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1章
0歳 -水の陽月5-
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櫻の母、沙羅が生まれた碧宮家は約300年ほど前に作られた比較的新しい宮家で天人を祖としています。「宮家」と聞くと現代日本人の感覚ではいわゆる「天皇家の分家」的なイメージだけれど、この世界においてはどちらかといえば各国王家の出先機関、つまり大使館のような感じ。
各国は王家ゆかりの娘(宮家の娘含む)の中から、容姿・素養に優れた娘を何人かピックアップ。その中から帝が指名した娘を宮に住まわせ東宮妃とし、次期帝たる東宮は宮家へと通い(通い婚)子供を設けます。
男児ならば後に東宮となるか、宮家の当主となるか……。女児ならば政略結婚の道具となります。また例え男児でも“東宮”に指名されるまでは単なる宮家の一員でしかなく、御所で暮らす事はできません。御所で暮らせるのは帝とその后たちと東宮のみ。東宮以外は例え実子であろうと住めないのです。現代日本人の感覚からすれば眉を顰めたくはなりますが、この世界ではこれが常識なのです。ちなみに后といえば帝の伴侶で、妃といえば東宮の伴侶となります。
話を元に戻すと、300年と少し前に「ミドリの災い」と言われた世界規模の異常気象・天災が起こりました。それにより大飢饉が発生し、アマツの人口が半分に減るのではないかと思う程の大災害に見舞われたのです。
その時に地と水の複数守護持ちの天人が現れ、大地を緑で満たし「ミドリの幸い」へと導きました。その功績により「碧」の名を持つことを帝に許され、帝の娘と婚姻した事により生まれた特別な宮家が碧宮家です。
ただその宮家の存在はヤマト・ミズホ・ヒノモトといったアマツ三国には少々目障りな存在で、常に朝廷内において三つ巴の派閥争いを繰り広げている中で邪魔な存在でした。
そもそも天都が生まれた理由の一つが、三国が大陸の覇権を求め延々と争いを続け疲弊した所に、海の向うから「マガツ」の軍勢が押し寄せ、アマツ壊滅の危機に瀕した事でした。
その危機から学んだ三国は、お互いが衝突しないように中央に別組織を作り上げたのです。それが「天都」であり、初代帝はマガツを追い払った英雄が据えられ、その英雄に三国の姫を嫁がせる事で、現在の「朝廷」の原型が出来上がりました。
それから長い年月が経ちましたが各国は大陸の覇権を諦めた訳ではないく、ある意味朝廷内は武力を(表向きは)使わない戦場ともいえる場所でした。そこに功績があったとはいえ、いきなり宮家が増えたのです。三家にとっては歓迎できない事態だったことでしょう。
しかもアマツ三国が後ろに控えている三宮家と違い、碧宮家には後ろ盾がありません。そんな碧宮家に与えられた役目は帝の血筋のバックアップでした。
万が一、帝の血筋に何かがあった時の為のスペアとしての宮家です。
常に帝の近親の娘を当主へと嫁がせるという、権力が集まって当然という立ち位置でした。まぁ、これは天人の血を外へ出さず囲い込みたいという当時の帝の思惑もあったのですが……。
ただ代々碧宮家の人は権力欲というものが乏しく、また帝の血筋に万が一なんて事もそうそうあるはずもなく。むしろ年々存在感を薄れさせていったので三国も「碧宮家は名誉職」といった認識となり、放置されていく事となります。
それに輪をかけたのが、櫻の祖父で沙羅の父にあたる人物が自分の伴侶に平民の娘を選んだことでした。
宮家の婚姻は帝の承認が必要です。というより帝の意向で結婚相手が決められるのです。しかもそれが帝の血筋のバックアップ機構の碧宮家ならばなおさらです。
そんな慣例を無視しまくったのだから揉めに揉めました。
その際の取り決めで、平民の血を入れた碧宮家は当代限りで廃絶し次代からは単なる一平民となる事になりました。つまりこの世界における特権階級である華族でなくなり朝廷に籍を置く事すらもできなくなるのですが、碧宮家の人たちはそれで全く構わなかったのです。
元々華族や朝廷のしがらみというのを嫌う気風だった事に加え、宮家当主が平民の娘と知り合えるという時点で判りますが、平民相手にごく普通に接し生活していたのだから。
宮家なので生活予算が朝廷から出てはいたのですが、それは微々たるもので……
日々の暮らしの糧として家人と共に当主までもが平民相手に読み書きを教える私塾を開いたり様々な手仕事で収入を得ていたので、今更“宮家”という称号を取り上げられたところで生活になんら影響が出るとは思わなかったのです。
それが一変したのが、沙羅の十三詣り(精霊確定の儀)です。
