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1章
1歳 -無の月2-
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大きく溜息をついた金さんが
「先日も申したと思うのだが……。
我が新たに手に入れた技能「隧道」はまだ検証が済んでおらぬ。
どの程度の大きさの穴が開けられ、どの程度の強度を持つのか……
そういった様々な検証をせねば使えぬ」
と、眉間に皺を寄せながら言いました。
金さんが土の陽月の間に覚えた新しい技能「隧道【地4】」は、前世で言うところのトンネルを作る技能です。
一カ所に大空洞を作って作業場にするのと、長距離を細く長く海水を通す穴を掘るのとでは、どちらの方が金さんにとって作り易いのかは私では判断できませんが、この技能を使えば誰にも見つからずに安全に塩づくりができるのではないかと考えたのです。
ちなみに、今までにも拠点の地下に浄水槽などの空間を作った事はありましたが、アレは自然形成された空洞を技能「成形」で目的に合った形に整え、「圧縮」や「硬化」で強度を増した物です。全く空洞がないゼロの状態から、地下に空間を作るのは初めての事になります。
<うん、その話は覚えているよ。
だから今すぐに海底洞窟を作ってほしいなんていう話しじゃなくて、
この無の月の約90日間に……できれば前半の間に検証を終えて、
後半に入る前にGOサインが出せるかどうか判断が出来たら良いな……って>
流石に検証もしないで、拠点の地下に穴を開けてほしいとお願いするほど私は向こう見ずではありません。
だというのに
「俺様、明日までに海底洞窟を作ってくれって言われるかと思ったぜ」
と桃さんが私を抱えなおしつつ、ニヤリと意地悪そうに笑いながら言うのです。
<私、そんな無茶を今まで言った事あった?>
ちょっとムッとしながら反論したら、
「確かに無茶な要求を言った事はねぇが、
無理な要求は散々言ってたと思うぜ?」
と返されてしまいました。
無茶と無理の違いって何よと思っていたら、そんな私の気持ちを察したのか、
「無茶とは、到底実現不可能な事。
無理とは、限界まで頑張れば何とかギリギリ達成できそうな事。
そなたが元いた世界ではどうであったのかは解らぬが、
こちらの世界ではそういう認識だな」
と金さんが解説してくれました。つまり私の要求は三太郎さんにとって限界ギリギリだったという事のようです。譲れない部分があったとはいえ、申し訳なさに少ししょんぼりとして俯いてしまいました。
「桃、櫻を揶揄うのはやめなさい。
大丈夫ですよ、ちゃんと私達は解っています。
あなたが私達に無理をさせたい訳ではない事も……。
自分だけでなく、家族みんなを思ってのお願いだという事も」
と浦さんが私の頭を撫でながら優しく微笑んでくれます。
そんな浦さんの向う側で
「ただ、その願いの難易度がな……。
そなたの中で休めば急速に回復するとはいえ、
何日も連続で疲労困憊になるような力の使い方は
長い生を歩んで参った我でも経験がない」
そう溜息と一緒に金さんが愚痴を吐き出します。
<ごめんなさい……>
金さんの愚痴に更に罪悪感がこみ上げてきて、謝罪の言葉があふれだしました。確かに三太郎さんに甘えすぎていたかもしれません。何か問題が発生しても三太郎さんがいれば解決できてしまいます。時にはベストな解決が無理な事もありますが、それでもベターな解決策で対応してもらえます。
この1年半。いつも三太郎さんにおんぶにだっこ状態でした。
物理的にも精神的にも。物理的には仕方がないとはいえ、精神的に甘えすぎていたなと後悔しきりです。
しょんぼりと項垂れる私に
「金も桃も少し黙りなさい!
