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不幸なメス、マリー
しおりを挟む……ダーリンったら、あたしというものがありながら。
「ダーリンのバカ」
ボソッと独り呟く。部屋から飛び出したら、雨が降っていた。ドラマチックなこと! 夜の路上で濡れてふるえても、あたしを気にしてくれる通行人はいない。
お出かけから帰ってきたら、ダーリンの上に乗っかって運動していた女。――ねえ、ダーリン。あたしはもういらないの?
悲しい。うつむいて、泣いた。しばらくすると、体を打つ水滴の感触がなくなって顔を上げる。
傘。差し出しているのは、ステキな男性。
「どうしたの? 風邪、ひいちゃうよ」
ああ、新しいダーリン! あたしは喜んでお持ち帰りされた。
そうよ、昔の男なんて忘れよう! アパートの部屋に入ると、あたしはダーリンに喜んでもらうために一生懸命がんばった。ダーリンの手に身を任せて可愛く鳴いて、ダーリンの出したミルク、上目遣いで飲んだわ。お風呂も一緒に入った。ダーリンはあたしの体を洗いながら「俺もね、彼女に捨てられちゃったばっかりなんだよ。君と似たようなもん」て、告白してくれた。
それからベッドの上で寄り添って、おおいに慰めあう。ああ、大好きよダーリン。……あたしはこうして、無理矢理にでも傷心を癒した。
ダーリンはあたしのことを「マリー」と呼ぶ。同棲がはじまって一ヶ月。ダーリンはあたしのぽっちゃりしたお尻が大好きらしく「マリーの尻、可愛い」て言って、撫でたり顔を埋めたりするの。自分でも少し太っているのはわかっているから、からかわれているみたいでホントはイヤなんだけど仕方ないわね。ダーリンは変態だ。あたしのトイレまで覗くのはやめてほしい。
今でも昔の男を思い出すと、胸がチクリと痛むけれどあたしはとても幸せ。……ただ、気になることが一つ。
最近、ダーリンの帰りが遅い。一晩あけることさえある。
「まさか……ね」
その、まさかだった。
鍵を回す音と、ドアが開く音。あたしは午睡から起きて、ダーリンを迎えようとした。けれど女の声が聞こえた瞬間、あたしは反射的に押し入れへ隠れた。
「部屋キレイねー」
「そ、そう?」
ダーリン。その女、誰?
「マリー、マリー?」
「いないみたいね」
「そうだな、出かけてんのかな……」
彼女がいる部屋で浮気するバカが、いったいどこの世界にいるの? ダーリン。
そのままダーリンは、あたしを何度も抱いた手でその女を抱いた。
ああああああ、一緒だ、昔の男とまったく一緒だ。新しく女ができたから、あたしはあたしはあたしはお払い箱。
さようなら、ダーリン。部屋が静かになった。押し入れから下りようと、そっと顔を出す。
女とダーリンは寝息を立てている。突然、女がむくりと起きた。そして女はダーリンの衣服を漁りはじめる。女が財布を取り出す。――中身を何枚か、自分の財布にしまっちゃった。ぷ、あはははは。ダーリンたら、バカな男。かわいそうな男。
女が身支度を整えて部屋から出る。あたしは押し入れから飛び下りると、ダーリンがあたしのために、いつも鍵を開けておいてくれる窓から外に出た。
アパートをぐるっと回って、階段を上る。女が高いヒールで下りている。あたしを見つけると、驚いたのか女は足をとめた。――ねえ、知ってる? 猫の嫉妬深さ。
一気に駆け上がると、あたしは女の顔面狙って飛びついた。悲鳴を上げて、バランスを崩した女は階段から転げ落ちていく。その間、あたしは空中で体勢を整えて、華麗に着地してみせたっていうのに。人間って不便なのね。
倒れている女の様子を確認もせずに、あたしはさっさと窓へ戻り、部屋に帰った。これでダーリンの仇は討ってやったわ。ついでに、あたしの仇も……。
ダーリンのそばに寄ると、ダーリンは寝ぼけながらあたしを抱く。あたしのお尻を頬で擦ってから、枕にするダーリン。
尻尾でダーリンの額を優しく叩く。ダーリンの隣を占拠していいのは、あたしだけよ。
「ニャー」
「今日からマリーだ」
「ニャー」
「可愛いね。ミルク、あげようね」
「ニャー」
「マリーってデブ猫だよな。ちょうど……あ、気持ちいい。尻が枕にぴったり。ふわふわ」
「ニャー!」
「おいおい。猫砂、片づけられないだろ? なんだ、猫でもトイレは恥ずかしいのか? ……まあ、マリーはメスか。うん」
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