刀身に誓った恋 或は 頭身が違った恋

詠月初香

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魔王。
それは魔境の王を指す言葉で、当然ながら魔境の数だけ存在します。

初めて魔王という存在を知った子供の頃からファフナーが自分の事を語るまで、私は魔王の事を瘴気で人間や動植物を狂化させる悪の化身だと思っていました。それは私に限った話ではなく、王国皇国問わず誰しもが子供時代に「僕が勇者になって魔王を倒してやる」や「勇者が現れて魔王を倒してくれないかしら」なんて御伽噺のような事を一度は夢想するぐらい、誰もが魔王の事を倒すべき人類の敵だと認識しているのです。

ただ御伽噺のように、魔王が軍勢を率いて人間の国に攻め込んできたなんて事は今まで一度もありません。ですが瘴気は物理的に対処できるモンスターよりも恐ろしいものですし、瘴気の大氾濫によって滅んだ国や住めなくなった地域は歴史上幾つもあります。だからこそ各国は魔境の瘴気の変化には敏感で、危険な事は承知のうえで調査員を送り込むのです。


そんな魔王を助けたいと思う日が来るなんて……。


勿論、魔王がファフナーの本体だからという理由もありますが、何より魔王の悲しみと怒りに満ちた神に対する呪詛を聞いていると、私に出来る事があるのなら何とかしたい……そう思えてしまうのです。

「皆さんにお願いがあります。
 一番防御に優れているアンディさんが、この地点から対角線上の地点へ。
 ウィルさんとギルさんが、其々左右の地点へ。
 そしてお兄様が此処で宝石を掲げてくださいませんか?」

私がそんなお願いをしている間も、アンディさんがこちらに向かって飛んでくる岩などの軌道を逸らしたり、或は一刀両断したりと防御に徹してくれています。そんな鉄壁の守りはアンディさんが「守護」のグラティア技能保持者だからこそ出来ることで、同じように武勇に優れていても攻撃特化型のウィルさんでは不可能でしょう。

ですが暴れる魔王による周囲への無差別攻撃に加えて、徐々に魔王から放たれる瘴気の圧が強まっていて、アンディさんの「守護」にも遅からず限界が来るのは目に見えています。なのでその前に方針を決めて、行動に移さなくてはなりません。

「正直なところ、今すぐにでも撤退すべきだと思うが……。
 このペースじゃ魔境を抜ける前に瘴気の大氾濫が起きてしまいそうだ。
 それに大氾濫の規模次第では、魔境を抜けたって安全じゃない。
 危険極まりない賭けだが、魔王の浄化にかけるしかないだろう」

瘴気の氾濫はいつ起こるか分からないという危険を承知のうえで、私達は樹海の調査任務を受けました。ですが瘴気の氾濫に素直に飲み込まれるつもりは当然ながら毛頭もありません、全力で抗うのみです。

「はい、私も全力で浄化に挑みます。
 ですから…………魔王の傍にいきたいのです」

そう宣言した途端、私を除く全員から

「駄目だ!!!」

と叫ばれてしまいました。ここで悪戯に時間を消費する訳にはいきませんが、自分勝手な思いから暴走した1年前と同じ失敗を繰り返す事はできません。

「結界の為のムーンストーンはともかく、
 浄化の為のサンストーンは魔王の近くでないと効果が薄くなります。
 全員で生きて帰る為には、これが一番の方法だと思います」

きちんと自分の考えを伝え、その必要性を訴えます。お兄様やウィルさんたちと違って、私は瘴気を退ける結界に守られていません。ですから私のこの考えや、そもそも魔王を助けたいと思う感情が、瘴気に侵されて感情的になった結果の可能性もあります。ですが苦しんでいる人が居たら最善を尽くしたいと思うのは、人として当たり前の事です。それが瘴気の影響で多少増幅されていたとしても……。

