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4.私、武田信玄が前世でしたのよ。

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ケニー公爵領へと旅立つ朝。
私は眠気まなこの弟マシューとお母様にハグし、侍女と馬車に乗り込む。

「おねえちゃま、どこ行くの?」
「そうねぇマシュー。お母様にもわからないわ」

余所行きの私の姿を見て、マシューがしきりにお母様に訪ねるが、お母様はスルーする。
嫌々期に入りつつあるマシューは、当分私に会えないとなると大騒ぎするだろう。

「ぼくも、おねえちゃまと行っていい?」
「マシューは私と後でいきましょうね。マシューはお母様の事大好きでしょう?」
「おかあちゃま好き!」

お母様に手のひらで転がされるマシュー…。
ばいばいマシュー。

護衛には複数の騎士と、私の育てた孤児の内の一人が着いた。
日本なら高校に入る年齢だけれど、少年みたいな見た目で、実力的にも孤児の中では一番弱い子だ。
そのせいで自信がないのか、おどおどしている。
緑色の癖っ毛の髪をしていて、目鼻立ちの良い、女の子みたいなその子の名前はトール。
モールド伯爵領に置きざりにすると危なっかしいので、今回は護衛として連れていくのだ。
ケニー公爵領では、私のトレーニングの相手をしてもらおう。

見送り並ぶ使用人の中には執事のロッゾも居る。
お父様…、今日はお姿を見ないけれど、どうしたのかしら?
他の孤児たちも姿が見えない。
騎士団のみんなはチラホラと来ている。

モールド伯爵領とは半年以上さよならだ。
馬車が動き始めると、私は屋敷が見えなくなるまで手を振った。

⭐  ⭐  ⭐  ⭐


私がこれから向かうケニー公爵家の令嬢と知り合ったのは、前世のお菓子作りがきっかけだった。
前世と同じくらいインフラの整っているこちらの世界で、私が生かせる前世の技術は、お菓子作りしかなかった。
毎年雪の降る冬に地方の貴族は王都に集まり、パーティーやお茶会を盛んに催す。
冬は社交界の季節だ。
王都のお茶会で、私が前世のお菓子を振る舞い、劇的な反応を見せたのがケニー公爵令嬢の三女。チェルシー様だったのだ。

なんと、チェルシー様は日本人の前世を持っているらしい。
しかも本人曰く、複数の前世持ちとの事だ。
表だっては前世のことを言えないため、私とチェルシー様は、手紙でやり取りをした。

複数の前世とは、現代日本の社会人の男性と、戦国時代の大名、武田信玄なんだそうだ。
だから最初私はチェルシー様はとても男っぽい人なのかなと思ったんだけれど、彼女は派手な装いと、金髪のクルクル巻き毛とは裏腹に、とても理知的で物静かだった。
前世含めて純女性の私から見てもチェルシー様は男性の面影などない女性的な人なのだ。
だから私は少し疑問に思ったりもする、本当にチェルシー様は武田信玄だったのかなと。
戦国時代の武士って、もっと野蛮な感じだったんじゃないのかな…。

彼女はそんな女性的な性格だけれど、武田信玄だった前世の幼少期にあまりにも頭が良すぎて、実の父に嫌われた経験があるらしい。
私が接している時も、チェルシー様は頭が良いんだろうなって思う時が多々あるけれど、頭が良いというのは、親が嫌う要素なんだろうか。
転生しても人は頭脳のレベルは変わらないのかもしれない。
となると、私の前世は脳筋気味だったので、ちょっと不安だ。
武田信玄時代の幼少期の経験を繰り返さないために、チェルシー様は、ケニー公爵家の御当主様には、少し頭の悪い振りをして、姉妹全員を巻き込みつつ可愛いわがままを振るってるそうだ。
そのお陰で、チェルシー様はケニー公爵家御当主様から、目にいれても痛くないと可愛がられ、今世の家族仲はとても良いらしい。

チェルシー様が言うには、手のかかる子供程、親に可愛がられるんだって。

あれれ? 私も今世の両親に、そんなにわがままを言ってないかも…。
でも、私と両親は仲が良い、と思う。
マシューが生まれるまでは独りっ子だったから?
本当ならお父様には、もっと積極的にわがままを言った方が良いんだろうか。

でもトレーニングの施設の導入では、結構な無理を両親に言ってる気もする…。

同年齢の私たちは直ぐに仲良くなった。
そして、私の国では、多くの貴族が王立学園に通い始めてから婚約相手を見つけるのだが、チェルシー様のような高位貴族には婚約者が既に居る事がある。
彼女の婚約者は、同じ年齢の第二王子アルビン様。

チェルシー様と同じ金髪碧眼の将来イケメン王子様で、私も舞踏会でお見かけしたことがある。
しっかり者で、文武両道だと噂されている王子様だ。
私の見立てでは、アルビン様は、同年代の男の子たちとヤンチャするのが好きそうな、普通の男の子だ。
もっとも10歳前後の男性は、みんながみんなそうなのかもしれない。
前世があると、恋愛適齢期の男性ではなく、年下の男の子にしか見れないのもある。

前世が男性のチェルシー様に、男の人と婚約する事に対してどう思うか聞いてみると、武田信玄から現代日本へと転生した後、好みを現代風にアップデートしたからアルビン様は大丈夫?らしい。
むしろ、ドストライクですと慎ましやかに言ってくれた。

男性だったチェルシー様が現代風の好みへとアップデート?した方法とは、乙女ゲームである。

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