【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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1章

0歳 -火の陰月2-

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「ぉぎゃぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

夜になれば涼しく感じるようになった火の陰月の夜遅く、山に響くは私の悲鳴。
……デジャブを感じますが、じゃんじゃん火ではありません。

<嘘つき嘘つき嘘つきーーーーーー!! 桃さんの嘘つきーーー!>

必死に浦さんにしがみつきながら心話を飛ばします。

「誰が嘘つきだ! 俺様は嘘なんか言ってねぇ!」

そう返ってくる桃さんの返事はかなり焦っている所為か、心話ではなく理解できない単語が混じっている会話です。浦さんが通訳してくれているのでワンテンポ遅れではあるけれど意味は理解できています。その浦さんはといえば、近づいてくる無数の足音に、麗しい顔の眉間にどんどん深くなっていく皺が……。

「ヒィッ!」

と、いきなり目の前に現れたソレに堪えきれずに短い悲鳴が出てしまいました。
私の視線の先、そこには路線バスサイズの超巨大な物体が、そしてその周りには乗用車サイズのがワラワラと……。見たくないけれど、視覚情報を脳が処理するのを拒否したいけれど、どうみても巨大な蜘蛛です。

<猫バスは可愛いから良いけど蜘蛛バスは絶対に無理ぃぃぃぃ!!
 ってか蟹って言ったのに! 蟹って言ったのにーーー!!>

「蟹じゃなくて細蟹ささがにだっつーただろ!」

<ほらっ! 蟹って言った!>

<もしかしてとは思っていましたが、認識に祖語が生じていたようですね>

私と桃さんの口喧嘩のようなやりとりに、一時通訳を中断していた浦さんが溜息をついてから仲裁に入ってきました。

「あなたが居た世界に7ztfg@はいないようですが……

 <巨大な蜘蛛>

 と言えば通じたのかもしれませんね。」

通常部分は会話で、そして肝心の部分を心話で飛ばしてくれた浦さん。ですが私はその手間にお礼を言うどころか内容に愕然としてしまいました。

<……アレが目当ての沢蟹もどき?
 目当てだったのって……蟹じゃなくて……蜘蛛だったの……?>

食べるつもり満々で、ウッキウキしていた対象が蜘蛛だったなんてぇぇ。
蟹に釣られず大人しく留守番をしていればよかったと思っても後の祭りです。今度からは知らない言葉を覚える時は、例え時間がかかったとしても今日の石の説明のように、この世界の言葉に加えてしっかりと心話で内容を精査しないとダメですね。少しでも早くこちらの世界の言葉に慣れ親しもうと思ってとった方法が裏目に出てしまったようです……。

直視したくない現実と大量の蜘蛛に悲鳴を上げ続ける私を三太郎さんたちが時々チラチラと見てくるのですが、やはり足手まといですよね……。ごめんなさい。

「ハッ! っと金太郎、行けますか?」

路線バスサイズの巨大蜘蛛が繰り出す糸をぎりぎりで回避した浦さんが、遠くにいる金さんに声をかけています。巨大蜘蛛の7ztfg@……、前世の地元の伝説にちなんで土蜘蛛とでも呼ぶことにします。土蜘蛛の生息域である森の中で、金さんは高い木の天辺付近の枝をまるで忍者のように飛びながら土蜘蛛の死角を突こうとしているようです。その手にはここに来る前に探査(金属)で見つけた鉄を棒状に、それから剣状にしたものが握られています。

そういえば今回、初めて金さんが地面から鉄を取り出すところを見たのですが、なかなか不思議な光景でした。まずは探査(金属)【6】で鉄が含まれている場所を探し、そこから精錬【3】で鉄を生成していくのですが、どうも製錬と精錬が一緒になっているようで……。鉄を抽出すると同時に純度を高めている感じでした。

まぁ、それらの準備は単なるガタロ対策だと思っていたんですけどね。
沢蟹駆除だと思っていたので……。

三太郎さんの中では一番戦える桃さんは、小さめの蜘蛛……と言っても乗用車サイズはあるんですが、それらを蹴り飛ばしたりしてこちらへ寄せ付けないようにしてくれています。一撃の危険度でいえば土蜘蛛の足元にも及ばないものの、数の多さでいえばじゃんじゃん火よりもはるかに多く……。面倒になった桃さんは一度覚えたての「爆炎」を使ったのですが、確かに蜘蛛を大量に排除できましたがそれ以上に周囲の被害が大きく、浦さんが慌てて消火にあたる羽目になり禁じ手とされました。山火事なんて事になったら大変なので、後で火が完全に鎮火したかもう一度確認に行った方が良いかもしれません。

それにしてもじゃんじゃん火もそうだったのですが、何故か土蜘蛛も私を狙ってくるようで……。人間の赤ん坊は妖から見れば御馳走扱いなんでしょうか……。

「やってみるしかなかろう。はぁぁぁ!!!!」

そんな掛け声とともに金さんが梢付近の枝から鉄剣の切っ先を真下に向けて飛び降ります。グジュッという嫌な音が辺りに響き、一拍おいてから痛みに土蜘蛛が長大な手足をこれでもかと大暴れさせて周囲の木がバキバキと折れてはズズンという地響きをさせて倒れていきます。

「だめだ! これでは長さが足りん!」

メインで攻撃しているのが桃さんではなく金さんなのは、あわよくば技能が覚えられるかもしれないという下心があるからなのですが、金さんでは倒せないとなったら桃さんに燃やしてもらう作戦へと変えた方が良さそうです。