良いですか櫻。確かにあなたのお願いで疲労困憊になる事は多々あります。
ですがあなたの叔父達とて、あなたたち家族を食べさせるために
どれほど疲れていても日々の糧の為、或は無の月に備える為に狩りをします。
また無の月には危険を承知で出稼ぎにも行きます。
それは家族を思い、守るためです。
あなたは私達と家族になりたいと言いました。
ならば私達も同じように家族を守るために力を尽くすだけです」
両手で私の顔を挟んだ浦さんが、その手に力を込めてグッと顔をあげさせました。無理矢理上げられた私の視界の中央で、浦さんがニッコリと笑います。
「そのうえで、あなたが言わなければならない言葉があるとすれば
ごめんなさいではなく??」
「あいあとう?」
頬をぎゅっと挟まれているので綺麗に発音が出来ませんでしたが、言いたい事は伝わったようです。
「えぇ、そうです。
櫻がありがとうと言ってくれるだけで私達は頑張れるのです。
勿論、駄目な事は駄目だと言いますし叱りもしますよ?
ですが今のところ、怒らなくてはならないようなお願いはされていません。
大丈夫、あなたはちゃんと常識的な判断をしています」
頬をムニムニと揉まれながら告げられた言葉に、不覚にも泣きそうになってしまいました。この世界に生まれ変わって、私にとっての常識がこの世界でも常識なのか、全く解らない日々がずっと続きました。私の疑問に三太郎さんは毎回丁寧に答えてくれてはいたのですが、それでも不安だった私は事あるごとに三太郎さんの方へ振り返り、三太郎さんが頷いてくれないと前に進めない……そんな状態になっていました。そんな私に、浦さんは大丈夫だと言ってくれたのです。私の常識は今のところ間違っていないから大丈夫だと。
「うん、あいあと。浦しゃん」
改めてお礼をいう私に、浦さんは良い子ですねと微笑んでから頬をポンポンと軽く叩いてから手を放しました。
「我は浦のように自分の想いを流暢に言葉にすることは苦手だが……。
確かにそなたの願いは大変だと何時も思うが、嫌だと思った事はない。
何故これが必要なのだ?と思う事は多々あるが、
出来上がった物を使ってみれば「なるほど」と納得するモノばかりだった。
今一度申しておくが、我はそなたの願いは嫌いではない。
むしろ楽しみですらある。まぁ大変な事に変わりはないのだがな」
とちょっとそっぽを向きながらいう金さん。新しい物が好きな金さんにとって、私がお願いするあちらの知識を元にした物は興味を惹かれるものなんでしょうね。
「俺様だってイヤじゃないぜ??
甘葛煎作るのは面倒だが、甘くて美味いし
リンゴ狩りや柚子狩りも面倒だが、甘酸っぱくて美味いし
霊石に力籠めるのは面倒だが、あったけぇ料理は美味いし
何よりあのばーべきゅーとかいう、肉焼いてタレつけるやつ。
あれだけでお前を守護していて良かったと100回は余裕で思ったからな」
うん、食欲の権化ですかね、桃さん。
何だか素直にありがとうと言いづらくなってしまいましたが、浦さんと同じぐらい金さんや桃さんにも感謝している事に変わりはなく。
「うん、ふたりもあいあと」
と笑顔でお礼を言うのでした。
それにしても……。
振り返って三太郎さんを見て安心するという、この一連の私の行動の流れ。何かを思い出すと思ったら、中学校の頃の職場体験で行った保育園です。
確か保母さんが……
「小さい子供は一人遊びをしつつも近くに親がいるか時々確認します。
小さい子供にとって親から離れる事はとても不安な事なのですが、
親がちゃんと傍にいる、自分を見守ってくれていると子供が感じる事で
自分が親に愛されている事を実感して、情緒が安定します。
子供が成長するうえでとても大切な事なのですよ」
なんて感じの事を言っていました。
これまさに今の私な気が……。
うわっ、滅茶苦茶恥ずかしい!!