沙羅……当時は「姫沙羅」という名前だったのですが、彼女が複数守護、それも碧宮の祖である「ミドリの幸い」と同じ水と地の守護持ちの天女と判明した途端に状況は一変しました。
アマツ三国の血と意向を濃く反映する三つの宮家は沙羅を自分の宮家へ嫁がせようと画策しはじめ、それどころか天都だけでなく各国の王族、華族も我先にと碧宮家へと付け届けを始めたのです。
そして決定的な事が起こりました。
帝、そして帝の息子であり次期帝である東宮までもが沙羅に興味を示し、東宮への入内を指示したのです。入内=妃になれという命令です。帝直々の命令なので拒否権なんてものは存在しません。でも碧宮家の当主は娘の幸せを優先し、あろうことか帝相手に真っ向から拒否したのです。
「自分の代で碧宮家は終わりにございます。つまり娘は平民という事になります。
畏き辺りに嫁げる身分ではございません」
と言って。しかし天人・天女の血を外に出したくない帝側は諦める訳にはいかないうえに、自分たちの思い通りにならない事に驚くと同時に興味が増し、更にしぶとく入内を命じてくるのです。それでも碧宮当主は大切な娘を三国の代理戦争の場で魑魅魍魎が跋扈する場所に入れる訳にはいかないと固辞し続けました。
時を同じくして碧宮家に一人の男が現れるようになりました。
琵琶と名乗ったその男は見た目は細身で麗しく、更には教養もありました。
小説を読んだ私は知っています……。
それは碧宮家にお忍びで来ていた東宮の姿だったって事を。
そして不穏な気配を漂わせつつも時は過ぎゆき……
沙羅は一人の子供を身ごもりました。それが主人公の兄である「槐」です。
これがまた後に訪れる不幸の一因でした。
東宮が忍んで碧宮家を訪れている事は朝廷内でもうすうす感づかれていました。
そして生まれた男児……。東宮が琵琶は自分だと認めてしまえば帝位継承権を持つ男児となります。
間が悪い事に東宮の妃三人、ヤマトの流れをくむ黄の妃もヒノモトの流れをくむ緋の妃も生まれた子供は女児ばかり、ミズホの流れをくむ蒼の妃に至っては未だ子供すら生まれておらず其々の派閥で何処が最初に男児を授かるかという水面下で様々な駆け引きが起こっていた真っ只中でした。
そして事件は起こります。
ある月の無い夏の夜……碧宮家に野盗が押し入り宮家の人々を全て惨殺。
宮家にしてはありえない程に小さい、だけど手入れの行き届いた屋敷はそこに住む人々諸共全て灰となりました。
と世間には思われていたのですが沙羅とその子供、そして沙羅の弟の令法は家人の命がけの救出で九死に一生を得て、ヤマト国の人里離れた山奥に隠れ住む事になるのです。
各国は王家ゆかりの娘(宮家の娘含む)の中から、容姿・素養に優れた娘を何人かピックアップ。その中から帝が指名した娘を宮に住まわせ東宮妃とし、次期帝たる東宮は宮家へと通い(通い婚)子供を設けます。
男児ならば後に東宮となるか、宮家の当主となるか……。女児ならば政略結婚の道具となります。また例え男児でも“東宮”に指名されるまでは単なる宮家の一員でしかなく、御所で暮らす事はできません。御所で暮らせるのは帝とその后たちと東宮のみ。東宮以外は例え実子であろうと住めないのです。現代日本人の感覚からすれば眉を顰めたくはなりますが、この世界ではこれが常識なのです。ちなみに后といえば帝の伴侶で、妃といえば東宮の伴侶となります。
話を元に戻すと、300年と少し前に「ミドリの災い」と言われた世界規模の異常気象・天災が起こりました。それにより大飢饉が発生し、アマツの人口が半分に減るのではないかと思う程の大災害に見舞われたのです。
その時に地と水の複数守護持ちの天人が現れ、大地を緑で満たし「ミドリの幸い」へと導きました。その功績により「碧」の名を持つことを帝に許され、帝の娘と婚姻した事により生まれた特別な宮家が碧宮家です。
ただその宮家の存在はヤマト・ミズホ・ヒノモトといったアマツ三国には少々目障りな存在で、常に朝廷内において三つ巴の派閥争いを繰り広げている中で邪魔な存在でした。
そもそも天都が生まれた理由の一つが、三国が大陸の覇権を求め延々と争いを続け疲弊した所に、海の向うから「マガツ」の軍勢が押し寄せ、アマツ壊滅の危機に瀕した事でした。
その危機から学んだ三国は、お互いが衝突しないように中央に別組織を作り上げたのです。それが「天都」であり、初代帝はマガツを追い払った英雄が据えられ、その英雄に三国の姫を嫁がせる事で、現在の「朝廷」の原型が出来上がりました。
それから長い年月が経ちましたが各国は大陸の覇権を諦めた訳ではないく、ある意味朝廷内は武力を(表向きは)使わない戦場ともいえる場所でした。そこに功績があったとはいえ、いきなり宮家が増えたのです。三家にとっては歓迎できない事態だったことでしょう。
