【完結】絵の中の人々

遥々岬

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第十章 人成らざる者達

第四話

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「とびきり甘いココアを頼むよ。ああ、あと生クリームも多めにお願い」
「かしこまりました」

 僕はあれから森と街の仕事を終えて小さなカフェに寄ることにした。壁に蔦が這う素敵なお店だ。

 はあ、移動が長いと疲れるね。

 予想通りだが、人々の願いを精霊が受け入ることはなかった。少しだけで良いから、と森の一部を与えてしまえば、いずれ人の手は森全体に及ぶだろう。少しずつなら気付かない、なんてことはないのに、実に浅ましいことだ。
 同じようなやり取りを見聞きして来た。これからもずっとこんな感じに過ごすんだろうなあ。

 後で栗毛にもう一度ご馳走を持って行ってやろう。あの子は大人しくてユーモラスな馬で僕と気が合う。そういう存在は大切にしてやらねばいけない。

「……うん?」

 隣の席に座る中年の男性が食べているホットケーキの香りだろうか。香ばしいバターの香りが小腹を刺激した。どれどれ、このお店のホットケーキの厚さはどれくらいあるのかな、と視線をそちらに向けた時、男性の奥に視線が持っていかれた。
 丁度、一人の女性がお店に入って来て店員と何やら話をしている。随分と大荷物を持っているなあ。

 この地域では珍しい黒髪。アスターと例の人間の話をしていたから無意識に気になってしまったようだ。

「そこの人」
「え?」
「席が空いていないんだろう? こちらに座りなさいな」

 昼下がりの午後。
 喫茶店の中はゆっくりと時間を過ごしたい人で一杯だった。

が気にならないというのなら、だけど」
「あ、えっと、ではご一緒させてください」
「どうぞ」

 私の真っ白な髪と白濁した目を言っているのだと気づくと女性は慌てた様子で此方にやって来て「失礼します」と言って向かいの席に座った。
 心優しい人であればある程、異質な者ほど拒絶が出来ないものだ。

「話しかけても良いかな?」
「ええ、勿論です」
「単刀直入に聞くけど、君はアスターという男を知っているかい?」

 どんな話を振られるのか緊張した面持ちだった女性はアスターの名前を聞くと露骨にその表情に警戒を滲ませた。一体どんな話をすればこんな顔をさせることになるのか。あの精霊は少しばかり性格が歪んでいる。

「そう怯えなくても良い」

 カフェの中は程よいくらいの賑やかさで、僕らの声は隣に座る男性にすら良く聞こえないだろう。実際、目の前の女性は僕の声を拾おうとして僅かに体が前のめりになっていた。

「お待たせいたしました。生クリームたっぷりのココアです」
「ありがとう」

 次に僕が発する言葉を待ちきれないと力んでいた彼女は店員の登場に驚いたのか、少し落ち着きを取り戻した様子で背中を椅子の背に付けた。
 甘いココアの香りはリラックさせてくれるからね。来たばかりのココアを口に含めば体中に甘い香りが広がった。

 コトリ、とマグを机に置くのを大人しく見つめている彼女には何から話すべきか。アスターの話を切り出したとはいえ、何処から彼の話をするべきか。

 ……嗚呼、そうか。この者はアスターに怯えていたのだったか。

 アスターの名前を出した時の彼女の瞳を思い出してまず話さなくてはいけないことを思い出す。

「アスターは望まれることしかしない精霊だね。もし、人攫いの気狂いだと思っているのなら訂正してやろうと思っているのだが、君は彼の話を聞きたいかい? 嫌なら別の話をするけど」
「私は、彼を気狂いだとは思っていません」
「それはどうだろう? 彼の名前を聞いた君の目つきはまるで罪人に向けるようなものだった」

 うっ、と言葉を詰まらせる様子は、図星を突かれた、と彼女自身が言っているようなもので、その分かりやすい反応にこれはアスターが気に留める筈だと納得した。随分と人らしいじゃないか。

「あの男は存外優しいものだよ。光が体をすり抜けた後、不安に彷徨う魂が向かう場所を示してくれるのだからね。体がある時はいつまでも声が聞こえているそうだけど、体を失った後に寄り添える者は彼の様な存在しかいないのだよ」