「浄化の成功率を上げたい、そんなリアの気持ちは解るよ。
 でも駄目だ! 危険すぎる!!」

お兄様が首を横に横に振ってから、困り切った顔で私を見つめます。心配をかけている事は解りますが、四方と同時に魔王の近くに宝石を設置するためには5人目が必要なのです。そしてここに居るのはウィルさん、ギルさん、アンディさん、お兄様……そして私の5人しかいません。

しかもこうしている間にも魔王の瘴気の圧は高まり続け、抜き差しならない状況になっているのです。結界に守られているお兄様たちですら瘴気の圧に押され気味で、ましてや圧ではなく瘴気そのものの影響を受けている私は、気を抜いた途端に泣き叫んでしまいそうな程なのです。

「俺が行こう、ウィルが対角線上に、ギルとエルが左右へ。
 俺がこのまま背後のリアを守るようにして魔王に突撃すれば……」

そう声を上げたのは、少し離れたところで私達を守っていてくれたアンディさんでした。捌ききれなくなってきた岩や樹木の破片に傷つけられたのか、額から血を流しています。その傷をギルさんに治してもらいながらも、再び盾を構えるアンディさん。このまま此処で相談している事も危険ですが、アンディさんが私を庇いながら突撃する事はもっと危険です。

「リア。君が今アンディを案じているように俺達だって君を案じているんだ。
 解ってほしい。よし、ではアンディの案で……」

「俺が……俺が行こう。
 正確には、俺を魔王の所まで、投げてくれ」

ウィルさんの私を諭すような言葉に続いた方針説明を遮ったのは、ずっと苦しそうに呻き声を上げていたファフナーでした。

「……今の、俺には、自力で飛ぶ力はない。
 だから、宝石を俺に括りつけて、全力で、俺を、投げつけろ」

「ファフナー、大丈夫なの?」

現時点で一番瘴気の影響を受けているのは、結界に守られているはずのファフナーでした。同一の存在だからこそ共鳴するのか、魔王がもがき苦しめば同じようにファフナーも苦しむのです。そんな状態のファフナーを暴れる魔王に向かって投げるなんて心配でなりません。そんな私の心配が伝わったのか、もふもふの中に隠れている小さな手が私の指をぎゅっと握りました。

「あぁ、大丈夫だ。これが、グッ……、ベストなんだ。
 それに俺なら、宝石が一番、良い位置に……ウッ。ついた事を感知して、
 お前に教える事ができる」

ファフナーは私の姿さえ見えていれば、思念を飛ばす事が出来ます。確かにこれ以上はない人選でしょう。

「良し、その案で行こう。
 ファフナーを投げるのは俺が良いだろう」

そう言ったのはウィルさんでした。他の皆さんは目だけで了解の意思を伝えると、即座に私の手からムーンストーンを受け取り駆けて行きます。

「ウィル、妹を頼みますよ」
「信じてるよ兄さん、それからリアもね」
「…………絶対に無事でいてくれ」

そんな言葉を残して。

アンディさんが居なくなった途端、幾つもの岩や木々等が私とウィルさんに向かって飛んできました。今まではこれらの直撃したら即死しそうな物から、アンディさんが守っていてくれたのです。

アンディさんが居ない今、ウィルさんが代わりをしてくれていますが、やはり同じようには飛来物を捌ききれません。そもそもウィルさんは盾を持っていないので、仕方がない事ではあります。それでも必死に私とファフナーを守ってくれている間に、私は自分のハンカチにサンストーンを巻き込むようにして包むと、それをファフナーへ括りつけました。

「大丈夫、苦しくない?」

「大丈夫だ、むしろ落したら、命運が尽きる。
 しっかりと、ッッグッ! ハァハァ、しっかりと結えろ」

苦しそうで可哀想という感情が湧き上がってしまいますが、ファフナーの言葉通りもふもふの毛を除けるようにしてしっかりとハンカチを結えます。後はファフナーをウィルさんに渡して投げてもらうだけなのですが、飛んでくる障害物が多すぎてそのタイミングがなかなか掴めません。こうしている間にも瘴気の圧は強くなっていきますし、いつ大氾濫を起こすか解りません。気ばかりが急いてしまうなか、ほんの一瞬だけ何かに気を取られたのか魔王の動きが止まりました。

