刀身に誓った恋 或は 頭身が違った恋

詠月初香

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皇帝陛下との対談を終えた私達は、そのまま皇家の方々と昼食をとることになりました。昼食では皇后陛下も加われたのですが、とても気さくで優しい方でした。今日はとても多忙とのことで昼食しかご一緒できなかったのですが、

「今度、アンネリーゼと一緒にお茶に招待するから
 その時にはゆっくりとお話しをしましょうね」

と侍女に予定を開けておくようにその場で指示され、「約束よ」と優しく笑う素敵な皇后陛下に、思わず憧れの気持ちを抱いてしまいます。ちなみにアンネリーゼというのは仕事で聖国に居る私のお母様で、社交シーズンの前半は聖国で、後半を皇国で過ごす予定になっています。

そうして昼食を終え、休息を少し取ってから私達は先程とは別の部屋へと案内されました。先程の部屋よりも一回りほど大きい部屋はお父様曰く少人数の会議に使われる部屋とのことで、20脚程の椅子と机が綺麗に円形に並べられていました。

お父様、お兄様に続いて私が席に付くのとほぼ同時に再び扉が開き、アンドレアス卿アンディさんと、彼に良く似た壮年の男性の2人が入ってきました。恐らくアンドレアス卿のお父様で総騎士団長のカリクス侯爵なのだと思います。がっしりとした身体は樹海で見かけたファイアベアのように大きくて分厚く、アンドレアス卿も大きい人だと思っていましたが、カリクス侯爵はそれ以上です。

侯爵家のお二人に挨拶をしていたら今度は皇国の右脳・左脳と称され、名宰相と名高いヴァイスハイト公爵とクルークハイト公爵、そして財務長官のゲルド侯爵、そして最後に皇帝陛下と三人の皇子全員が続けて入室してきました。それに合わせて私やカリクス侯爵家の二人も頭を下げて、皇帝陛下の着席を待ちます。

静まり返った部屋に皇帝陛下たちの足音が響き、最上位の席に皇帝が座ると、次いで上位に当たる皇帝の右隣を第一皇子のリヒャルト殿下、皇帝の左隣をヴィルヘルム殿下とマナー通りの席順に座っていきます。

「本日はモディストス王国の樹海占有に関する会議だと聞いていたのですが、
 なにゆえ未成年の女児が此処にいるのですかな?」

私は女児と呼ばれる程は幼くないのですが、御年68歳のゲルド侯爵からすれば幼子と同じなのかもしれません。そんな皇国の上層部だけを集めた部屋の中に、未成年の私が混じっているというこの状況はとても肩身が狭く……。また議題の関係で空気がとても重い為に、座り心地のとても良い椅子に座っているというのに、まるで岩の上に座っているかのようです。

「老侯の言う通り、本日の議題はモディストス王国の樹海占有に関する事だ。
 そして彼女がこの場に居る事には当然意味がある。追々説明する」

リヒャルト殿下がそう答えると、会議の開催が皇帝陛下によって宣言されました。


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「樹海の瘴気を晴らしたのは、お前たちで間違いないのだな?」

「はい、父上。
 瘴気の調査に赴いた際に、狂化して暴れる魔王と遭遇したのです。
 私どもの武具、特にアンドレアス卿の盾の損傷具合を見て頂ければ、
 どれ程の強敵だったかお分り頂けるかと……」

陛下の質問にヴィルヘルム殿下ウィルさんは、右手を左胸に当てて答えます。これは皇国の文化で、目上の人に対して返答や報告をする際に自分の命(心臓)に掛かて発言するという意味があります。つまりヴィルヘルム殿下は「今から言う事に嘘偽りはありません」と態度で示した訳です。

確かにヴィルヘルム殿下の仰った事に間違いはありませんが、あれでは魔王を倒した誤解されてしまいかねません。そんな微妙な言い回しを選んだのは、私の結界・浄化能力を隠す為なことは解っているのですが、それでもハラハラとしてしまいます。