しかもアマツ三国が後ろに控えている三宮家と違い、碧宮家には後ろ盾がありません。そんな碧宮家に与えられた役目は帝の血筋のバックアップでした。
万が一、帝の血筋に何かがあった時の為のスペアとしての宮家です。
常に帝の近親の娘を当主へと嫁がせるという、権力が集まって当然という立ち位置でした。まぁ、これは天人の血を外へ出さず囲い込みたいという当時の帝の思惑もあったのですが……。
ただ代々碧宮家の人は権力欲というものが乏しく、また帝の血筋に万が一なんて事もそうそうあるはずもなく。むしろ年々存在感を薄れさせていったので三国も「碧宮家は名誉職」といった認識となり、放置されていく事となります。
それに輪をかけたのが、櫻の祖父で沙羅の父にあたる人物が自分の伴侶に平民の娘を選んだことでした。
宮家の婚姻は帝の承認が必要です。というより帝の意向で結婚相手が決められるのです。しかもそれが帝の血筋のバックアップ機構の碧宮家ならばなおさらです。
そんな慣例を無視しまくったのだから揉めに揉めました。
その際の取り決めで、平民の血を入れた碧宮家は当代限りで廃絶し次代からは単なる一平民となる事になりました。つまりこの世界における特権階級である華族でなくなり朝廷に籍を置く事すらもできなくなるのですが、碧宮家の人たちはそれで全く構わなかったのです。
元々華族や朝廷のしがらみというのを嫌う気風だった事に加え、宮家当主が平民の娘と知り合えるという時点で判りますが、平民相手にごく普通に接し生活していたのだから。
宮家なので生活予算が朝廷から出てはいたのですが、それは微々たるもので……
日々の暮らしの糧として家人と共に当主までもが平民相手に読み書きを教える私塾を開いたり様々な手仕事で収入を得ていたので、今更“宮家”という称号を取り上げられたところで生活になんら影響が出るとは思わなかったのです。
それが一変したのが、沙羅の十三詣り(精霊確定の儀)です。
沙羅……当時は「姫沙羅」という名前だったのですが、彼女が複数守護、それも碧宮の祖である「ミドリの幸い」と同じ水と地の守護持ちの天女と判明した途端に状況は一変しました。
アマツ三国の血と意向を濃く反映する三つの宮家は沙羅を自分の宮家へ嫁がせようと画策しはじめ、それどころか天都だけでなく各国の王族、華族も我先にと碧宮家へと付け届けを始めたのです。
そして決定的な事が起こりました。
帝、そして帝の息子であり次期帝である東宮までもが沙羅に興味を示し、東宮への入内を指示したのです。入内=妃になれという命令です。帝直々の命令なので拒否権なんてものは存在しません。でも碧宮家の当主は娘の幸せを優先し、あろうことか帝相手に真っ向から拒否したのです。
「自分の代で碧宮家は終わりにございます。つまり娘は平民という事になります。
畏き辺りに嫁げる身分ではございません」
と言って。しかし天人・天女の血を外に出したくない帝側は諦める訳にはいかないうえに、自分たちの思い通りにならない事に驚くと同時に興味が増し、更にしぶとく入内を命じてくるのです。それでも碧宮当主は大切な娘を三国の代理戦争の場で魑魅魍魎が跋扈する場所に入れる訳にはいかないと固辞し続けました。
時を同じくして碧宮家に一人の男が現れるようになりました。
琵琶と名乗ったその男は見た目は細身で麗しく、更には教養もありました。
小説を読んだ私は知っています……。
それは碧宮家にお忍びで来ていた東宮の姿だったって事を。
そして不穏な気配を漂わせつつも時は過ぎゆき……
沙羅は一人の子供を身ごもりました。それが主人公の兄である「槐」です。
これがまた後に訪れる不幸の一因でした。
東宮が忍んで碧宮家を訪れている事は朝廷内でもうすうす感づかれていました。
そして生まれた男児……。東宮が琵琶は自分だと認めてしまえば帝位継承権を持つ男児となります。
間が悪い事に東宮の妃三人、ヤマトの流れをくむ黄の妃もヒノモトの流れをくむ緋の妃も生まれた子供は女児ばかり、ミズホの流れをくむ蒼の妃に至っては未だ子供すら生まれておらず其々の派閥で何処が最初に男児を授かるかという水面下で様々な駆け引きが起こっていた真っ只中でした。
そして事件は起こります。
ある月の無い夏の夜……碧宮家に野盗が押し入り宮家の人々を全て惨殺。
宮家にしてはありえない程に小さい、だけど手入れの行き届いた屋敷はそこに住む人々諸共全て灰となりました。
と世間には思われていたのですが沙羅とその子供、そして沙羅の弟の令法は家人の命がけの救出で九死に一生を得て、ヤマト国の人里離れた山奥に隠れ住む事になるのです。
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