刀身に誓った恋 或は 頭身が違った恋

詠月初香

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「貴女はどこの魔王なの?」

にこやかに放たれた言葉に私の思考は停止してしまいました。私はファフナーと出会ってからは魔王という存在への認識を改め、以前と違って魔王を倒すべき悪の化身のようには思ってはいません。何かしらの事情により狂気に飲み込まれた被害者であり、同時に自分の意志とは関係なく瘴気を周囲に放ち続ける加害者であるという認識です。なので人間を食料や玩具と思っているモンスターとは違い、瘴気さえ放たなくなればファフナーのように共存も出来るはずだと信じています。

その魔王? 私が??
唐突に突きつけられた言葉に理解が追いつかず、唖然としてしまいました。

「わ、私は魔王ではありません!」

「でも貴女はここにいるわ?」

溟海めいかいの魔王は私の狼狽なんて目に入っていないようで、まったく声の調子を変えずに言葉を続けます。出会った時から変らないその笑顔はまるで仮面のようで、笑顔だというのに逆に全く感情が読めません。いえ、感情を司る彼女は向うで髪を振り乱して暴れているアレなのだとしたら、目の前の彼女にはそもそも感情というものが無いのかもしれません。

「ここにいたら魔王なのですか?」

「当然よ。ここは私が招かなければ入る事のできない場所ではあるけれど、
 同時に誰も彼もを招待できる訳じゃないの。
 私と共鳴できる人、つまり貴女たちが言う魔王だけを招く事ができるのよ」

「で、でも私は普通の人間ですっ!」

そう断言します。ですが、否定と同時に一つ思い出した事がありました。

ファフナーの使う守護界エリアに入れるのも私だけなのです。出会った当初に何故私だけが入れるのかとファフナーに尋ねてみた事がありましたが、確か魂の共鳴が必要だと言われたように記憶しています。色々と言葉を重ねていましたが、ようは「たまたま魂が共鳴した」って結論だったように思います。

でも、それがファフナーの嘘だったら??

そもそもファフナーと心で会話できるのも私だけなのです。今はお父様が作られたマジックアイテムのおかげでファフナーは誰とでも意思の疎通が可能ですが、元々は私としか会話ができませんでした。そして一つの魔境で瘴気の氾濫が発生すると、他の魔境でも連鎖反応を起こして瘴気の氾濫が発生します。それは魔王同士が共鳴するからだと言われていました。

魔王だけが使える情報伝達手段があるのだとすれば……。

それがこの溟海の魔王が発生させた特殊な空間であり、守護界エリアだとしたら……

そこに入って魔王と意思疎通を行う私は……いったい……


呆然と立ち尽くす私の手を溟海の魔王がそっと取って、ゆっくりと撫でながら

「魔王は嫌?」

と尋ねてきました。もしこれがモディストス王国にいた頃ならば、バケモノ呼びの次は魔王なのかと悲しくなっていたでしょうが、今はファフナーのおかげで魔王が決して悪の化身ではない事を知っています。ですが長い間をかけて培われた価値観というのは心のどこかに残っているようで、魔王だと言われて不快感を感じてしまった事は確かでした。それに何より私は瘴気を放った事はありませんし、狂気にも飲み込まれていません。

「魔王が嫌というよりは、私の知っている魔王は狂気に飲み込まれ、
 心身共に変質し、周囲に瘴気を放って……皆が恐れる存在です。
 私がそんな存在だとは、どうしても思えないのです」

「それは認識がそもそも間違っているわ。
 貴方たちが魔王と呼ぶ存在は2つのタイプに別れるの。
 私や樹海の魔王はこの世界に落とされた……」

そう溟海の魔王が言った途端、空間がバシンッと凄まじい音をたてました。唐突に鳴り響いた何かが裂けるような音に、思わず感情を司る方の溟海の魔王が境界を壊してしまったのかと思ったのですが、理性を司る方の魔王は全く別方向を見ていました。