確か保母さんがそうやって教えてくれたクラスは1歳児だったはずで……。
いや、私も確かに1歳児なんだけど、中身的には全く違う訳で。
何だか、もう、身悶えしそうなレベルで恥ずかしいです。
そうやって見悶えていたら、不思議そうに首を傾げた桃さんに
「お前はさ、2度目の人生とか2度目の1歳とかって思ってるのかもしれねーけど
この世界で過ごす初めての人生じゃねーか。
そう言う意味では身も心も1歳児って事で良いんじゃねーの?」
と言われ、目から鱗が落ちる気持ちでした。
18年弱の経験は確かにあるけれど、それは前の世界の事。
私はこの世界で1年半しか生きていない。
だからこの世界では1歳児、それで良いんだ……と。
その後、無の月の終わり頃には拠点地下に複数の空間が出来ました。
それらは「隧道」に加えて「成形」「圧縮」「硬化」と金さんの持つ技能を、最大限に活用して作られました。
1つ目は台所から地下へと降りる階段を使って、すぐに行ける場所に作られた冷凍・冷蔵庫。これで母上や橡が雨や雪の中、遠い雪室まで食材を取りに行かなくても済むようになりました。
2つ目は念願の海水を引き込む地下水道。
私は直径50cmもあれば充分だろうと思っていたのですが、つい
<海水と一緒にお魚も来たら、海のお魚も食べられるようになるのにね>
と言ってしまった結果、魚が行き来できる程度に大きな海底洞窟を金さんが作ってしまいました。当初の計画では、金さんが「成形」で作った金属製の管を使い、浦さんの技能「流水」で海水を地上まで汲み上げる予定だったので、地下に大きな空間は必要ありませんでした。ところが海の魚が食べたい三太郎さんたちの溢れる熱意の結果、地下に釣り堀が作られる事に。更にはそこに至る超が幾つもつきそうな長い長い階段も作られました。
この長い階段は、水の陽月に戻ってきた叔父上たちによって有効活用されることになります。雨の日でも身体を濡らさず手軽に鍛錬が出来ると、毎朝何度も下まで駆け下りて再び駆け上るを繰り返す叔父上たち。ほんと、この世界の人たちの身体能力ってどうなってるの……。
塩づくりに関しては前世知識が問題なく使えて、ミネラルたっぷりな味わい深い塩が沢山作れるようになりました。おかげで今まで以上に食卓は豊かになり、保存食も種類や量が増えました。
ここで三太郎さんたちと一緒に作った塩は、私にとってはミネラルたっぷりで美味しい塩なのですが、母上たちにとっては雑味がある今一つの塩に思えてしまうようでした。
というのもこの世界での良い塩とは雑味の無い塩の事を指し、小説では塩化ナトリウム99%の精製塩のような味の塩と表現されていました。そういった塩を作る事ができるのはミズホ国です。
アマツ大陸の3カ国+天都のうち、大々的に塩を作っているのはミズホ国とヒノモト国の2国です。ですが、ミズホ国と違ってヒノモト国の塩は苦味が強いため、低級品とされています。そんな味に加えて、海水に布をひたしてから乾かすという、子供でもできる簡単な生産方法で大量の塩が作れるので、ミズホの塩に比べてかなり安価です。
安くはあるのですが、ヒノモト国の塩単体では誰も買わないだろうなというレベルの苦さなので、ミズホ国の塩に混ぜるグレード調節用の塩として使われています。ミズホ2にヒノモト8がギリギリ苦味が我慢できる割合らしいのですが、それだと保存食が駄目になる事もあるらしく、最低でも3:7、できれば4:6が望ましいそうです。
なのでこの世界の人にとってミネラル豊富な塩は、ヒノモトの苦味のある塩を思い起こさせるものなのかもしれません。保存食が失敗するなんて命に関わりますし、塩味以外の味がある事に対してイメージが悪くても仕方がありません。
ただ私が三太郎さんたちと一緒に作った塩で、淡泊なお魚の塩焼きを作って食べてもらえればその味の良さは解ってもらえると思うんですよ。それでも保存食に使って失敗する事が気になるというのであれば、保存食は塩蔵以外で対処すれば良いのです。少なくともここではそれが可能なのだから。
その塩蔵以外の保存方法の1つ、冷凍が大きく進化しました。
氷に大量の塩をまぶす事で、マイナス21度という温度に到達できたのです。ただ氷(個体)じゃなくてシャーベット一歩手前といった感じの塩水氷になってしまったので、冷凍庫の壁面を金属板で覆って、壁面と金属板の間にシャーベット状の塩水氷を流し込む事になりましたが……。
その金属板に浦さんの「保冷」の霊石を複数設置すれば、だいたい庫内はマイナス15~マイナス18度ぐらいになり、冷凍による長期保存も可能になりました。また別に用意したマイナス21度の塩水氷を樽に入れ、直接魚やハマタイラの貝柱を塩水氷に入れる事で急速凍結も可能になりました。
心の底から思います、お塩万歳!!
