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6.魔女と精霊
しおりを挟むフマが羽の先で、ラッツを絡めとっている菌糸のような糸をなぞる。
すると、糸はするすると溶けていった。
「モモモ?」
「気が散るから話しかけないで」
フマはいったいどんなスキルを使っているのだろう?
俺は疑問に思った。
精霊種の持っている基本スキルは、属性魔法と精霊の身体と心セットのハズだ。
精霊の身体と心は、糸を溶かすようなスキルではない。
心は取ったばかりだから詳しくは解らないが、両方共に俗にいうパッシブスキルだと思う。
俺は自分の手を見る。
相変わらず少し人外染みた形でクリーム色だ。
恐らくは属性魔法。
俺は土を生成する事しかできないが、フマはきっと火属性で、色々な事が出来るのだ。
「MPが持たないわ。ちょっと休憩」
「すまないね、フマ。ボクはてっきりこのまま仕事をしながら消えていくのかと思っていたよ」
「そうよ。まさか私が仕事より同期の救助を優先するなんてね」
すました目でフマは俺を一瞥する。
フマは大切な仕事用のMPをラッツの救助に使っていた。
「モモモ?」
「何よ? そんな顔して。私がラッツを助けるのがそんなに不思議?」
実に不思議である。
フマは自分の危険を無視してまで、あんなに働きたがっていたのに。
この世界の精霊種というのは、労働は全てに優先するのかと俺は思っていたのだ。
「まぁ、私も助けられたからね」
フマさん渾身のドヤ顔である。
まぁ良いか、経験の積み重ねが理性や倫理を強くしてくれる事もある。
時にはそういうこともあるさ。
俺はほんわかしながら、フマの真似をして人差し指を掲げ土の生成を最小限にやってみる。
なるほど、生成の僅かに手前で魔法が発動している気配がある。
フマのやっている事は火魔法の最小限の発動なのかもしれない。
きっと最小限の発動で糸を溶かしているのだ。
俺は休憩しているフマの羽に人差し指を当てると、土生成の手前で魔法を発動させてなぞってみた。
「な、な、ななにすんのよ!?」
「大食らい、君フマがいくら疲れてるからってねぇ。それはないと思うよ」
…土生成手前の魔法の効果とは、その場にいるみんなからひんしゅくを買う事なのかもしれない。
俺は素直に土生成手前の魔法を封印することにした。
◆
フマが魔力を回復させてラッツの糸を全て溶かしたので、ラッツが椅子から立ち上がろうとする。
すると既に癒着が始まっていたのか、ぺりりと皮膚の一部が剥がれるラッツ。
「ありがとうフマ、それと大食らい」
「…それ大丈夫なの?」
ラッツの皮膚の剥がれているところをマジマジと見るフマ。
「ああ、麻痺して痛みもないんだ」
「ちょっと、ちょっと! アナタ達なにしてくれてるの! 人がせっかく捕まえた精霊種を!」
しばらくすると、管理役の魔女が飛んできた。
どうやらフマがラッツを助けた事に文句があるようだ。
「捕まえたってどういう事?! 私たちは、精霊はただ働いてるだけでしょ!? 」
「そうよ。 私たち魔女は精霊種に働ける場所を提供するの。そしてね、ついでに椅子と一つになって動けなくなったおこぼれもいただく。邪魔をするなら、ここでは働けないよ」
「おこぼれ!? 私たちはおこぼれ何かじゃないわ!」
フマは魔女の精霊種の扱いに随分怒っているようだった。
精霊種は、小精霊の頃なんて共食いするくらいだ。
仲間意識の小さい種だと思っていたんだが、フマはどうやら堪忍袋の緒が切れたらしい。
まぁここに来るまでの精霊種の扱いを見れば、当然と言えば当然だ。
「チッ。精霊種が…。今日の分は払ってあげるから、働きたいなら他の所に行きなさい」
中に報酬が入っているのだろうか?
魔女は小袋をフマの前に落とす。
そうすると、手を払うような動作をした。
「そうじゃなくて! どうして私たちは酷い目にあわなくてはならないの!?」
「…契約外じゃ無茶は出来ないわね。あーはいはい。わかったわかった。その水の精霊は今回見逃してあげる。それで良いでしょ。これでおあいこ。これ以上やるなら営業妨害で実力行使するから」
そういう言うと魔女は、懐から、いくつかの魔石を取り出し、死霊を複数体召喚した。
召喚と同時に魔石は砕け散る。
5体の死霊に囲まれるフマ。
あの砕け散った魔石も精霊から出来ているのだろうか?
「…ふん。早く出て行きな。もし、他の精霊を助けるなら、そいつらが襲いかかるからね。」
魔女はそう言って、死霊を残して空へと飛んで行ってしまった。
フマはすがるように俺を見るが、正直俺には何も出来んのよ、すまんね。
俺は報酬の入った小袋を拾い上げフマに手渡す。
フマは力なく小袋を投げ捨てようとしたが、途中で止め、小袋を握りしめたまま下を向いてしまった。
「ボクは残るよ」
ラッツが呟くように話し出す。
「捕まったみんなのウルを届けてあげる役目の精霊が必要だから。どうせ自分じゃ使えないまま魔女に回収されるんだろうし」
「モモモ」
「あはは。早く話せるようになりなよ、大食らい。不便だろ? あんなに食べたのに不思議だねぇ」
「モ」
俺はルッツの方に向けて手の平をあげる。
ルッツは俺の行動を見て、首を傾げると、何か思いついたようで、にんまりと笑い俺と同じように手の平をあげた。
パチン
俺とルッツの手のひらで音がなる。
ルッツは満面の笑みを浮かべた。
「フマを頼むよ大食らい。君たちに受けた恩をボクは忘れないから」
「モモ!」
俺はフマのしょんぼりと下ろされた羽の先を握る。
下を向いたままのフマから、羽に力が入って返事が帰ってくる。
また、仕事はダメだったなぁ。
そうして俺は、普段とは打って代わり、静かになったフマを連れて、精霊界の行きつけのBARに向かったのだった。
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