「どうやら招かざる客が来たようですね。
 しかも挨拶もなしにいきなり攻撃してくるとは無礼な……」

理性の溟海の魔王が見ている先、青い揺らめく光の所為で良くは見えませんが、かなり上の方に小さな人影がありました。しかもその限りなく人でありながら、絶対に人ではない影には見覚えがありました。

「樹海の魔王は礼儀を知らないのですか?」

「ファフナー?!」




━━━]━━━━━━━━━-




「貴方は礼儀を学ぶべきだと思います」

「仕方がないだろっ! こっちだって切羽詰まっていたんだ!!
 いや現在進行形で切羽詰まっているんだよ!
 リア早く戻らないと身体がもたないぞ!」

「まだ大丈夫ですよ」

「大丈夫な訳あるかっっ!!!」

淡々と話し続ける理性の魔王と。怒りで早口になって捲し立てるファフナー。そんな2人に私は口をはさむ余地がありません。

「樹海の魔王、私は誰よりも魂魄の扱いに長けているという自負があります。
 ちゃんと彼女の魂魄はこの通り……あら??」

「だから、魄が切れてるって言ってんだろうがっ!!」

ようやく話が見えてきました。どうやら私の魂魄というものが危険な状態にあるようです。ファフナーの慌て方から察するにかなりマズイ状況のようで、先程までは常にゆったりした所作だった理性の魔王が高速で手を動かして何かを始めます。魔力とよく似た力が彼女の周囲で高まったかと思ったら、私を包んでそのまま天に向かって力を伸ばしていきました。その時にスッと私の中の何かが引っ張り上げられるような感覚になります。

「魄は繋ぎ直したので大丈夫ですよ。
 忘れていましたね、アレも私なので魂魄の扱いに長けていって事を」

そう言ってチラリと視線を向けた先には感情を司る溟海の魔王が、凄まじい形相で此方を睨みつけていました。

「オノレオノレオノレオノレッッ!!!
 ソレの身体を奪う予定であったものをっっっ!
 またしても邪魔をしおってっっ!!!!!」

「そうはさせません。おおかた保持の難しくなった私達の身体を捨てて
 この子の身体に自分が入る心づもりだったのでしょうが、
 この子の体はこの子のモノです。」

感情しかない魔王と理性しかない魔王の言い分は平行線で、決して交わる事はなさそうでした。どうやら暗闇の中で捕まってしまったあの僅かな時間で私の魂魄は切られていたらしく、魂が戻らない私の体を自分が使うつもりだったようです。しかも理性部分を置き去りにして感情部分だけで乗り移る気だったようで、もし成功していたらと考えるとゾッとしてしまいます。

「お前、随分と変な別れ方をしてたんだな……」

感情のままに暴れる魔王を見たファフナーが、心底うんざりしたように呟きます。

「貴方のように幼児になるよりは良いと思うのだけど?」

「幼児にはなってないっ!」

確かに10代前半は幼児ではないと思いますが、溟海の魔王と一緒にいると何時もよりファフナーが感情的に見えてしまいます。

「ともかく、貴女を助けた理由は溟海の魔王を浄化してほしいの。
 同一存在だから気持ちは理解できるのだけど、
 この世界で恨み言を言い続けても仕方がないって事、彼女には解らないみたい」

そう言う理性の魔王から初めて笑顔の仮面が消えました。恐ろしいまでの無表情なのですが、その事が逆に物悲しく感じてしまいます。

「だから樹海の魔王を浄化したように……と言いたいところなんだけど、
 貴女の浄化のやり方は効率が悪すぎよ。
 樹海の魔王は一緒にいたのに何をしていたの?」

「ごめんなさい、それはファフナーにも言われているのですが……」

何かしらの媒体を使い、瘴気をその媒体の中に圧縮させてから浄化する方が効率が良いという事はファフナーに出会った時に教えてもらっていますし、事実もふもふのファフナーを浄化する時はそのやり方で浄化しています。

ところが慣れというものは恐ろしいもので、変な癖がついていた私はそう簡単にそのやり方を使いこなせませんでした。正確にはある程度までの瘴気が相手ならばその方法で効率よく浄化できるのですが、魔王のように強く濃い瘴気となると瘴気の圧縮が上手くいかなかったのです。なのでファフナーやお父様たちと色々と相談したり実験したりして、今のように余剰の魔力を常にサンストーンやムーンストーンに籠めておいて、いざという時に使うようにしたのです。