「今だ、リア!!!」

そのウィルさんの声に、私はすかさずファフナーを手渡します。その次の瞬間には気合のこもったウィルさんの声と同時に、すごいスピードでファフナーが魔王めがけて飛んでいきました。かなりの距離があったはずなのですが、ウィルさんの強肩は人間の範疇を超えていたようで、真っ黒い魔王の上に真っ白いファフナーのフワフワの毛が乗っかりました。暴れる魔王の上なので何度か転がり落ちそうになりますが、その度にファフナーは頑張ってしがみついてくれているようです。

(ファフナー、ファフナー、無事ですか? 大丈夫ですか??)

私にはファフナーのように思念を飛ばすなんて事は出来ないのですが、ファフナーは何故か私の思念だけは受け取る事ができます。

(あぁ、無事……だ、アンディが、まだ、辿り着いていない。少し、待て)

ファフナーの返事に少しホッとしたものの、アンディさんが所定の位置に辿り着いていないという報告に不安になってしまいます。あんなに強いアンディさんなのだから大丈夫……と思うのですが、魔王の周囲は瘴気によって地面が腐ったようなぬめりのある泥へと変質し、その泥が放つ臭気に空気も思うように吸えないのです。そんな中、一番遠くまで移動しなくてはならないアンディさんの安否はどうしたって心配になってしまいます。

1分が10分にも1時間にも感じられる程の焦燥に駆られた私は、不完全ながらも結界を発動させるべきかもしれないと思って目を瞑りました。私が王国に居た頃、「結界や浄化の力は神から授かった特別な力だから自分の為に使わず、みんなの為に使いなさい。そして日々神に感謝を捧げなさい」と陛下や魔導士長に言われていたせいか、無意識のうちに目を瞑ってしまう癖がついてしまっているのです。

ですがその直後、ウィルさんがいきなり私を抱きかかえるようにして横へと転がり込みました。ほぼ同時につい先ほどまで私が立っていた場所に巨大な岩が轟音と共に落ちてきて地面にめり込み、周囲へ腐臭のする泥を撒き散らします。

「リア! 大丈夫か、怪我はないか!!」

汚泥を頭から浴びたウィルさんの顔が、後少し近づけば鼻同士がくっつきそうな程に直ぐ近くにあり、その余りの近さに息を飲んでしまいました。

「は、はい。大丈夫です。ウィルさんは?」

ウィルさんの声に我に返って大丈夫だと返すものの、自分で思っていたよりも声が震えてしまって、私が不安や恐怖を感じている事を隠しきれません。しかも声だけじゃなく手や膝までもが小さく震えていて、立ち上がろうとしても足に力が入らないのです。

「俺なら大丈夫だ。だからリアも俺や俺の仲間を信じてくれ。
 ……いや、俺のじゃないな。リアの仲間だ。リアの仲間の俺達を信じろ!」

感情の制御が出来なくなってきていた私の肩をガシッと掴んだウィルさんが、私の目をしっかりと見ながら力強く言い切ります。自分たちを信じろと。

(私の仲間……)

ウィルさんの言葉に、私の心の中に何か温かいものがほわっと湧き上がるのが解ります。それと同時に彼らを信じられる私になろう、そして彼らに信じてもらえる私になろうという決意が湧いてきました。

その時です。

(リア、大丈夫か、アンディが、所定の位置に辿り着いた。
 結界と浄化を!!!!)