 この者は僕と違って産まれ直しをすると聞いた。
 僕は最期を迎えた感覚が分からないが、彼女は心当たりがあるのか静々と頷いた。

「君は定期的にやっているニュースが気になっているのだろう? 彼が連れ出す子供は乙女の睫毛の先に建つこの世界で最も大きな孤児院にいる子供達。誰振り構わず好みの子を攫っている訳ではないよ」
「そもそも何故、彼は子供を連れて行くのですか」

 なるほど。
 彼女の思考は至ってシンプル。
 ニュースで見聞きした情報とアスターの含みのある話。これだけで彼をすっかり怖い人だと認識した訳か。

「対象は老若男女を問わずなんだがね。子供は大人より状況を読むことが難しいから彼を呼んでしまうのかもしれないな。それに、子供は良くも悪くも純粋だ。どんな親だったとしても会いたがる傾向がある。どんなに酷い親でも、どんなに貧しい思いをさせた親でも、どんなに無関心な親でも、離れて暮らせば暮らす程、子供は良い子で在ろうとすればする程、今度こそ親が愛してくれるかもしれないって思うらしい。……僕は子供たちの声を聞いたことがないから分からないが、予想するに彼が聞く声は、親の元に帰りたい、若しくは故郷を見てみたい、といったものではないだろうか」

 ふわふわだった生クリームはすっかり熱に溶かされ、元気をなくした様子でコップの表面をたっぷりと白くしていた。

「故郷とは、どうしてこうも愛しく思うのだろうね」

 最近、どうしてか思い出した自分の故郷。星を射抜く精霊に拾われてから一度も帰っていないのに、あの町並みが記憶の奥に残っていたのだ。

「……でも、勝手に施設を連れ出すなんて」
「見ず知らずの者に子供を手渡す職員なんていないだろう。しかし声の主の命は残り僅か。少々強引でも、儚い願いを叶えてやるにはそれくらいやってのけないといけないのだよ」

 女性は納得が出来ない、という顔をして僕のココアを見つめる。

「君、何か頼んだのかい?」
「あぁ、そうですね」

 僕ばかりが話し、僕ばかりが美味しい物を飲んでいるのは悪い気持ちになる。彼女はゆったりと歩いていた店員に「すみません、アイスコーヒーをひとつ」と声を掛けた。
 そうか、今日は暑いのか。

 開け放たれた出入り口から外を眺めれば一羽の白い鳥がのんびり飛んでいた。斑けもない真っ白な鳥だ。
 何故、白い鳥は薄汚れることがないのだろうね。

「そうだ、名乗り忘れていたね」

 空から視線を彼女に戻せば、また緊張したような顔をしてこちらを見ていた。
 まるで借りてきた"ばかり"の猫の様だ。

 外からはバイオリン奏者が演奏でもしているのか、軽快なメロディーが聴こえる。

「僕は賢者のヒイラギ。人々と精霊の間に立つ者だ」
「けんじゃ」
「そう。覚えていないかい? 乙女の左頬ですれ違ったのだけど」

 乙女の左頬、と言った辺りで「ああ!」と彼女は思い出したように目を大きくした。良かった、覚えていてくれていたみたいだ。これで覚えていないと言われては、僕は突然話しかけてきた怪しい人になっていただろう。

「アスターは心配をしているのだと思う。人成らざる者になってから時間は充分に過ぎたというのに、未だ君は人のままだと」

 触れて欲しくない話題だっただろうか。
 ピクリと動いた彼女の眉毛を見つめる。

「お待たせいたしました」

 またしても絶妙なタイミングで飲み物が運ばれてきた。
 それを飲んで少し落ち着いて、と意味を込めてアイスコーヒーと彼女を交互に見ると、その意図を汲んでくれたのか彼女はストローで一口飲んで、小さく溜息を吐いた。