「先日も申したと思うのだが……。
我が新たに手に入れた技能「隧道」はまだ検証が済んでおらぬ。
どの程度の大きさの穴が開けられ、どの程度の強度を持つのか……
そういった様々な検証をせねば使えぬ」
と、眉間に皺を寄せながら言いました。
金さんが土の陽月の間に覚えた新しい技能「隧道【地4】」は、前世で言うところのトンネルを作る技能です。
一カ所に大空洞を作って作業場にするのと、長距離を細く長く海水を通す穴を掘るのとでは、どちらの方が金さんにとって作り易いのかは私では判断できませんが、この技能を使えば誰にも見つからずに安全に塩づくりができるのではないかと考えたのです。
ちなみに、今までにも拠点の地下に浄水槽などの空間を作った事はありましたが、アレは自然形成された空洞を技能「成形」で目的に合った形に整え、「圧縮」や「硬化」で強度を増した物です。全く空洞がないゼロの状態から、地下に空間を作るのは初めての事になります。
<うん、その話は覚えているよ。
だから今すぐに海底洞窟を作ってほしいなんていう話しじゃなくて、
この無の月の約90日間に……できれば前半の間に検証を終えて、
後半に入る前にGOサインが出せるかどうか判断が出来たら良いな……って>
流石に検証もしないで、拠点の地下に穴を開けてほしいとお願いするほど私は向こう見ずではありません。
だというのに
「俺様、明日までに海底洞窟を作ってくれって言われるかと思ったぜ」
と桃さんが私を抱えなおしつつ、ニヤリと意地悪そうに笑いながら言うのです。
<私、そんな無茶を今まで言った事あった?>
ちょっとムッとしながら反論したら、
「確かに無茶な要求を言った事はねぇが、
無理な要求は散々言ってたと思うぜ?」
と返されてしまいました。
無茶と無理の違いって何よと思っていたら、そんな私の気持ちを察したのか、
「無茶とは、到底実現不可能な事。
無理とは、限界まで頑張れば何とかギリギリ達成できそうな事。
そなたが元いた世界ではどうであったのかは解らぬが、
こちらの世界ではそういう認識だな」
と金さんが解説してくれました。つまり私の要求は三太郎さんにとって限界ギリギリだったという事のようです。譲れない部分があったとはいえ、申し訳なさに少ししょんぼりとして俯いてしまいました。
「桃、櫻を揶揄うのはやめなさい。
大丈夫ですよ、ちゃんと私達は解っています。
あなたが私達に無理をさせたい訳ではない事も……。
自分だけでなく、家族みんなを思ってのお願いだという事も」
と浦さんが私の頭を撫でながら優しく微笑んでくれます。
そんな浦さんの向う側で
「ただ、その願いの難易度がな……。
そなたの中で休めば急速に回復するとはいえ、
何日も連続で疲労困憊になるような力の使い方は
長い生を歩んで参った我でも経験がない」
そう溜息と一緒に金さんが愚痴を吐き出します。
<ごめんなさい……>
金さんの愚痴に更に罪悪感がこみ上げてきて、謝罪の言葉があふれだしました。確かに三太郎さんに甘えすぎていたかもしれません。何か問題が発生しても三太郎さんがいれば解決できてしまいます。時にはベストな解決が無理な事もありますが、それでもベターな解決策で対応してもらえます。
この1年半。いつも三太郎さんにおんぶにだっこ状態でした。
物理的にも精神的にも。物理的には仕方がないとはいえ、精神的に甘えすぎていたなと後悔しきりです。
しょんぼりと項垂れる私に
「金も桃も少し黙りなさい!
