上 下
24 / 32

24.BARで一杯

しおりを挟む

もっこが無いとまたフマに怒られると、日が暮れる前に急いで中層に来てみれば、雇われであろう光の玉の形の精霊がふよふよと宙に浮かび行き来をして、街灯に火を灯し始めている。
俺たちの働く下層とは違い、中層より上は、街灯があるために夜も人通りがあるのだ。
もっとも、下層では真っ暗な中で働く風変わりな種族もいるのだが。
もっこの売っている店にはギリギリ間に合った。
店の扉を半分閉めた店員の小鬼のお婆さんが、真っ暗になりつつある店の中に通してくれた。
俺は暗い店内を記憶を頼りにもっこを探し、2マナ分の玉を身体から取り出す。

「もっこなんかに、またマナ払いかい精霊? …珍しいもんだ」

「モ」

「釣りは1ウルと5…」

「モモ!」

釣りはいらねえよ。
俺は人差し指をチッチッと振り、ドヤ顔で大きく頷いた。
小鬼のお婆さんは、小さな客人のボディランゲージを暫く考えた後、目を輝かせた。
どうやら伝わったようだ。

「…毎度あり。また来なよ」

小鬼のお婆さんはしわがれた声で、おっかない笑顔を見せてきた。
俺は一瞬愛想について哲学的に考えたくなったが、頭を振って、手で小鬼のお婆さんにさようならと告げて店を出る。

ーー無駄遣い無駄遣い!

ホムにお大尽プレイは不評のようだ。

店を出れば、もう街灯などない下層へは行けない暗さだ。
今日はフマたちと合流出来ないなと考えながら、俺の足はいつの間にか、行きつけのBARへと動き出していた。


         ◆


見知った扉に手をかければ、チリンチリンと小気味の良い小さな鐘の音が鳴る。
客のまだ居ない店内で、マスターは黙々とグラスを真っ白な布で拭いている。
俺は慣れた風にここが俺の定位置だと、いつものカウンターに座る。
もっとも、椅子に座るようになったのはこれで二度目だが。

「見慣れねぇ服を着てるんで、どこのノームかと思ったぜ。まぁお前以外のノームなんてここには来ないんだけどな、ハハハ」

「モ」

マスターに言われて俺は自分の服を見てみる。
スキル精霊の身体はレベルが高くなるにつれ、自由に服を再現出来るようになる。
一般的なノームは素っ裸だったり簡素な服を再現するが、俺は転生前の習慣のせいだろうか、無意識に服装を毎日変えていたようだ。
俺は気づけば某ゲームの主人公である髭付きの土管屋の格好になっていた。
俺の深層意識が求めていたというのか…、あの土管屋の姿を。

一昨日このBARに来た時は、どんな格好だったか。
一般的なノームと変わらない簡素な服だった気がする。
俺はスキルを操作して、服を土管屋から、土管屋の弟の物へと変えた。
色が変わっただけである。

「精霊っぽくないよなぁ…服なんか気にしねぇ連中なのに」

マスターはうーんと唸り声をあげた。

「モ」

俺はマスターの言う事は気にせず、100MP分の玉をカウンターに出す。
貨幣価値に直すと5ピリウルだ。
ビー玉ほどのその玉をマスターは受け取り、一頻り眺める。

「お、全額MP払いか。精霊ってのはそんなに簡単に成長するもんなのかねぇ」

料金を受け取ったマスターは、味気のない蒸留酒に等量のワインをシェイクし、ハーブを添えたカクテルを出してきた。
カクテルを入れたのは飾り気のないシンプルなコップだ。
蒸留酒の原料は知らないが、味が殆どしないので安い穀物だろう。
原料の味を無視し、アルコール度数をひたすら高めただけの蒸留酒に、高い穀物は使われない。
高いアルコール度数のこの味気のない蒸留酒は、このBARでは様々なカクテルに使われるのだ。
チビとカクテルを飲むと喉がかっと熱くなる。