「まあ、あの男の話は終わりにして、例え話をしようか」

 もう充分だろう。アスターの話は終わり。
 彼女の彼に持つ印象を充分に訂正してやったことだろう。

 僕の本題はどうして彼女は人のままで在ろうとしているのか、だ。

「雨とはこの世界の為にあるね」
「……? はい」

 彼女が突飛もない話でも、ちゃんと聞いてから考えようってタイプで良かった。一つ一つ説明をしようとすれば時間は足りなくなるだろう。

「雨は全の為に、しかし雨から生まれた水たまりは一でしかない。水たまりは息絶えそうな野の獣の喉を潤してくれるだろうが、干し上がれば水たまりがそこに在ったことを誰も覚えていやしない。一の為に在ろうとすることは、それに似たことなのではないだろうか。……全の為に在りたいなら人らしさを持ちすぎていてはいけない。しかし、殆どの人らしさも手放さなくてはならない。気楽なようで、それは難しい。思考を失くしてしまったら賢者としてはいられないからね。……僕は不思議で仕方ないんだ。君は僕と同じアンティーク。では、何故そうして人らしくいられるのだろうか」

 一息で聞きたいことを言った。
 本当はじっくりと認識の確認をしながら話を進めたかったのだが、この店を出たら僕らはお別れ。
 日が暮れる前に話し終えたい。

 彼女は僕の言葉をじっくり考えるように自分のアイスコーヒーを眺めていた。

「水たまりは一回きりでも野の獣の喉を麗してくれたのなら、充分に役に立ったと思います」
「しかし誰もその水たまりの形も深さも覚えていないんだよ」
「誰かの為になれたのなら、自身の認識は必要ありません」

 パサリ、と隣の男性が新聞を捲る。
 賑やかなカフェの中で僕と彼女の周りは異様であった。
 彼女の出した答えは、あまりにも人らしくあり、人らしくなかったのだ。だってそうだろう? 人の為に在りたいと願うのは人々であり、そこに自身の心が無くても良いなんて断言できる者など彼女の他にいるだろうか。

 彼女は僕と違った意味で人らしくなかった。

「それはあまりにも献身的過ぎやしないか」
「そうでしょうか……。雨に濡れると体を冷やします。では、寒さに弱き者が良く晴れた暖かな時にゆっくりと水を飲めるのなら、水たまりは生まれた甲斐があるのではないでしょうか。賢者さん、私は誰か一人の為に在りたいのです。独りぼっちの眠れない夜を泣いて過ごす人の涙の受け皿にこの手を使いたいのです。誰も私の声を、色を、形を覚えていなくても良いのです」
「それは寂しくないかい?」
「誰かの幸せの傍にいるのは”大切な人”であり、私は傍にいませんから」

 僕は、長く生きている内に誰かの為に生きることよりも世界全体の幸せの為に生きたいと思った。世界の均衡が守られるのならば個人の幸せも守られると思ったから。それに関しては彼女と同じ考えだ。
 大切な横たわる乙女の眠りを守る為に存在して、そこに”僕”はいない。

「でも、最近になって考え方が少しずつ変わりました。確かに私は自身の名前を偽り、素性を隠そうとしましたが、自分らしくいたいと、これまで出会った人達のおかげでそう思えるようになったのです。ちゃんと約束を果たそう、って」

 だから君はいつまでも君のままで、君の中の物を何一つ失わずにいられると言うのか。

 ……嗚呼、そうか。ならば仕方ない。
 そうした考えがまだ彼女の中に生きているのなら、賢者になるのはまだ無理な話だろう。
 賢者の生き方とは植物の様だと例えれば分かりやすいだろうか。植物はこの世界に澄んだ空気を作ってくれる。しかし、植物は物言わぬ、動かぬ。ただ、静々と在り続けるだけ。そうした植物を野の獣は家にしたり、食べるなどした。
 その者達は植物のおかげで家があり、腹を満たせるのだと理解はしていないだろう。そんな考えすら思いつかないかもしれない。野の獣は賢いが、そうした理解が聊か甘い。
 それでも、植物は、枝は、葉は、花は、存在することを止めたりしない。ただ、雨風や日照りに耐え忍ぶ日を繰り返すのみだ。