良いですか櫻。確かにあなたのお願いで疲労困憊になる事は多々あります。
ですがあなたの叔父達とて、あなたたち家族を食べさせるために
どれほど疲れていても日々の糧の為、或は無の月に備える為に狩りをします。
また無の月には危険を承知で出稼ぎにも行きます。
それは家族を思い、守るためです。
あなたは私達と家族になりたいと言いました。
ならば私達も同じように家族を守るために力を尽くすだけです」
両手で私の顔を挟んだ浦さんが、その手に力を込めてグッと顔をあげさせました。無理矢理上げられた私の視界の中央で、浦さんがニッコリと笑います。
「そのうえで、あなたが言わなければならない言葉があるとすれば
ごめんなさいではなく??」
「あいあとう?」
頬をぎゅっと挟まれているので綺麗に発音が出来ませんでしたが、言いたい事は伝わったようです。
「えぇ、そうです。
櫻がありがとうと言ってくれるだけで私達は頑張れるのです。
勿論、駄目な事は駄目だと言いますし叱りもしますよ?
ですが今のところ、怒らなくてはならないようなお願いはされていません。
大丈夫、あなたはちゃんと常識的な判断をしています」
頬をムニムニと揉まれながら告げられた言葉に、不覚にも泣きそうになってしまいました。この世界に生まれ変わって、私にとっての常識がこの世界でも常識なのか、全く解らない日々がずっと続きました。私の疑問に三太郎さんは毎回丁寧に答えてくれてはいたのですが、それでも不安だった私は事あるごとに三太郎さんの方へ振り返り、三太郎さんが頷いてくれないと前に進めない……そんな状態になっていました。そんな私に、浦さんは大丈夫だと言ってくれたのです。私の常識は今のところ間違っていないから大丈夫だと。
「うん、あいあと。浦しゃん」
改めてお礼をいう私に、浦さんは良い子ですねと微笑んでから頬をポンポンと軽く叩いてから手を放しました。
「我は浦のように自分の想いを流暢に言葉にすることは苦手だが……。
確かにそなたの願いは大変だと何時も思うが、嫌だと思った事はない。
何故これが必要なのだ?と思う事は多々あるが、
出来上がった物を使ってみれば「なるほど」と納得するモノばかりだった。
今一度申しておくが、我はそなたの願いは嫌いではない。
むしろ楽しみですらある。まぁ大変な事に変わりはないのだがな」
とちょっとそっぽを向きながらいう金さん。新しい物が好きな金さんにとって、私がお願いするあちらの知識を元にした物は興味を惹かれるものなんでしょうね。
「俺様だってイヤじゃないぜ??
甘葛煎作るのは面倒だが、甘くて美味いし
リンゴ狩りや柚子狩りも面倒だが、甘酸っぱくて美味いし
霊石に力籠めるのは面倒だが、あったけぇ料理は美味いし
何よりあのばーべきゅーとかいう、肉焼いてタレつけるやつ。
あれだけでお前を守護していて良かったと100回は余裕で思ったからな」
うん、食欲の権化ですかね、桃さん。
何だか素直にありがとうと言いづらくなってしまいましたが、浦さんと同じぐらい金さんや桃さんにも感謝している事に変わりはなく。
「うん、ふたりもあいあと」
と笑顔でお礼を言うのでした。
それにしても……。
振り返って三太郎さんを見て安心するという、この一連の私の行動の流れ。何かを思い出すと思ったら、中学校の頃の職場体験で行った保育園です。
確か保母さんが……
「小さい子供は一人遊びをしつつも近くに親がいるか時々確認します。
小さい子供にとって親から離れる事はとても不安な事なのですが、
親がちゃんと傍にいる、自分を見守ってくれていると子供が感じる事で
自分が親に愛されている事を実感して、情緒が安定します。
子供が成長するうえでとても大切な事なのですよ」
なんて感じの事を言っていました。
これまさに今の私な気が……。
うわっ、滅茶苦茶恥ずかしい!!