「はいっ!!」

ファフナーの思念に思わず声を出して答えると、震えが止まった足に力を込めて立ち上がりました。

「ウィルさん、皆さんが所定の位置についたので今から結界を張ります。
 そのまま浄化も始めるので、後はお願いします!」

結界と浄化を同時に発動させれば、私にはそれ以外……それこそ一歩も動く事ができなくなります。つまり私自身の安全は全てウィルさん任せになってしまいます。

「あぁ、任せておけ!!」

ウィルさんの決意に応えるように手を前に突き出して目を瞑れば、途端に周囲の音がスーーッと遠ざかっていきました。意識や魔力といったモノを全て集中させて、まずは結界を発動させます。最初に結界を張らないと無制限に周囲の瘴気が流れ込んできて、魔王の浄化が全く進まないなんて事になりかねません。

目を瞑れば、私の中にグルグルと渦巻く何かがあるのが解ります。何時ものようにそれが光りだすまで回転させて結界を発動させました。それに共鳴するように、四方からも結界が発動します。これで普段よりもずっと強力な結界が張れたのですが、魔王の放つ瘴気の圧はその強化結界すら危うくしそうな勢いです。

なので結界が破られる前に浄化の作業に入ります。遠くなった聴覚に

「浄化の、気配を察知した……モンスターが、襲ってくる可能性がある!
 何が何でも宝石は守り通せっ!!!!」

というファフナーの絞り出すような声が届きましたが、思考も意識も魔力も全て結界の維持と浄化を最大で放つ事に集中させていた私には、その言葉は周囲にある様々な音の一つとしてしか認識できませんでした。

私は私の役目を全うしなくては……と、自分の中の回転する光を浄化として魔王に向かって放ちます。それも全力の魔力で、そして力の続く限り。

私の力が魔王に届いた途端、ファフナーの白い毛がふわりと風に揺らいだかと思ったら、ファフナーからも強い光が溢れ出しました。私の力がファフナーの持つサンストーンと共鳴して魔王という一番浄化したい場所で、一番強く作用しているのです。

ただ、それでも簡単に魔王は浄化されてはくれません。今までで一番強い瘴気が私を襲い、その圧に吹き飛ばされてドロドロの地面に叩きつけられて背中を強打してしまいました。その痛みや苦しさに、生理的な涙が目尻に浮かんでしまいます。しかも一度涙が出てしまうと次から次へと涙が溢れ出してしまい、自分で全く制御できません。

(痛い……。怖い……。もう、嫌……)

「リア!!!」

暴走する感情に飲み込まれそうになった時、直ぐ近からウィルさんの私を呼ぶ声がしました。どうやら同じように瘴気に吹き飛ばされながらも、地面に叩きつけられそうになった私の頭を守るように腕を伸ばして助けてくれていたようです。

(そうでした……。
 私は……皆さんに信じてもらえるような私に……なるんです!)

ポロポロと零れ落ちる涙を手の甲でグッと拭った私は、結界の維持を宝石に籠めた力に任せて、浄化に全力を注ぐことにしました。魔王を相手に結界と同時進行なんて愚かでした。全力の短期決戦です。


身体の奥底、魂の根元、意識の裏側、ありとあらゆるところから魔力を集め、いっきに浄化の力へと変えます。その途端に視界の端で金色や銀色の粒子が舞い始めました。今まで浄化の力を使う時に、こんな粒子が見えた事はありません。それはここまで魔力を振り絞った事が無かった所為なのか、目を開けたまま浄化をした事が無かった所為なのか……或はその両方の所為なのかは解りません。

ただ私が今、放っている浄化の白い光に金色と銀色の光の粒子が混ざっている事は確かで、キラキラと輝きながら魔王を包み込みます。途端に魔王がビクンッと大きく痙攣をしてから、先程までとは比ではなく暴れだしました。魔王のその黒い小山のような体躯の上に見える白い小さなファフナーが、振り落とされそうになっているのが見えます。

(ファフナー頑張って、私も頑張るからっ!!)

