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21.まさか、モールド伯爵軍の新型兵器とはそれほどの威力なのか?

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「大変です! ロムスタ伯爵様!」

慌てた兵が天幕へ入ってくる。

「なんだ慌ただしい…」

せっかくモールド伯爵から奪う物を思い浮かべて、良い気分になっていたというのに。
伝令兵に使うのは庶民の出の兵で、一目見れば、魔法の鎧に身を包む貴族とは違うとわかる。
これからは末端の兵といえど、空気を読めるよう教育せねばならんな。

「おい貴様、上官はどこのどいつだ? 」

「はっ! ダルカン隊長であります!」

「チッ…。イスローンの所の小倅が上官か。兵の教育もまともに出来ぬとは。それで、何が起きた?」

「中央部隊の軍旗が倒れたまま戻りませんので、報告に参りました!」

「なに…? 軍旗が?」

軍旗を使って、声の届かない離れた部隊へ命令を伝達する。
それが今の軍の在り方だ、例外はまずもって存在しない。
今回のロムスタ伯爵軍の規模になると、軍旗がなくなれば、軍の命令系統は維持出来ない。
深刻な事態だった。

「…バリーはいったい何をやっているのだ」

ロムスタ伯爵は言い知れぬ不安に襲われていた。

「ええい! モールド伯爵軍なぞにいったい何が出来ようか! 中央部隊の軍旗のあった位置はここからでも見えるな!」

「ハッ! 外に出れば中央部隊の確認が出来ます!」

言い知れぬ不安を覆い隠すように、ロムスタ伯爵は部下に怒鳴りちらす声色で確認をとる。
そして、精霊付きのロングソードを握ったまま外へと歩きだした。
暖かい天幕の内から日の陰りだした氷点下の銀世界へと出て、戦場の方向へと向かう。

物見の兵が集まっている所へ着き、そこに見えて来たのは、崩されて撤退を始める中央部隊だった。
ここで、ロムスタ伯爵の脳内で一つの線が繋がる。

「まさか…、モールド伯爵家の新兵器ッッ! 魔法の武具で身を包む我が精鋭軍を上回る物だったか!」

決戦前に調べた限り、モールド伯爵軍が新兵器を持っているとは報告を受けていない。
ならば、新兵器とは手で持ち歩けるような目立たない代物だという事だ。
そう、まるで今自分の持っている精霊付きのロングソードのように。

新たな伝令の兵が、中央部隊から雪に足を取られつつも駆けてくる。
一目みてロムスタ伯爵を見つけた彼は、時を惜しむように、少し離れた所から大声で伝令を伝える。

「敵を受け止める中央部隊の前衛はモールド伯爵軍に容易く突破されました。バリー騎士団長は、敵の先頭にモールド伯爵らしき人物を見つけたので、一か八か一騎討ちを挑むそうです!」

「それで、一騎討ちの結果はどうなった!」

「バリー騎士団長には、一騎討ちの前に、急ぎ事態をロムスタ伯爵様に伝えるようにと言われました!」

「ぐぬぬ…」

バリー騎士団長によるモールド伯爵への一騎討ち。
モールド伯爵は、噂に名高い王国元最強の騎士である。
ここからでは解らないが、誉れある元近衛騎士団長との噂から、恐らく一騎討ちは成立したのだろう。
そしてバリー騎士団長は負けた。
少なくとも時間稼ぎに失敗したのは明らかだ。
倒れたままの軍旗は中央部隊の一番深い位置にあり、バリー騎士団長は軍旗が倒される前に一騎討ちを挑んだハズだからだ。

「お前たち! 撤退準備を始めろ!モールド伯爵軍がここまで攻めてくるかもしれぬ!」

ざわざわと青い顔に変わった兵士たちが騒ぎだす。
彼らの気持ちはわかる。
勝ち戦のハズだったのだ、モールド伯爵軍との戦いは。
モールド伯爵領の街や村々から略奪する所か、持ってきた物を全て捨ててでも、撤退しなければならない。
そんな可能性を思い浮かべ、ロムスタ伯爵のでっぷりとした大きな顔は、モールド伯爵への怒りで真っ赤に染まった。

⭐  ⭐  ⭐  ⭐


「足を破壊する兵器だと!?」

「急に立てなくなる恐ろしい兵器です…」

ロムスタ伯爵の豪華な天幕へとバリー騎士団長を運び込む。
幸いモールド伯爵軍は戦場に残った兵の相手を優先したようだ。
ポーションで足の怪我を回復させたバリー騎士団長は、深刻そうな顔色でモールド伯爵家の新兵器について語ってきた。
ポーションの材料は、女神スエナレが人類の発展を願い、消えていったという言い伝えの残るナレの薬草を原料に、様々な薬草の抽出液を加えた物だ。
患部に直接振りかけると怪我を治してくれる魔法の薬として流通している。

「して、新兵器はどのような形か確かめられたか?」

エメラルドグリーンの疎ら髪を乱しながらロムスタ伯爵が問う。

「いいえ、その隙もなく倒されました」

「私も確認は出来ませんでした」

バリー騎士団長は結局新兵器についてはわからず、接敵してない俺も新兵器を目にしていない。

「ぐぐ…。それではなんの成果もないではないか」

「左翼側も突破され味方は総崩れになっています。撤退するなら今かと。直に日も沈みます。暗闇に紛れて逃げられるでしょう」

「…!!」

ロムスタ伯爵は、震えながら凄まじい形相で俺を睨んだ。

「アイゼン貴様ぁッ!ロムスタ伯爵様に意見するか!」

騎士団長のバリーが俺を叱責する。

「待て、バリー。良い。撤退は…私も考えておった。もちろん、弱小貴族の小倅に言われなくともな。しかし、撤退するなら殿が必要になる」

殿とは本体の撤退の時間を稼ぐ、捨て駒のような役割だ。

「貴様、アイゼンと言ったな。撤退を言い出したのは貴様だ。責任をとって殿につけ」

断る事は出来ない。圧倒的な強さを見せるモールド伯爵軍に対して、俺は殿として残る事になった。

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