確か保母さんがそうやって教えてくれたクラスは1歳児だったはずで……。
いや、私も確かに1歳児なんだけど、中身的には全く違う訳で。
何だか、もう、身悶えしそうなレベルで恥ずかしいです。
そうやって見悶えていたら、不思議そうに首を傾げた桃さんに
「お前はさ、2度目の人生とか2度目の1歳とかって思ってるのかもしれねーけど
この世界で過ごす初めての人生じゃねーか。
そう言う意味では身も心も1歳児って事で良いんじゃねーの?」
と言われ、目から鱗が落ちる気持ちでした。
18年弱の経験は確かにあるけれど、それは前の世界の事。
私はこの世界で1年半しか生きていない。
だからこの世界では1歳児、それで良いんだ……と。
その後、無の月の終わり頃には拠点地下に複数の空間が出来ました。
それらは「隧道」に加えて「成形」「圧縮」「硬化」と金さんの持つ技能を、最大限に活用して作られました。
1つ目は台所から地下へと降りる階段を使って、すぐに行ける場所に作られた冷凍・冷蔵庫。これで母上や橡が雨や雪の中、遠い雪室まで食材を取りに行かなくても済むようになりました。
2つ目は念願の海水を引き込む地下水道。
私は直径50cmもあれば充分だろうと思っていたのですが、つい
<海水と一緒にお魚も来たら、海のお魚も食べられるようになるのにね>
と言ってしまった結果、魚が行き来できる程度に大きな海底洞窟を金さんが作ってしまいました。当初の計画では、金さんが「成形」で作った金属製の管を使い、浦さんの技能「流水」で海水を地上まで汲み上げる予定だったので、地下に大きな空間は必要ありませんでした。ところが海の魚が食べたい三太郎さんたちの溢れる熱意の結果、地下に釣り堀が作られる事に。更にはそこに至る超が幾つもつきそうな長い長い階段も作られました。
この長い階段は、水の陽月に戻ってきた叔父上たちによって有効活用されることになります。雨の日でも身体を濡らさず手軽に鍛錬が出来ると、毎朝何度も下まで駆け下りて再び駆け上るを繰り返す叔父上たち。ほんと、この世界の人たちの身体能力ってどうなってるの……。
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ここで三太郎さんたちと一緒に作った塩は、私にとってはミネラルたっぷりで美味しい塩なのですが、母上たちにとっては雑味がある今一つの塩に思えてしまうようでした。
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安くはあるのですが、ヒノモト国の塩単体では誰も買わないだろうなというレベルの苦さなので、ミズホ国の塩に混ぜるグレード調節用の塩として使われています。ミズホ2にヒノモト8がギリギリ苦味が我慢できる割合らしいのですが、それだと保存食が駄目になる事もあるらしく、最低でも3:7、できれば4:6が望ましいそうです。
なのでこの世界の人にとってミネラル豊富な塩は、ヒノモトの苦味のある塩を思い起こさせるものなのかもしれません。保存食が失敗するなんて命に関わりますし、塩味以外の味がある事に対してイメージが悪くても仕方がありません。
ただ私が三太郎さんたちと一緒に作った塩で、淡泊なお魚の塩焼きを作って食べてもらえればその味の良さは解ってもらえると思うんですよ。それでも保存食に使って失敗する事が気になるというのであれば、保存食は塩蔵以外で対処すれば良いのです。少なくともここではそれが可能なのだから。
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氷に大量の塩をまぶす事で、マイナス21度という温度に到達できたのです。ただ氷(個体)じゃなくてシャーベット一歩手前といった感じの塩水氷になってしまったので、冷凍庫の壁面を金属板で覆って、壁面と金属板の間にシャーベット状の塩水氷を流し込む事になりましたが……。
その金属板に浦さんの「保冷」の霊石を複数設置すれば、だいたい庫内はマイナス15~マイナス18度ぐらいになり、冷凍による長期保存も可能になりました。また別に用意したマイナス21度の塩水氷を樽に入れ、直接魚やハマタイラの貝柱を塩水氷に入れる事で急速凍結も可能になりました。
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その希少性から隠し、閉じ込められて5つまで育つが、いよいよ家計が苦しくなり、人買いに売られてしまう。
しかし道中、隊商は強力な魔物に襲われ壊滅。少女だけが生き残った。
奇しくも自由を手にした少女は、姿を隠すため、魔物はびこる森へと駆け出した。
これはそんな彼女が森に入って10年後、サバイバル生活の中で隠密スキルを極め、立派な素材コレクターに成長してからのお話。
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