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「……今日ほど防音魔法のありがたみを実感した日は無いな」
お父様が溜息と一緒に吐き出した言葉には、強い困惑が感じられました。同様にお兄様や私も困惑していて、お父様の言葉に同意する事もファフナーに問い返す事も出来ない程です。
ただファフナーはあまり人間社会の事を知らなかったように記憶しているので、魔王の意味をちゃんと理解していないのかもしれません。なのでファフナーに
「魔王という言葉の意味は知っているの??」
と確認してみれば「ナゥ」と肯定を意味する1回鳴きが帰ってきました。困惑を解消するために尋ねたというのに、余計に困惑が深まってしまう結果に頭痛を覚えてしまいます。
「ナゥナァーナーーナッ、ナナーナ」
(魔王というのは魔境の主で、濃い瘴気の向う側に居るとされる謎の存在。
魔境と呼ばれる地には必ず魔王が存在すると言われていて、
強大な魔力を持つその魔王が瘴気を発生させている……だったか?
俺だってこの10ヶ月、ただダラダラと過ごしていた訳ではないぞ)
もしファフナーが人型だったら、間違いなく胸を張っていただろうなと思う程に得意げな声です。どうやら私が寝込んでいて動けない時期や、皇国で暮らしていくうえで必要になる様々な勉強をしていた時などに、図書館に行って自分で調べていたらしいです。
……ファフナーって文字が読めたのかしら??
「ナゥ・ナゥ。 ナァーッナナーーナゥー」
(いや、読めない。
読めないから、最初は簡単な本を読んでもらって覚えた)
意外と……というと失礼かもしれませんが、ファフナーが優秀で驚きました。
ただそれが可能だったのは、ここが魔法伯爵家だからです。
何せここには人間の使用人と同じぐらい、その使用人の使い魔があちこちを闊歩しているのです。掃除をしているケット・シーや書類を運んでいるクー・シー、他にもちょっと種族が解らないような珍しい妖精もいたりして、ここに居ればファフナーも珍しい種族の使い魔にしか見えません。そういった使い魔たちは、主人の命令が無い時はかなり自由に過ごしています。遠くに行く事こそできませんが、お庭をお散歩したり日向ぼっこをしたり、それこそ図書館で本を読んだりもしています。
私にとっても、ファフナーにとっても魔法伯爵邸で暮らせる事は幸運な事でした。
「ファフナー、お前が此処に居て瘴気を出す事はないのか?」
お父様が眉間の皺を揉み解しながら真っ先に尋ねたのは、当然の懸念事項でした。エルンストお兄様が何も仰らないので瘴気が邸宅内に存在していない事は明白なのですが、ファフナーが今は瘴気を出していないだけで実はいつでも瘴気を出せるとなったら大問題です。
「それに確かにお前の魔力は一般的な使い魔と比べれば多いが、
魔王と呼ぶ程では無いようだが?」
「ナゥ~~(どう説明すれば良いか……)」
その後、お父様やお兄様にファフナーの言葉を通訳しながら解った事。
それはファフナーが間違いなく私達が樹海の魔王と呼んでいる存在だったという事でした。
━━━]━━━━━━━━━-
ファフナーは大昔、人類が生まれるよりも前に樹海にやってきました。その樹海にくる前に居た所でとても酷い目にあったファフナーは、その事に対しずっと呪詛を吐き続けていたのですが、その呪詛が瘴気となって周囲に悪影響を与えている事に気付いたのはかなりの年数が経ってからの事でした。周囲の動植物か瘴気によって狂化していくさまを見てファフナーは一瞬正気に戻ったのですが、自身も変質が始まっていた為に直ぐにまた怒りの感情に飲み込まれてしまい……。
その後は正気に戻っては再び怒りに飲み込まれるという事を繰り返しながらも、正気に戻った僅かな時間で対策を取るようになりました。守護界という特殊な空間を作る術を覚えたのもこの頃で、私の結界のように瘴気を防ぐ力はないものの、中のモノを守って変質を遅らせる力があります。あくまでも防ぐだけで何時かは変質してしまうので時間稼ぎにしかならないとファフナーは自嘲気味に言いますが、その守護界があったからこそファフナーは何とか自我を保つ事ができました。
ただファフナーにとって想定外だったのは、避難させた精神の一部を怒りに飲み込まれた本体が拒絶した事でした。ファフナーは呪詛を吐くようになる前の自分、つまり子供のころの自我を核にした精神体を守護界内に隠して守っていたのですが、本体がそれに気付いて精神体を身体から追い出してしまったのです。
その後、ファフナーは守護界で自分を守りながらも、風魔法を使って瘴気を薄めようと努力したり、変質してしまった動物を何とか戻せないかと試したりしていたのですが、どれも一時しのぎかそれすらできない程の効果しかありませんでした。なにせ魔力の大半を本体に残してきてしまっているので、ファフナーが使える魔力はそれ程多くはなかったのです。
気が遠くなるほどの長い間1人で頑張ってきたのですが、心身共に疲れてしまったファフナーは、身体を休める為に洞窟へと入りました。洞窟内の方が地上よりもモンスターのサイズが小さく、対処がしやすいのだとか。しかし身体で休めるために入った洞窟で魔物化したコウモリの縄張りを荒らしてしまい、総攻撃を受ける事になってしまいました。
コウモリ型のモンスターに切り裂かれ噛みつかれ、血まみれになってもファフナーは反撃をしませんでした。何故ならファフナーは瘴気の事も自分の命も……何もかもを諦めてしまっていて、絶望感から反撃する気力が湧かなかったのです。
ところがその時になって直ぐ近くで、樹海に来るよりも前の……
太古の昔の懐かしい気配を感じたらしく……。
━━━]━━━━━━━━━-
「それが私だった……と?」
「ナゥ」
返事と一緒に小さく飛び跳ねるとほわほわの毛がふわんとたなびいて、その姿は可愛らしいの一言に尽きます。ですが色々と疑問点がありすぎて、何時もなら和むその愛らしい姿でも私の心のざわめきを消す事ができません。
「リアの事を知って……いえ、大昔なのですからリア当人ではないのでしょう。
リアの気配がそれ程までに懐かしい気配だったのですか?」
「……ナゥ。ナーゥナー」
(……そうだ。あの頃はリアのような結界や浄化の力を持つ者が
俺の周りにはたくさんいたんだ)
「それは凄いですね。その頃の話を是非とも聞きたいものです」
その聴取会はお父様が開発中の翻訳の魔道具完成後でお願いします。現在、お父様がファフナーとの意思疎通を可能にする魔道具を開発中ではありますが、お兄様もどうか通話魔法を発明してもらえないでしょうか……。この10ヶ月でかなり皇国の言葉にも慣れましたが、それでも瞬時に、かつ僅かな齟齬も生じないように翻訳するのは難しくて疲れてしまいます。
それにしても、どうしても気になる事が1つあります。
「ファフナーって幾つなの?
太古の昔から生きているのだから、とても高齢だという事は解るのだけれど
精神は子供の頃を核にしているってさっき言っていたでしょ?
でも初めて会った時はお父様よりもずっと年配の方のような口調だったし」
「ナーン、ナァーンナァナ」
(俺の核は12~13歳頃の精神だから、
そのまま言動に出してはリアの信用を得づらいと思ったんだ。
それでなくても俺は正体不明の見た目をしているだろ?
だからせめて言葉遣いぐらいは信用を得やすいものにした方が良いと思って
記憶にある大人を装ったんだ)
「…………」
12・3歳と知って言葉がありません。ずっと体調が良くなかった事もあって、ファフナーをお風呂に入れる役目を使用人の方にお願いしていたのですが、もし体調が万全だったらファフナーと一緒に入浴はしようとしていたかもしれません……。私が絶句して会話が止まってしまったところで、しばらく沈黙していたお父様が口を開きました。
「つまり今ここに居るファフナーは大元から分離した小ファフナーで、
樹海では今でも大ファフナーが瘴気を出し続けている。
だが小ファフナーは怒りに飲まれて呪詛を行うつもりはないから安全で無害。
この認識であっているだろうか?」
「ナゥ……、ゥーナゥーー」
(合っているが……、小と呼ばれるのはどうも気に入らん)
真剣な表情を通り越して睨みつけるような表情になっているお父様に対し、ファフナーはどこか拗ねたような雰囲気でお茶菓子を食べ始めました。先程もお庭で食べていたというのに、ここの焼き菓子も独占する気満々です。
「ファフナー、貴方が樹海に行けば、
貴方の分身である魔王の居場所は探し出す事は出来るのですか?」
「ナゥ、ナーナウナーー」
(可能だ。だが探し出すというよりは方角と大雑把な距離が解る程度で、
具体的な場所が解る訳ではないぞ)
「大雑把な位置でも解るのならば、調査の精度がぐっと上がります。
ならば……」
お兄様がそこまで言うと、それを遮るようにファフナー鳴き声を上げました。
「ナゥ・ナゥ、 ナゥナーナナゥ」
(それは断る。俺はリアから離れて樹海に行く気はない。
あそこの瘴気は俺と親和性が高い、いくらリアの作った瘴気除けの魔道具を
身につけたとしても俺にとっては万全ではない)
ファフナーが言うには、自分が生み出した瘴気なのでファフナーは瘴気を取り込み易く……。なのでお兄様に渡してあるような瘴気を防ぐ魔道具を身につけたとしても、瘴気を完全に防いで安全になるとは言えないのだそうです。また浸食が激しい瘴気を防ぐ為に籠めてある魔力が急速に減ってしまい、あっという間に魔道具の魔力が枯渇してしまう可能性が高く……。
私も同行して魔力の補充が常に出来るような状況でもない限り、魔境に入るつもりはないと断言します。
そのファフナーの返事を最後に、父様もお兄様も黙り込んでしまわれました。お兄様は顔の造形こそお母さま似ですが、髪の色やちょっとした仕草や表情は驚くほどお父様にそっくりです。
暫く悩んでいた2人が揃って大きなため息をついたかと思ったら、本当に渋々といった感じで話しを切り出しました。
「先程も言ったと思うが、
エルがヴィルヘルム殿下と共に魔境調査に向かう事が決定している。
そこにリアも加わって貰えないだろうか」
苦渋の決断で切り出したものの、「いや、だが危険すぎる……」と発言を即時撤回したくなったお父様。机の上で組んだ自分の手に額を乗せるようにして俯いたお父様は、辛そうな声で先を続けます。
「ただリアも知っての通り、この国は全て国民に国への貢献を求めている。
特に貴族は地位に見合った高い貢献が求められているんだ。
様々な仕事の中で樹海の調査はかなり高い貢献として記録されるし、
途中編入予定の帝立高等学院の編入試験の評価にもプラスされる。
元々は身体をしっかりと治してから、ゆっくりと負担のない範囲で
貢献度を上げていけば良いと思っていたのだけれど、
溟海の瘴気が大氾濫を起こす兆しが出ている以上、
樹海の調査も出来るだけ早く、可能な限り綿密に行う必要があるんだ」
原因は解りませんが、一つの魔境で瘴気の氾濫が起こると連鎖するように他の魔境でも瘴気が溢れかえる事がままあります。溟海の瘴気が氾濫を起こす前に樹海の調査を行って、必要な対応を国として決めていかなくてはならないという事は、王太子妃の教育を受けていた私にも解る話です。
「お父様、どうかお顔を上げてください。
私の能力が誰かの役に立てるのなら嬉しく思いますし、
それがお父様やお兄様だというのなら、これ以上の喜びはありません。
むしろ何かと足手まといになってしまうでしょうから、
その事を心苦しく思う程です」
お父様の腕にそっと触れながらそう言うと、お父様は顔を上げてくださりましたがなんだか先程よりも更に辛そうな顔で……。
「リア。君はとても良い子だけれど……
父親である私にはもっと我儘を言っても良いのだよ?」
そう言われましても……。王国に居た頃は我儘なんて言える環境ではありませんでしたし、今は今で我儘を言うような歳でもありません。
「今はお父様に我儘を言いたくなるような事がないだけです」
そう言って微笑めば、お父様はしぶしぶ納得してくださいました。
「足手まといとリアは言いますが、私たちはリアの力に何度も助けられています。
もっと誇っていいのですよ……と言いたいところですが、
結界や浄化の力を内密にしないといけない事が歯痒いですね」
苦笑しながら私の頭を撫でるエルンストお兄様。初めて会った時には、お兄様とこんな関係になるとは夢にも思いませんでした。
「何にしても、調査は今日明日に出発という話しではない。
溟海の氾濫も数か月の猶予はあるという見立てであったし、
殿下のスケジュール調整もあるので、早くて一月後だろう。
リアはそれまでに体調を万全にして準備を進めるようにしなさい」
「はい、解りました」
こうして私は10ヶ月ぶり2回目の樹海に向かう事になったのでした。
お父様が溜息と一緒に吐き出した言葉には、強い困惑が感じられました。同様にお兄様や私も困惑していて、お父様の言葉に同意する事もファフナーに問い返す事も出来ない程です。
ただファフナーはあまり人間社会の事を知らなかったように記憶しているので、魔王の意味をちゃんと理解していないのかもしれません。なのでファフナーに
「魔王という言葉の意味は知っているの??」
と確認してみれば「ナゥ」と肯定を意味する1回鳴きが帰ってきました。困惑を解消するために尋ねたというのに、余計に困惑が深まってしまう結果に頭痛を覚えてしまいます。
「ナゥナァーナーーナッ、ナナーナ」
(魔王というのは魔境の主で、濃い瘴気の向う側に居るとされる謎の存在。
魔境と呼ばれる地には必ず魔王が存在すると言われていて、
強大な魔力を持つその魔王が瘴気を発生させている……だったか?
俺だってこの10ヶ月、ただダラダラと過ごしていた訳ではないぞ)
もしファフナーが人型だったら、間違いなく胸を張っていただろうなと思う程に得意げな声です。どうやら私が寝込んでいて動けない時期や、皇国で暮らしていくうえで必要になる様々な勉強をしていた時などに、図書館に行って自分で調べていたらしいです。
……ファフナーって文字が読めたのかしら??
「ナゥ・ナゥ。 ナァーッナナーーナゥー」
(いや、読めない。
読めないから、最初は簡単な本を読んでもらって覚えた)
意外と……というと失礼かもしれませんが、ファフナーが優秀で驚きました。
ただそれが可能だったのは、ここが魔法伯爵家だからです。
何せここには人間の使用人と同じぐらい、その使用人の使い魔があちこちを闊歩しているのです。掃除をしているケット・シーや書類を運んでいるクー・シー、他にもちょっと種族が解らないような珍しい妖精もいたりして、ここに居ればファフナーも珍しい種族の使い魔にしか見えません。そういった使い魔たちは、主人の命令が無い時はかなり自由に過ごしています。遠くに行く事こそできませんが、お庭をお散歩したり日向ぼっこをしたり、それこそ図書館で本を読んだりもしています。
私にとっても、ファフナーにとっても魔法伯爵邸で暮らせる事は幸運な事でした。
「ファフナー、お前が此処に居て瘴気を出す事はないのか?」
お父様が眉間の皺を揉み解しながら真っ先に尋ねたのは、当然の懸念事項でした。エルンストお兄様が何も仰らないので瘴気が邸宅内に存在していない事は明白なのですが、ファフナーが今は瘴気を出していないだけで実はいつでも瘴気を出せるとなったら大問題です。
「それに確かにお前の魔力は一般的な使い魔と比べれば多いが、
魔王と呼ぶ程では無いようだが?」
「ナゥ~~(どう説明すれば良いか……)」
その後、お父様やお兄様にファフナーの言葉を通訳しながら解った事。
それはファフナーが間違いなく私達が樹海の魔王と呼んでいる存在だったという事でした。
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ファフナーは大昔、人類が生まれるよりも前に樹海にやってきました。その樹海にくる前に居た所でとても酷い目にあったファフナーは、その事に対しずっと呪詛を吐き続けていたのですが、その呪詛が瘴気となって周囲に悪影響を与えている事に気付いたのはかなりの年数が経ってからの事でした。周囲の動植物か瘴気によって狂化していくさまを見てファフナーは一瞬正気に戻ったのですが、自身も変質が始まっていた為に直ぐにまた怒りの感情に飲み込まれてしまい……。
その後は正気に戻っては再び怒りに飲み込まれるという事を繰り返しながらも、正気に戻った僅かな時間で対策を取るようになりました。守護界という特殊な空間を作る術を覚えたのもこの頃で、私の結界のように瘴気を防ぐ力はないものの、中のモノを守って変質を遅らせる力があります。あくまでも防ぐだけで何時かは変質してしまうので時間稼ぎにしかならないとファフナーは自嘲気味に言いますが、その守護界があったからこそファフナーは何とか自我を保つ事ができました。
ただファフナーにとって想定外だったのは、避難させた精神の一部を怒りに飲み込まれた本体が拒絶した事でした。ファフナーは呪詛を吐くようになる前の自分、つまり子供のころの自我を核にした精神体を守護界内に隠して守っていたのですが、本体がそれに気付いて精神体を身体から追い出してしまったのです。
その後、ファフナーは守護界で自分を守りながらも、風魔法を使って瘴気を薄めようと努力したり、変質してしまった動物を何とか戻せないかと試したりしていたのですが、どれも一時しのぎかそれすらできない程の効果しかありませんでした。なにせ魔力の大半を本体に残してきてしまっているので、ファフナーが使える魔力はそれ程多くはなかったのです。
気が遠くなるほどの長い間1人で頑張ってきたのですが、心身共に疲れてしまったファフナーは、身体を休める為に洞窟へと入りました。洞窟内の方が地上よりもモンスターのサイズが小さく、対処がしやすいのだとか。しかし身体で休めるために入った洞窟で魔物化したコウモリの縄張りを荒らしてしまい、総攻撃を受ける事になってしまいました。
コウモリ型のモンスターに切り裂かれ噛みつかれ、血まみれになってもファフナーは反撃をしませんでした。何故ならファフナーは瘴気の事も自分の命も……何もかもを諦めてしまっていて、絶望感から反撃する気力が湧かなかったのです。
ところがその時になって直ぐ近くで、樹海に来るよりも前の……
太古の昔の懐かしい気配を感じたらしく……。
━━━]━━━━━━━━━-
「それが私だった……と?」
「ナゥ」
返事と一緒に小さく飛び跳ねるとほわほわの毛がふわんとたなびいて、その姿は可愛らしいの一言に尽きます。ですが色々と疑問点がありすぎて、何時もなら和むその愛らしい姿でも私の心のざわめきを消す事ができません。
「リアの事を知って……いえ、大昔なのですからリア当人ではないのでしょう。
リアの気配がそれ程までに懐かしい気配だったのですか?」
「……ナゥ。ナーゥナー」
(……そうだ。あの頃はリアのような結界や浄化の力を持つ者が
俺の周りにはたくさんいたんだ)
「それは凄いですね。その頃の話を是非とも聞きたいものです」
その聴取会はお父様が開発中の翻訳の魔道具完成後でお願いします。現在、お父様がファフナーとの意思疎通を可能にする魔道具を開発中ではありますが、お兄様もどうか通話魔法を発明してもらえないでしょうか……。この10ヶ月でかなり皇国の言葉にも慣れましたが、それでも瞬時に、かつ僅かな齟齬も生じないように翻訳するのは難しくて疲れてしまいます。
それにしても、どうしても気になる事が1つあります。
「ファフナーって幾つなの?
太古の昔から生きているのだから、とても高齢だという事は解るのだけれど
精神は子供の頃を核にしているってさっき言っていたでしょ?
でも初めて会った時はお父様よりもずっと年配の方のような口調だったし」
「ナーン、ナァーンナァナ」
(俺の核は12~13歳頃の精神だから、
そのまま言動に出してはリアの信用を得づらいと思ったんだ。
それでなくても俺は正体不明の見た目をしているだろ?
だからせめて言葉遣いぐらいは信用を得やすいものにした方が良いと思って
記憶にある大人を装ったんだ)
「…………」
12・3歳と知って言葉がありません。ずっと体調が良くなかった事もあって、ファフナーをお風呂に入れる役目を使用人の方にお願いしていたのですが、もし体調が万全だったらファフナーと一緒に入浴はしようとしていたかもしれません……。私が絶句して会話が止まってしまったところで、しばらく沈黙していたお父様が口を開きました。
「つまり今ここに居るファフナーは大元から分離した小ファフナーで、
樹海では今でも大ファフナーが瘴気を出し続けている。
だが小ファフナーは怒りに飲まれて呪詛を行うつもりはないから安全で無害。
この認識であっているだろうか?」
「ナゥ……、ゥーナゥーー」
(合っているが……、小と呼ばれるのはどうも気に入らん)
真剣な表情を通り越して睨みつけるような表情になっているお父様に対し、ファフナーはどこか拗ねたような雰囲気でお茶菓子を食べ始めました。先程もお庭で食べていたというのに、ここの焼き菓子も独占する気満々です。
「ファフナー、貴方が樹海に行けば、
貴方の分身である魔王の居場所は探し出す事は出来るのですか?」
「ナゥ、ナーナウナーー」
(可能だ。だが探し出すというよりは方角と大雑把な距離が解る程度で、
具体的な場所が解る訳ではないぞ)
「大雑把な位置でも解るのならば、調査の精度がぐっと上がります。
ならば……」
お兄様がそこまで言うと、それを遮るようにファフナー鳴き声を上げました。
「ナゥ・ナゥ、 ナゥナーナナゥ」