「人は寂しさに勝てないと思っている」
「はい」
「僕は早い内から寂しさに飲まれてしまっていた」

 僕が寂しさの中に溺れるには大した時間はいらなかった。
 両親が家に帰って来なかった。それだけで、色々なことを手放してしまっていたのかもしれない。

「君って僕以外の賢者に会ったことがあるかい?」
「いえ」
「僕ってね、他の者より人らしさを手放せていないようなのだよ」

 しかし”人間”にまだ教わることがあるなんて驚いた。
 綺麗ごとの様なことを話す彼女の言葉には実績がある。
 例えそれが直接命を救うことではなくても、彼女は誰かの心を救おうと奮闘していた。数えるのも面倒に思う程の年月を生きても、その考えが衰えることはなかったらしい。

「僕は神秘の水を飲んだことで尽きぬ命を得てしまってね、そのまま見て見ぬふりをして捨て置くことが出来たはずなのに、全の為に在る精霊は一である僕を傍に置いてくれたんだよ」
「神秘の、水ですか」
「そう。星を射抜く精霊は僕の一番星。全の為にいなくてはいけないのに、どうやら僕も一の為に在りたいと願っていたらしい」

 精霊の役に立つことが全の為であると勘違いをしていた。
 僕は星を射抜く精霊だからこそ、その傍にいたくて、役に立ちたくて、精霊の考えを尊重したくて賢者になると決めたのだ。
 精霊は赤い星を射抜かぬ。
 温度も足りず明かりも足りない星であるが、僕は西を示す星として精霊の小さな明かりでいたい。

「君の誰かの為にありたいって気持ち、少し分かってしまったかもしれない」

 マグの取っ手に指を引っ掛けて軽く握る。

「君の為になる話でも出来れば良いと思っていたんだが、僕の方が実りがあったようだ」

 すっかり温くなったココアを一口飲む。
 温くなろうが甘さが衰えることはなかった。

「あの、……神秘の水ってなんですか」
「うん?」
「いえ。その、私は幾度も産まれ直しを繰り返しているのですが、その原因は美しい果実を食べたからと考えています。……貴方の神秘の水は、私が食べた果実と似た物なのではないでしょうか」

 そうだなぁ。本当は精霊の手が及ぶ物事には口を出さないのが決まりではあるのだが、僕は彼女に何かお礼をしたくなった。僕がどれ程自分を失っているのか知ることが出来たのだ。これはただの雑談。そうだ、女子会ってものの世間話だ。

「確かにこの世にある美しき物は生き物の体に何らかの変化を及ぼす。君のその体質は、その果実が原因と考えられるだろう」

 やっぱり、そんな顔をして彼女は僅かに目を輝かせたと同時に、リリンと鈴が自己主張するかのように鳴った。
 腰の辺りを抑える彼女の手はテーブルが邪魔して見えないが、乙女の左頬付近ですれ違った時に見た六枚羽の妖精が鈴の中にでも入っているのだろう。
 あの小さな妖精だって珍しいタイプだ。あれは確か風の妖精だったと記憶しているが、風のように自由である妖精が良くそんな狭い所に収まっているものだ。

「もう一度その果実を食べたら治ると思いますか?」

 期待を膨らませる彼女を見て、これは少し悪いことをしてしまったかもしれない、と思った。そうか、この人は元の体に戻りたいのか。
 それならば、慈悲深い魂を導きし精霊が気に掛けるのも納得出来る。可哀そうに。

「治らない。僕は神秘の水を二度飲んだ。しかしこの通り、髪の色はすっかり抜け、瞳も白く混濁してしまった。君のように何度も産まれ直す訳ではないから体の繊細な部品は痛む一方なんだ」
「……そんな」

 カラン、と彼女のアイスコーヒーの氷が空しく鳴った。
 そもそももう一つ食べれば治るかもしれないと思っているのに、何故それを実行しないのだろうか。だってそうだろう? 彼女はその果実の場所を知っている筈だ。彼女は、その果実を探している、と言わずに、もう一つ食べれば治るのか、と尋ねたのだから。

「君、名前はなんて言うんだい?」
「あ、失礼しました。私は、ふ……」
「ふ?」
「……シズリと申します」

 シズリ、か。
 あまり使わない言葉だが、静かな冬の光景を思い描かせるものがあるな。

「シズリ、もし君が悪いことをしたのならちゃんと謝らねばいけない」
「え?」
「例えばその体に起きていることを”呪い”と呼ぶとして、呪いとは掛ける際に解呪方法を決めておくものなんだ」