パチンッと自分の中で何かが弾けるような音が聞こえたと思ったら、自分の視点がどんどんと下がって行きます。膝を曲げている訳ではないのに、どんどんと自分の視点が下がっていくのです。どうやら限界が近いようです。

約1年ぶりに私の頭身が下がり始めているのだと思いますが、今ここで浄化を止める訳にはいきません。視点がどんどん下がり視界が白い光と金・銀の粒子で埋め尽くされますが、最後の力を振り絞って浄化の力を魔王にぶつけました。

「あぁあああ!!!」

「グギャアアアアアアアアアアアア!!!!」

そんな二種類の咆哮のような声を聞きながら、私は意識を失ってしまいました。
その意識が消える直前、何処からか聞こえてきた女性の声を不思議に思いながら……。


━━━]━━━━━━━━━-


「目が覚めた……というのも違うが、意識が戻ったようだな」

聞き慣れない声に飛び起きると、そこには見た事の無い男性が立っていました。ペールモーベット淡く明るい紫色の髪の間から白色の少しねじれた角が2本伸びたその男性は、私が起きたことにホッと安堵したような表情を見せます。

「あなたは……?」

警戒心から少し距離をとるように身じろぐ私を見た男性は、苦笑しながら

「ここが何処か、解らないか?」

と逆に尋ねてきました。その言葉に警戒しながらも周囲を確認してみれば、とても良く見知った場所で、ファフナーの守護界エリアの中でした。

眠っている時などは意識が無い為に瘴気への抵抗が弱くなってしまい、影響を強く受けてしまいます。なので今回の樹海の瘴気調査の間、結界に守られていない私が眠る時にはファフナーの守護界エリア内で精神を守ってもらっていたので、ここ数日でとても見知った場所になっていました。

「……ファフナー?」

「あぁ、そうだ。この姿は瘴気にやられて変質する前の俺だな。
 リアにとっては、子供の頃の姿の方が馴染みやすいか?」

ファフナーの名前を半信半疑で呼ぶと、男性は明らかに嬉しそうに微笑みながら姿を20代半ばから10代前半へと変えました。確かに私の知っているファフナーは12~13歳の頃の記憶を核として作られたそうですが、だからといってその姿なら馴染めるというものでもありません。だって私の知っているファフナーは、白いもふもふの毛に覆われた姿なのですから。

その事に気付いたファフナーは少し寂しそうに笑うと、

「やっぱりこの姿じゃないと駄目か??」

ポンッという音を立てて、私にとって一番馴染みのある姿へと変わります。

「確かにその姿が一番馴染みますが……、問題はそこではありません。
 今、どうなっているのですか。ファフナーは、皆さんはどうなったのですか?」

見知らぬ男性への警戒心に自分が置かれた状況を一瞬忘れてしまいましたが、私は確かについ先ほどまで魔王を浄化していたはずなのです。

「あぁ、魔王……つまり俺の浄化は無事に終わったよ。よく頑張ったな。
 リアのおかげで俺は俺を取り戻す事が出来た。
 心から感謝する、ありがとう……」

「良かった……。では、皆さんは?」

「全員が大なり小なり怪我は負ったが、致命的な怪我はない。
 その怪我も、急を要するような傷はギルが治した」

その言葉に腰が抜けたようにその場に座り込んでしまいました。安心した途端に気が抜けてしまったのか、今更ながら手足が震えてきてしまいます。

怖かったのです。
あの時は頑張れましたが、本当に本当に怖かったのです。
何よりファフナーを含めた皆さんを失う事が何よりも怖かった……。

「よく、頑張った。リア、君はすごいよ」

そう言ってファフナーは近付いてくると、もふんと私の膝の上に乗りました。

「さぁ、そろそろ目覚めてあげた方が良い。
 みんながリアの事を心配している」


━━━]━━━━━━━━━-


ぼんやりと戻った意識では周囲の状況が良く解りませんが、リズム良く揺れている感覚とほんのりと伝わる温かさが心地よく、どうやら誰かに抱きかかえられているのだという事がわかりました。