「で、あの嬢ちゃんはどうした大食らい?」

マスターの問いに俺はもっこを自分の身体から取り出して見せる。
そして指を下に指してジェスチャーをしてみせた。

「…そのもっこは。ああ、アナグマ族の所か。良いのかよ、お前さんは遊んでいて」

俺は黙って首を傾げる。
ここで飲んでいたと知られたら、フマに怒られるかな?
いや、アナグマ族の所で働かないだけで怒られそうだ。

「良いお嬢ちゃんじゃねえか? 酒びたりになったら、いつか愛想つかされちまうぞ?」

俺はのっぺりとした表情の眉をしかめた後、カクテルを舐めるように楽しんだ。

ーーお酒へんな味がする。 

酒の旨さを知るにはまず経験だ、ホム。

時折マスターの拭いてるグラス同士のチンとした音が鳴る以外には、静かな時間が流れる。
やがて、表通りからの声が大きくなってくると、チリンチリンと扉の鐘がなって二人組で妙齢の魔女がBARに入ってきた。

「…ノーム?」

何故働き通しの精霊が酒を飲んでいるのかと、怪訝な顔を浮かべる魔女。
そして、二人組はヒソヒソと相談し始めた。

「モ」

俺はマスターに手で挨拶すると、足のついてない椅子から飛び降りた。

「一杯で良いのかい、大食らい?」

今のMPじゃ二杯目は足が出る。
マナ払いだとマナは全部酒に溶けそうだから止めておくよ。
悪いなマスター。
それにフマたちと合流できないなら、この後、行っておきたいところがあるんだ。

「いつでも飲みに来い。お前さん、きっと大物になってこの店の自慢の種になるよ」

俺は肩を竦めて、BARの扉の鐘を鳴らした。
街灯の灯りで明るい通りから天井を見上げれば、既にレーベン側の畔の大樹中層の天井は真っ暗だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【R18 】必ずイカせる! 異世界性活

飼猫タマ
ファンタジー
ネットサーフィン中に新しいオンラインゲームを見つけた俺ゴトウ・サイトが、ゲーム設定の途中寝落すると、目が覚めたら廃墟の中の魔方陣の中心に寝ていた。 偶然、奴隷商人が襲われている所に居合わせ、助けた奴隷の元漆黒の森の姫であるダークエルフの幼女ガブリエルと、その近衛騎士だった猫耳族のブリトニーを、助ける代わりに俺の性奴隷なる契約をする。 ダークエルフの美幼女と、エロい猫耳少女とSEXしたり、魔王を倒したり、ダンジョンを攻略したりするエロエロファンタジー。

家庭菜園物語

コンビニ
ファンタジー
お人好しで動物好きな最上 悠(さいじょう ゆう)は肉親であった祖父が亡くなり、最後の家族であり姉のような存在でもある黒猫の杏(あんず)も静かに息を引き取ろうとする中で、助けたいなら異世界に来てくれないかと、少し残念な神様に提案される。 その転移先で秋田犬の大福を助けたことで、能力を失いそのままスローライフをおくることとなってしまう。 異世界で新しい家族や友人を作り、本人としてはほのぼのと家庭菜園を営んでいるが、小さな畑が世界には大きな影響を与えることになっていく。

ちょっと神様!私もうステータス調整されてるんですが!!

べちてん
ファンタジー
アニメ、マンガ、ラノベに小説好きの典型的な陰キャ高校生の西園千成はある日河川敷に花見に来ていた。人混みに酔い、体調が悪くなったので少し離れた路地で休憩していたらいつの間にか神域に迷い込んでしまっていた!!もう元居た世界には戻れないとのことなので魔法の世界へ転移することに。申し訳ないとか何とかでステータスを古龍の半分にしてもらったのだが、別の神様がそれを知らずに私のステータスをそこからさらに2倍にしてしまった!ちょっと神様!もうステータス調整されてるんですが!!

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

惣菜パン無双 〜固いパンしかない異世界で美味しいパンを作りたい〜

甲殻類パエリア
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンだった深海玲司は仕事帰りに雷に打たれて命を落とし、異世界に転生してしまう。  秀でた能力もなく前世と同じ平凡な男、「レイ」としてのんびり生きるつもりが、彼には一つだけ我慢ならないことがあった。  ——パンである。  異世界のパンは固くて味気のない、スープに浸さなければ食べられないものばかりで、それを主食として食べなければならない生活にうんざりしていた。  というのも、レイの前世は平凡ながら無類のパン好きだったのである。パン好きと言っても高級なパンを買って食べるわけではなく、さまざまな「菓子パン」や「惣菜パン」を自ら作り上げ、一人ひっそりとそれを食べることが至上の喜びだったのである。  そんな前世を持つレイが固くて味気ないパンしかない世界に耐えられるはずもなく、美味しいパンを求めて生まれ育った村から旅立つことに——。

処理中です...