 僕も勝手に神秘の水を飲んでしまった身だ。
 あの時は自分の体の変化はまだ感じていなかったが、もし星を射抜く精霊に拾われなければ、僕も彼女と同じ道を辿っていたかもしれない。何故なら、僕達の精霊様は姿を現してはくれないから、だから彼女のようになっても僕は精霊様に解呪をお願いすることは出来ない。そんな未来があったのなら、僕は彼女のように一の為に存在しようとは考えることが出来ずに、全てを失った者になっていただろう。

「神秘の物は精霊の物。君は勝手にその果実を食べたんじゃないのかい?」

 アイスコーヒーの底に添えて居た指に結露によって作られた雫が落ちて、細い指の先を濡らした。
 どんなに店の中が賑わっていようが、どんなに今日が晴れやかであろうが、彼女にとっての残酷な話は続く。

「悪いことをすればごめんなさいと謝らないといけないよ。……君はそれをしていないのでは?」
「謝れば許してくれるのでしょうか……」
「どうだろう。君は足を踏み入れた土地の精霊を知っているの?」
「いいえ」
「ではその精霊を探すところから始めなくてならない」
「でも、許して貰えなかったら……、私はどうなるのでしょうか」

 すっかり悲しそうに目を伏せてしまったシズリの姿にどうやってこのことを伝えればそんな顔をさせずに済んだのか考える。
 どんなに言葉を選んでも僕が伝える内容は変わらない。結局、僕が彼女に神秘の水の話をしなければ良かった、ってことになる。それでは、そもそも彼女と話したい内容も話せず、僕は実りもなく、彼女の問いに答えてやろうなんてことも考えなかっただろう。

「そのままではいけないのかい?」
「え?」

 鈴が小さく鳴る。
 先程の抗議をするような音とは打って変わって、今度は慎ましい音だった。
 随分と過保護な妖精だ。

「今までの賢者が選んだのが全の為に在ることだっただけで、一の為に在ってはいけないと決まりがある訳ではない。生きっぱなしの僕らと違って産まれ直しをする君。そろそろ新しい生き方を掲示する者がいても良いだろう」
「でも」
「僕は寂しいとかあまり感じないのだけど、死に関わってばかりの精霊の他に友人がいるのもいいなと思っているのだ。ほら、こういう、カフェで女子が二人でするさ」
「じょ、女子?」
「そう。女子会って奴とか。今日はじめてやってみたけど中々良いものじゃないか。自分だけの力では見ることが出来なかった景色を見させて貰った。ね、だから一度きりなんて言わずにさ」

 女子……と呟くシズリの様子に、嗚呼、と頷く。

「すっかり見た目では分からなくなったかもしれないが、僕は”元”女だったみたいでね。まあ流行りのことは好きなんだ。折角君が女のままであるのだからさ」

 初対面の相手に生き方についてとやかく言われたくはないだろう。
 しかし、彼女のような人は何個か案を掲示してやった方が良いのだ。これまでだって色々な人に、色々なことを言われてきた筈だ。例えば、煤の中にいる妖精とか。

「僕は西を示す赤い星。貴女は水たまりだ」

 賢者にならなくても良いのだと、誰かと同じように生きなくても良いのだと、死ぬばかりが答えなのではないと。

「水たまりは干し上がれば誰もその形も、深さも覚えていない。何度も荷馬車のタイヤに泥と一緒にかき混ぜられても、子供に遊びで踏まれても、それで喉を潤すことが出来る者がいるのなら良い、と貴女は言った。僕は君のおかげで水たまりに対する考え方を改めたよ。……雨が降れば必ず水たまりは出来る。無価値と決めつけるには浅はかだった」

 全の為に在る精霊が一である人の子に手を差し伸べた所で誰が精霊を責めただろうか。
 僕らの様な存在は全の為になくてはいけないと決めつけていたのは僕自身だったようだ。

「世界にとって君の様な人も必要だ」

 面白い話を知ることが出来た。
 彼女は実に面白い。

 だって、僕の言葉を全く理解できないとでも言いたげに嫌な顔をしているのだから。

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