉に、私は勢いよく金さんの方へと顔を向けます。
「じゃぁ、あの精霊は眠っているだけ?」
と尋ねた私に、金さんは頷きました。
あの時、金さんは精霊力を技能として使うのではなく、そのまま精霊力として金玉2号に流し込んだのだそうです。同じように浦さんや桃さんも自身の精霊力を流し込み続けました。
土の精霊力は固定。水の精霊力は連結、火の精霊力は増殖の性質を持ちます。金玉2号の中に送り込まれた金さんの精霊力を桃さんが増殖し、その増殖した精霊力が分散しないように浦さんが連結し、金さんの精霊力が元々持つ性質で体内に固定する、これを繰り返したのだそうです。一連の騒動のせいで金玉2号の精霊力が枯渇しかかっていた事もあって、それを続ける事で金玉2号の中が金さんの精霊力であっという間に埋め尽くされてしまいます。そして崩壊する寸前まで精霊力を詰め込んだあと、一気に金さんの中へ精霊力を戻したのだとか。もともと金さんの精霊力だから、それはいとも簡単に金さんの元へと戻っていきました。結果、金玉2号の中から綺麗に精霊力が消え去ってしまい、精霊力が極限まで枯渇した金玉2号は眠りについた……と。
こんな荒業が可能だったのは三太郎さんだからでしょう。火と水の精霊の不仲っぷりでは、こういった協力体制は築けませんから。当人ならぬ当精霊たちは絶対に明言しないだろうけれど、三太郎さんがお互いを信頼しあって助け合えるからできる技なんだと思います。
この荒業を崩壊寸前で止めなければ、当然ながら金玉2号は消滅していただろうし、増殖させる精霊力が同じ土の精霊力でなければ、同じように消滅していたんだそうです。
つまり三太郎さんたちからすれば最大限の恩情はかけたという事らしく……。
そして精霊力を取り戻す際、相手の精霊力も極僅かながら金さんへと取り込まれました。その時にかなり断片的ではあったけれど、相手の記憶を見ることができたんだそうです。それによって金玉2号は、大和で偶然見かけた叔父上に、他の人間に比べて強い精霊力が残っている事を不思議に思ってついてきたのだとか……。そもそも本来なら精霊力の強い地に引きこもっているはずの精霊が、よりにもよって無の月に大和に居た理由は、自分が守護する人間が寿命を迎えた為、魂を迎えに行っていた為らしく……。精霊にはそういう仕事もあるのだそうです。なのでここの事が外部に漏れているという事ではないようで、一安心です。
その眠りについた金玉2号はどうしたのかといえば、実は金さんの周辺でぷかぷかと浮いていました。かなりサイズは小さくなっていて、髪につけている震鎮鉄が浮いているようにしか見えないうえに、そういった玉が複数あるので私にはドレがソレなのか区別がつきません。
「夢を見ている程度の意識しかないだろうが、
一応、外界の事は感じ取れているはずだ。我の傍でそなた達を見続け、
それでも先程と同じ論を繰り返すのならば、その時は全力で相手をする」
「ほっっっんと、俺様たちって優しいよな。
あんなヤツ、消滅させちまえば良いじゃんと俺様は思っちまうが、
ソレをやっちまうと、櫻が悲しむだろうなと思うと踏ん切りつかねぇし」
「簡単にいえば、考え直すの機会と猶予を与えたという事です。
今頃、夢の中で「天女だったのか?!」と驚いているんじゃないですか?
念の為、櫻の守護精霊が私だけだと誤認するように装っていましたから。
金と違って私の精霊力は流動的なモノなので結構大変なんですよ?
金や桃の精霊力を覆い隠すように、あなたの周りに展開し続けるのは」
整然と理由を説明してくれる金さんに、愚痴りながらも私の事を思ってくれた桃さん。そして優しく事の次第と顛末を教えてくれる浦さん。その言葉の端々から、視線一つ表情一つから、三太郎さんが私の事を大切に思ってくれている事が感じ取れます。
この私の中から溢れ出る感謝の気持ちをどう言葉にすれば良いのか……。
「金しゃん、浦しゃん、桃しゃん。
ありあとう、 だいすき!」
この言葉に、全ての想いを込めて……。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
私が死んだあとの世界で
もちもち太郎
恋愛
婚約破棄をされ断罪された公爵令嬢のマリーが死んだ。
初めはみんな喜んでいたが、時が経つにつれマリーの重要さに気づいて後悔する。
だが、もう遅い。なんてったって、私を断罪したのはあなた達なのですから。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
1人生活なので自由な生き方を謳歌する
さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。
出来損ないと家族から追い出された。
唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。
これからはひとりで生きていかなくては。
そんな少女も実は、、、
1人の方が気楽に出来るしラッキー
これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる