刀身に誓った恋 或は 頭身が違った恋

詠月初香

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唐突に感じた腹部への衝撃の所為で、息が吸えなくなり視界が霞みます。何が起こったのか解らないまま身体がバウンドするほどに地面へ叩きつけられて背中全面に衝撃があり、自分の口から

「カハッ!」

と声とすら呼べない空気が抜けた音が漏れ出ました。その時になってようやく腹部への衝撃が痛みだという事に気付き、途端に激痛が走ります。

「死んだ証拠を見つけて持ち帰るつもりだったんだが……。
 やはり化け物はしぶといな。
 まぁ、滅多に無い良い機会だ。思う存分遊ばせてもらうか」

耳が心臓に変わってしまったのではないかと思う程、耳元で聞こえる鼓動のようなドクンドクンという音の向うから、ウィルさんたち4人のものではない男性の声が聞こえてきました。激痛に霞む視界をそちらへと向ければ暗闇の中に小さな灯りが見え、見覚えのある男が2人近付いてきます。

見覚えがある……まさにそう表現するしかない程に関わった事の無い男性たちで、一人は薙鎌と呼ばれる1クラフター2メートル以上もある大鎌を持ったミーモス侯爵家の次男ハワード卿、もう一人はロブスト伯爵家次男のブライアン卿だったと記憶しています。

ハワード卿は私の王太子妃教育係だったミーモス侯爵夫人の息子であり、卒業パーティのあの場に居たレイチェル侯爵令嬢の兄にあたります。何かの折に夫人から騎士団に所属していると聞いた事がありましたが、飛竜騎士団ではなかったはず。その彼が何故ここにいるのか……。

そしてもう一人、ロブスト伯爵家のブライアン卿は顔を見た事があるような気がするという程度の接点しかありません。ロブスト伯爵家はミーモス侯爵家とは親戚関係にありますが、何よりあの人は確か……

駄目です。王太子妃教育の中で王国の貴族の名前と顔は一通り覚えさせられたのですが、彼には何か付随する情報があったはずなのです。なのに思い出そうとしても全身を襲う痛みに、考えている事が全て「痛い・怖い」というコントロールできない感情に塗り替えられてしまいます。それでも何とか立ち上がって逃げなくてはと腕を地面へと押し付けるようにして身を起こした時、先程と同じ黒い塊が襲い掛かってきたかと思ったら今度はそれが身体にグルグルと巻き付き、腕ごと身体を締め上げてきて再び地面へと倒れこみます。

「ぁああああっ!」

痛みに苦しさが加わり、苦悶の声が堪えきれずに溢れ出てしまいました。自分の体に何が起こっているのかと確認したところ、ミーモス侯爵子息の持つ薙鎌の柄尻から延びている鎖が私の体を雁字搦めにしていました。先程の黒い塊は鎖の先についていた錘だったようです。

「貴様ら……」

私の定まらない思考を中断させたその声は、決して大きくはないのに洞窟内の空気をビリビリと震わせる程の怒気に満ちていました。私を気遣ってくれる優しい声しか聞いた事が無かったので、その声の持ち主が誰なのか一瞬悩んだほどです。視線を何とかそちらに向けて自分の目で確かめなければ、到底アンディさんのものとは思えない程の声でした。

「誰だ!!」

ハワード卿とブライアン卿は私以外に人が居る事にようやく気付いたようで、慌てて武器をそちらに向けて構えます。

「女性に……それもこんな小さな女性に何を考えてるんだ!!!」

猛獣の咆哮のような怒声が私の鼓膜を震わせます。

ですが一番震えたのは心でした。

昨日も同じように全身を強打し声すら出せない状況になりましたが、私の心配をしてくれた人は誰一人としていませんでした。全てを仕方が無い事だと諦め、決断を他人任せにしてきた私も悪かったのだと思います。それでも冤罪を着せられ、階段を転げ落ち、体躯の良い男性に呼吸すらままならない程に抑え込まれても、誰一人として静止の声を上げない……。それどころか同意しているとしか思えない表情の人々で埋め尽くされていたあのパーティは、王国の縮図のようなものでした。

「に……げて」

掠れる声でそれだけをアンディさんに伝えます。どれほど苦しくても助けてなんて言える訳がありません。王国の問題に彼らを巻き込む訳にはいきませんから。

と、霞む視界でよく見ればアンディさんとエルさんは居るのに、ウィルさんとギルさんが居ません。皇族の彼らは髪色こそ皇国にはよくある色でも、瞳の色を見られてしまったらすぐに身分がバレてしまいます。

「チッ、冒険者か……。我らは王国騎士団だ!
 頭を下げぬどころか我らに意見するとは不敬にもほどがある、控えよ!!!」

王国騎士団だと名乗るという事は、自分たちは貴族であると宣言している事と同義です。皇族ですら冒険者になる皇国とは違い、王国では冒険者は平民がなる職業であって、貴族は余程の理由があるか物好きでもなければ冒険者にはなりません。なので平民が貴族である自分たちに楯突いたとハワード卿は思ったようです。

「待て、ハワード。こいつらもまとめてやってしまえば良くないか?
 化け物の遺品を持ち帰った所で俺達の評価はたいして上がらないが
 化け物がならず者と手を組んで国家の安寧を脅かそうとしていた為に
 やむなく倒したと言えば、俺達の評価がぐっと上がる。どうだ?」

あまりにも勝手が過ぎる言葉に、正気だろうかと思わずブライアン卿の顔を見上げました。アンディさんたち全員が皇国の高位貴族だから外交問題になるという事もありますが、例えアンディさんたちが王国の平民であっても罪を捏造し、更には一方的に裁いて死をもって償わせるなんて絶対にあってはならない事です。

「その……人たちは、関係ありません!
 ここで偶然出会っただけの」

「化け物の言葉なんて誰も聞いてないんだよ!」

私の言葉を遮るように怒鳴りつけてきたハワード卿は、私を絡めとっていた鎖を操作すると、私の体をそのまま壁へと激突させました。

「っ!!!!」

「気をつけろよ、化け物。
 じっくりといたぶる為に手加減してやってるっていうのに、
 俺を苛つかせたら力加減を間違えてしまうだろ」

暗い淵へと落ちていく意識の中でアンディさんとエルさんの私を呼ぶ声を聞いたような気がしましたが、それを確かめる術もなく私は意識を失ったのでした。


━━━]━━━━━━━━━-


「あれ? 私……」

洞窟の中にしっかりと自分の足で立っていた私は、訳が解らず辺りをきょろきょろと見回しました。確か私はハワード卿の鎖に拘束されたうえに壁にぶつけられて、その後……その後……その後はどうなったんでしたっけ?

「気が付いたか?」

知らない声がいきなり聞こえた事に飛び上がりそうになるほどに驚き、慌てて周囲を見回しますが人の姿はありません。恐ろしさにカタカタと小さく震えてしまう自分の身体を抱きしめ、何とか震えを抑え込みます。

「だ、誰?? 何処にいるの?」

「落ち着け、お前を取って食ったりはせん」

そう言いながらふわりと私の目の前に現れたのは、限りなく黒に近い濃灰色の光の珠でした。周囲が薄暗かった所為で見分けがつかなかっただけで、ずっとそこに居たようです。

「先程、洞窟内で結界を張ったのはお前か??」

そう聞かれても「はい、そうです」なんて素直に返事が出来る訳が無く。警戒心だけが膨れ上がっていきます。

「あなたは……誰ですか?
 ここはどこ? アンディさんやエルさんは! 皆は何処!!」

質問に質問で返すのは失礼だとは思いましたが感情の抑制が聞かず、不安から質問が次々と口から飛び出てしまいます。ウィルさんやアンディさんは判断力の欠如として瘴気の影響が出ていたようですが、どうも私は感情の制御が効かなくなるという影響が出ているようです。

「落ち着け。ここは……そうだな、どう言えば解りやすいか。
 一時的にお前の精神を俺の守護界エリアに招待したと言えば良いか?」

守護界エリアですか……。私をどうするつもりです?」

警戒心から少しずつ後退りするようにして距離をとる私に、まるで仕方がないヤツだとばかりに呆れ果てたような大きな溜息をついた濃灰色の光の珠は

「先程の結界の使い方は間違っている。
 それを教えに来ただけだ」

少しイラッとしたように言い切りました。あまりにも想定外の言葉に、警戒心を忘れてその場できょとんと立ち尽くしてしまいました。

「間違っている??」

「あぁ、そうだ。
 あんな無茶な使い方をしていたら身体が持たない」

「で、では……
 正しい使い方をすれば、こんなに魔力を消耗しないって事ですが?!」

思わずその光の珠に掴みかからん勢いで前進します。後ずさった分の距離はあっという間にマイナスです。

「当たり前だろう。お前にあんな使い方を教えたのは誰だ?」

「いえ、誰かに教わった訳ではなく……。
 自分で覚えたやり方です」

「なるほどな……。だからそんな事になっているのか」

そんな事の意味が解らず首を傾げる私に

「お前、今のような使い方をしていたら残りの寿命10年も無いぞ」

と衝撃的な言葉をぶつけられました。

「10年? 私は26歳まで生きられないって事ですか?」

「今のままならな。だから使い方を教えてやると言ってる」

その言葉に再び警戒心が湧き上がります。ただ私がその警戒心から湧き上がる疑問を口にするよりも先に、濃灰色の光が

「何故、俺がお前にわざわざ教えるのか疑問か?
 答えは簡単だ、俺の体に溜まった瘴気を浄化してほしいからだ。
 だが、お前のやり方では浄化しきれない程に俺の瘴気は濃い。
 だから教える、単純明快な理由だろう?」

淀みない説明に「はい」と頷く以外ありません。それに万が一教えてもらったやり方で駄目だったら、元のやり方に戻せば良いだけです。私に不利益は無いように思えます。ただ……

「すみません、教えて頂くのは後でも良いでしょうか?
 今、巻き込みたくない……いいえ、助けたい人がいるんです」

もう既に弁解の余地がない程に巻き込んでいます。ならば私の出来る事は彼らが無事に皇国へと戻れるように手助けし、誠心誠意謝る事以外にありません。

「あぁ、あいつらか……。
 ならばさっさと覚えろ。俺の守護界エリアは現実とは時間の流れが違う。
 ここで1時間でも、向うではものの数分だ」

……この光の珠はいったい何者なのでしょう……。


━━━]━━━━━━━━━-


「いいか、お前は

 1、瘴気から守りたい場所に結界をはる
 2、結界内を浄化する
 3、周囲から流れ込む瘴気を遮断する
 4,そのまま結界を維持する

 こういうやり方をしている。
 しかもこのやり方で王国全土を結界で覆っていた?
 お前は阿呆かっ!」

どういう事なのか洞窟としか思えなかった空間がいきなり学校のような場所へと変化し、私は授業を受けている時と同じように机に向かっています。濃灰色の光の珠は黒板の前でふわふわと浮いていて、その光が点滅する度に黒板に文字や絵が浮かび上がっていき、それに合わせて説明が始まります。

「こんな事をしていたら寿命を削ってしまう。
 緊急時ならば仕方ないが、平時から常時これをする奴は阿呆か馬鹿だ。」

この光、言葉がきついです……。でも私はそれしか方法を知りませんでしたし、仕方なかったのです。

「知らなかったから仕方ない……とでも思っているんだろうが、
 明らかに自分の体に不具合が生じているのにやり続けるから
 俺に阿呆だと言われるんだって事を理解しろ」

また、心の中を読まれたかの如く返答されてしまいました。確かに私はずっと諦めていましたし、自分で判断する事も止めてしまっていました。……そうですね、確かに私は阿呆ですね。

「では、本来はどうするべきだったか。

 1、媒体を用意する、宝石がベストだが自分と相性が良い物なら何でも良い。
 2、媒体に周囲の瘴気を圧縮し詰め込む。限界まで詰め込む。
 3、限界まで詰め込んだら媒体に結界を張って瘴気が流出しないようにする。
 4、普通はこのまま保管だが、お前は浄化もできるようだから媒体を浄化する。

 こうする事で、お前は宝石1個分+αの魔力で周囲の瘴気を浄化できるんだ。
 お前の本来の魔力は桁違いに高いようだから、かなり圧縮できると思う。
 そこまでの高圧縮となれば宝石1個分の魔力とは流石にいかないだろうが、
 普通に広範囲の瘴気を浄化するよりはずっと少ない魔力で済むはずだ」

ふむふむと聞いていたのですが、気になった事が一つ。

「そのやり方ですと、常時瘴気を防ぐ結界にはならないのでは?」

「当たり前だろう。そんな事をする方がおかしいんだ。
 考えてみろ! お前が生まれる前、お前が結界能力に目覚める前
 お前の国は瘴気に満ちた魔境だったのか? 違うだろ!!」

その言葉に視野が一気に広がったような感覚を覚えました。そうですよね、ずっと「結界が絶対に必要だ」と陛下や魔導士長に言われて、私もその通りだと思っていましたが、今までは無くても普通に暮らせていたんですから。

「たまに起こる瘴気の氾濫のような時にだけ結界で対処すれば……
 そうすれば良かったんですね……」

「そう言う事だ。
 ……そして思ったよりも時間が無い」

そう言っている間にも教室だった空間がビシビシとひび割れ、そのひびの隙間から真っ黒い靄が中に入り込んできます。

「こ、これ、もしかして瘴気?!」

おそらくエルさんには瘴気がこういう感じで見えていたのですね。迫りくる瘴気が放つ不快感に眉根を寄せてしまいます。

「あぁ、そうだ。ここが最後の安息の地だったんだが……
 もう守護界エリアを保つ力もないようだ。
 すまん。ぶっつけ本番になるが俺を浄化してくれ」

「今ここでですか?!」

「落ち着け、ここにはお前が媒体に出来るものなど何も無いだろう?
 今から守護界エリアを解く。
 お前は再び苦痛に見舞われるだろうが、意識をしっかりと保て。
 それから俺はお前のすぐ傍に……い……こう…………」

濃灰色の光の珠が何かを言っているのですが、後半は轟々と唸る風のような音で聞こえず。しかも私は問答無用で外へとひっぱりだされてしまったのでした。


━━━]━━━━━━━━━-


次の瞬間、全身を襲う痛みや不快感に吐き気がこみ上げてしまい、そのまま咳き込んでしまいました。ぼやけた視界の焦点がようやく合った時、私の視界に映った像はアンディさんとエルさんが傷だらけになった姿でした。致命傷こそないようですがあちこちに傷があり、ところどころ血が滲んでしまっています。

(あんなに強いアンディさんに、4属性魔法が使えるエルさんが?!)

信じられない光景に絶句してしまいます。それにウィルさんやギルさんが岩陰に隠れたままな事も理解できません。彼らなら2人が傷だらけになったら、絶対に助けに入るはずなのに……。

「ぅぅ……」

呻き声すら小さくしか出せず、その小さい呻き声すら身体に辛く……。それでも傷だらけの2人を助けたくて痛む身体に力を入れます。幸いにも私に巻き付いていた鎖はアンディさんたちと戦う為に外されていて、私は壁にもたれるようにして立ち上がりました。

「はぁ……はぁ……」

立ち上がるだけで息が上がり、そして呼吸の度に凄まじい痛みが走り息が詰まります。もしかしたら肋骨が折れてしまっているのかもしれません。口の中には血の味が広がり、その味が更なる吐き気を呼び起こします。

ふと、そういえば先程の濃灰色の光の珠は何処?と思い出しました。アンディさんたちも大変ですが、確かあの珠も限界状態だったはずです。ですが周囲を見回してもあの光の珠はどこにも無く、どんどんと気持ちが焦ってしまいます。

(こっち……だ……)

その時、微かに聞こえた声は耳で聞いていないように思いましたが、そんな判断をできるほどの余裕が今の私にはありませんでした。その声に従って薄暗い洞窟の方へ足を引きずって向かいます。

そこは先程コウモリ同士が喧嘩をしていた場所の近くで、瘴気が膨れ上がって……
アレ?? 私にも黒い靄が見えています。先程までは見えていなかった瘴気の靄が今はちゃんと視認できるようになっています。これはいったい……。

(もう少し……)

再び聞こえた声に、自分の目におこった変化に悩むのは後回しにして先へと進みました。そして辿り着いたそこに居たのは

「これは……コウモリ……なの??
 瘴気によって身体が変化したコウモリ??」

それは成人男性の頭ぐらいのサイズの毛玉にコウモリの羽根が生えた不思議な生き物で、本来はふわふわであったろう毛が、今は血でベッタリと貼りついてしまっています。その丸い身体の何処に目があるのか口があるのか、どちらが前か後ろかもわからない毛玉は血溜まりの中でぐったりと横たわっていて、私は恐る恐るそれに手を伸ばすと抱き上げました。何故ならその血に塗れていない部分の毛が、先程の濃灰色の光とよく似た色をしていたから……。

(じょ……か……。たの……は……く……)

切れ切れに聞こえる声は確かに腕の中の血まみれの毛玉から発せられていて、慌てて先程教えられた通りの結界と浄化を試そうと思うのですが、肝心の媒体がありません。その間にも濃灰色の毛や羽根に向かって黒い靄が集まってくるのが見えて、いっそ以前と同じ方式で結界と浄化を試そうとした時、

「良かった! 自分で逃げられたんだね!」

驚いた事にアンディさんたちが戦っている方向とは逆の方向からギルさんが現れ、私へと足音を忍ばせながら近付いてきました。

「兄さんと2人で君が攻撃された瞬間に咄嗟に隠れたんだよ。
 君の安全を確実に確保するために僕達二人は後ろに周り込み、
 アンディたちは僕達の存在に気付かれないように注意を引いてくれているんだ」

2人が居なかった理由がようやく解りました。

「ア、アンディさんたちは大丈夫なんですか?!」

「あぁ、大丈夫。アンディは全ての攻撃は見切っているはずだし、
 エルの魔法は本当にすごいんだ。実際には綺麗に相殺できるのに、
 ほんの少しだけ怪我をするように調整しているんだ」

ギルさんの言葉にホッと安堵しますが、もう一つ解決しなければならない問題があるのです。

「ギルさん、何か装飾品はありませんか?
 指輪でも何でも良いです。それを貸してください」

いきなりの申し出に面喰ったギルさんは、まずは私の怪我を回復させようと言ってくださったのですがそんな余裕はありません。確かに全身が痛くてツライですが、精神力で抑え込んで見せます。

「時間が無いんですっ!」

「そうは言っても僕は聖職者だから、そういった装飾品は……。
 あぁ、そうだ。この聖印はどうかな?」

そう言って首から下げていた聖印を貸してくれました。こんな大事なものを?と不安になってギルさんの顔を見上げたら

「誰かを助ける為に使うのなら、アスティオス様も喜んで下さるから」

と笑顔で言われて、私は頭を下げてお礼を言いました。そしてその聖印を毛玉にくっつけると、毛玉の中の瘴気が全て聖印へと流れ込むようにと祈ります。いつものように自分の中で何かがグルグルと渦を巻き、それが光となって毛玉を包み込みました。そういえば先程の渦の流れが何時もとは逆だったような気がします。

渦を光にして対象へと注ぐところまでは何時もと同じなのですが、瘴気を跳ねのけるのではなく吸い込むイメージで聖印へと魔力を付与していきます。

(はは……やはり、お前の圧縮率は異常だな……。
 魔力が反発して入らなくなったら瘴気の圧縮が限界だ。
 そうしたら中を綺麗にするイメージで浄化するんだ)

聞こえてきた声に返事をする余裕もなく、魔力の渦を回転させては光らせて瘴気を聖印へ圧縮して押し込み、いっぱいになれば浄化をするという行為を繰り返しました。それを何回も何回も繰り返し、回数が解らなくなった頃……。

(とりあえず、もう良い。これ以上はお前にも負担がかかる。
 後はまた今度で大丈夫だから、お前も横の男に怪我を直してもらえ)

濃灰色から普通の灰色になった毛玉が私の腕の中に居ました。
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