「金の字、胴体じゃなくて関節部分、無理なら頭を狙え!
 って、させるかぁ!!」

戦闘のアドバイスをしていた桃さんが、土蜘蛛と私を抱えている浦さんとの間に慌てて割り込んできました。ですが一歩遅く、土蜘蛛が放出した糸が浦さんの体の影から出ていた私の足にグルグルとまとわりついてグィっと引っ張られます。

土蜘蛛は糸を各足の関節付近にある大きなこぶから放出しているのですが、そこから出た糸を巧みにより合わせて太さ自在の糸をこちらへと放ってくるのです。

「ぃやぁーーーーーーっっ!」

身体が信じられない強さで引っ張られます。が、それと同時に浦さんが慌てて私を抱きしめる腕に力を籠め、桃さんが糸を握ってその場所を炭化させて切り離してくれました。

<異世界怖い、異世界怖い、異世界怖い……>

恐怖に震える私を気遣うかのように、三太郎さんたちが何度もこちらを見ては確認しています。このままじゃダメだ。赤ん坊で自力でまともに動けなくて役立たずでしかなくても、せめて頭は働かせ! 私!!

<桃さん、今みたいに土蜘蛛の足を炭化させることはできない?>

「あぁん? 生きてる奴に使った事ねぇから分からねぇが……。
 やるだけやってみるかっ!」

<桃太郎、あなた何を言っているのです?
 櫻、ちゃんと私を通して心話を……>

どうやら桃さんは戦う方に意識がいってしまって、私の心話を転送してくれていないみたい。でも今は説明するよりも

<できるだけ片側の足だけを狙って!>

追加でお願いを飛ばします。

「わーーってるっ!!」

<金さん! 少しの間桃さんの補助に入って!>

「何が如何なっているんだ。説明……は、後回しだな、致し方ない」

土蜘蛛に向かって行ってしまった桃さんを見て、金さんが慌ててそのフォローに入ってくれました。

<浦さん、ごめん。しばらくは浦さん一人で回避に専念をお願い>

<まったく、ちゃんと説明をなさい!>

そう言いつつ浦さんは身に纏っていた領巾ひれを何やら不思議な力で器用に動かして、私達に近づこうとする乗用車サイズの大蜘蛛を威嚇したりビタン!とすごい音をさせて叩きつけたりしました。とにかく土蜘蛛から距離を取る事を優先してくれている様子。普段から水を纏わせている領巾は勢いよく叩きつけるとかなり痛そうです。アレ更に冷たくして凍らせたりしたらもっと痛そう。


ん? 確か浦さんって保冷や冷却って技能を持ってなかったっけ?


<浦さん!!! 浦さんの保冷とか冷却ってどれくらい冷たくできるの?!>

<なんですか、いきなり。何を思いついたのかはわかりませんが、
 保冷は水の冷たさを保つ為の技能で更に冷やす効果はありません。
 対し冷却は対象の温度を今より少し下げる事が出来る技能ではありますが、
 命あるモノを凍らせるような事はできませんよ>

凍らせるのは無理でも……
見た目や大きさが私の知っている蜘蛛とは大きく違ってはいるけれど……
でも昆虫である以上、寒さにより何かしらの影響は受けるはず。

そもそもあの巨体で森の中が生息域っていうのは無理がある気がします。
ならば“あえて”森の中を選んで生息している理由があるはずです。
その理由の一つが寒さ対策なんじゃ……?
森の中って実は意外と冬場でも暖かいんですよね、風が通りにくいから。

だとしたら試す価値はあります

「駄目だ! 俺様の炭化はどうやら生きてる奴にはきかねーみてーだ!
 こんな事なら竹炭を作る時に試しておくんだったぜ」

愚痴とセットで桃さんから報告があがってきます。

<浦さん、降雨って技能を持ってたよね。
 それで雨を降らせてからその雨を冷却で冷やす事はできる?>

<できなくはないでしょうが、私の降雨は地面が辛うじて濡れる程度の雨しか
 降らせられませんし、何より祈る時間が必要で逃げながらは無理ですよ>

うあぁぁ、そうだった!
三太郎さんたちは幾つかの技能を持っていますが、大雑把に別けて3つのランクがあるんだそうです。個人差ならぬ個精霊差が激しいので一概には言えないそうなのですが……

 天位:大がかりな儀式や極度の集中、或は何かしらの特殊な媒体などが必要
 地位:呪文や印を結ぶなど、精霊力の流れを制御する何かしらが必要
 無位:特に意識せずとも簡単に使える技能

って感じなのです。そして浦さんの技能「降雨」は天位に分類されます。
つまり今すぐ使うのは無理って事です。

<それに陰月とはいえ、火の精霊力が強いこの時期の「冷却」は
 せいぜい1~2度、温度を下げれたら良い方です。
 とても蜘蛛の動きを鈍らせる温度にはできません>


……あっ……今、自分の中で何かが折れる音が聞こえました。


私は特別何かに秀でた訳でもない、普通の女子高生だったんです。確かに山育ちなうえに小学校時代には少々変わった課外授業もありましたが、ただそれだけです。

「ごめん……なさい。私、役立たずだ……」

漫画やアニメのようには上手くいかない……そんな当たり前の事を思い知らされます。しかも役に立たないだけならまだしも、現状はどう考えても足手まといでしかありません。

俯いたまま浦さんの服を掴もうとするけれど、指が震えて思うように動かず……。

見た事もないほど巨大な蜘蛛への恐怖……
三太郎さんから役立たずと見限られるのではないかという恐怖……

様々な恐怖がグルグルと渦巻いて顔を上げる事ができないのでした。
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