「そうか。モディストス王国は何を考えているのか……」

ヴィルヘルム殿下の報告内容を事前に知っていた皇帝陛下は、それ以上の詳しい説明を求めずに眉間を摘まむようにして頭痛を堪えるような表情をされました。

「我が国が魔境の最深部にまで調査員を派遣しているとは
 夢にも思っていなかったのでしょう。
 それも平時ではなく、明らかに瘴気の大氾濫の兆しが見えていたあの状況で」

そう言うのは保守派筆頭のヴァイスハイト公爵。整えられた髪は風が吹いても乱れなさそうな程にきっちりとしていて、銀縁の眼鏡をかけておられます。

「それでヴェルフル魔法伯、あの国は今どのような状況なのだ?」

お父様へと話しかけたのは改革派筆頭のクルークハイト公爵です。お父様は外務大臣なので諸外国の窓口となっておられます。

「前々から一部の貴族が王太子を良いように操ろうとしていたようですが、
 この1年でそれが顕著となってきております。国王の影響力が落ちたのか、
 貴族派筆頭のガステール公爵の力が強まったのかはわかりませんが、
 自分の派閥の令嬢を王太子の婚約者に据えたりと、やりたい放題のようです」

アスティオス皇国とモディストス王国では政治形態が違います。皇国は絶対君主制で、議会はありますが皇帝が決めた方針の中での議論しかできません。対しモディストス王国は立憲君主制で、議会がある程度力を持っています。この議会は貴族と言い換える事もできます。つまり皇国に比べて王国の方が、貴族が力を持ちやすくなっているのです。

ガステール公爵家はジェラルド殿下の側近であるチェスター・ガステール公爵子息の家で、当主である父親の姉は王妃……つまりジェラルド殿下の母親です。そのうえ更にジェラルド殿下に自分の派閥のミーモス家から婚約者を押し込んだとなると、王室派にとっては大ダメージでしょう。

そもそも王太子のジェラルド殿下が貴族派に籠絡されている時点で、先行き不安を通り越して真っ暗な状態でした。そんな王室派にとって最後の希望は第二王子ですが、彼はまだ2歳なうえに生母が側室。更には実家の爵位が低いこともあって王位継承権が低く、ジェラルド殿下の派閥に対抗できるだけの力がありません。結果、貴族派がどんどんと力を増していってしまったのだと思います。

「モディストス王国内での勢力争いなど好きにすれば良いと思うが、
 我が国に悪影響や損害を与えるというのならば看過できぬ。
 ましてや樹海全域をモディストス王国領にするなど到底認められる訳がない。
 ヴィルヘルム殿下の証言を元に、正式に抗議するべきかと……」

「クルークハイト公爵はそう仰いますが、
 傷ついた防具では魔王討伐の証拠にはなりません。
 確実な証拠を出さなくては水掛け論となりましょう」

ヴァイスハイト公爵がクルークハイト公爵に意見を述べますが、それを待っていたかのように声を上げた人が居ました。

「その事に関して私から一つ提案があります。
 私達のパーティが魔王の元へたどり着けた最大の理由は
 ヴェルフル魔法伯令嬢の持つ特殊な恩寵技能「魔王探査」にあります。

 魔王の位置を正確に把握できるその技能があったおかげで
 瘴気溢れる樹海の中でも迷わず、また事前に作戦を立てる事が出来たのです。
 おかげで戦いにおいて有理に立ち回る事が可能でした」

そうヴィルヘルム殿下が言った途端、会議室はシーンと静まりかえりました。あまりに突拍子もない事だったのかヴァイスハイト公爵の片眉が上がり、クルークハイト公爵も瞬きを二度繰り返します。カリクス侯爵は顎に指を当て、ゲルド侯爵は目頭を揉むような仕草をしました。「魔王探査」という初めて聞く恩寵技能を不審に思っているようで、全員が疑わしそうに私の方へと視線を向けます。

(疑いたくもなりますよね……)

一度にたくさんの重鎮の方々の視線に晒されながら、私は少しだけ遠い目をしてしまうのでした。


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実は午前中の皇帝陛下との会談で、一つの取り決めが為されました。