(それは断る。俺はリアから離れて樹海に行く気はない。
あそこの瘴気は俺と親和性が高い、いくらリアの作った瘴気除けの魔道具を
身につけたとしても俺にとっては万全ではない)
ファフナーが言うには、自分が生み出した瘴気なのでファフナーは瘴気を取り込み易く……。なのでお兄様に渡してあるような瘴気を防ぐ魔道具を身につけたとしても、瘴気を完全に防いで安全になるとは言えないのだそうです。また浸食が激しい瘴気を防ぐ為に籠めてある魔力が急速に減ってしまい、あっという間に魔道具の魔力が枯渇してしまう可能性が高く……。
私も同行して魔力の補充が常に出来るような状況でもない限り、魔境に入るつもりはないと断言します。
そのファフナーの返事を最後に、父様もお兄様も黙り込んでしまわれました。お兄様は顔の造形こそお母さま似ですが、髪の色やちょっとした仕草や表情は驚くほどお父様にそっくりです。
暫く悩んでいた2人が揃って大きなため息をついたかと思ったら、本当に渋々といった感じで話しを切り出しました。
「先程も言ったと思うが、
エルがヴィルヘルム殿下と共に魔境調査に向かう事が決定している。
そこにリアも加わって貰えないだろうか」
苦渋の決断で切り出したものの、「いや、だが危険すぎる……」と発言を即時撤回したくなったお父様。机の上で組んだ自分の手に額を乗せるようにして俯いたお父様は、辛そうな声で先を続けます。
「ただリアも知っての通り、この国は全て国民に国への貢献を求めている。
特に貴族は地位に見合った高い貢献が求められているんだ。
様々な仕事の中で樹海の調査はかなり高い貢献として記録されるし、
途中編入予定の帝立高等学院の編入試験の評価にもプラスされる。
元々は身体をしっかりと治してから、ゆっくりと負担のない範囲で
貢献度を上げていけば良いと思っていたのだけれど、
溟海の瘴気が大氾濫を起こす兆しが出ている以上、
樹海の調査も出来るだけ早く、可能な限り綿密に行う必要があるんだ」
原因は解りませんが、一つの魔境で瘴気の氾濫が起こると連鎖するように他の魔境でも瘴気が溢れかえる事がままあります。溟海の瘴気が氾濫を起こす前に樹海の調査を行って、必要な対応を国として決めていかなくてはならないという事は、王太子妃の教育を受けていた私にも解る話です。
「お父様、どうかお顔を上げてください。
私の能力が誰かの役に立てるのなら嬉しく思いますし、
それがお父様やお兄様だというのなら、これ以上の喜びはありません。
むしろ何かと足手まといになってしまうでしょうから、
その事を心苦しく思う程です」
お父様の腕にそっと触れながらそう言うと、お父様は顔を上げてくださりましたがなんだか先程よりも更に辛そうな顔で……。
「リア。君はとても良い子だけれど……
父親である私にはもっと我儘を言っても良いのだよ?」
そう言われましても……。王国に居た頃は我儘なんて言える環境ではありませんでしたし、今は今で我儘を言うような歳でもありません。
「今はお父様に我儘を言いたくなるような事がないだけです」
そう言って微笑めば、お父様はしぶしぶ納得してくださいました。
「足手まといとリアは言いますが、私たちはリアの力に何度も助けられています。
もっと誇っていいのですよ……と言いたいところですが、
結界や浄化の力を内密にしないといけない事が歯痒いですね」
苦笑しながら私の頭を撫でるエルンストお兄様。初めて会った時には、お兄様とこんな関係になるとは夢にも思いませんでした。
「何にしても、調査は今日明日に出発という話しではない。
溟海の氾濫も数か月の猶予はあるという見立てであったし、
殿下のスケジュール調整もあるので、早くて一月後だろう。
リアはそれまでに体調を万全にして準備を進めるようにしなさい」
「はい、解りました」
こうして私は10ヶ月ぶり2回目の樹海に向かう事になったのでした。
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