ただ圧縮の練習は欠かしていませんし、私と相性が良い瘴気の圧縮に向いた宝石媒体を見つける事ができれば、ファフナーたちが言うやり方で出来るようになるとは思います。

「では貴女のやりやすい方法で構いませんから、浄化をお願いします。
 それから樹海の魔王。貴方には私やこの子と共鳴して助力を頼みます。
 アレを抑え込まないと浄化は捗らないでしょうから」

「あぁ、解っている」




━━━]━━━━━━━━━-




「リア、戻ったかっ!!」

直ぐ耳元で聞こえるファフナーの声に、何時の間にか瞑っていた目を開けます。溟海の魔王の空間に呼び込まれる前、私は溟海の魔王を抱きしめて浄化をしていたのですが、今もその体勢のままでした。もちろん自力で立っていた訳ではなく、背後からファフナーが私を支えて助けてくれていたおかげです。

長年の習性で浄化の魔力を放出し続けていられた事は幸いでしたが、浄化の魔力の大半は抵抗にあって消滅していたようで、あまり浄化は進んでいませんでした。

意識をしっかりとさせるためにフルッと一度頭を振ってから周囲を見れば、こちらを気遣いつつも大型狂化モンスターと戦っているお兄様やウィルさんたちが目に入りました。普通のモンスターなら数体同時に対処できるアンディさんやウィルさんたちですが、多足や海藻相手では分が悪いようで劣勢に追い込まれているようです。深海で活動するモンスターを相手にする機会が少ないが為に圧倒的に情報が足りず、その所為で有効な戦法を選べないというハンデが響いているようです。

「時間を掛けるメリットは無い。
 一気に行くぞ?」

そんな状況を察したのはファフナーも同じで、私を支える腕にグッと力が入ったかと思うと私の中にファフナーの魔力が注ぎ込まれてきました。

「今、出来るだけお前の波長に合わせた魔力を注いだから、
 その力とお前自身の力で一気にコレを浄化しろ。
 俺があの暴れまくっていた方のヤツを抑え込むように力を魔王に入れるから、
 一拍おいてからお前も全力で行け、できるな?」

「はいっ!!」

私の返事にファフナーは「よしっ!」と返事をすると、ブワッと魔力を膨れあげさせました。それは樹海の魔王と呼ばれるのに相応しい魔力量で、その魔力によって腕の中で暴れていた溟海の魔王はピクリとも動かなくなりました。

「いきますっっ!!」

気合を入れるように叫ぶと、私は自分の中にあった自分本来の魔力とファフナーの魔力を一気に回転させて練り上げ、浄化の魔力として腕の中で動かなくなった溟海の魔王へと注ぎ込みました。先程までは反発されて中になかなか浸透しなかった魔力が、みるみるうちに中へと入っていくのが解ります。ファフナーが感情を司る方の彼女の力を抑え込んでいてくれるからなのでしょうが、理性を司る方の彼女も私を受け入れようとしてくれているのかもしれません。

それでも樹海の魔王以上に瘴気に蝕まれていた溟海の魔王の浄化は一筋縄ではいかず、どれだけ浄化の魔力を注いでも終わりが見えません。

(まだなの? まだ浄化できないの?)

ぐんぐんと自分の魔力が減っていく事が解ります。手持ちの宝石類に籠めた魔力はとうに使い切り、今はガラス玉よりも光を放たない屑石となってあちこちに散乱しています。

(頑張れっ! もう少しだ!!)

その時聞こえてきたファフナーの声は本当にファフナーの声だったのか、私の願望が聞かせた幻聴なのかは解りません。でもその声に励まされるように、そして傍に居てくれる皆を信じて体内に残っていた魔力の全てを注ぎ込みました。

真っ白になる視界に遠くなる意識。

それは樹海の魔王を浄化した時と同じでしたが、今回は誰の声も聞こえないまま意識を失ったのでした。
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