・皇家及び皇国は、私に結界や浄化の能力を使う事を絶対に強制しない

という決まりなのですが、この一言を皇帝陛下が口にするまで様々な議論と葛藤がありました。皇帝陛下は

「そなたを秘密にして諸外国から守りたいというモディストス王の気持ちは解るが
 同時に国防という国家の大事をそなた一人に背負わせるのは全く理解できん。
 有事の際の一時的なモノならば仕方がないと思えるが、常時とは……。
 しかもそれで軍備が疎かになるなど、国家としてありえぬ」

と断言されましたが、同時に国家にとって有益ならば私を利用するのもやぶさかではないという感じでした。その事にお父様が怒り、あわや一族で国外脱出かというところで皇帝陛下が折れてくださったのです。

「国家への貢献度としてはそれが一番ではあるが、
 それがコルネリア嬢の健康を害し寿命を縮めるようでは駄目だ。
 国家とは国民の生命と財産、幸福を守る為のものだからな」

と皇帝陛下が仰ると、皇子三人が声を揃えて「はい」と返事をされました。国民の生命と財産、そして幸福を守るという事がアスティオス皇家のポリシーなのかもしれません。

「しかし、そうなると王国の暴挙を止める手段が限られるな……。
 何か良い手はないか?」

皇帝陛下が全員を順に見渡して、意見を求めました。皇帝陛下は誰の意見も聞かずに強権を発動する事も可能です。ですがお父様の話しでは、皇帝陛下は出来るだけたくさんの意見を聞いて、その上で自分の責任で判断するのだそうです。皇帝とはとても責任が重く孤独な立場なのですね。

少し考えていた第一皇子のリヒャルト殿下が

「……ようは我ら皇国こそが樹海の瘴気を抑えたのだと証明すれば良い訳です。
 なので、もう一つ魔境を浄化してみてはどうでしょう?

 ただ、この案はウィルやギル、エルは勿論、コルネリア嬢もとても危険ですし、
 私としても出来れば避けたい策ではあります。
 ですが早急に我らの主張の正当性を証明しなくてはなりません。
 王国が樹海に軍を進め、実効支配してしまうと面倒な事になります」

と提案されました。私を危険に晒すなんて論外だと主張するお父様やお兄様でしたが、王国が動く前に此方の正当性を証明しなくてはならず、時間が圧倒的に足りません。

更にはお父様が「いっそ王国を滅ぼしてしまえば……」なんて、とんでもない事を小さく呟かれたのを聞いて、

「私なら大丈夫です。魔力が回復し次第、溟海めいかいに向かえます」

と慌てて挙手して答えてしまいました。若干勢いで決めてしまった感もありますが、罪のない王国の平民の方々を危険に晒したくはありませんし、お父様の名を悪い意味で歴史書に遺すような事もしたくありません。

その後も議論を続け、私の魔境進入許可を冒険者ギルドのものから特例で国のものに変える事や、皇家が持つ幾つかのマジックアイテムの使用許可などが決まりました。更には私の持つ能力は浄化や結界能力ではなく、今まで誰も持った事の無い恩寵技能「魔王探査」だという嘘が決まりました。全ては私をできるだけ安全に、そして自然にパーティの一員として魔境に連れて行く為のモノです。

最後に私の能力は皇家と魔法伯家の秘密とするというアスティオス神への誓言がたてられ、これにより私の秘密は皇帝陛下であっても漏らす事は出来なくなりました。蛇足ですが、既に知っていて誓言を立てたアンドレアス・カリクス卿は例外とするという言葉も入っていました。

こうして私は……、いえ私達は更に様々な打ち合わせをしてから、会議に挑む事にしたのです。


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「そのような恩寵技能を持ったグラティア技能所持者は聞いた事がない。
 本当にそのような事が可能なのか?」

全員の疑問をヴァイスハイト公爵が代表して私に尋ねられました。それに対し私は静かに頷いてから

「はい、私の恩寵技能の「魔王探査」ならば可能です。
 今、皇国から一番近い魔王は溟海の魔王ですが、その正確な位置も示せます」

と答え、それを受けてヴィルヘルム殿下が

「ヴェルフル魔法伯令嬢と共に、私が溟海の瘴気を抑えてみせます」

と宣言したのでした。
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