「皆さん、……大丈夫ですか?」

自分でも吃驚するぐらいに掠れた声に言葉が途中で止まってしまいましたが、何とか最後まで言い切ります。喉がとても痛く、無意識に喉に手を当てようとしたら全身に激痛が走りました。その痛みで朧げだった意識がようやくはっきりとします。どうやら痛いのは喉だけでなく、全身が信じられない程にズキズキと痛み、頭も何だかグラグラとします。

「リア!!!!」
「目覚めたか!」
「大丈夫か!!」
「心配したんだぞ!」

4人のその力強い声に、思わず安堵の笑みを浮かべてしまいました。ファフナーの言う通り、今はもう全員に大きな怪我はないようで安心しました。私はといえばウィルさんの左腕に座るようにして抱き上げられていて、彼の肩に頭を乗せるようにして眠っていたようです。

「まったく……。リア、貴女の無茶を怒りたいのに
 そんな顔されたら怒れないじゃないですか」

お兄様が苦笑しながら私の顔を覗き込んできました。そしてそっと私の額に手を当てて、

「どうやら熱も少し引いたようですね」

「熱が、出ていたのですか?」

「えぇ。あの場で倒れた後、高熱を出したまま意識が戻らず。
 しかも頭身も身長も私達が知っているあの時よりも更に低くなっているので、
 本当に心配したのですよ」

えっ?と思って自分の手を見ますが、確かに小さくはなっているものの、どれ位小さくなっているのかまでは解りません。

「頭身は4頭身を少し切るぐらいで、
 身長は2キュビットと少し1mと少しといったところだ。
 勿論正確に測った訳ではないから誤差はあるだろうが……」

私がじっと手を見ている事に気付いたウィルさんが教えてくれた内容は、私にとってかなり衝撃的でした。毎日のように枯渇するまで魔力を使っていた王国時代ですら5頭身は確保できていたのに……と思うと、今回の浄化に使った魔力量の多さが解るというものです。

私が意識を失っている間、ウィルさんたちは樹海を駆け抜けるようにして帰路についていました。ただ私の体調が安定しなかった為に、あまりにも熱が高い時は魔境の所々に出来た瘴気が消滅したスポットを見つけてはそこで休み、私を看病して熱が少し落ち着けば移動するといったように、私の体調を最優先して移動してくれていたのだそうです。

ウィルさんやお兄様たちは移動している間も色々と魔境を観察していたそうで、どうも魔境の瘴気が薄くなった事でモンスターの動きも鈍くなり、襲ってくることも減っているそうです。

また魔王は浄化できましたが、現状を見て解る通り魔境中の瘴気が完全に浄化出来た訳ではありません。それにファフナーが言うには、魔王由来ではない瘴気もあるのだそうです。ただ魔王が浄化された事により瘴気の大氾濫はもう起こらないでしょうし、残っている瘴気も徐々に落ち着いていく可能性が高いそうで……。そんな事を話しながら帰途につく私達全員の表情が、達成感がもたらす笑顔になるのも当然の事といえます。




ただ、笑顔で居られたのは帝都に戻るまででした。




帝都で私達を待っていたのは

「モディストス王国の王太子のジェラルド殿下が、
 婚約者のレイチェル・ミーモス令嬢と共に神殿にて祈りを捧げた数日後、
 魔境の瘴気が一気に薄くなり、一部では瘴気の消滅が確認された。
 これはジェラルド殿下に再び神々の寵愛が戻り、
 更にはレイチェル令嬢が聖女として認められた証である」

というモディストス王国の発表があったという知らせでした。

しかも、その発表に異議を唱えて止めようとした国王陛下と魔導士長他数名を幽閉し、ジェラルド殿下が国王に即位するという知らせと共に……。
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